■「社会的セーフティネットの構築」(岩崎久美子編)をお薦めします
児童虐待に関する報道が相変わらずつづいています。
問題が顕在化されてきたのはいいとしても、相変わらず「児童虐待」そのものに目が行き過ぎて、社会全体への視野が広がっていかないのが残念です。
こうした傾向は、ほぼすべての社会問題に言えることですが、事件は事件として対処していくとして、その背景にある社会全体の状況への視野と自らの生き方の見直しとが大切ではないかと思います。
それに関連して、1冊の本を紹介させてもらいます。
子どもの貧困を意識した教育格差是正のための社会的セーフティネットを取り上げている「社会的セーフティネットの構築」(岩崎久美子編 日本青年館 1500円)です。
基礎になったのは、国立教育政策研究所の岩崎久美子さんたちが進めてきた「教育格差是正のための社会的セーフティネットシステム形成に関する総合的研究」です。
研究の目的は、子どもの貧困など、家庭の社会経済的背景に由来する教育格差の拡大が社会問題化している中で、諸外国における政策介入の効果や多様なパートナーの連携によるセーフティネット形成の実例を参考に、わが国の施策に資する知見の提供」です。
私は、本書の出版に関わった「社会教育」編集長の近藤真司さんからこの本を贈ってもらい、読ませてもらいました。
「社会的セーフティネット」というと、多くの人は高齢者や障害者、あるいは失業や病気や事故で、生活が維持できなくなった人の問題をイメージするかもしれません。
しかし、本書で取り扱っているのは、子どもの貧困や教育格差の問題です。
しかも、実際の現地取材をもとに、アメリカ、フランス、イギリスの事例がたくさん取り上げられていて、とても示唆に富んでいます。
あわせて日本の事例も幅広い視野で紹介されています。
抽象的な政策論ではなく、現実の事例から政策の方向性を示唆しているところがとても共感できます。
子どもの問題は、「保護者」や「家庭」、さらには「学校」という存在に隠されて実状がなかなか見えてこない上に、当事者が声を上げにくいため、政策の焦点にはなりにくいですが、子どもの問題は「子どもだけの問題」ではなく、社会の実相を象徴すると同時に、その社会の未来を示唆する「社会全体の問題」です。
社会のひずみは、子どもの周辺で露出してきますから、子どもの幸せや貧困を見ていくと、社会の矛盾が見えてきます。
逆に言えば、子どもの世界から、未来の社会の可能性も見えてきます。
ですから、すべての政策の起点は「子ども」であるべきではないかと、私は思っています。
本書は、そうした視点から、とても示唆に富む、実践的な書だと思います。
書名を「社会的セーフティネット」としているため、そうした内容が伝わるかどうか不安があり、それが本書を紹介する気になった理由です。
昨今の社会的セーフティネット議論には「子ども」を主軸にした議論が少ないと感じている私としては、本書をたくさんの人に読んでほしいと思います。
事例がふんだんに紹介されていますので、読みやすく、実践的です。
政策は政府や行政機関だけで生まれていくものではありません。
国民の関心や働きかけが、政策を変えていきます。
その意味でも、政策立案関係者だけでなく、多くの人たちに本書を読んでほしいと思います。
日本では、「子どもの貧困元年」とされる2008年から、10年以上が過ぎていますが、今なお子どもたちを取り巻く環境は改善されているようには思えません。
福祉やセーフティネットと言えば、どうしても高齢者に目が向きがちですが、子どもこそが起点になるべきではないかと思います。
できれば、このテーマでのサロンも開きたいのですが、どなたかやってくれませんか。
| 固定リンク
「教育時評」カテゴリの記事
- ■NHKスペシャル「学校のみらい」(2024.01.25)
- ■日本の子どもたち(15歳)の精神的幸福度は38か国中37位(2023.06.05)
- ■クイズは楽しいのに入学テストはなぜ楽しくないのか(2022.01.17)
- ■半藤一利さんの最後の著書「戦争というもの」(2021.06.25)
- ■子どもたちはやはり信頼できます(2020.05.10)
コメント