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2019/03/24

■節子への挽歌4149:生命力の衰え

節子

昨日のサロンでの「熱田津に・・」の歌の升田さんの解釈は、大学教授らしい正統派的で、しかも控え目の解釈でした。

まあ総論編だったので、あまり議論を広げることを自重したのかもしれません。

それに参加者の情報レベル-もさまざまなので、そこもきっと配慮したのでしょう。

そこがサロンでの話し合いのむずかしさなのですが、同時に、そこにこそ、サロンの面白さがあるのです。

なまじっか知識があると面白い話し合いは生まれにくいのです。


今日もまたサロンです。

先日話題になった腎臓透析を医師の「アドバイス」で中止して死亡した患者の報道を読んで、サロンをやりたくなって呼びかけた「生命とはだれのものか」を話し合うサロンです。

残念ながら参加者が一人だけしかいないので、中止しようと思いますが、その前に認知症予防関係の集まりがあるので、いずれにしろ朝から湯島です。

いささかいろんなことをやりすぎて、時間破産や思考破産に陥りますが、百姓的生活を志向している生き方としては、それなりに満足できる生き方なのです。

ただし、人との付き合いが多いと、いろいろとストレスも多いです。

昨夜もちょっと「うれしい」一方、「ストレス」を感ずる長電話がありました。

こういう生き方は退屈しませんが、精神的にはだんだんストレスを感ずるようになってきました。

生命力が衰えてきているのでしょう。


ちょっと懸念していた体調は回復しました。

しかし生命力と同時に、身体もまた衰えてきていることは言うまでもありません。

自らの限界を知るべき歳になってきたようです。


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