■節子への挽歌4125:目覚めの気分
節子
今朝は気持ちのいい朝です。
ところで、最近、どうも目覚めの気分がよくありません。
どこかに不安感や倦怠感があるのです。
もっともこれは今に始まったことではありません。
節子がいなくなってから、ずっと続いています。
昔は、つまり節子が元気だったころですが、毎朝、目が覚めるとわくわくしたものです。
今日は何ができるか、今日はどんな出会いがあるか。
それに取り組みたいことも山のようにありました。
節子が病気になってからも、それはそう変わったわけではありません。
回復した節子がいつも前にありました。
節子がいなくなってからは、しばらくは感情が失われ、無表情に目覚め、無表情に就寝していたような気がします。
次第に生活は回復し、旅立った節子も精神的な意味では戻ってきました。
しかし、考えてみると、わくわくするような気分で目覚めたことがありません。
どこかにもやもやした不安感や不快感があるのです。
目覚めがよくないのです。
今の生き方に問題があるのかもしれません。
現世の欲望をすべて捨て、トラブルからも解放され、平安に生きることができれば、わくわくはしないかもしれませんが、心穏やかな朝を迎えられるはずです。
しかし、それができないのは、まだ現世にこだわっているからでしょう。
まだ欲を捨てきれていないのです。
困ったものですが。
新しいことを始めることで、わくわく感を取り戻したいと思ったこともあるのですが、それが問題だったのかもしれません。
最近、「お年寄り」とか「お元気に」という言葉をよく聞くようになりました。
そういう言葉が、ようやく、私自身のことなのだと実感できるようになりました。
そういう時期に、来たのかもしれません。
言葉にできない不安感は、気持ちと身体のずれから起きているのかもしれません。
生き方を少し整理したい気分になってきています。
ようやく、人生の目覚めの時期が来たのかもしれません。
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