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2018/12/06

■節子への挽歌4066:また書きだします

節子
また挽歌をすっかりご無沙汰してしまいました。
どうも最近、怠惰癖が高じています。
朝の般若心経も最近は簡略版が増えています。
人は怠惰になると際限なく怠惰になれるものであることは、以前にも体験していますが、困ったものです。
しかし、ただただ閉じこもっているわけではなく、まわりではいろんなことが起こっています。
でもなんとなく気が晴れない。
どうしてかは自分でもよくわかりません。

ただ矛盾した言い方ですが、ちょっと前を向けるようになってきているのが自分でもわかります。
いろんな人が働きかけてくれることもあるのですが、新しいことへの関心も生まれだしています。
そのせいか、もう30年ほど生きてもいいなという気がしてきましたが、まあそれは無理でしょう。
30年でやれることを3年でやることを考えなければいけません。
怠惰などといってはいられないわけです。

挽歌で書きたいこともたくさんあるのですが、パソコンの具合があまり良くなかったことを理由に挽歌やホームページをさぼっていたら、それになれてしまいまいました。
しかしこんなに間があいてしまったとは残念です。
今日からまたブログを復活します。
たぶん、ですが。

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