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2019/01/11

■徴用工訴訟問題で思うこと

徴用工訴訟問題がまた日韓関係を悪くしています。
この問題に関しては、いろんな意見や解決策はあるでしょうが、私にとっての関心は、「国家主権」と「三権分立」の問題です。

組織(社会)を統治するためには、最終的に責任をとるべき1点がなければいけません。
三権分立体制では、統治はできません。
三方三すくみになるからです。
組織活動を少しでもやったことのある人なら、そんなことは常識です。
統治には、主権を総括する立場が不可欠です。
最終的な意思決定は一つでなければいけません。
三権分立は統治概念ではなく、統治権力の運用のためのサブ概念です。

となると、三権の上にある統治権が問題になります。
三権分立概念によって、巧みに隠されている統治権を可視化するうえで、今回の韓国政府の対応は示唆に富んでいます。
いや、示唆に富むというよりも、隠されたヴェールをはがしてくれる契機というべきでしょうか。

日本の場合は、有名な砂川判決で、田中最高裁長官が、あまりにもお粗末に「日本版統治行為論」を論じました。
つまり、日本の統治権は米国にあることを露呈させたのです。
にもかかわらず日本では三権分立論から議論を進めることは、政治学者も憲法学者も取り組みませんでした。
そしていま、安倍首相が、司法や立法を超えた行政の長として自らを位置づけています。

三権分立議論で、時々、第4の権力存在(たとえば情報権)を提唱する人がいます。
それはそれでいいですが、問題はそこにあるわけではありません。
統治にとって一番大切なものは、「教育(情報と言語)」と「通貨(経済)」と「暴力」です。
それらはいずれも三権の下位概念に位置付けられていますが、私たちが三権分立が日本の最高の権力だと思い込んでいる(つまり統治権力の姿を機にしないでいる)のは教育と言語の結果であり、日々の行動は「通貨」と「暴力」の無意識な「意識」に呪縛されています。

そんなことを、私は文在寅大統領の記者会見で感じました。

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