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2019年2月

2019/02/28

■節子への挽歌4119: 電気ケトル

節子
電気ケトルが壊れてしまいました。
外出の途中で購入してきたのですが、どうもスタイルがピンときません。
結局、平均的なものにしてしまいました。

湯島のヤカンも、前から買い換えたいと思っていたのですが、前に買いに行ったら、笛吹きケトルはたくさんあるのですが、笛吹でないヤカンはどうも形が私好みではないのです。
それで結局、まだ買い換えていません。
今日も、探してみましたが、気にいるのがありません。
自宅にあるヤカンは、今は使っていないので、それを持っていこうかと思いだしています。

まあそんなことはどうでもいいのですが、節子がいなくなってから、買い換えた家具はそうありません。
しかし、買い換えたくなって、探しに行っても、あんまり気に入るのが見つかりません。
デザインや機能の面では、たぶん良くなってきているのでしょうが、私向きではないのです。
新たに購入して使っていると、すぐになじむことが多いのですが、最初はやはりちょっと抵抗があります。
節子仕様ではないからかもしれません。

わが家の食器類は、ほとんどが節子の時代からのものです。
私の好みもありますが、私たちはできるだけシンプルなものが好きでした。
節子のいたころは、家族数も多かったので、大きな食器も時々使いましたが、最近はそういう食器はあまり食卓には出てきません。
毎日目にするのは、いつものお決まりの食器です。

節子がいたころはよく陶器市にも出かけました。
節子がいなくなってからは、そういうこともあまりなくなりました。
娘たちに付き合って一度出かけたことはありますが、なぜか昔と違い、退屈でした。

そういえば、玄関マットやラグなどを探すのも、節子は好きでした。
そういう感じで、室内の雰囲気も時々、変わっていましたが、最近はあまり変化がありません。

湯島にいたっては、節子がいなくなってから、何一つ変わっていません。
玄関の造花も、もう来られなくなるからといって、節子がバラの造花を飾ってくれてから、全く変わっていません。
部屋の版画もコーヒーカップも、節子以来です。
昔は、時々、コーヒーカップも変えようと2人で探しに行ったものです。
いまは15年ほど前から同じものを使っています。

しかし、カップはかなり壊れ、いろんなものも買い替え時期に来ているのかもしれません。
湯島の椅子は、かなり限界です。
それも当然のことです。
今年は、節子の13回忌なのですから。

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2019/02/27

■湯島サロン「一緒に暮らす生き方」のお誘い

死も視野に置きながら、新しい生き方を考えようというサロンの一環として、今回は「一緒に暮らす生き方」をテーマにして、コーポラティブハウスやコレクティブハウス、あるいはシェアハウスやコハウジングなどを話題にするサロンを企画しました。
話題提供者は、NPO 都市住宅とまちづくり研究会の関さんにお願いしました。

家族のありようも最近は大きく変わってしまいました。
独りでお住まいの方も、増えてきました。
仕事をやっていたり、元気な時は、独り住まいもいいかもしれませんが、仕事を辞めた後のことを考えると、不安になる人も少なくないようです。
仕事を通した「人のつながり」が、仕事を辞めた後も、同じように続くとは限りません。
昔と違い、家庭(家族)も老後の暮らし場として、誰にでもあるわけではありません。
かといって、いわゆる「福祉施設」に入居するのも、不安がある。
自分が納得できる老後の暮らしを実現するためには、そうした心積りで準備をしていくことも大事です。
いや、その前に、どんな選択肢があるのかくらいは知っておきたい。
そういう人も少なくないようです。

そこで今回は、「一緒に暮らす生き方」というテーマで、事例も学びながら、できるだけ自分の生き方につなげながらの話し合いをしたいと思います。
できるだけ具体的な話にしていきたいと思っていますので、なにか訊きたいことがあれば、お気軽に問いかけてもらえればと思います。

ぜひ多くの人に参加していただきたいと思っています。

〇日時:2019年4月7日(日曜日)午後2時~4時
〇場所:湯島コンセプトワークショップ
http://cws.c.ooco.jp/cws-map.pdf
○話題提供:関真弓さん(NPO都市住宅とまちづくり研究会)
〇テーマ:「一緒に暮らす生き方」
〇会費:500円
〇申込先:佐藤修(qzy00757@nifty.com)

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■節子への挽歌4118:身体を動かさないと精神も元気が出ない

節子
昨日、久しぶりに畑に行って鍬で土を耕してきました。
畑には時々言っていますが、耕したのは今年初めてです。
ところが、そのため、今朝、起きたら腰が痛いのです。
といっても、ぎっくり腰とかそんなのではなく、ちょっとだけ腰が痛い程度ですが。
要するに、それだけ身体が衰えている、つまり順調に老化しているということです。
身体の老化に、気持ちはなかなかついていけません。
注意しなければいけません。

もちろん精神の老化というのもあるのでしょう。
私の場合は、もちろんあります。
精神の老化は、たぶんリスク回避の方向に向かうように思います。
先のことを考えてしまうわけです。
私が一番避けたい生き方ですが、どうも最近、そうなってきています。
そこには、トラブル回避も含まれます。
トラブルに向かう勇気がどんどん薄れてきています。
いやなことを思い出すだけで、気が萎えてくるようになってきました。
そうなると、人生は多分退屈になっていくでしょう。

もう一つ、気になることがあります。
人と付き合うことの楽しみよりも面倒くささを感ずるようになってきました。
最近、人と会うことが減ってきました。
それに応じて、本を読むことが多くなってきました。
ほんの世界の方が、トラブルも生じず、心の平安は保てます。

こうした心身の変化は、つながっています。
「健康な精神は健康な身体に宿る」と昔はよく言われましたが、「健康」の内容はともかく、精神と身体は連動しています。
私は、特にスポーツをやっていませんので、冬はどうしても身体の運動量は減少します。
それが大きく影響しているのかもしれません。
もっと歩いたり畑に行ったりしなければいけません。

今朝も寒いですが、少しずつ春を感じます。

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2019/02/26

■節子への挽歌4117:今年は河津桜が咲きました

節子
昨年は咲いてくれなかった庭の河津桜が咲きました。
節子が元気だったころ、河津に行って買ってきた2本の桜のうちの一本です。
残念ながら節子がいなくなってから、あまり手入れがよくなかったため、1本は枯らせてしまいました。
節子が元気だったら、こんなことはなかったのですが。

地植えではなく、鉢植えにしたのですが、鉢が小さくて元気がなかったのです。
一昨年、大きな鉢に植え替えました。
それで元気が戻ってきたのですが、昨年は花は咲いてくれませんでした。
だから心配していたのですが、今年は咲いてくれてほっとしました。

実はまだ一本、花が咲いてくれない木があります。
蝋梅です。
この数年、花が咲かないのです。
手入れ不足もありますが、節子がいなくなったからかもしれません。
まあ、何でも節子のせいにするのはおかしいですが、そんな気もします。

今日はまだ花は3つほどですが、明日はもっと咲くでしょう。
庭木の手入れに関しても、だいぶわかってきました。
わが家も少しずつ廃墟から回復しつつあります。
長かったですが。

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■主権者の思いと統治者の思い

統治権とは、国土と国民を治める権利のことで、国家の最高権力です。
大辞林には「主権者が国土・人民を支配し、治めること」と書かれていますが、日本憲法のもとでは、国民が主権者とされていますので、「国民が人民を支配する」ということになります。
近代国民国家は、基本的に国民主権を標榜していますので、いささかややこしくなってしまいます。
「国民」と「人民」とは、全く違った概念だと私は思いますが、ここではあまり厳密に考えずに、日本国憲法が両者を同一視しているように、同じだと考えれば、大辞林の定義は「国民が国民を支配する」ということになり、頭はこんがらがってしまいます。
そうしたところに、実は大きな落とし穴があり、統治者という支配者を見えなくしてしまっているのです。

法治国家という言葉もややこしいです。
「法治」とはいうまでもなく、「法が治める」ではなく、「法で治める」ですが、恣意的な人の要素が排除されると思いがちです。
たしかに恣意的な要素を減らすことは間違いありませんが、法というのは解釈が行われて実際に執行されない限り意味はありませんので、人の要素が排除されるわけではありません。
つまり、法が統治するのではなく、法を基準にして「統治者」が統治するのです。
このあたりも、私たちが騙されやすいところです。
大切なのは、法文ではなく、法を活かす精神です。

たくさんの人々で構成される国家を統治するのは、2つの方法しかありません。
最終的な統治権を非論理的な人に託すか、論理的な機械に託すか。
しかし、論理的な機械に託する政治にしたとしても、人の要素を完全に排除することはできません。
政治は、最後まで「人の要素」からは解放されません。
極端の言い方をすれば、統治には必ず最終決定者が存在します。
もしそれをなくそうとすれば、責任回避の疑似統治体制が育ってしまいます。
そもそも「制度」や「組織」は、責任回避の仕組みなのです。
もちろん、それによって、私たちの暮らしは豊かになってきました。
それが悪いわけではありません。
しかし、そうしたことの向こうにいる、「統治者」の存在を忘れてはいけません。
「お客様」だとか「主権者」だとかいう、実体のない言葉に満足していてはいけません。
突然「お客様」という言葉を出しましたが、これはビジネスの世界と似ているからです。
「顧客の創造」などという経営学が広がっていることと、今の日本の政治状況は、つながっています。

余計な事ばかり書いてしまいましたが、主権者である国民の思いとは別に、統治者が存在するのであれば、どうしたら、国民の思いを統治権者(統治者)の統治に合わせられるのか、が問題です。
その一つの方法は「国民投票」です。
もちろんこれは「両刃の剣」ですが、統治者と国民(主権)をつなぐ一つのルートであることは間違いありません。
この問題を少し考えてみたいと思います。

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■節子への挽歌4116:時間感覚がちょっと変わってきてしまいました

節子
このところ、なぜか時間がたつのが実に速いのです。
それに生活のルーティン意識が希薄になってきています。
朝起きて、顔を洗うことくらいしか、ルールはなくて、あとは気の向くままに、という感じが強まっています。
だからといって、することがないとか、寝ていてもいいというわけではないのです。
いつも「やらなければいけないこと」リストからは解放されないままです。
それなりに時間にも追われている。
もっとも、「追われている」というのは不正確で、「やらないといけない」という思いはありますが、やらなかったからといって、契約違反で訴えられることはありません。
そもそも私には「契約」という概念が希薄ですから。

それに、毎日、「やらなければいけないこと」リストは増え続けます。
そんなことまで引き受けて、やりすぎではないのか、自分で頼んできながら、私に言いきった友人もいますが、まあ私にやれることがあれば、ある意味ではやらなければいけません。
私以外の誰かがやれることなら、その必要はありませんが。

そんなわけで、最近、時間感覚がルーズになってしまっています。
何とかリズムやルールを回復したいとは思っていますが、なかなか難しい。

そんなわけで、また気が付いたら、挽歌が2日、書けていませんでした。

書き忘れましたが、毎日の日課がもうひとつありました。
顔を洗った後に、節子の位牌に水を供えて、ろうそくに火を灯し、線香をあげて、般若心経を(時に簡略版で)唱えるのです。
この日課だけは、家にいる限り、さぼったことはありません。
問題は、そのあとです。
心を入れ直さないといけません。

実は今朝起きたとき、そう思ったのですが、今日も寒いので、決意が揺らいでいます。
困ったものですが。

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2019/02/25

■国民主権に従わない「統治権」

沖縄県民投票によって、沖縄県民の「辺野古埋め立て反対」の思いは明確になりました。
しかも沖縄の場合、沖縄県という地方自治体も同じ意見です。
にもかかわらず、実際の政治は、それとは別の方向に向かっています。
県民の多数派の意向も、地方自治体の意向も知りながら、政府による辺野古の埋め立ては止まることはありません。
住民の意思とは別の政治が展開されているわけで、民主主義国家においては、きわめておかしな事態です。

しかし、全くおかしいわけではありません。
住民が暮らす地域をどういう範囲で考えるかによって、住民意思と政治の動きは食い違うことはよくあります。
たとえばごみ焼却場などの迷惑施設の設置に関しては、近隣住民からの反対にもかかわらず、推進されることが、長期的かつ社会的な視点から承認されることはあります。
それに、地方自治体は国家の一部であり、その地域の自治を限定的に認められているだけです。
「国民主権」という言葉はあっても、「住民主権」という言葉はありません。

しかし、今回の沖縄の県民投票は、主権者と統治者の構図を分かりやすく可視化してくれています。
沖縄県民や沖縄県がどんなに希望しても、「政治性の高い問題」は、県や県民の上にある日本政府が決定し、施行することになっているのです。
自治権が制約されるのは仕方がないことです。
辺野古の問題は沖縄の地域問題であるわけではありませんが、現在の制度上ではそうなっているだけです。
いやむしろ地域を超えた問題であればこそ、政府の意向が優先されてしまっているわけです。

もう60年以上前のことですが、日米安保保障条約の合憲性が裁判になったことがあります。
その裁判では、最高裁は「高度に政治性のある国家行為」に関しては司法の対象から外すとして、違憲性の評価をしませんでした。
後になって判明したのですが、当時、日米両国政府から最高裁に圧力がかかっていたのです。

日米安保保障条約は、日本の国民の生活にとっては極めて重要な問題です。
そもそも「高度に政治性のある問題」こそ、国民にとっては死活につながる問題なのです。
そうした問題を司法から外す、つまり統治権を持つ政府にゆだねるということは、主権者たる国民から統治者である政府が「主権」を取り上げるということになります。
主権者たる国民が、政府に自らを「統治」することを信託したのは、三権分立の統治体制の中で、統治者である政権の独走を抑制するためなのですが、司法が外されてしまうことは、統治を信託する前提を否定することになります。

つまり国民主権に従わない「統治権」があるということです。
しかしその実体は、法治国家や権力分立型の統治体制に組み込まれた民主的な政府という幻想によって、覆い隠されてきました。
主権者の選挙で信託された政権が統治権を施行しているという幻想もありました。
しかし、日本の政権を超える「統治権」の存在が少しずつ見えてきています。
そして、政治と国民の思いが大きくずれてきている現実があります。

県民や県知事がどう思おうと、それとは別の論理で沖縄は統治されています。
高度に政治性のない問題に関しては、自治が与えられていますが、肝心の問題は沖縄の外で決められてしまう。
高度に政治性のある問題は既存の統治体制の枠外で決められているのは、日本全体においても同じなのです。

つまり、統治権者たる政府とは別の統治者が存在するということです。
それが米国の産軍複合体なのか、金融資本なのか、有徳の政治家なのか、は別にして、高度な政治性のある問題にこそ、統治の主軸があるのです。
「誰が日本を統治しているのか」
主権者たる国民は統治者にはなりえません。
国民主権とは、統治者を監視し制約できるという意味です。
統治者の存在を、私たちは意識し、その可視化を進める必要があると思っています。

沖縄の県民投票は、そのことをとても分かりやすく可視化してくれています。
もちろん内容は国政とは違いますが、かたちは相似形になっています。

ちょっと長くなったので、続きはまた明日に。
少しこのシリーズを続けてみます。

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2019/02/24

■湯島サロン「国民主権と統治行為論」の報告

沖縄で辺野古新設に関する県民投票が実施される前日に、「国民主権と統治行為論」のサロンを開催しまました。
奥にあるテーマは、「国民投票制度」です。
10人を超える方が集まったばかりでなく、初めて参加してくださった方も何人かいました。

最初に私から、統治行為や砂川事件の資料などを紹介させてもらった後、リンカーンクラブ代表の武田さんが、テーマに沿った話をしてくれました。
現在の日本の政治が主権者たる国民から大きく乖離していること、しかも砂川判決以来、「国家統治の基本に関する高度な政治性を有する国家の行為」に関しては司法の対象にしなくなったこと、国会で議論している政治の外にそうした「統治」分野があるとされていること、それに、そもそも議会制民主主義は国民の意思を反映させられる民主主義なのか、といった話をチャートに合わせて、説明してくれました。
そして、そこから、「高度な政治性を有する国家の行為」というのがあるのであれば、それこそそうした問題を国民投票の対象にして、高度な政治性のある統治行為を国民主権で決定することが考えられると提唱したのです。
これまで、三権分立の世界から「特別扱い」されていた「高度な政治性を有する国家の行為」を、逆に国民に取り戻すという提案です。

ここから「国民主権」と「統治権」の「ずれ」を解消するための話し合いが行われる予定だったのですが、論点を整理しようとしだした途端に、話が混乱しだしてしまい、残念ながら、内容の話ではなく、言葉遣いや「統治権」そのものへの異論などの議論になってしまい、なかなか内容的な議論にはたどり着けませんでした。
それでも最後のほうでは、「高度な政治性を持つ国家行為」に関する国民発議権や、主権を現実化するためには立法と同時にその法を実行するということの2つを伴わなければ完成しないという話にまではたどり着けたと思います。

途中で、参加者から「沖縄の県民投票の話」が出ましたが、残念ながら、国民主権と統治権という話にまで深める時間がありませんでした。
今回の県民投票には、「統治権」がわかりやすく可視化されているので、まさに統治の実態を考える事例でしたが、それだけではなく、「自治権」と「主権」との対比で考えるとさまざまな論点が出てきたと思います。
今回は参加者の一人の方が問題提起してくれましたが、逆に話が混乱するという人もあり、議論は深められませんでした。
そうならないために、事前にチャートまで書いて説明したのですが、私の説明不足と進行のまずさで、内容の議論をする時間がなくなってしまい、申し訳ないことをしました。
今回は、私も意見を言いたかったのですが、進行役として、言葉や論点の整理で終わってしまい、かなりの欲求不満が残りました。

しかし、武田さんの問題提起には、いろんな示唆が含意されています。
私が大学で学んだころから、砂川判決に端を発する「日本版統治行為論」は議論されていましたが、むしろ、そのことで「統治権」あるいは「主権」があいまいにされていたように思います。
私が日本の憲法学者を全く信頼しないのは、そのためです。
最近になって、ようやくそうしたことが議論されるようになってきていますが、多くの人は「統治行為」はともかく「統治権」というとらえ方にさえ視野が行っていない気がします。

「人の支配」から「法の支配」の確立への移行が近代国家だという人もいますが、理論的にはともかく、実際に複数の人々を統治していくためには、最終的には「人の意思」が不可欠です。
学者はともかく、数名の組織に関わったことがある人であれば、すぐわかることです。
法は基準であって、行為主体にはなりえないからです。
法治国家においても、当然のことながら卓越した権力を持った「統治者」が必要です。

世界初の成文憲法典は、17世紀の「統治章典」だといわれますが、これは統治者に対する「統治行為への制約」と言えるでしょう。
しかし悩ましいのは、国民主権国家となると、憲法が制約する対象は複雑になります。
素直に考えれば、憲法は主権者たる国民を制約するのではなく、「統治者」を制約することになりますが、もしそうならば、主権者である「国民」を(制約がなければ)自由に統治できる存在があるということです。

とまあ、こういう話に広げたかったのですが、今回はその入り口で時間切れでした。
ちなみに、日本は「主権国家」というようないささか過激な話が出ましたが、「国家主権」と「国民主権」の関係も刺激的なテーマです。

沖縄の県民投票の結果もそろそろ明らかになりだしていますが、その結果の動きなどももう少し見えてきたら、またこのテーマでのサロンを開催したいと思っています。
関心のある方はご連絡ください。

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2019/02/23

■節子への挽歌4115:人を幸せにするのは簡単かもしれません

節子
孫ががんばっています。
私は今日は朝からずっと不在だったのですが、帰ってきたら、玄関にトイレットペーパーが6個、置いてありました。
今日は、新聞紙の回収日だったのですが、いつもは2~3個、新聞紙と引き換えにおいて行ってくれるのです。
それが今回は6個。

娘から理由を聞きました。
ちょうど新聞の回収に来た時に、孫がやってきたようで、その回収の人に向かった、大きな声でこんにちわとあいさつをしたのだそうです。
その元気さをほめてくれて、回収している人が、おまけだといって、いつもの倍のトイレットペーパーとポケットティッシュを一袋くれたのだそうです。
孫の「初めての稼ぎ仕事」です。
いやそういう言っていいかどうかはわかりませんが。

孫は、ともかく大きな声であいさつします。
いつもとは言えませんが、とても大きな声なのです。
それは実に気持ちがいい。
私もそうですが、明るい大きな声は、人を幸せにするのです。
回収しに来た方は私と同じ年頃の高齢の男性だったそうです。
その方も、きっと、ちょっと「幸せ」になって、大盤振る舞いをしてくれたのでしょう。
そしてまた、それが孫の親や祖父を幸せにしてくれたというわけです。
それを聞いて、私はテレビ電話で孫に「ありがとう」といいました。
たわいない話ですが、人を不幸にするのも幸せにするのも、そう難しくない話だと、改めて思ったのです。
節子がいたら、こういう幸せをたくさん体験したことでしょう。

人は、ただ存在するだけで、他者を幸せにすることができるのです。
節子がいたころには、孫がいなくても、私はいつも幸せでした。

私も、ただそこにいるだけで、他者を幸せにできるような存在になりたいですが、今日もまた、サロンで、他者を幸せにするどころか、不快にさせたかもしれません。
孫に学ばなければいけません。

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■節子への挽歌4115:見えなかったことが見えてくる

節子
最近また不思議な夢をよく見ます。
私が知らない場所や知らない人ばかりでてきます。

民俗学の研究者であるにもかかわらず、大学の先生の職を辞して、特別養護老人ホームで介護職員をしている六車由美さんという人がいます。
私は面識はなく、彼女の著書で、知っただけですが、その本を思い出して、メモしていた文章を読みなおしました。
こんな文章です。

年をとるとは、個人差はあるにせよ、それまでは見えなかったものが見えたり、聞こえなかったものが聞こえるようになる。

民俗学では、老人も子どもも神に近い存在とみなされますが、いずれも「見えない世界」が見えているわけです。
孫はまだ2歳ですが、時々、あらぬ方向を凝視していることがあります。
歳と共にだんだんとなくなっては来ましたが。
昨日も庭の鉢の土を見ていて、いも虫君がいるといったのですが、大人たちには見えませんでした。

見えなかったものが見えてくる傾向は、節子を見送った時の方が多かった気がしますが、最近また、夢に限らず、「あらざるもの」の存在を時々感ずるようになってきました。
そして、夢では全く記憶にない世界が時々出てきます。
しかも目覚めたとたんに、それを具体的には思い出せないのです。
しかし、なにやら不思議な感覚だけは残ります。

その一方で、現世の俗事のわずらわしさをこの頃、意識するようになってきました。
高齢になると、俗世を離れて隠棲したくなる気分が、少しずつ高まっているのかもしれません。

私は、前にも書いたように、健全(自然)に老いていきたいと思っています。
それが難しくて、いまだに俗世への未練があったり、消えない物欲に惑わされたりしているのですが、「老いること」のむずかしさも実感しています。
でも、何かこれまで見えていなかったことが、時々、見えたような気がすることもあります。
そして、なんでこんなことに煩わされていたのだろうかと思うこともあります。
困ったものです。

夢でうなされることはないのですが、目が覚めても夢に覆われていることが時々あるのです。
昨夜の夢は、新しい世界への誘いのような気がしますが、現世の悩ましい問題など気にするなということでしょうか。
昨日から、また、えも言えぬ「不安」が心身に広がっています。
折角、体調が回復したのに、すっきりしません。

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2019/02/22

■節子への挽歌4114:お金から解放されていなようです

節子
人生はやはりいろんなことがありすぎます。
まあ大したことがないといえばそうなのですが、面倒なことが次々と起きます。
今日も朝から大変でした。
まあここに書くほどのことはないのですが、検察庁から「過料振込書」が届いたのです。
思い出せば、先月、裁判所から「過料決定」の通知が来ていました。
私の完全な落ち度ですが、その時は最近広がっている「架空請求」だと思ってしまったのです。
というのも、少し前に娘のところにはがきでしたが、その種のものが届き、それが架空請求だと分かったのです。
そういうこともあったのですが、今回の決定理由も、どうもつじつまが合わない奇妙な理由だったからです。
それで無視していたら、今度は別のところからの払い込み指示がきたのです。
さすがに放置しておけなくて、電話をしましたが、もしかしたらこの電話は詐欺グループかもしれないと、私の名前を出しませんでした。
どうも同じような話があるようで、先方は、こちらが不安に思わないように丁寧に応じてくれました。
あまりに丁寧だったので、疑ったことを反省しました。

一部やはり納得できないことがあったのですが、結論的には私のミスだったのです。
会社は、役員などが変わらなくても、定期的に法務局に届け出しなければいけないのだそうです。
恥ずかしながら全く知りませんでした。
以前は税理士にすべてお任せしていたのですが、仕事を基本的にやめた15年ほど前から、税理士に払うお金も捻出できなくなったので、解約してしまったのです。
税務申告は、まあほとんど内容もないので、自分でやっていますが、それでいいと思い込んでしまっていました。
その罰金が来たのですが、さほどの金額ではないのですが、また工面しなければいけません。
しかも今やだれもやってくれないので、自分で法務局に行ったりしなければいけません。

まあこういうところが、私の常識のないところなのですが、なぜかこの頃、以前関わった複数の会社関係の税金の支払い請求が届きます。
あんまり負担能力がないので、それぞれ今の代表の人に支払いをお願いしていますが、きちんと手続きをしないと、これからも私のところに届きそうです。

これまであまりにこういうことを柔軟に対応しすぎていました。
私の貯金もそろそろ底を突きだしましたので、これ以上長生きするには、ちょっと生き方を変えなくてはいけないようです。
あまり自信はありませんが、お金にまつわる話は、私には本当に苦手です。
今日はなんだか心穏やかではありません。
お金の呪縛から解放されているなどというのは、どうも私の見栄でしかないようです。
困ったものです。
はい。

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■縁カフェの一時休店とオープンカフェの再開

昨年試験的に開店営業した「縁カフェ」は、1年間やってみましたが、思うような展開ができず、一時、休店することにしました。
売り上げは年間で2万4000円でしたが、売り上げが休店の理由ではありません。
なかなかお客様を広げられずに、どうも私の応援のために無理に来客している気配も感じられたからです。
行き場やホッとできる場のあまりない人の場にしたかったのですが、こういう場があることをどう伝えたらいいか方策が見つからなかったのも反省です。
そこでいい方策が見つかるまで休店します。
縁カフェの基金24000円は当面コムケア基金として保持します。

それに代わり、かつてのようなオープンカフェを再開します。
以前のように金曜日の夜が集まりやすいのでしょうが、居場所のあまりない人の集まる場を目指しますので、日曜日の午後にしました。
毎月、第1日曜日に開催します。

湯島のサロンは、テーマサロンが中心になってきましたが、このサロンは以前のようにまったくテーマなしです。
正午からスタンバイし、サロンそのものは1~4時を想定。出入り自由です。
ほとんど無意味のサロンですが、無意味と思われるものほど意味があるというのが、いささかひねくれた私の考えなので、
ただ、私が突然急用ができたりすることもあるので、絶対開催ではなく、原則開催です。
参加費は今まで通り、500円を目安に、部屋のどこかにあるお布施缶に入れてください。
会場の維持のために充当させてもらいます。

最初のオープンサロンは、3月3日です。
私がまだ会ったこともない人の来店をお待ちしていますが、飽きるほどあっている人も歓迎します。

よろしくお願いいたします。

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2019/02/21

■目先の問題解決のために大切な文化をないがしろにしていないか

「24時間はもう限界」、セブン-イレブンFC加盟店が時短営業で本部と対立、という話題がテレビや新聞で報道されています。
人手不足が、その大きな理由です。
そして、海外の労働力を日本に持ち込もうという考えを、多くの日本人は受け入れてきているようです。

前に「移民と移住」について書いたことがありますが、個人レベルでの「移住」の受け入れと、国家としての「移民」政策は、似て非なるものだと思います。
昨年、話題になった、ダグラス・マレーの「西洋の自死」を読んで、この問題の私の理解はまだまだ不十分だったと反省しましたが、日本もまた「自死」に向かっているという、解説者の中野剛志さんの指摘を思い出しました。
それが、どんどん真実味を増しているからです。

ダグラス・マレーは、個人としての移民(イミグラント)と集団としての移民(イミグレーション)とは違うといっています。
私は、それを「政策としての移民」と「個人としての移住」と分けて考えて、「移住支持」「移民反対」の立場です。
最近の労働力視点で「移民」や「移住受け入れ」を考えることは、無責任であり、日本の文化をさらに変えてしまうだろうと懸念しています。
それに、そもそも人の生活を労働で考えてはいけません。
「人は人を手段にしてはいけない」というカントの言葉に反するからです。

その奥にあるのは、24時間営業を便利だと思う文化です。
いや24時間営業などという「例外」を「ルーティン」にしてしまってきた文化というべきかもしれません。
ちなみに、昔はどこの店も24時間営業などと言わずとも、万一真夜中にどうしても薬が必要になったら、店の戸を叩いて店主を起こすこともできたのです。
それが薬でなくて醤油だったら、隣の家に分けてもらいに行けたかもしれません。
まあそれはともかく、人手不足であれば、人手を減らす社会をつくればいいだけの話です。
その根底にあるのは、「成長信仰」です。

電力を無尽蔵に使いたいので原発を稼働させたことの問題を私たちは知りました。
にもかかわらず、懲りずに労働力を無尽蔵に使いたいので外国労働力を導入する。
労働力の担い手は人間です。

ダグラス・マレーの「西洋の自死」は、あまりに反イスラムなのであまり薦めたくはないのですが、この本を読んだら、今の風潮には疑問を抱く人も増えるかもしれません。

大切なのは経済ではなく文化なのです。

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■節子への挽歌4113:死と老い

節子
死を意識することは、多くの人にはなかなか抵抗があるようです。
私もそうでした。
一時は、「アンチエージング」などという言葉にも共感したこともありました。
もちろんそんな「過ち」からはすぐに抜け出しましたが、今は「健全な老化」を目指して、老人らしく老いようと考えています。
しかし、意外とそれが難しい。

今日は小学校時代の友人が湯島に来ました。
いま抗がん剤治療をしていますが、たまには外出したいというので、私をお見舞いに来てもらったのです。
幸か不幸か、私の体調は回復してしまっていたのですが、本来は私が見舞いに行くべき立場なのです。
でもまあ、常識の反対を好む私としては、素直に見舞いを受け、しかもお昼をごちそうになってしまいました。
特上のうなぎがいいだろうと彼が頼んだのですが、彼が完食できるかどうか気になっていたのですが、見事に完食しました。
私もそれにつられて完食しました。
私はともかく、彼が回復基調にあるのがわかってホッとしました。
食べる様子や顔の表情を見れば、その人の状況はわかります。
言葉はうそをついても、身体はうそをつきませんから。
心配していましたが、安心しました。

しかし、最後にやや疲れた感じが出たので、ちょっと気になっています。
彼のがんは根治していないのです。
明日また電話しようと思います。

自分の死に関しては、何の抵抗もなく語れます。
しかし、友人とはいえ、彼とはまだ死に関しては話し合えません。
老いに関して、かなり語り合えるようになりましたが、なかなか「死」にはたどり着けません。
死と老いは、つながっているようで、つながっていないようです。

でも、「健全な老い」を進めていけば、「健全な死」にたどり着けるでしょう。

今日は彼と会った後、上野のびわ湖長浜 KANNON HOUSEに「いも観音」に会いに行く予定でしたが、何やら無性に疲れてしまいました。
もしかしたら、やはり私の方が見舞われるべき状況にあるのかもしれません。
困ったものです。

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2019/02/20

■節子への挽歌4112:人は死んだ後も人に出会える

節子
折戸えとなさんという方の書いた、「贈与と共生の経済倫理学」をよみました。
その紹介は時評編に書きましたが、驚くほど私の生きるビジョンに重なっています。
著者は、残念ながら昨年亡くなりました。
友人からその話は聞いていました。
しかし彼女が残した本の内容に関しては、あまり聞いていませんでした。

たまたま、その本の舞台にもなっている霜里農場の女主人が私の小学校時代の同級生です。
先日、そこに関連するサロンを開いたときに、その本の著者の伴侶が参加してくれました。
彼は、もし妻がいたら、この湯島サロンの常連になっただろうと話してくれました。

私が、その本を読んだのはそれから1週間ほどしてからです。
実は書名があまりにも「流行的」なので読む気が起きていなかったのです。
ところが、時評編にも書きましたが、読み出したら一気に読んでしまうほど面白く示唆に富むものでした。
そのことをフェイスブックに書いたら、折戸えとなさんの伴侶から写真が届きました。
えとなさんの写真が2枚。
「失礼ながら、えとなの写真をお送りいたします」と書かれていました。

それだけの話なのですが、私には痛いほど、その気持ちがわかります。

人は死んだ後も人に出会える。
そのことを改めて確信しました。

昨日、その本の書評をフェイスブックにアップしました。
折戸さん(伴侶)からコメントが届きました。
「えとなも佐藤さんに読んでいただいて喜んでいると思います!」
死者とも人は付き合えるのです。

私にとっての死のイメージがどんどん変わってきています。

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2019/02/19

■節子への挽歌4111:寒いと挽歌が書けません

節子
寒いとどうも挽歌が書けません。
パソコンのある部屋が寒いからです。
困ったものです。

しかしだいぶ暖かくなってきました。
昨日は孫のにこが来たので、一緒に畑に行ってブロッコリーを取ってきました。
孫はわが家に来ると、玄関で大きな声で私にも呼び掛けます。
節子がいいたらどんなに喜ぶことでしょうか。
節子がいいたらたぶん孫のライフスタイルも変わったかもしれません。
人の死は、遺された者すべての生活を変えていくことを、このごろ強く感じます。
そんなことなど、あまり考えたことはなかったのですが。

もう一つ感ずるのは、人が生き続けるということは、実に幸運なことなのだという気付きです。
そういう「生きることのむずかしさ」に、あまり気づいてこなかった鈍感さを、最近改めて感じています。

昨日、孫と畑に行ったときに、花壇も見てきました。
チューリップが芽を出し始めています。
春が近いです。
私の心身も、動き出すでしょう。
明日から少し暖かくなるようです。

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■「贈与と共生の経済倫理学」(折戸えとな著)をぜひ多くの人に読んでほしいです。

とても共感できる本に出会いました。
折戸えとなさんの書いた「贈与と共生の経済倫理学」(図書出版ヘウレーカ出版)です。
有機農業の里として知られる埼玉県小川町にある霜里農場の金子美登さんの実践活動と、そこに関わりながら、誠実に生きている人たちのライフストーリーをベースに、新しい生き方(新しい社会のあり方)を示唆する、意欲的な本です。
「贈与と共生の経済倫理学」という書名にいささかひるんでしまう人もいると思いますが、さまざまな人の具体的な生き方や発言が中心になっているので、自らの生き方とつなげて読んでいけます。
要約的に言えば、人間の生の全体性を回復するための実践の書です。

ただ読みだしたときには、ちょっと驚きました。
レヴィナスの「他者の顔とは、私たちに何かを呼びかける存在としてそこに現前している」という言葉や、イリイチのコンヴィヴィアリティ(自立共生)といった言葉が出てきたからです。
しかし、さぞや難解な文章が続くと覚悟したとたんに、今度は金子さんや彼とつながりのあるさまざまな立場の人たちに対するインタビューによって描き出される生々しいライフストーリーが始まります。
そのあたりから、引き込まれるように一気に読んでしまいました。
ちなみに、レヴィナスとイリイチの言葉は、本書の描き出す世界の主軸になっています。
もう一つの基軸は、ポランニーの「経済を社会関係に埋め戻す」という命題です。
こう書くと何やら難しそうに感ずるかもしれませんが、そうしたことを解説するのではなく、むしろそうした概念に実体を与え、日ごろの私たちの生き方につなげていくというのが、著者の意図です。

金子美登さんがなぜ有機農業に取り組んだのかは、きわめて明確です。
象徴する金子さんの言葉が最初に出てきます。

「より安全でよりうまい牛乳を、喜んで消費者に飲んでもらうことが、私のささやかな望みであり、これが可能でないような農業はあまりにもみじめなのではないか。このようなことが実現されてはじめて、自分の喜びが真の喜びになると思っていたのである」。

つまり出発点は、金子さんの生きる喜びへの思いなのです。
私は、そこに、理屈からは出てこない「ほんもの」を感じます。

しかし「この本質をつく農業を行っていたのでは、目的の生活がなりたたない社会の仕組みとなってしまっている」という社会の現実の前で、金子さんのさまざまな活動が始まっていきます。
その取り組みは、失敗したり成功したりするのですが、いろんな試行錯誤の結果、現在、行きついているのが、金銭契約ではなく、「お礼制」という仕組みです。
「お礼制」とは、出来たものを消費者に贈与し、それへの謝礼は「消費者の側で自由に決めてください」という形で、生産者と消費者がつながっていく、という仕組みです。
そのつながりは、お互いをよりよく知りあい、「もろともの関係」に育っていくことで、双方に大きな生活の安心感が育ってくる。
そして、ものやお金のやりとりを超えた人のつながりが広がっていく。
新しい生き方、新しい社会のあり方のヒントがそこにある。

契約を超えた「お礼制」と「もろともの関係」に集約される本書の内容は、簡単には紹介できませんが、出版社であるヘウレーカのサイトにある解説で、概要はつかめるかもしれません。
https://www.heureka-books.com/books/396
また本書の帯に書かれている内山節さんの推薦文も、本書の的確な要約になっています。
「有機農業によって自然と和解し、価格をつけない流通を成立させることによって貨幣の呪縛から自由になる。それを実現させた、独りの農民の営みを見ながら、本書は人間が自由に生きるための根源的な課題を提示している」。

つまり、本書は自由に生きるための生き方を示唆しくれているのです。
それもさまざまな生き方を具体的に例示しながらです。
そして、自由な生き方にとって大切なのは〈責任・自由・信頼〉を核にした生き方だというメッセージにつながっていきます。
言葉を単に並べただけではありません。
折戸さんは、「責任」「自由」「信頼」の言葉の意味をしっかりと吟味し、それをつなげて考えています。

金子さんは「ことばの世界に生きていない」と自らを位置づけているそうですが、折戸さんもまた、別の意味で「ことばの世界に生きていない」人だと感じました。

本書のキーワドは、書名にあるように、「贈与」「共生」「倫理」です。
いずれも聞き飽きた退屈な言葉ですが、この「流行語」がしっかりと地に足付けて語られています。
しかもそれが大きな物語を創っているばかりか、人が生きることの意味さえも伝えているのです。
同じような言葉を並べた、書名が似た本とは全く違います。

たとえば「倫理」。
倫理に関する本を読んで私はいつも違和感を持ってしまいます。
私の実際の生き方につながってこないからです。
倫理(ethics)という言葉の語源であるギリシア語のエトスは、「ねぐら」「住み処」という意味です。
つまり、その人の生活圏での暮らしを通じて形づくられる「生き方」や「振る舞い方」、言い換えれば、どうしたら快適に暮らせるかのルールとすべき価値の基準が「倫理」だと、私は考えています。
折戸さんは、たぶんそういう意味で「経済倫理学」という言葉を選んだのでしょう。
崇高な理想などとは無縁の話で、「いかに善く生きるか」が著者の関心です。
そして、それぞれが善く生きていれば社会は豊かになると、たぶん確信しているのでしょう。
私も、そう確信している一人です。

生きやすさを求めることを「倫理」と考えれば、そのカギとなるのは「贈与」と「共生」だと折戸さんは言います。
ここでも折戸さんは退屈な定義には満足していません。
贈与とは「他者との関係性を豊かにすること」であり、「共生」とは「もろともの関係」で生きることだというのです。
いずれにも「覚悟」が必要です。
これだけで、本書は退屈な「贈与」や「共生」を解説する本ではないことがわかってもらえると思います。

ついでに言えば、書名にあるもう2つの言葉、「経済」と「学」についても、折戸さんは、前者は「オイコノミクス(家政)」「経世済民」と捉え、後者に関しても、あいまいな「言葉」だけでは不十分だと指摘しているような気がします。

以上のことは、私の勝手な解釈ですので、折戸さんからは叱られるかもしれません。
しかし、本書を読んでいると、彼女の深くて実践的な問題意識と新しい学への意欲をいたるところで感じます。

ところで、レヴィナスの「顔」はどうかかわっているのか。
そこに込められたメッセージは「個人の尊厳の尊重」であり、ほんとのコミュニケーションは、顔を持った個人間で行われるということです。
個人が存在しなければ、ほんとうのコミュニケーションも成立しない。
そして、イリイチのコンヴィヴィアリティやサブシステンス概念は、まさに「もろともの関係」に具現化されています。

折戸さんが「終わりに」に書き残した文章を、少し長いですが、引用させてもらいます。

巨大システムの中で個が一括管理されていくような世界で、自然と不可分につながっている人間たちの尊厳をかけた運動は、私たちの生存と生きがい、生産と再生産、自由、責任、信頼にとってなくてはならない不可欠な要素なのである。その意味において、たとえすべての人が、生活全体を「もろとも」の関係性で構築することは不可能であったとしても、このような関係性のない世界では、私たちは生きることができないといっても過言ではないだろう。

関係性のない世界で生きることに多くの人が馴らされてきている現在の社会に少しでも違和感を持っている人には、ぜひとも読んでいただきたい本です。
きっと新しい気づきや生きるヒントを得られると思います。
そして、できるならば、折戸さんが残したメッセージ(本書の「おわりに」に示されています)を引き継ぐ人が現れることを心から願っています。

いつも以上に主観的な、しかも長い紹介になってしましたが、もう少し蛇足を。
著者の折戸えとなさんには、私は残念ながらお会いする機会を失しました。
お名前はお聞きしていましたが、まさかこういう本を書かれていたとは知りませんでした。
折戸えとなさんは、本書を仕上げた後、亡くなりました。
お会いできなかったのが、心底、残念です。
本書を読んだ後、どんな人だったのだろうと思っていたら、その後、会う機会を得た折戸さんの伴侶から、なぜか写真が送られてきました。
人は会うべき人には必ず会うものだという私の確信は、今回も実現しました。

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2019/02/18

■不適切の流行

最近、「不適切」という言葉をよく耳にします。
「不適切動画」「不適切指導」「不適切処理」……。
しかも、その不適切動画なるものがテレビでも盛んに流されます。
流す必要などないでしょうが、テレビ関係者もまた「不適切動画」を広める活動に熱心です。
「不適切動画をスマホやユーチューブで流すのが「不適切」なのであれば、公共性がより高いテレビで流すのは、もっと「不適切」だと私は思います。
いまや公共メディアこそが「不適切」な存在ではないかと思いたくなります。

そもそも飲食店やコンビニなどで働いている人が、なぜ「不適切映像」を流すのか。
そこにこそ私は関心があります。
何も好き好んで、自らの解雇のリスクのある行動を行っているわけではないでしょう。
その背景には、そういう行動をしたくなってしまうような、「不適切環境」があるのではないかと思います。
当該企業のことだけではありません。
社会そのもののことを言っています。

言うまでもなく、「不適切」なのは「動画」ではなく「行為」です。
そうした「不適切」な行為を従業員が行ってしまうような環境をこそ正さなくてはいけません。

「不適切な指導」を行う親や先生も同じ捉えた方が必要です。
なぜ「不適切な指導」や「不適切なしつけ」が行われるのか。
問題をもっと大きな視野でとらえない限り、事態は変わっていかないように思います。

それ以上に問題なのは、世間の風潮そのものが「不適切さ」への感度を鈍らせていることです。
それを象徴し、それを促進しているのが、私たちが選んだ政治家たちです。
政治家の不適切な行動こそ、もっと問題にしなければいけません。
その「不適切度」を考えれば、テレビで報道されている「不適切動画」などは、私にはあまり気にはなりません。
むしろ「不適切な社会」や「不適切な生き方」への警告のようにも感じます。

政治や行政の世界から「不適切動画」がでてこないことにも疑問を感じています。
飲食店やコンビニよりは、働く環境がいいのでしょうか。
あるいは、人間的な感性が弱まってしまっているのでしょうか。

もちろん私は、「不適切動画」や「不適切指導」を肯定しているわけではありません。
私の投稿は、読み違えられることも多いので、念のために。

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2019/02/17

■カフェサロン「留学生の目からの来日前の日本、来日後の日本」の報告

留学生支援企業協力推進協会の太田さんにお願いして「留学生は日本をどう感じているだろうか」というサロンを開催しました。
最初に、太田さんがなぜ留学生支援に取り組んだかという話をされた後、韓国の温ビチャンさんとスリランカのJ.ラッセルさんからお話をお聞きしました。
関心のある人が多いようで、12人の参加者がありました。

留学生のふたりはいずれも、日本に来て、日本が以前より好きになったようですし、日本での留学生活にはあまり不満はないようでした。
ただ、来日前と来日後の印象は大きく変わったようです。

温さんは、学校教育の中で、日本のイメージをつくっていましたので、日本にはあまりいい感じを持っていなかったのですが、日本に来てイメージが変わったといいます。
特に感心したのは、日本では世界中の書物が翻訳されていて図書館でそれが読めるということだったようです。
そこに日本の強さの理由とこれからの可能性を感じたといいます。
これは意外と日本人は認識していないことかもしれません。

ラッセルさんが日本に来たいと思った理由は2つあったそうです。
小さなころから父親が日本をほめていたこととテレビの「おしん」の影響でした。
そこで日本への留学を決めたのですが、来日して、「おしん」の日本との違いに驚いたそうです。
「おしん」の世界はなくなっていましたが、今の日本も生活しやすく、別の意味での日本の良さも実感してもらっているようです。

ふたりとも来日して、日本がますます好きになったそうです。
参加者から、不満はないのかと何回か質問がでましたが、2人とも不満はないといいます。
日本の批判をすることへの遠慮があったのかもしれませんが、基本的には日本のファンになったようです。

ただ、ラッセルさんは今年卒業して日本で就職しますが、昨年の就職活動ではちょっと苦労したようで、その過程でちょっと違った日本も感じているようです。
来年日本で就職予定の温さんがどう感ずるかは興味深いです。

おふたりの話を聞いた後、質疑中心に自由に話し合いました。
家族関係の話、学校教育の話、経済的豊かさと生活の豊かさの話、便利さの話、政治の話…。

韓国は儒教の国であり、スリランカは仏教の国です。
いずれも「家族」を大切にしている国です。
そうした視点からは、どうも日本の「家族」のイメージにはちょっと違和感があるそうです。
スリランカでは、親は子どもの生活への関心が高いようですが、日本の場合、親は子どもの生活にあまり関心がないのではないかとラッセルさんは感じているようです。
コミュニケーションの問題もでました。
ラッセルさんは、日本には自動販売機が多いが、あれも人とのコミュニケーションの機会を奪っているという話をしました。
買い物は、お金の世界と人のつながりを育てる世界をつなげていく場ですが、ラッセルさんの指摘はとても大切な視点を気づかせてくれました。
私はもう長いこと、自動販売機は利用していませんが、コミュニケーションの視点で考えたことはありませんでした。

温さんは韓国の現代の話もしました。
日本人はあまりに現代史に無関心ではないかという指摘とも受け取れます。
温さんは、政治学を専攻されていますので、地政学的な話もされました。
この話は、できれば改めて温さんに頼んでサロンをしてもらいたいと思っています。

プレゼンテーションの仕方や内容も、国柄を感じさせました。
参加者の反応も、日本の実相を感じさせて興味深かったです。

お2人の話を聞いて、私は留学生に見える日本の姿と実際の日本の姿のギャップを感じました。
日本の表層だけではなく、便利さや豊かさや安全さの裏にあるさまざまな問題の現場にも触れる機会を留学生には持ってほしいと思いました。
留学生は、基本的には、学校と住まいとアルバイト職場を通して、日本と触れていますが、概して恵まれた環境で日本と接しています。
留学生ではなく、働きに来ている外国の人たちの話も聞きたくなりました。
どなたかそういう人を紹介してくれないでしょうか。

お2人は、サロンの場ではまだ十分に本音が出せなかったかもしれません。
終了後、有志の人たちと居酒屋で話し合ったそうです。
私は参加できなかったのですが、そこでどんな話が出たか、興味があります。
どなたかよかったら、さしさわりのない範囲で、教えてください。
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2019/02/16

■湯島サロン「万葉集の多様性ー古代和歌の魅力」のご案内

新しいスタイルのサロンを始めます。
以前やっていた、「ちょっと知的なサロン」の発展形の一つです。
単発ではなく、ちょっと学習会的な要素も入れて、シリーズ展開します。

その第一弾は、カルチャーセンターでやっているような「万葉集入門」の、カジュアル参加型版です。
カルチャーセンターとちょっと違うのは、講師と参加者の関係を仲間関係にすることです。
講師は、昭和女子大学元教授の升田淑子さんですが、このサロンでは、元教授であることはみんな忘れて、現研究者として講師役をつとめてもらいます。

万葉集の名前は知っているけれど、読んだことはない、という方も大歓迎です。
ちょっとゼミ気分も味わえるようにもしたいと思っています。
ですから、万葉集に関してこんなテーマでひそかに研究しているという人がいたら、それもまた大歓迎で、そういう人には発表の場もつくります。
このサロンに触発されて、新たにテーマを設定して研究したいという人が生まれてきたら、升田さんにアドバイザーになってもらいます。
希望者による「奈良万葉の旅」も企画する予定です。

今回はそうしたことの予告も兼ねての、キックオフサロンです。
升田さんに、「万葉集の多様性ー古代和歌の魅力」を語ってもらい、その後、連続企画している「升田万葉集サロン」の紹介をしてもらいます。
連続サロンの内容は、参加者のみなさんの希望を含めて、方向づけたいと思います。
隔月くらいの開催を予定していますが、継続参加できる人をコアにして、公開で開催します。

万葉集など学んでも、何の役にも立たないなというような現在の社会風潮を変えていこう、などという意図は全くないのですが、何かが生まれるかもしれないと、ひそかに楽しみにしています。

一味違う湯島サロンに、ぜひご参加ください。

〇日時:2019年3月23日(土曜日)午後2時~4時
〇場所:湯島コンセプトワークショップ
http://cws.c.ooco.jp/cws-map.pdf
〇テーマ:「万葉集の多様性ー古代和歌の魅力」
〇会費:500円
〇申込先:佐藤修(qzy00757@nifty.com)


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2019/02/15

■湯島サロン「東京で感じたこと、米子で見えたこと」のお誘い

矢辺卓哉さんと出会ったのは、矢辺さんが大学生の時でした。
障害のある人たちの働く会社を立ち上げたいという思いで、経営学を学んでいました。
当時私が取り組んでいた「コムケア活動」も手伝ってくれていましたが、時々、矢辺さんとは「ノーマライゼーション」だとか障害者の働く仕組みづくりとか、あるいは「経営とは何か」などをよく話し合っていたのを思いだします。
とても行動的な、明るい若者でした。
大学を卒業後、障害を持つ人の雇用を支援する会社に入社、時々その話もお聞きしていました。
社会に出ても矢辺さんの考えはぶれることなく、その後、みずから会社を起業し、しばらく東京で活動していましたが、数年前に故郷の鳥取県米子市に戻りました。
なぜ戻ったのかについてはっきりと聞いたことはないのですが、私には意外なことではありませんでした。
以来、付き合いはほとんどありませんでした。

その矢辺さんから東京に行くという連絡がきたので、サロンをしてもらうことにしました。
彼はとても「純」に自分を生きている若者ですから、彼が今の時代をどう感じ、どう生きているかに関心があったのです。
東京で起業し、今は鳥取で会社代表を務めるとともに、別の会社の平社員も兼務しているという、事業家の矢辺さん(まだ30代です)には、私には見えていないことがたくさん見えているはずですから。
タイトルは、「東京で感じたこと、米子で見えたこと」にさせてもらいました。
何を話すかは矢辺さんに一任しました。
30~40分ほど話してもらい、その後はみんなで話し合えればと思います。

矢辺さんはフェイスブックをしていますが、その自己紹介に、「好きな食べもの:あなたや家族と一緒に食べる食事すべて」と書いています。
食は生き方の基本ですが、この言葉に矢辺さんの「人となり」が象徴されています。

どんな話に展開していくかはわかりませんが、いつもとはちょっと違ったサロンになればと思っています。
そのためにも、若い世代の人たちにもたくさん参加してもらいたいです。
もちろん、若くない世代の人も歓迎です。
若者から学ぶことはたくさんありますので。

〇日時:2019年3月8日(金曜日)午後6時半~8時半
〇場所:湯島コンセプトワークショップ
http://cws.c.ooco.jp/cws-map.pdf
○話題提供:矢辺卓哉さん(平社員と社長を兼業しているソーシャル・アントレプレナー)
〇テーマ:「東京で感じたこと、米子で見えたこと」
〇会費:500円
〇申込先:佐藤修(qzy00757@nifty.com)


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2019/02/13

■節子への挽歌4110:人生にとって一番大切なのはパートナー

節子
先日のサロンに、わざわざ新潟から参加してくれた友人がいます。
サロンが長引いたため、ゆっくり話すことができませんでした。
今度は私に会うだけにやってくると言って、帰りました。
今回のサロンも、たぶん私に合うのが目的だったのでしょう。
お互いのようすを確認し合うだけで、十分だったのかもしれません。
そういう友人が、私には数名います。

昨日書いた、若年性アルツハイマーを発症した藤田さんは、「認知症になってもだいじょうぶ!」という本の中に、友人知人の大切を繰り返し書いています。
「一人の人として関わり続けてくれる人がたくさんいれば、孤立することはありません」
「私には、アルツハイマー病になってもこれまでどおり関わってくれる友人が何人かいます。ありがたいなあと思っています。私のことを一人の人として見てくれていると実感しています」
「より多くの人と出会い、多くの頼れる人とつながっていると、人生を豊かにする可能性が広がっていくと思うのです」
いろんな人との支え合うつながりを育てていれば、たとえ認知症になってもだいじょうぶ、と藤田さんは言います。
藤田さんは、そういう人たちを「パートナー」と呼んでいるようです。
人生にとって、一番大切なのはパートナーだと、私も思います。
お金はなんの支えにもなりませんが、友人は人生を豊かにし、生きやすくしてくれます。

私にとっては、これまで「パートナー」と言えば、節子のことでした。
しかし、もっと広い意味で「パートナー」を捉えたほうがよさそうです。
たしかに、わたしはたくさんのパートナーに支えられて、いまここにいる。

本の紹介を書いた私のフェイスブックに、藤田さんがコメントしてきました。
そこにこんな文章がありました。

自分で言うのも変かもしれないですが、
増刷にあたり読み返し、自分の言葉に励まされました。

過去の自分もまた、いまの自分のパートナーなのです。
私は、この挽歌を読み直したことはありません。
でももしかしたら、私が思いきり落ち込んだりした時に、この挽歌が私を元気づけてくれるかもしれません。

過去の自分や未来の自分が、自分のパートナーだとしたら、人はみなたくさんのパートナーを持っていることになる。
孤立している人などいないのです。

サロンに参加してくれた友人は、今度いつ湯島に来てくれるでしょうか。
待ち遠しいです。

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2019/02/12

■節子への挽歌4109:「私たち抜きに私たちのことを決めないで」

節子
人の気分はちょっとしたことで大きく変わるものです。
最近の私の気分は、どうも乱高下という感じでしょうか。
ちょっとしたことで滅入ったり、元気が出たり、相変わらずその繰り返しが続いています。
もう2か月くらいになるでしょうか。
我ながらなぜそういう状況に陥っているのか理解できませんが、困ったものです。

先日、アルツハイマー病の人の書いた本を読みました。
時評編に紹介していますが、「認知症になっても大丈夫!」という本です。
昨年、その本の編集協力をした島村さんからもらっていたのですが、その時には「認知症」という文字に影響されてざっと読んだだけでした。
その後、いろいろとあって、読み直しました。
これは「認知症」の本ではなく、誰もが快適に暮らせる社会への呼びかけの本だと気づきました。
ひとつの文章が心に残りました。
「私たち抜きに私たちのことを決めないで」。
スコットランドの認知症になった人たちのグループのスローガンのようです。

この言葉で、この2日間、「青い芝の会」や「津久井やまゆり園事件」などいろんなことを考えていました。
今も毎日のように、信じがたい事件がテレビで報道されています。
しかし、こうした事件に関して、私たちは「当事者」にきちんと耳を傾けているだろうか。

考えているうちに、私自身の問題にたどり着きました。
私は、節子の声にきちんと耳を傾けていただろうか。

人生は「後悔の連続」です。
私は、後悔をしないことを信条にしてきたつもりなのですが。

今日もとても寒いです。

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■湯島サロン「お墓のことを考えたことはありますか」のお誘い

湯島では、昨年から「死の視点から生き方を考えよう」という主旨のサロンを何回か行ってきました。さらにそこから、「新しいお葬式や死への取り組み方」を考えていくプロジェクトの立ち上げも検討しています。
根底にあるのは、「死」とは「別れ」であると同時に、「つながり」の契機だという考えです。
これは、これまでの湯島のサロンの理念と重なっています。
そうした活動の一環として、それに関連したサロンやミーティングを今年も毎月開催していく予定です。

その皮切りとして、3月13日に、長年、お墓のお仕事をされている篠田さん(篠田石材工業代表取締役)に「お墓」をテーマにサロンをしていただくことにしました。
お墓は、日常生活の中ではあまり話題になることはありませんが、暮らしの中に埋め込まれている、お彼岸やお盆には、お墓参りに行く人も少なくないでしょう。
また、誰にも訪れる「死」の後の「棲み処」としてのお墓をどうするかは、誰にとっても避けられない問題です。
しかし、にもかかわらず、お墓に関しては、私たちはあまり知りませんし、話し合うことも少ない。
最近は、「お墓は要らない」という人も増えているようです。

東日本大震災後の被災地を訪問した時、とても印象的な風景に出会いました。
住居の復興は全く手付かずだった集落に、一か所だけきれいに復興したところがありました。
集落の墓地でした。
お墓はしっかりと立て直されていました。
そこに住む人たちにとっては、生きる拠り所がお墓だったのかもしれません。
遺された人たちと逝ってしまった人たちをつなぐだけではなく、遺されて生きている人たちの支えになっているような気がしました。
お墓や墓地(霊園)の持つ意味を、改めて考えさせられました。

私が、お墓の意味に気づいたのは、妻を見送った後です。
いまは毎月、時には孫もつれて、お墓参りに行っています。
お墓の持つ意味は、普段はなかなか気づきませんが、生きることと深くつながっているように思います。

先日、お葬式をテーマにした話し合いを開いたのですが、参加者の中に数名、自分は「散骨」希望だという人がいました。
つまり、「お墓」をつくらないということです。
その理由はさまざまですが、費用的な理由や遺された人に負担をかけてしまうという理由もありました。
しかし、もしかしたらそう考えてしまうことに、問題があるのかもしれません。
「葬儀」もそうですが、「お墓」も、遺されたものが生きていくという視点で考え直すことが大切になってきているように思います。

費用や煩わしさの問題は、お墓に関する知識があれば、考えが変わるかもしれません。
しかし、お墓について、気楽に話を聞いたり質問したりする場はあまりありません。
そこで今回は長年お墓のお仕事をされている篠田さんにお墓や霊園に関してお話しいただき、その後、なんでもQ&Aをさせてもらえるサロンを企画しました。
篠田さんは、100年を超える老舗の石材店の経営者で、お墓を通して、社会の変化や死生観の変化も見てきている人です。
お墓にまつわるいろんな相談にも乗ってもらえるかもしれません。
そして、お墓を通して、生き方を考えるような場にもしたいと思っています。

ぜひ多くの人に参加したいと思っています。

〇日時:2019年3月13日(水曜日)午後2時~4時
〇場所:湯島コンセプトワークショップ
http://cws.c.ooco.jp/cws-map.pdf
○話題提供:篠田雅央さん(篠田石材工業代表取締役)
〇テーマ:「お墓のことを考えたことはありますか」
〇会費:500円
〇申込先:佐藤修(qzy00757@nifty.com)

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■「認知症になってもだいじょうぶ!」(藤田和子)をお勧めします

2年ほど前に出版された本なのですが、やはり多くの人に読んでほしいと思い、改めて紹介させてもらうことにしました。
書名に「認知症」とありますが、それにこだわらずに、さまざまな人に読んでほしい。
読むときっと世界が広がり、生きやすくなる、そう思ったからです。
もちろん認知症に関わっている人には、たくさんの学びがあることは言うまでもありませんが。

本書は、看護師であり、認知症の義母を介護し看取った経験もある藤田和子さんが、45歳でアルツハイマー病と診断されてからの10年間の自らの経験をベースに、「認知症になってもだいじょうぶな社会」をつくっていこうと呼びかけた本です。
最初読んだときは、「認知症」という文字に呪縛されてしまい気づかなかったのですが、今回改めて読ませてもらったら、本書は社会のあり方や私たちの生き方へのメッセージの書だと気づきました。
藤田さんは本書の中で、「人権問題としての『認知症問題』」と書いています。
ここで語られているのは、認知症になっても大丈夫な生き方だけではなく、たとえ認知症になっても快適に暮らせるような社会を実現するための私たち一人ひとりの生き方です。
認知症とは無縁だと思っている人もふくめて、多くの人に読んでほしい本です。

私は20年ほど前から、「誰もが気持ちよく暮らせる社会」を目指す「コムケア活動」に、個人としてささやかに取り組んでいます。
そこで一番大事にしているのは、「個人の尊厳の尊重」ということです。
「ケア」も、「一方的な行為」ではなく「双方向に働き合う関係」と捉えてきました。
最近では、マニュアル的な押し付けケアではなく、当事者個人の思いを起点にした生活全体に視野を広げた地域(生活)包括ケアという発想が広がりだしていますが、それはまさに「誰もが気持ちよく暮らせる社会」につながっていくと思っています。
誰もが気持ちよく、という意味は、障害を意識しないですむようなという意味です。
もちろん「認知症」や「高齢化」も、障害にはならない社会です。

テレビなどで、2025年には「高齢者の5人に1人が認知症」などという顧客創造情報が盛んに流れていますが、そうしたことには私は全く関心がありません。
しかし、コムケア活動の流れの中で、「みんなの認知症予防ゲーム」を通して、社会に笑顔を広げていこうというプロジェクトには参加させてもらっています。
その集まりで、私はいつも、私自身は認知症予防よりも認知症になっても気持ちよく暮らせていける社会のほうを目指したい、そして自分でもそうなるように生きていると発言しています。
藤田さんのいう「認知症になってもだいじょうぶな社会」をつくるのは、たぶん私たち一人ひとりです。
そう思って、自分でできることに取り組んでいますが、本書を読んで、とても元気づけられました。

藤田さんは、盛んに書いています。
「一人の人として関わり続けてくれる人がたくさんいれば、孤立することはありません」
「私には、アルツハイマー病になってもこれまでどおり関わってくれる友人が何人かいます。ありがたいなあと思っています。私のことを一人の人として見てくれていると実感しています」
「より多くの人と出会い、多くの頼れる人とつながっていると、人生を豊かにする可能性が広がっていくと思うのです」
大切なのは、いろんな人との支え合うつながりを育てていくということです。
藤田さんは、そういう人たちを「パートナー」と呼んでいるようです。

藤田さんが呼びかけていることはもう一つあります。
自分らしく生きること、そのためにはしっかりと社会に関わっていくこと。
パターン化された「認知症になってからの人生ルート」などに従ってはいけない。
もし、「認知症の人への偏見が自分らしく生きることを妨げている」のであれば、他人任せにするのではなく、そうした偏見のあやまちを身を持って示していく。
そのためにも、自分らしい生き方を大事にすることが大切だと藤田さんは言います。
そして、「私たち抜きに私たちのことを決めないで」と主張しなければいけない。
心から共感します。
「私たち抜きに私たちのことを決めないで」とみんなが言い出せば、社会はきっと豊かになっていきます。

本書で語られている藤田さんのメッセージには、ハッとさせられることが多かったのですが、とりわけ次の言葉はハッとさせられました。

「私自身、アルツハイマー病だった義母を9年間介護してきて、その大変さは身に染みて体験しています。けれども今はアルツハイマー病の患者本人としての立場で、介護者だったときにはわからなかった『本人の世界』をわかってもらいたいと思います」

これは、ケア活動で、ついつい陥りやすい落とし穴です。
当事者でなければわからないことがある。
相手のためと思っていることが、相手を押さえつけることにならないように注意しなければいけません。

本書は、藤田さんの素直な生活感覚が語られているので、とても読みやすい。
人の生き方として共感できることも多いです。
藤田さんが「幸せ」なのは、ご自分を誠実に生きているからでしょう。

藤田さんは、認知症に関する世間の偏見をなくしていきたいとも言っています。
ちょっと長いですが、引用させてもらいます。

「認知症への偏見を持ったままでは本人も周囲の人も、そして、社会全体が不幸せになるのだと思います。正しい理解を広めることができるのは、認知症の人、一人一人なのではと思います。ですから、自分の体験を世間に伝えることで、「これから認知症になる人々が早い段階で自分自身を理解し、自分の周りにいる人々とともにより良く生活できる工夫の必要性を考えることができるようになると思います」

「正しい理解を広めることができるのは、認知症の人、一人一人」、心に響きます。

藤田さんは、「本書が、アルツハイマー病とともに生きている私から、これから認知症になるかもしれない皆さんとそのパートナーになる方々へのヒントになるとうれしい」と書いていますが、本書にはたくさんのヒントがあります。
ぜひ多くの人たちに本書を読んでいただきたいです。
たくさんのことに気づかせてくれる本です。

この本を紹介してくれた島村さんに感謝します。

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■カフェサロン「種子法がなくなって、日本の野菜は大丈夫なのか」の報告

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「タネと内臓」(築地書館)の著者、吉田太郎さんのサロンには、有機農業に取り組んでいる霜里農場関係者も含めて、20人を超える参加者がありました。
新潟からわざわざ参加してくれた方もいます。
食の安全性に関する生活者の関心の高さがわかりますが、昨今の日本の状況を見ると、政府やマスコミの関心はどうも真反対の方向を向いているのではないかと、改めて気づかされたサロンでした。

吉田さんのお話は、なんと4億年前のデボン紀からはじまり、人類の未来にまでわたる長い時間の中で、いまの私たちの食の問題を、さまざまな話題を通して、わかりやすく、面白く、解説してくれました。
詳しい内容はとても紹介しきれませんが、たとえばこんな話題が出ました。

いまの食生活だと、あの知的で精悍だったホモ・サピエンスは太った豚のように進化していくのではないか、
遺伝子組み換えのコーンは、「カス」どころか、いまや「毒」といってもいい。
究極のデドックスは腸内細菌だ。
私たちが毎日食べている食べものが、体内の善玉菌を殺し、その腸内細菌の活動を抑えてきている。
土中微生物を消滅させる除草剤グリホサートは、世界的には追放されつつあるが、そうした動きも含めて、日本ではあまり報道されず、今も使われている。
ヨーロッパでは、地域と地球の生態系維持を目指すアグロエコロジーが広がっており、公共調達で取得する食材の6割を有機農産物にしなければならないことがルール化された。デンマークなどでは学校給食は有機野菜と決められている。
国連でも、2014年に「国際家族農業年」宣言をし、小規模な家族農業を重視する呼びかけを行っている。
日本ではメディアは、こうした問題をほとんどとり上げない。
世界各地で、子どもたちにまともなものを食べさせたいという母親たちの動きが社会を変えつつある。
アメリカ人は、食生活も大きな理由になって、短命になり、不妊になってきている。
ちょっと私の拡大解釈や誤解があるかもしれませんが、これはほんの一部です。
そして最後は、マネーでは幸せになれないという話や贈与経済の話にまでいきました。
興味のある方は、ぜひ吉田さんの著書「タネと内臓」をお読みください。

こうした状況にどう対処したらいいか(これに関しても吉田さんは話の中で言及されました)ということも含めて、話し合いが行われました。
食育活動に取り組んでいる参加者の方が、有機野菜とそうでない野菜を比べると栄養価が全く違うという話をしてくれました。
要は、量的には同じでも生命にとっての価値は全く違うというわけです。
栄養価や美味しさ基準で価格を評価したら、有機野菜のほうがずっと割安になるのですが、今の経済システムでは有機野菜は高いと思われてしまうわけです。
有機野菜はなぜ高いのかということに関しては、霜里農場の金子友子さんは流通の問題が大きいと言います。
生産者と消費者とを結ぶ活動をしている方も参加していましたが、有機野菜がもっと広がっていけば、価格問題はむしろ有機野菜のほうにとって有利になることは十分考えられます。
工業型生産野菜を主軸にしていこうという、現在の農政や経済政策を見直すことで、変えられる問題かもしれません。

価格だけではなく、味覚の問題も話題になりました。
有機のおいしい野菜を食べたら、味覚が戻ってくるという人もいますが、最近の子どもたちの味覚はもしかしたら、不可逆的に変わりつつあるのかもしれません。
急いで取り組むべき問題だと思いますが、日本では一部の母親たちを除いて、ほとんど無関心です。
せめて学校給食を変えていかなければいけません。
いずれにしろ、私たちは食やそれを支える農への関心をもっと高め、知識を増やしていくことが大切です。

吉田さんは、種子法廃止に関連して、長野県で「長野県主要農作物等種子条例(仮称)」制定の動きが出てきていることも紹介してくれました。
こうした伝統野菜を守ろうという動きが、これから広がっていくことが期待されます。
長野には「信州の伝統野菜」という制度もあるそうですが、行政に限らず市民活動として、その土地の中で育ってきた「地の野菜」を守ろうという動きも各地で始まってきています。
食を守るのは、やはり住民や市民が主役でなければいけません。
そのためにも、このテーマは引き続き、サロンで話し合えればと思っています。
話題(問題)提起したい方がいたら、ぜひご連絡ください。

霜里農場の友子さんが完全有機のイチゴとケーキを、柏のすぎのファームの杉野さんがなしジュースと食用ひまわり油とそれを塗って食べるためのフランスパンを持ってきてくれました。
いずれもとてもおいしかったです。
私の味覚はまだ、辛うじて大丈夫かもしれません。

最後にいささかの暴言を。
今回のサロンを聞いていて、私は、日本の政府が、少子化を促進していると改めて感じました。
表面的には、「少子化対策」を表明していますが、実際に行っているのは「少子化推進」ではないのか。
これは少子化に限りません。
認知症の問題にもささやかに関わっていますが、政府は認知症を増やしたいと思っているようにしか思えません。
これはかなりいじけた私の暴言ですが。


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2019/02/11

■節子への挽歌4108:父の33回忌

節子
今日は、同居していた父の命日です。
寒い日でした。
私にとっては、初めての葬儀でしたが、たぶん一番頑張ってくれたのは節子でした。
節子は私の両親を看取り、葬儀も中心になって仕切ってくれました。
私は、当時まだ会社に勤めていました。
ちょうど会社を辞める直前でしたが、仕事が大好きで、家のことはほぼすべて節子に任せていました。
節子は、そうしたことに関して、私に何か言ったことは一切ありませんでした。

私の両親との関係も、私よりもよかったかもしれません。
ですから、私が嫁としゅうととの間に入って苦労することなど一度もありませんでした。
だからと言って私が逃げていたわけではありません。
何か問題が起これば、私はその事実に関して、自分の意見ははっきりというタイプでした。
ただ今にして思えば、いささか節子寄りに考えていたかもしれません。
両親には、もう少し寄り添えばよかったと反省しますが、まあその分、節子が寄り添っていたから、少しは許してもらえるでしょう。

父の葬儀は自宅でやりました。
寒い日なのに、外で受け付けをやりました。
会社に勤めていた関係で、職場の若い社員が手伝いに来てくれましたが、葬儀で私は何をやったかは全く記憶にありません。

日本の家族システムでは、女性の負担が大変だと言われます。
たしかにそうでしょう。
節子も、私が考えている以上に大変だったはずです。
しかし、一言も愚痴をこぼしたり、私に何かを手伝えなどと言ったことはりません。
そして、両親を失った時、私が人生を変えずにすんだのも、節子のおかげです。

今日は、父と一緒に、節子に感謝しながら過ごそうと思います。

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2019/02/10

■節子への挽歌4107:死者は遺された者たちの生きる支え

節子
昨夜また少し雪が降り積もり、今朝も雪景色のまぶしい朝です。

いま知人と一緒に「新しいお葬式」を考え事業化する取り組みを始めています。
これに関しては時評編で前に書きましたが、その検討会で、死者は遺された者たちの生きる支えにもなっていると話しました。
それは、私が最近特に強く感じていることです。
つまり、節子は私がいまを生きるうえでの「支え」だということです。

精神的な支えだということではありません。
最近、私は心身ともにかなり疲れていました。
そうした状況の中で、2日続けて、節子が夢に出てきました。
正確に言えば、「節子を感ずるなにか」というべきでしょう。
節子の姿が出てきたわけではありません。
ただなんとなく「節子」を感じただけです。
そして、同時に、いのちのエネルギーを感じたのです。
言葉ではなかなか表現できないのですが、疲れていた生命が少しだけ「輝き」を取り戻せたのです。
エラン・ヴィタールという言葉も思い出しました。

こういうことが、時々起ります。
死者は、遺された者の心に生き続けている、と私は実感しています。

ただ、死者のすべてがというわけではありません。
そして、節子だけでもないのです。
若くして突然死した友人たちや過労や病気で亡くなった友人たち。
時にそういう人も夢に出てきます。
いや夢だけではありません。
何かをしているときに、突然、思い出すこともあります。
なぜ思い出すのか考えたことはありませんが、たぶん私の心身が萎えているときに、元気を出せと出てくるのです。
私の心身のなかには、そうしたたくさんの死者がいまも生きている。
最近特にそういう感じが強まっています。

太陽が出てきました。
陽光が庭や隣家の屋根の上の雪に反射して、まぶしいです。
静けさと眩しさ。
雪景色は大好きです。

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2019/02/09

■節子への挽歌4106:朝起きたら雪景色でした

節子
雪です。
朝起きたら、隣家の屋根は真っ白、庭のテーブルにも雪が積もっていました。
三連休の初日ですので、子どもたちは喜んでいるでしょう。
私も雪が大好きですが、この歳になると、さすがに外に出る気にはなりません。
寒さで倒れたらいけませんし。

そんなわけで、今日は1日、床暖房のあるリビングで過ごしました。
私はコタツ派なのですが、最近のわが家ではコタツにお目にかかれません。
節子がいなくなってから、いろいろとライフスタイルも変わってきているのです。
もっとも、節子はコタツに入ると何もできないと言って、あまりコタツは好きではありませんでしたが。

リビングルームできることと言えば、テレビを見ることぐらいです。
ということで、今日はテレビ三昧でした。
2本も映画を観てしまいました。
「ランダム・ハーツ」と「目撃者 刑事ジョン・ブック」。
いずれハリソン・フォードの主演作品で、前に何回か観ています。

「ランダム・ハーツ」は、とても甘酸っぱい映画です。
愛が人生を変えてしまう。
ついつい若いころを思い出してしまいました。
節子と出会い、恋に落ちたころのことです。
もっとも、恋の相手は節子でなくてもよかったのです。
当時の私は、恋に恋していたからです。
そのせいで、それなりに私にも甘酸っぱいことがあったのです。
その一部は、節子もよく知っていますが。
そして、軽い気持ちでの恋が、まさかの深い恋になってしまったわけです。
困ったものです。

「目撃者 刑事ジョン・ブック」も、甘酸っぱい恋が基調になっています。
アーミッシュの女性と現実を生きる刑事の許されない恋。
こちらも、若いころの私の好みの恋の姿です。

いずれの作品も、ラストは2人が分かれるシーンです。
しかし、その先にあるのは対照的です。
「ランダム・ハーツ」の2人は再開し、「目撃者」の2人は2度と会うことはないでしょう。
しかしどちらの恋が「永遠の愛」になるか。
そんなことを考えさせる作品です。

まあこんなことは最近は考えたこともなかったのですが、なぜか今日は期せずして、恋を思い出させる映画を観てしまいました。
こういう映画を観ると、節子がいたらなと思ってしまいます。
私にとっての恋の相手は、今や節子しかいません。
心底、人を恋し愛することは、そう簡単なことではないことを知ってしまったからです。

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2019/02/08

■カフェサロン「国民主権と統治行為論」のお誘い

今月のリンカーンクラブサロンは、統治行為論をテーマに国民主権の問題を考えます。
日本では、1959年の「砂川事件」最高判決で、「国家統治の基本に関する高度な政治性」を有する国家の行為に関しては、司法の対象にはしないという方針が出されました。
この判決に関しては、その後、日米両政府からの圧力があったことが明らかになりましたが、このいわゆる「統治行為論」はその後の日本の政治の方向を定めたと言ってもいいでしょう。
そして、その判決とその後の日本の政治の展開から、いろいろなことが明確になってきています。

私は学校では、政治は、立法・行政・司法の三権分立の枠組みで行われると学んできましたが、そもそも三権分立では本来的な「統治」はできません。
実際に何かを実行するためには、三権分立の上位の権限、あるいは決定者が必要になります。
国民主権の政治体制は、決定者は「国民」という建てつけになっているわけですので、日本の統治行為論では、国民の代表から構成される立法がその役割を果たすことになっています。
しかし、もしそうであれば、国民の意思が「高度な政治性を持つ国家行為」の判断に関して、しっかりと反映される、ルーティンではない仕組みがなければいけません。
しかし、これまでそうした議論はあまり行われていないように思います。

武田さんは、それはおかしいと言っています。
そして単に批判するだけではなく、実践的な解決策を提案しています。
今回は、それを改めて紹介してもらい、みんなで話し合って、その具現化を話し合えればと思います。
できればそれに加えて統治権という問題を少し考えてみたいと思います。

こう書くとかなり難しい話に感じられるかもしれませんが、要は大事な問題に関してこそ、私たち国民一人ひとりの意思が反映される仕組みを考えるという、極めて基本的な問題を話し合おうということです。
ですから、武田さんの提案について、知識ベースで議論するというよりも、生活感覚で話し合いができればと思っていますので、どなたでも気楽に参加していただければと思っています。

ちょっと気おくれしてしまうようなタイトルですが、どうぞ気楽にご参加ください。

〇日時:2019年2月23日(土曜日)午後2時~4時
〇場所:湯島コンセプトワークショップ
http://cws.c.ooco.jp/cws-map.pdf
〇テーマ:「国民主権と統治行為論」
〇会費:500円
〇申込先:佐藤修(qzy00757@nifty.com)

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■節子への挽歌4105:雪を待っていますが、なかなか降りだしません

節子
今日は夜から雪が降るようです。
寒い一日でしたが、私は在宅でのんびりさせてもらいました。
しかし、朝方、ちょっと不安定な状況で、ちょっとだけ心配になりました。
頭がふらついて、倒れそうな気配だったのです。
午前中、静かにしていたら、安定しましたが。
午後も静かにしていますが、早く雪が降ってこないかと思って、時々外を見ていますが、まだ降りだす気配はありません。
前にも書きましたが、私は雪が大好きなのです。

雪を待つ間に、2つのブログを書きました。
ひとつは「統治権」、もう一つは「児童の虐待死事件」です。
昔から児童虐待はあったとはいうものの、今回のように多くの人が知りながら、そして子供が助けをはっきりと求めていたにも関わらず、そして助けることはさほど難しくはなかったにもかかわらず、悲惨事件が起こってしまったことに、いまの社会のあり方が象徴されています。
こういう時代を生きなくてよかった節子がうらやましい気もします。
たった13年しか経っていませんが、社会は大きく変質してしまいました。

もっとも私がその変化を過剰に感じているのかもしれません。
もし節子がいたら、私の感じ方も違っていたかもしれません。
ひとりで社会の変化を受け止めるのと、2人で受け止めるのでは、きっと大きく違うはずです。
そう思いだしたのは、節子がいなくなって数年たってからです。
社会のちょっとした変化が、今の私にはとても大きく感じられます。

街並みの変化も、受け取り方が全く違ってきています。
節子は東京で進んでいる開発には、比較的、寛容というか、むしろそれを楽しんでいました。
あるところが開発されると、そこにわざわざ見に行くこともありましたし、私もそれに付き合わされることもありました。
そして、私自身、当時はそれにさほど否定的ではありませんでした。
汐留も丸の内も六本木も、私も少しだけ楽しみました。
しかし、節子がいなくなってから、私はどうも都心開発には違和感があります。
というよりもどちらかというと、拒否感がある。
変化への適応性が弱まっているのです。

私の時間が、たぶんどこかで止まっているのでしょう。
困ったものです。

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■心愛ちゃんと結愛ちゃん

また子供の命が奪われました。
しかもたくさんの人たちが、かかわりながら。
これは、それこそ「氷山の一角」でしょう。
昔から幼児虐待はあったという人もいますが、やはり「社会の壊れ」を感じます。

先日、海外の子どもたちの悲惨さを何とかしたいと言っている若い女性に会いましたが、日本の子どもの悲惨さはなかなか見えてこないようです。
今回の報道に関しても、非常に特異な事件のような報道が行われている気がしますが、その特異性を報道するよりも、その日常性を報道してほしいと思います。
これでもかこれでもかと、その「異常さ」の報道に触れていると、みている方の感覚がおかしくなってきかねません。
最近のテレビのニュースは、国民洗脳プログラムが組み込まれてしまっているような気がしてなりません。
最近のニュースや事件解説番組を、私は、最近見られなくなってきています。
それにニュースというよりも、オールズと言ってもいいほど、同じようなものが繰り返し(段々詳細に)報道されますし。
子ども現場で今何が起きているかを、もっと日常的なシーンで、可視化することの方が大切なような気がします。

ところで、今回の野田市の被害者は「心愛」ちゃんでした。
昨年3月に目黒で起きた事件の被害者は「結愛」ちゃんでした。
いずれの名前にも「愛」という文字が入っている。
生まれた時には、両親の「愛」に包まれていたはずです。
それがなぜ悲惨な事件へとつながったのか。

こういう事件が起こると、いつも、両親が責められます。
確かに両親の行動には許しがたいものがある。
しかし、その一方で、心愛ちゃんも結愛ちゃんもきっと両親を愛していたと思います。
2人がいちばん頼りにしていたのも、もしかしたら両親だったかもしれません。
そう思うとなおさら心が痛みます。

両親も子どもを愛していたはずです。
育児放棄しているわけではないからです。
観察者的に両親を責めることはだれにもできます。
しかし、事件を起こした両親たちと自分が全く無縁な存在だと思うほどの自信は私にはありません。

もちろん親子関係だけの話をしているわけではありません。
たとえば、以前起こった津久井やまゆり園の事件や繰り返し発生している高齢者福祉施設の死亡事件。
そうした事件と自らの生き方のつながりを意識するくらいの想像力は持ちたいものです。
質すべきは他者ではなく、自らです。

高齢者施設や外国人のための施設、あるいはごみ焼却場や墓地が自宅近くにできることへの反対運動はいまも残念ながら起こっています。
騒音が生活を乱す基地は沖縄住民に負担してもらい、その沖縄で観光を楽しもうという生き方であれば、私もそれに加担しているとしか言えません。
そういう生き方が、結果として子どもの虐待につながっているのかもしれません。

特異な事件の加害者を非難することで、自らを防衛し正当化する生き方にはどうしても私は与しえません。
最近のテレビの報道を見ていると、放送者やコメンテーターは、私とはまったく別の世界の人だなと思わざるを得ません。

世間から脱落して30年が経ちました。
最近、ようやく脱落できたと少しずつ思えるようになりました。
実際には今も少し世間やお金にも未練があって、心が揺れることはあるのですが、心愛ちゃんや結愛ちゃんの純真な生き方からもっと学ばねばいけないと思っています。
彼女たちは、最後まで逃げませんでした。
心が時々揺れる自分が恥ずかしい気がします。

事件は評論するためのものではなく、自らの生き方を質してくれるもの。
そう思っています。

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■統治行為と統治権

昨日は久しぶりにリンカーンクラブ代表の武田さんと「統治行為と統治権」について激論をしました。
いま武田さんが、この問題を論考し、まとめているのです。
武田さんは、小林直樹さんの「憲法講義」を議論の一つの材料にしていますが、小林直樹さんは私が学生時代、しっかりと講義を聞いた数少ない教授です。
ちょうど私が大学に入ったころに、この「憲法講義」の原型がテキストになりました(当時はまだ上巻だけでした)。
大学時代のテキストはほぼすべて廃棄しましたが、3冊だけ捨てずにまだ持っている本がありますが、その1冊がその「憲法講義」です。
そこに、統治行為に関する短い指摘がありますが、残念ながら「統治権」への明確な言及は見当たりません。

私は三権分立が統治の基本的な枠組みだと、学んでしまいました。
しかし、実際に会社に入り、社会の仕組みが少しずつわかってくるにつけ、三権分立では統治はできないということに気づきました。
三権分立は「仕組み」ですから、その上に「意志」がなければいけません。

国民主権という概念も理念であって、統治の精神でしかないことも気づきました。
さらに言えば、古代ギリシアが民主主義であるはずがないことにも気づきました。
デモクラシーを民主主義と訳したのが基本的な間違いだったように思います。
デモクラシーと民主主義は違うものだということは、リンカーンクラブでご一緒した政治学者の阿部斉さんに気づかせてもらいました。

砂川判決は、統治の構造を露呈してくれました。
高度な政治性を有する問題は、三権分立には馴染まないとして、司法の対象から外したのです。
言い替えれば、司法とは権力に抗うのではなく、権力に加担するということを明らかにしたわけです。
同じように、安全保障の意味もかなり可視化してくれました。
しかしその後も、言うまでもなく憲法学者や法学者は統治権を隠そうと頑張りました。
学者とは基本的に権力に加担するのがミッションですから、それは仕方がありません。
悪意があったわけではないでしょう。知性がなかっただけです。

統治とは、本来は「高度の政治性」が主舞台です。
それを見えなくしているのが、「近代国家」かもしれません。
そうしたことが最近どんどん見え出してきています。
それが露呈しだしたのは、小泉政権だったと思います。
露呈というよりも、開き直りといったほうがいいかもしれません。
それがその後、どんどん加速され、見えない統治権者のために政治はどんどん劣化しました。
嘘が見逃され、嘘が正道になり、よりどころのない政治が広がりだしました。
小泉さんは自民党を壊したのではなく、日本の政治(社会)を壊したのです。
小泉さんにも悪意があったわけではないでしょう。知性がなかっただけです。

統治権という概念とその正体については、最近、在野のジャーナリストや一部の政治学者が広く発言しだしました。
しかし長きにわたって見えない統治者に依存する生き方に慣れてしまうと、構造が見えてもそれに抗う気が、私も含めて国民にはなかなか起きてきません。
言い換えれば、みんな「国民」に育てられてしまったのです。
ではどうすればいいか。

武田さんは今日から温泉宿に缶詰めになって、論考をまとめるそうです。
その論考がまとまったら、湯島でサロンを開いてもらおうと思います。
関心のある方はご連絡ください。

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2019/02/07

■節子への挽歌4104:貧しさと豊かさはもしかしたら同義語

節子
2日間、認知症予防ゲームに付き合っていたので、いささか気分を変えたくなりました。
それで、久しぶりにリンカーンクラブの武田さんに湯島に来てもらいました。
最近、武田さんとは「統治行為と統治権」というテーマで電話で時々論争しているのです。
武田さんは今度の3連休、温泉宿に引きこもって、論文を書く予定です。
その前に少し議論しておきたくなったのです。

2人の共通のテキストは小林直樹さんの「憲法講義」です。
と言っても、私がその本を読んだのは50年以上前ですし、まだ上巻しかできていないかった頃のものです。
武田さんは1981年版の完成された本です。
でもまあ精神は一緒でしょう。
私は、武田さんから言われて、書斎からこの本を見つけ出したのですが、本にメモまで残っていました。
大学の教科書で、なぜか廃棄できずに残している本が3冊あります。
その一冊が、この本でした。

小林さんは、あまり授業には出席しない学生だった私がほぼすべて聴講させてもらった講座の一つです。
当時はまだ小林さんは40代だと思いますが、とても印象に残った講座でした。

統治権の捉え方は、政治の捉え方を規定します。
私は、現代の政治の捉え方には大きな異論を持っていますが、そういうレベルで話し合えるのは、意見は違うとしても、武田さんくらいです。
しかしいつも論争は堂々巡りになりがちで、収束しないのですが。

武田さんは、私を元気づけるために、大きなイチゴを持ってきました。
貧しい佐藤さんは、こんな立派なイチゴを食べられないだろうと言って、です。
確かにいつも食べるイチゴの3倍の大きさがありました。
しかし大きいから、高価だから、と言っておいしいわけではありません。
なぜか武田さんは、湯島に来る時、いつも何かを持ってきます。
私はよほど貧しいと思われているのでしょう。
困ったものです。

そういえば、武田さんの後、もう一組の人たちと会いました。
その一人は、たぶん、経済的には私よりも厳しいと思いますが、大きなケーキとスムージーカップを持ってきてくれました。
貧しい者たちは、こうして分かち合って生きていく。
だから豊かに生きられるのです。
貧しさと豊かさはもしかしたら同義語かもしれません。

さて今日で、時間破産の生活は終わります。

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2019/02/06

■節子への挽歌4103:苦手の認知症予防ゲームをみっちりとやらされました

節子
今日も結局、認知症予防ゲームに付き合う羽目になってしまいました。

今日は湯島のオフィスで高林さんのゲーム指導の様子をビデオ撮影しました。
昨日のフォーラム参加者に配布するためです。
実はこのDVD制作が目的で、昨日のフォ-ラムを企画しました。
私は、もともとゲームそのものにはあまり関心はなく、その普及に目的があったので、今回の撮影も友人たちにお願いし、スタジオを借りると費用がかかるので、撮影場所として湯島を提供したのです。
ですから今日は、朝、顔を出して、みんなを激励するくらいのつもりだったのですが、湯島に着いたら、それどころではなく、部屋の様子も一変していて、何やらたくさんの人たちがいるのです。
そしてビデオ制作チームのリーダーが、佐藤さんもゲーム嫌いな役どころで撮影に参加してほしいと言われました。
辞退しましたが、女性たちのパワーに抗うことは至難のことです。
やむを得ず、渋々と、それでも楽しそうにゲーム出演しました。
ところがなんと10時から5時までのロングランです。
とんでもない1日になってしまいました。

節子はよく知っていますが、私はこの種のものが整理的に苦手なのです。
それにこれまでもゲームは何回か見ていますが、自分でやるのはほとんどが初めてです。
女性たちは、すぐにこの種のものには慣れてしまうようですが、私にはかなりのバリアがあります。
ですからこの数時間は、へとへとになるくらい疲れてしまいました。

終わった後、でも楽しそうでしたよと冷やかされましたので、演技だと言いましたが、私が一番苦手なのは、「演技」です。
不器用なので、演技は私にはできないのです。
ビデオ制作の邪魔になったのではないかといささか心配です。
それにしても、よりによってなんで私がキャストになってしまったのか、人生はいつ不幸に出会うかわかりません。
悪夢の1日でした。

節子がみたら、たぶん大笑いするでしょう。
困ったものです。

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■「これからの葬儀について考える検討会」報告

2月1日に、「これからの葬儀について考える検討会」を昼の部と夜の部に分けて開催しました。
僧侶でもある中下さんと一緒にこの半年話し合ってきて、かなりシェアできた構想と具体的な実践計画を紹介し、それを材料に、葬儀などについての話し合いをしました。
あわせて15人の参加者(昼の部は男性、夜の部は女性が多かったです)があり、中には昼と夜いずれも参加してくださった方もいます。

まず、なぜこうしたことを考えるに至ったかの話を私と中下さんから少し話させてもらい、私たちの構想と計画を説明させてもらいました。
2人にとっては、これまでの活動の一つの到達点なのです。
長年墓石のお仕事をされてきている篠田さんも参加してくださったので、お墓の話も出ましたが、参加者の中には「散骨」を考えているという方も少なくありませんでした。
私はそうしたことにこそ、いまの社会の大きな問題があるような気がしました。
この問題は改めてまたサロンをする予定です。
ここからも、いまの社会のあり様や私たちの生き方が見えてくるような気がします。

私たちの思いは、「幸せな葬儀」こそが、ある意味での「福祉」や「豊かな人生」の象徴点だということです。
死に向き合うことを避けていることは、生の問題からも目をそらすことになりかねません。

少なくとも、経済的な理由や忙しさのゆえに、その人らしい葬儀や供養ができないような状況をできるだけなくしていきたいと思っています。
そして、死や葬儀を、単なる人生の通過点にするのではなく、ましてやそうしたものを経済の対象として「消費」する社会のあり方を認めるのではなく、「死」としっかりと向きあうことで、生き方を問い直し、世代を超えた人とのつながりを深めていけないかと考えています。

私たちの話もその後の話し合いも、簡単には紹介できませんが、こういう場がとても大切なのだと改めて考えさせられました。
今回参加できなかった方もいますので、今回のような内容も含めて、これからも「葬儀」や「死」を考える集まりを開催していく予定です。

昨日、話させてもらった構想の中で、「大きな葬式」という捉え方を紹介させてもらいましたが、その簡単なチャートを紹介させてもらいます。
ここに私たちが考えている「死」の捉え方が要約されています。
誤解を恐れずにいえば、葬儀は、生きているときから始まっていて、死んだ後も続いているというのが、私の捉え方です。

「死」は「別れ」の象徴でもありますが、同時に「人をつなげること」の象徴でもあります。
そうした「結び直し」の価値を見直すことによって、バラバラの存在に解体されてしまいつつある現代人の生き方を変えていけるかもしれません。

孤独死は孤独生の結果だと思いますが、孤独死を避けたければ、生き方を変えていく、孤独性に追い込まれるような社会のあり方を変えていくことが大切です。
これは福祉観にもつながります。

中下さんは「葬儀こそ福祉」「逝き方は生き方」と言っています。
私は「生き方は逝き方」「死は人をつないでいく要」と思っています。
しばらくいろんな人たちとの意見交換を重ね、死や葬儀から社会や生き方を見直しながら、「新しい葬儀」への実践へと取り組んでいく予定です。

こんな葬儀を実現したいという方がいたら、ぜひご連絡ください。
何ができるかを一緒に考えさせてもらえるかもしれません。
もちろん、単なる考えるだけの話ではなく、実際の葬儀を前提にしてですが。

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2019/02/05

■節子への挽歌4102:久しぶりの公開フォーラムの開催

節子
また3日間ほど時間破産的でした。
一昨日は霞が関の議員会館で認知症予防ゲームの体験フォーラムを開催しました。
10数年前に、京都で活動していたNPO認知症予防ネットの高林さんに、東日本でのゲーム普及を約束したのです。
何とか今回で約束を果たせたでしょう。
今回は100人の輪でゲームをすることを目指しましたが、結果的には80人の輪になりました。
しかし、併せてゲーム解説のDVDも制作しますので、まあ「良し」としてもらいましょう。

もっとも今回は、私よりも実行委員に手を挙げてくれた人たちが頑張りました。
私はむしろお荷物だったかもしれません。
そのお詫びに、公開フォーラムでは進行役を務めさせてもらいました。

節子はよく知っていますが、私はイベントそのものよりも、それを実行する準備活動に価値を認めています。
あるいは、イベントで出会った縁を大事にしています。
一緒に何かを仕上げることで、相互に信頼関係が深まり、思いを共有できるからです。
同時に、そこから新しい物語が生まれてくることも少なくありません。
今回も何か新しい動きが出てくるといいのですが。

今回の実行委員は、ほとんどが女性でした。
しかも、内容も進め方も、私よりもみんなのほうが詳しいのです。
そもそも私は、認知症予防ゲームにはあんまり興味がないのです。

それにしても女性のエネルギーはすごいです。
男性とは全く異質なものを感じます。
私にはなかなかついていけません。
節子がいたころは、そういう私の考えや行動を質してくれる機会をもらえました。
しかしいまはそれがない。
ストレスのはけ口もない。
だからますますストレスを感じます。

ちなみに今回の主役は私よりも一回り年上の高林さんという女性です。
長年、認知症予防ゲームの普及に取り組んできました。
その高林さんに、このゲームの普及を約束したのです。
別に仕事で頼まれたわけではありません。
彼女も私財を投入して活動しています。
しかし、「ボランティア」でやっているなどとは決して言いません。
そこに共感したのです。
「ボランティア」という言葉を使う人は、決してボランティアではありません。
私とは別の世界にいる人です。

高林さんの思いの強さは感動的です。
時に少し違和感を持つこともないわけではありませんが、お互い、人間ですから仕方がないでしょう。

節子がいたら、私の立ち位置も変わったかもしれません。
しかし今回の公開フォーラムで、認知症予防ゲームの普及プロジェクトは、私の中では、一応、完了です。
それに私は決して「認知症」にはなりませんから(「認知症」という概念を認めていません)、このゲームからは解放されると思います。

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2019/02/04

■節子への挽歌4101:夫婦の会話

節子
今日はあたたかな1日になりました。

先日、俳優の柄本明さんが、数か月前に亡くなった伴侶のお別れ会で話した様子がテレビで流れていました。
角替和枝さんは享年64歳でした。
40年近く、一緒に暮らしたそうです。
柄本さんは伴侶のことを「かずえちゃん」と呼んでいましたが、息子たちも同じように母親のことを「かずえちゃん」と呼んでいました。
とても親しみが持てました。
私たちも名前で呼び合っていましたが、柄本さんの話を聞いていて、私たちよりもずっと仲がよかった夫婦であり、あたたかな家族だと感じました。

毎朝、近くの喫茶店で夫婦で話していたという話も、とてもうらやましく思いました。
私たち夫婦もよく話しましたが、残念ながら喫茶店ではありませんでした。
それに節子は和枝さんよりも2年若く、62歳で旅立ちました。

柄本さんの話を聞いた笹野さんが、「夫婦ってそんなに話すことがあるのか」と言っていました。
夫婦には、話すことは山ほどあるのです。
何を話しているのかと言われても思い出すことはできませんが。
私たちも、いくら話しても話が尽きることはありませんでした。
その相手がある日いなくなる。
柄本さんも言っていましたが、それは「哀しい」とかという以上に、「不条理」なことなのです。
なかなか理解できなのです。
そのことになれるまでに、私は10年近くかかりました。
いまは、返事は戻ってこないけれど、話すことはだいぶできるようになりました。
しかし、以前のように話し続ける幸せは感じられません。

今日は節子の誕生日です。
もし元気だったら、70歳を超えています。
しかし彼岸に旅立った人は、現世では歳をとりません。
62歳の節子が、今日は73回目の誕生日を迎えました。
あたたかな1日でした。

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2019/02/03

■節子への挽歌4100:墓前での孫との会話

節子
前の挽歌で書いたように、今日はチューリップを持って娘や孫とお墓に行きました。
孫は時々、お墓に同行しています。
今日はお墓に供えている花瓶や湯飲みを洗おうと思ったら、自分から手伝ってくれました。

お墓ではいつものように、私が般若心経をあげさせてもらいました。
孫はいつも笑顔でそれを聞いていますが、終わると手を合わせます。
ここにはもうじき私も入るのだと言い聞かせていますが、まだあまり理解はできていないかもしれません。

先日、新しいお葬式を考える会というのを開きました。
その時に長年墓石の仕事をされている篠田さんが参加してくれました。
話し合いの中では、お墓の話も出ましたが、自分が死んだら「散骨」にしたいと思っている人が予想以上に多かったのが印象的でした。
篠田さんはそれを聞いて残念がっていました。
お墓がないと祖父母のことを孫と話す機会はますますなくなってしまうというのです。
確かにそうです。
話題に知る人がいなくなれば、それは「第2の死」だという人もいます。
旅立ってもなお、遺された人たちがウィにしてくれることは、故人にとっては最高の供養かもしれません。
そんなこともあったので、今日は、墓前で改めて孫と少し話したわけです。
孫はここに、会ったことのない節子が入っていることは認識しています。
もうじき「おさむ」も入るんだよと話しましたが、まだ理解はできていないでしょう。
しかし、改めて「お墓」の意味がわかりました。

この墓は、個人墓ではなく、家族墓です。
以前はそんなこともあまり深くは考えていませんでしたが、もう少ししっかりと考えようと思います。
墓碑銘的なものもあってもいいような気がしますが、それをどう形にしたらいいのかまだイメージできません。

孫がいる間に、私の記憶を引き出すようなものをここに工夫しておこうと思います。

孫は、お墓参りのついでに、わが家で豆まきもしていってくれました。
節子は豆まきが好きでした。

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■節子への4099:新潟のチューリップ

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節子
今日は月命日、明日は節子の誕生日です。
今年は実にタイミングよく、新潟の金田さんが恒例のチューリップを届けてくれました。
早速、仏壇にお供えし、ちょうど孫たちも来たので、お墓にもお供えに行きました。
もっとも手違いがあって、お墓には2本しかお供えできませんでしたが、また改めてお供えに行こうと思います。
お裾分けもさせてもらいました。

節子の命日にも、節子の友だちが毎年花を送ってくれていましたが、これは昨年で終わりにさせてもらいました。
命日に供花が来るとどうしても気分が沈むからです。
しかし、誕生日にちょっと華やかな花が届くと元気が出ます。

自分で体験してよくわかるのですが、もし遺族に花を送るときには、仏花ではなく、できるだけ華やかな明るい花を送るのがいいと思います。
できれば、故人が好きな花がいいです。
ちなみに節子はチューリップも好きでした。
元気だったころは、毎年、近くのあけぼの山公園に2人でチューリップを見に行っていました。

わが家の畑の道際には、昨年末にチューリップを植えました。
今日も水をやりに行ってきましたが、2~3本、芽が見えだしていました。
咲くのはまだ先ですが、庭のチューリップも今年はうまく育っているはずです。

金田さんのチュリップが届くと、間もなく春です。

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■移民と移住

昨日と今日とで、録画していたテレビ番組ETV特集「移住50年目の乗船名簿」をまとめて観ました。
この番組のディレクターの山浦さんから、昨年、この番組にこだわっている相田洋さんの話と南米取材で訪問した弓場農場の話を聞いていたので、とても関心を持っていました。
相田さんは、1968年の最初の同行取材以来、10年ごとに移住者の取材を重ねてきたそうです。
今回のシリーズ作品は、その集大成でもあります。

番組は楽しみにして、今年初めに放映された予告編も見ていたのですが、どうもしっかりと観る覚悟ができませんでした。
特に最近は心身がどうもしっかりしていなかったので、先延ばししてきたのです。
覚悟がいると思っていたのは、移民に対する私のイメージがあまり良いものではなかったからです。
一時期、「棄民」という言葉が流行しましたが、私にも海外への集団移住には「棄民」というイメージが深く重なってしまっていました。
南米移民された方に直接お会いしたことは、私にも一度だけありますが、その体験も、私のなかでは「棄民」イメージが定着してしまっていたのです。

私が「移住者」にお会いしたのは、1980年代初めのサンパウロでした。
3週間ほど南米を旅行した時に、成功した移民2世の方のご自宅でのパーティに参加させてもらったのです。
今回の番組にも出てきましたが、牛一頭が丸焼きにされて供されるような豪勢なパーティでした。
移住者の方と直接ゆっくりと話し合う機会はありませんでした。

その翌日、今度は全く別の場所で、同行者の知り合いの、ちょっと苦労した移住者の家族の方をお見かけしました。
同行者のところに訪ねてきたのですが、私は軽くあいさつを交わさせてもらっただけでした。
その方はお聞きした年齢とは思えぬ感じで、いかに苦労してきたのかが想像できました。

大豪邸の成功者と苦労を重ねた方は、立場も見た目もまったく対照的でしたが、私にはいずれにも、なんとなくの「哀しさ」を感じました。
その頃から「移民」という言葉がどうにも馴染めませんでした。
そういうこともあったので、この番組を見るのは気が重かったのです。

4本続けて番組を見ました。
気が抜けるほど、素直に観ることができました。
覚悟など必要なかったのです。
そこにあるのは、どこにでもあるだろう、山あり谷ありの多様な人生でした。
念のために言えば、面白くなかったということではありません。
まったく逆です。
50年にわたって、一人のディレクターが人(個人の生活)に焦点を当てて取材を続けていることのすごさを感じたのです。
最近の「いかにも」というドキュメントとは全く違っています。
50年にわたり、それぞれの人生にしっかりと関わってきている相田さんの目線が、極めて日常的なのです。
それぞれには、言葉にできないようなさまざまな物語があったでしょうが、50年を超える長さの中で、おかしなドラマ仕立てではなく、生きることを冷静に考える示唆の詰まった大きな物語になっているのです。
人生は、苦もあれば楽もある。
そのことが実に素直に伝わってくるのです。
人生とはどこにいてもこんなものなのだと、奇妙に納得できたのが、私の感想です。

私の「移民」観は一変しました。
「移民」と「移住」との違いにも気づかされました。
外から見たら「移民」かもしれませんが、当事者は「移住」だというような、当然のことにさえ気づかなかった。
制度的な移民であっても、そこにいるのは「移民者」ではなく「移住者」です。
私はこれまで、あまりに「移民」という視点で考えすぎていたために、どうも考え違いしていたような気がします。
これは何も、移民だけの話ではありません。
たぶん多くの問題において、「移民的発想」で私は歴史を捉えていたのかもしれません。

そんなことを気づかせてくれた番組でした。
もちろんそれ以外にも、私たちの生き方を考えるうえで、たくさんのヒントやメッセージのある番組でした。
ちなみに、第4回で採りあげられている弓場農場の話はいずれまたドキュメント番組になるでしょう。
もし放映されることになったら、ぜひ皆さん、観てください。
まだまだ未来にも人間にも可能性があると思えるようになりました。

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■日馬富士が断髪しながら貴ノ岩に語りかけていたのを見て幸せになりました

昨日、貴ノ岩の断髪式が行われましたが、その様子をテレビでみました。
今朝の新聞にも出ていましたが、日馬富士が断髪しながら貴ノ岩に語りかけていたのが、印象的でした。
その様子を見て、この問題でずっと気になっていたことがスーッと消えていくような気がしました。
日馬富士と貴ノ岩の人間関係が壊れるはずがないと思っていたのです。
2人とも私は面識もありませんが、とてもうれしい映像でした。

この事件が起きた時に、私が思ったのは「文化の違い」でした。
昨年は、スポーツ界の不祥事がたくさん報じられましたが、すべては「文化の違い」が大きく影響しているように思います。
それが、周辺の人たちによって、違いの修復ではなく違いの増幅が進められ問題化されてしまう。
そして誰もが気持ち良い解決に向かわずに、問題も何一つ解決しない。 そういう気持ちが強まっていたのです。
そうした「文化の違い」に対して、大きな歴史の流れは「寛容」になってきているとばかり思っていたのですが、最近の動きを見ると、むしろ逆に「寛容さ」を失ってきているように思います。
そして、その違いも、どんどん「表層」の違いに目が行き出している。
「文化の違い」の根底にある、人間性にはなかなか目が向かない。
そこに目が向けば、違いはほとんどが克服されると私は思っています。
そして、「文化の違い」を活かしあう形で、人間性を豊かにしていくはずです。

私は湯島で毎週のようにサロンをやっていますが、それは「寛容さ」を育てるために、異質な世界と触れ合う場を広げようという思いがあるからです。
前に、ある平和の集会でも話させてもらいましたが、それが私の「平和活動」なのです。
さまざまな立場や考えに触れることによって、私自身はかなり世界を広げ、その結果として、私が共感できなかったり理解できなかったりしていることにも、かなり許容できるようになってきていると思っています。
時々、ストレスを強く感じることはありますが。

貴ノ岩の断髪式の話に戻ります。
非常に象徴的だったのは、日馬富士と貴ノ岩の笑顔と貴乃花の断髪式欠席です。
そこに私は、「文化の違い」と「人間性」を改めて感じたのです。

そもそも日馬富士と貴ノ岩の「事件」は、モンゴル出身の日本力士の世界の「文化」と、貴乃花の世界の「文化」の「ずれ」の話だと思っていました。
問題が「事件化」する前に、2人は仲直りしていました。
同じ文化のなかでの解決がすべて良い訳ではないでしょうが、文化はそうした苦い体験も重ねながら豊かになっていく。
貴ノ岩の頭のけががテレビで映し出されましたので、驚いた人もいたかもしれませんが、私の経験から言って、大したけがではないと思いましたし、日馬富士に「悪意」などあろうはずがないとも思っていました。
それに関しては、当時もブログで書きました。

私が一番気になっていたのは、二重の意味で異郷の文化の中でお互いに頑張ってきた日馬富士と貴ノ岩の関係でした。
ですから今回の映像は、とてもうれしいものでした。

「暴力」があまりに悪役になっています。 「暴力」の捉え方は、「文化」によって大きく違います。
「暴力」そのものがもし悪いのであれば、「暴力」を「制度的に独占」している国家は、悪の権化になってしまいます。

「暴力」とは何かということも大切な問題です。
最近も、小学生の子供が父親の「暴力」で命を落としてしまいましたが、彼女の悲痛な訴えを聞きながら、あろうことかそのことを父親に教えてしまった教育委員会の職員の行為は、私には父親以上に悪質な「暴力」だと思います。
もちろん個人攻撃をしたいわけではなく、彼もまた大きな暴力の装置になかに投げ込まれていたと言ってもいい。
うすうす事情を知っていた周辺の人たちの行為も私には「暴力」に感じられます。
もっと言い換えれば、子どもたちの世界を取り囲んでいる、多くの暴力装置(例えば学校制度)も気になります。

ヨハン・ガルトゥングは「構造的暴力」という言葉も使いながら、暴力を捉えていますが、私も「構造的暴力」こそが問題だと思っています。
ただ、直接的な暴力を認めているわけではありません。
私も心情的にはガンジーの非暴力・不服従の思想に共感しますし、いささか極端とはいえ、アーミッシュの生活にもあこがれがあります。
あそこまで、人を強くする宗教には、違う意味での「暴力性」も感じない訳ではありませんが。

ただその一方で、自らの中にある「暴力性」も否定できずにいます。
したがって、「暴力絶対否定論者」には違和感があります。
「いずれにしろ暴力は許せない」という言葉から始まる、事件の解説者には全く共感できません。
その一言にも、私は「暴力性」と「観察者目線」を感ずるからです。
それに暴力は絶対許せないと言えるほど、私には自信がありません。

話がまとまらなくなってきましたが、ともかく昨日の日馬富士と貴ノ岩のツーショットは、私にはとてもうれしいシーンでした。
そのシーンを見たおかげで、長引いていた風邪が昨日で治りました。
それだけを書きたかったのですが、話が広がってしまいました。

ちなみに、最近のテレビのニュースは、見ていてどんどん気が萎えていく話が多すぎます。
そんなニュースはやめて、もっと元気が出る話題や事件を流してほしいです。
テレビ界の人たちは、みんなきっと「不幸な人生」を歩んでいるのでしょが、ちょっと視点を変えると、世の中には、「いい話」もたくさんありますよ。
暗い話ばかり追いかけていると、病気になりますよ。

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2019/02/02

■節子への挽歌4098:ようやく体調が整ってきました

節子
長い風邪でしたが、今日で終わろうと思います。
昨日は2回連続の集まりで、せっかく元気になりかねていたのに、終わったらどっと疲れが出てきてしまいました。
高齢になると、疲れや症状が身体に出る力もなくなるので、注意したほうがいいと、この数日、会うたびに言われているのですが、残念ながらそれは正しいようです。
今日は、暖かな日だったので、畑に行こうと思っていたのですが、やはり行く元気がでずに、リビングでテレビを見て1日終えてしまいました。
そのおかげで、体調はもう大丈夫でしょう。
それで、風邪は今日で終わろうと決めました。

病気のお見舞いの電話がありました。
もっとも私よりもたぶん状況は悪い人たちからです。
ひとりは抗癌治療をしている友人ですが、私も気になっていたのですが電話をする気が起きないでいたら、逆に彼から電話がありました。
やはり抗癌治療の副作用が大変のようで、迷っているというのです。
少し休んだらという私の後押しの一声が必要なのだろうと思いました。
私が風邪気味なのを知っていて、電話を躊躇していたというのです。
痛みを知る者は、他者の痛みがよくわかるものです。

もう一人は新潟の金田さん。
私の体調を知って、いつものように長電話にはならずに終わりましたが、明日、チューリップを送ってくれるそうです。
昨年は、金田さんはご夫婦ともに体調を崩していて、チューリップを送れなかったことを気にされていたのです。
それどころではないだろうといつも思いますが、いつも申し訳ない気持ちです。

そういういろんな人の心が、私の元気を支えてくれていることは間違いありません。
しかし今のような元気がない状況では、他者への気遣いの気がなかなか起こりません。
まずは自分が元気にならなければいけません。

明日から思い切り元気になろうと思います。
明日は畑に行って、ジャガイモを植えてこようと思います。
いまが植え時かどうかはわかりませんが、自宅の合ったジャガイモが芽を出してきたので、植えてしまうことにしました。
植物は元気です。

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