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2018/10/26

■カフェサロン「地方政治の現場から考える日本の政治の未来」報告

「女子高生」、正確には「女・子・高・生」つまり「女性・子ども(若者)・高齢者・生活者」が政治を変えていくというテーマのサロンは、自治体の女性議員3人を含め、16人とにぎやかなサロンになりました。
河野さんは、これまでもそうした「女・子・高・生」の活躍できる場づくりにも取り組んできていますが、それは、地元宇部での実践活動の中で体験的に女性や若者のパワーを実感し、経験的に「女・子・高・生」への期待が高まったそうで、最近はやりの「女性活用の発想」などとは全く違ったものだと、話の中でも強調されていました。
最近の女性活用などの掛け声は、政治のみならず経済の分野でも広がっていますし、制度面での整備は進んでいますが、上滑りなものも多く、実体はむしろ逆行ではないかと思うようなものもありますが、河野さんは実践からの提案なので、私にはとても安心して聴ける話でした。

直接的・具体的に話すというよりも、聴く人に考えさせるのが河野さんのスタイルなので、今回もさまざまな話を含ませながら、さまざまな示唆を出してもらったように思います。

参加者の中には、30年以上前から女性議員を増やす活動に取り組んでいる松戸市の市会議員の中田さんをはじめ、市議や県議として今の政治を変えていこうと健闘されている2人の女性議員たちも参加して下さっていましたが、そのみなさんの話を聴く限りでは、残念ながらまだまだ「昭和の男性」たちが中心になっている地方政治の現実は変わってきたとは言えないようです。

横浜市の行政職員の方が参加して下さっていましたが、市長が女性になったら変わってきたというお話がありました。
そういう意味では、女性議員が増えたり、首長に女性がついたりすることが、政治を変えていくことにつながっていくことはたしかです。
しかし、河野さんの住んでいる宇部市も女性市長ですが、首長だけでは限界があるようです。
それに関しては、首都圏などの大都市部と地方とでは住民意識も違い、地方の政治体質はまだまだ変わっていないという話もありました。
たしかに首長の力は大きいですが、それだけでは政治は変わらないでしょう。
「住民視点の政治」や「生活のための政治」を目指すのであれば、変わるべきは政治家ではなく、住民の政治意識(生活意識)でなければいけません。
その意味で、まずは議会で女性が活躍できる状況をつくりだすことが不可欠です。
しかし、そのためにも、住民の意識や行動が変わっていく必要がある。
それは同時に、「政治」をどう捉えるかという問題につながります。

今回のサロンにも女性の方が数名参加してくださいましたが、ひとりの方(いわゆる「専業主婦」の方)が、河野さんの話の後の話し合いは、自分が期待していたようなものではなかったという素直な感想を述べてくれました。
湯島では時々政治をテーマにしたサロンを開催していますが、男性が語る政治と女性が語る政治は、まったく視点が違うような気がします。
男性はすぐに安全保障とか財政赤字を話題にしがちですが、女性は生活の不安や家計の心配を問題にします。
いずれも大事な問題で、深くつながっていますが、視点が全く違うのです。
権力や統治という視点から考えるか、個人の尊厳や生活という視点で考えるかで、政治はまったく別のものになります。
サロンの翌日、湯島に別件で来た女性は、昨日のサロンに参加しようかどうか直前まで迷っていたのだが、やはり参加しなかったと言いました。
たぶん、男性の政治論議になるので自分には居場所がないだろうと思ったのでしょう。
そうしたことにこそ、やはり日本の「政治」の問題があるような気がします。

河野さんのメッセージには、「生活者」も主役の一つに挙げられています。
これに関しても「生活者」とは誰なのかという指摘もありました。
「生活者」という概念はかなり古くからありますが、「消費者」と違ってなかなか定着しません。
この議論は今回はあまり深入りしませんでしたが、一度、このテーマでサロンをしようと思いました。
「生活者」という言葉は、経世済民とつながるもので、経済の変質を考える上でもとても重要な切り口です。
同じように、政治の世界もまた、生活とのつながりがとても重要だろうと思います。
政治家は、政治家である前に、生活者でなければいけません。
戦争が起こったら、自らが戦場に行く気概で、あるいはオリンピックの予算が増えたら自分の家計から補てんしていくくらいの責任感をもって、つまり自らの生活とつなげて、憲法論議やオリンピック招致、あるいは海外援助をしてほしいです。
あまりに税金を気楽に使っているので、税金は「取られている」という気にさえなってしまいます。
首長や議員と行政職員の関係も少し話題になりました。
それも含めて、議員と住民の関係や首長と議員の関係、さらには地方議員と国会議員(政党)の関係など、政治のあり方を考える上では、そうした関係のあり方を考え直す必要があるように思います。

ほかにもいろいろと話題はでましたが、サロンですので、いろんなところに飛び火して、にぎやかな話し合いになりました。
政治や戦争に関するボードゲームの話にまでなりました。

河野さんは、これから自分の考えを実践に移していくことを考えています。
今回は、それをどう進めていくかも少し話してくれました。
その進め方は、住民たちが話し合いながら、「女・子・高・生」のエネルギーを地方議会に顕在化させていこうという「運動型」の活動です。
政治は「プロセス」だと考えている私としてはとても共感できます。
政治は「国会」や「地方議会」の中にあるのではありません。
生活の場での日常生活の中にこそある。
日本の野党は、それを軽視しているために国民の意見を力にできずにいます。
政治の構図の捉え方を変えていくべき時期だろうと思います。

河野さんのプロジェクトがどう展開していくか、とても期待しています。
具体化したらまた差しさわりのない範囲で紹介したいと思いますので、みなさんにもぜひ関心を持ってもらい、もし共感できたら、応援してもらえればうれしいです。
宇部市民でなくても応援する方法はたくさんあります。
それも今回参加された中田さんから教えてもらいました。

ちなみに、今回のサロンには、河野さんが宇部市民であることを知って、宇部出身者が2人も参加しました。
宇部の人たちは、政治意識(郷土意識〉が高いことに感心しました。
私も一時、少しだけ関わらせてもらいましたが、改めて宇部市が好きになりました。

また長い報告になってしまいましたが、政治は私たちの生活の土台です。
しばらく開いていない「茶色の朝」シリーズのサロンも11月に開催したいと思っています。
Kawano181024


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