« ■「子どもNPO白書2018」を読ませてもらいました | トップページ | ■節子への挽歌4033:尋常の幸福 »

2018/09/20

■なぜ交番にいる警察官は拳銃を所持しているのか

仙台の交番でまた不幸な事件が起きました。
これに関連して、いつも不思議に思っていることがあります。
それは、なぜ交番勤務の警察官が拳銃を所持しているのかということです。
街中のパトロールも含めて、私には拳銃はふさわしくないものだと思っています。

警官が所持する拳銃を奪いたくて事件を起こした事例もあります。
拳銃の使用が過剰防衛だと言われたこともあります。
そういう事件が起こるたびに思うのは、拳銃は殺人を誘発するのではないかということです。

核兵器抑止論に私が違和感を持つのも、そうしたこととつながっています。
核抑止論と警官の拳銃所持は、発想の根源が同じものではないか。
それは、暴力で秩序を維持しようという発想です。
それはたしかにある状況では有効だったでしょうが、一度、秩序化ができた後も有効なのか。
無秩序の状況で有効だったものが、秩序化された状況のなかでは、機能が反転することもあるのではないか。
とりわけ「暴力の象徴」的存在(核兵器や拳銃)は、秩序の強制的維持か秩序破壊には効果的な道具です。
マックス・ウェーバーは、「暴力の独占」が近代国家を支えているといいましたが、思想としての「暴力」は独占できても、実際の道具(核兵器や拳銃)を独占することは不可能です。
ですから「暴力の独占」は理念でしかありません。

たとえ国家によって独占されるとしても、暴力が肯定されている社会では、実際の暴力は根絶されることはなく、私益や私欲につながっていきます。
国家に寄生している人たちは、つまるところ「暴力」に寄生している。
そしてそこから金銭という果実の配分を受けている。
暴力に対しては暴力と考えるのは、必然的な結論でしょう。
想像力のない人間や国家は、暴力の象徴である核兵器や拳銃を手に入れたくなる。
それは「暴力の独占」を脅かす「暴力の拡散」を引き起こす。

ですから、武器は争いを誘発しこそすれ、抑止はしないように思うわけです。
過剰な抑圧は、被抑圧者の暴発を招きますし、武器を奪うための行動も誘発しかねません。
核武装の使用は、国家間で行われるとは限りません。
北朝鮮の核武装化などは大きな問題ではなく、むしろテログループや個人の核武装化に、私は不安を感じます。

日本が長いこと平和を維持できたのは、「刀狩」のおかげではないかと思います。
日常から武器が見えなくなることは、なんと心の安らぎをもたらしてくれることか。
刀や武器をコレクションしている友人知人もいますが、その気持ちが私にはわかりません。
私も過去に、実際の日本刀に触れたことはありますが、手にした途端に気持ちが少し変わるのを感じました。
武器の所有は、人の心を変えかねない。
お金と同じです。
そして、その武器を持ってみたいという気持ちも誘発しかねません。

交番のシステムは、海外からも評価され、一時は交番システムが広がっていたこともあったと聞きます。
しかし、その交番システムには、拳銃は不要のはずです。
警官の日常の見回りなどには拳銃を所持する必要などないはずです。
携行しなければ、拳銃を落としたとか置き忘れたとか、そんなことも起きません。
日常生活を見守ってくれている警官には、拳銃所持など不要の話です。
拳銃による警察官の自殺もなくなるでしょう。
なによりも警察官のストレスは解消されるはずです。

特別の状況の中で拳銃を所持することまで、今の状況のなかでは否定しませんが、せめて交番勤務の警察官には拳銃は不要だと思うのです。
交番や警察官が襲われる理由は他にもあるでしょうが、それもたぶん、拳銃所持と無縁ではないでしょう。
交番のセキュリティが話題になっていると報道されていますが、おかしな話です。
そろそろ「暴力」で秩序を管理する発想を見直す時期ではないか。
「昭和の頭」で発想するのは、やめた方がいいような気がします。

そこから「核抑止」の問題も考えてみるのはどうでしょうか。

|

« ■「子どもNPO白書2018」を読ませてもらいました | トップページ | ■節子への挽歌4033:尋常の幸福 »

平和時評」カテゴリの記事

社会時評」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/30899/67188354

この記事へのトラックバック一覧です: ■なぜ交番にいる警察官は拳銃を所持しているのか:

« ■「子どもNPO白書2018」を読ませてもらいました | トップページ | ■節子への挽歌4033:尋常の幸福 »