« ■節子への挽歌4063:たくさんの夢を見ました | トップページ | ■コムケアサロン「家族の介護・相続に向き合う」のご案内 »

2018/11/13

■カフェサロン「ナチュラリストが見る社会の危うさ、あるいは自然界の面白さ」報告

Kimura181111


Kimura181111_2


Kimura181111_3


日本で暮らしているゴキブリは52種類もいて、しかもよく見かける室内のゴキブリは外来種だということをみなさんはご存知でしょうか。
そして日本に昔からいるゴキブリは、とても大切な仕事をせっせとやっていることを知っているでしょうか。

木村さんの「ナチュラリストが見る社会の危うさ、あるいは自然界の面白さ」は、ちょっとゆるいサロンと言いながら、とても充実した内容で、いろいろと目からうろこの話も多く、しかも日本の社会のあり方への、まさにナチュラリストからならではの本質的な問いかけがあったように思います。

印象に残っている話をいくつか紹介します。
人口の多い都市部の自然からは、ホトケドジョーが少なくなり保護の対象になっているが、少し離れた千葉の集落には今でもいくらでもいて、むしろ人口がいなくなってしまうとホトケドジョーもいなくなってしまうかもしれないという話は、とても示唆に富んでいます。
日本では自然と人間がうまく支え合って暮らしていることを象徴しています。

木村さんは、自然の保護と管理は表裏一体だと言います。
「自然」か「開発」か、ではなく、その「折り合い」が大切なわけです。
そんなことはわかっていると言われそうですが、実は私たちは頭ではそう思っていても、実はその「折り合い」において、小さな相手は軽視しがちのようです。
ダンゴムシの話で、木村さんはそれを教えてくれました。
この話はとてもいい話ですが、紹介すると長くなるので、これは参加者だけの特典として報告はなしです。

アフリカの動物保護には関心があるが、地元の自然にはあまり関心のない人が多いのではないかという木村さんの指摘にもとても共感しました。
木村さんは、環境保全は地元を愛することから始まるといいます。
その地元には、たぶんダンゴムシも入っているのです。
ちなみに私は昨日、わが家の庭で、ダンゴムシのミニ観察をしました。
みんなまだ、いわゆる「外来種」で、日本での暮らしはまだそう長くはないようです。

ところで、外来種と在来種に関しても、テレビ番組などで簡単に区別されて、外来種は悪者だ、駆除すべきだなどと扱われがちなことも木村さんはおかしいと言います。
そもそも外来種と在来種をどういう基準で分けるのか。
それに国家の枠組みに規制されて生きている人間と違って、そもそも生物は自由に移動し自然交配しているのですから、勝手に国籍を決めてもらいたくはないでしょう。
在来種に有害な外来種を殺処分するという発想は、その根底で、移民排斥にもつながる思想ではないかという話もありましたが、私自身そこまで深く考えたことがなかったので、はっとさせられました。

ちょっと似た話で恐ろしい話もありました。
最近は犬の「雑種」が「市場」で高値を呼んでいるそうです。
それは飼い犬が管理されすぎて、自然交配が行われないので、雑種が産まれにくいのだそうです。
生物の進化にまで介入しているわけです。
生物多様化を主張する人は多いのですが、本当にみんな生物多様化を望んでいるのか、と木村さんは問いかけます。

鳥獣害の話も出ましたが、これはそもそも日本から聖域がなくなってきたことと無関係ではないと木村さんは言います。
そして「聖域」と「人間界」の結界を守っていた「年寄」がいなくなったことも影響しているのではないかと木村さんは(たぶん)言ったような気がしますが、これは私にはとても興味のある話でした。

そもそも日本人は、生き物との付き合いが深い暮らしをしてきました。
日本に住む動物の名前もたくさんあります。
最近読んだ本には、アマゾンのある部族は、鳥はみんな「鳥」と呼ぶのだそうですが、日本にはたくさんの鳥の名前があります。
そうした多様な生物たちとの付き合いが、私たちの暮らしを豊かにしてきたのではないかと私は思っていますが、最近は、自然の中での生き物との付き合いが減っているのかもしれません。
実際に目にする小動物も少なくなってきました。

環境保全に取り組んでいるNPOの高齢化の話も出ました。
NPO活動の世代交代に関しては、とても大きな問題ですが、一度、サロンのテーマにしたいと思います。
もしかしたら、ここにこそ、個人と組織の問題、さらには社会のあり方や私たちの生き方を考える大きなヒントがあるように思っています。
ちょっと今回のテーマと離れますが。

木村幸一郎さんは「ハイパー・ナチュラリスト」です。
そもそも「ナチュラリスト」とは何者かという関心でサロンに参加された方もいます。
なかには、「ヌーディスト」と勘違いされた人もいましたが、木村さんのお話をお聞きして、私は「ナチュラリストは、自然と一緒に、お互いウィンウィンに生きている人」だと思いました。
木村さんはとても幸せそうです。
私も少しは「ナチュラリスト」的な生き方を目指していますが、小村さんほどにはまだ幸せにはなれていません。

他にも、マムシとの付き合い方とかSDGsの話とか、いろいろとありましたが、最後に一つだけ蛇足を書きます。
ゴキブリの話ですが、日本にずっと前からいたモリチャバネゴキブリは、森の枯葉を小さく噛み砕いて、それを微生物が食べやすいようにし、還元活動に寄与しているそうです。
家に棲む、あの嫌われ者の「チャバネゴキブリ」はどういう仕事をしているか木村さんに質問したら、人間には役立っていないので、見つけたら退治してもいいと言われました。
私もこれまでそうしていましたが、もしかしたらなにかとても大切な仕事をしているのではないかと思い直しました。
わが家のキチンも時々夜に出ているようですが、私が寝ている間に何かしているのではないか、そんな気がしてきました。
人間の見えないところで、人間に役立つ仕事をしてくれているのかもしれません。
ゴキブリもかわいそうな存在です。
今度、ゴキブリに出会わしても、バシッと叩き潰せないかもしれません。
さてどうなるでしょうか。

|

« ■節子への挽歌4063:たくさんの夢を見ました | トップページ | ■コムケアサロン「家族の介護・相続に向き合う」のご案内 »

社会時評」カテゴリの記事

NPO時評」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: ■カフェサロン「ナチュラリストが見る社会の危うさ、あるいは自然界の面白さ」報告:

« ■節子への挽歌4063:たくさんの夢を見ました | トップページ | ■コムケアサロン「家族の介護・相続に向き合う」のご案内 »