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2019年4月

2019/04/30

■節子への挽歌4216:平成最後の日

節子
今日は「平成」最後の日です。

朝、配達された新聞がカラー刷りの別用紙が表紙のように新聞を覆っていたのにむっとしてしまいました。
そのせいか、新聞の中身も全くなく、新聞を読む気さえ失せてしまいました。

改元がまるで「お祭り」のようで、実際に「祭り」をうたった広告が挟み込みのなかにいくつかあります。
テレビも同じで、大みそかをも思わせるにぎやかさです。
こうした風潮にはまったくついていけません。
なにしろ社会から脱落して、もうかなりになりますし。

節子がいたら、しかし、こうはならなかったでしょう。
節子は、こうした騒ぎには冷ややかでもありましたが、お祭りには乗るタイプでした。
そこが私と違うところで、都心に新しいビルができたり、なにか目新しいイベントがあると家族を誘うタイプでした。
そのおかげで、私も少しは世間の動きを垣間見せてもらっていました。
節子がいたら、皇居に行こうとか、改元大売出しに行こうとか言いだしたかもしれません。

そういう節子のおかげで、私の自閉的な偏屈さも少しは緩和されていたかもしれません。
節子のいないいまは、改元騒ぎにはまったく関心が出てきません。
天皇の退位や継承にも全く関心はありません。

ちなみに、私は現在の天皇にも次の天皇にも好感は持っています。
象徴天皇制にも価値を感じています。
もし天皇という存在がなければ、日本の歴史も社会ももっと歪んでいったと思うからです。
「護憲」でありながら「天皇制反対」というおかしな人もいますが、私は護憲でも改憲でもなく、ただただ私とみんなが暮らしやすい社会になってほしいと思っているだけです。

節子は私以上にそうでしたから、もし元気だったら、写真集を買うかもしれません。
今の皇太子の結婚の写真集も買っていましたので。
皇居参拝にも家族で行こうと言い出し、引っ張って行ったのは節子でしたし。

私は学生のころから元号は基本的に使いませんが、節子はむしろ元号派でした。
そういう違いは、私の世界を少しだけ広げてくれていたことは間違いありません。

今回の「令和」には、私はいささか過剰に反応してしまい、いまから考えれば恥ずかしい限りですが、節子がいたら私の怒りはもう少し緩和されていたでしょう。
節子がいなくなってから、後悔することが多くなりました。

困ったものです。

 

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2019/04/29

■多様性を受け入れるとはどういうことか

昨年、テレビ朝日で放映されていたドラマ「未解決の女」のドラマスペシャルが昨日放映されました。
わずかな文章から書き手の性格や思考を言い当てる能力を持つ警部補が、未解決の事件を解決していくという物語です。
言葉から事件を解いていくというのが、このドラマの面白さです。
「言葉の神様」は私にはあまり降りてきませんが、その存在は私もかたく信じています。

今回は、現場に品字様の文字が遺された連続殺人事件の物語でした。
品字様の文字とは「品」のように同じ漢字が3つ連なる文字のことです。
品字様の文字も面白いですが、今回書こうと思ったのは、ドラマを見ながら最近特に感じていることです。
ネタバレになりますが、ドラマの連続殺人は、恋人を過労死に追い込んだ会社の上司や関係者への「復讐劇」でした。
最後に犯人が、なぜ犯罪に至ったかを告白するのですが、私はこういう話に弱くて、いつも共感のあまり涙が出てしまうほどです。
そこでは、心情的には、加害者と被害者が逆転してしまうわけです。

そうした告白に対して、どんな事情があろうとも、人を殺めるような犯罪を起こしてはいけないと刑事が戒めるのが、このパターンのドラマの定型ですが、私はこういうセリフが好きではありません。
他人のことだからそんなきれいごとが言えるのだと内心思ってしまうのです。
それに、あなたは何の根拠をもって、加害者と被害者を決めるのか、と問いたくなるわけです。
ちゃんと自分で考えているのか、というわけです。
こういうやり取りの意味は実に大きいと思いますが、そうした言葉の洗脳には抗わなければいけません。

話は変わりますが、先日のスリランカの連続自爆テロは、IS の悪夢が決して「夢」ではなく、終わりがないことを教えてくれているような気がします。
なぜ終わらないかは、明白です。
終わりようがないのです。
もちろん終わらせる方法はあります。

最近読んだ「暴力の人類史」に紹介されていたのですが、法学者のドナルド・ブラックは、私たちが犯罪と呼ぶもののほとんどは、加害者の視点から見れば正義の追求だと主張しているそうです。
ブラックは膨大な犯罪データを解析した結果として、こう書いているそうです。

殺人のもっとも一般的な動機は、侮辱されたことへの報復、家庭内の争議がエスカレートしたもの、恋人の裏切りや失恋、嫉妬、復讐、自己防衛など、道徳的なもので、大部分の殺人事件は実質的には、ある一般市民が自ら判事、陪審員、そして執行人となった「死刑」である。

つまり、殺人の多くの実態は、「正義のための死刑(リンチ)」だというわけです。
ブラックはさらにこう書いているそうです。

「殺人を犯す者は、しばしば、自らの運命を当局の手に委ねているように見える。警察が到着するのをじっと待つ者も少なくないし、自分から通報する者もいる。このような場合には、殺人を犯した者は見方によっては殉教者といえるかもしれない。殺人を犯す者は自分が正しいと思っており、その帰結としての処罰を甘んじて受け入れるのだ」。

とても考えさせられます。

「正義」を語る人を私は好きになれませんし、「法律」に呪縛されている人も好きにはなれませんが、しかしISの悲劇を聞くたびに、ではどうしたらいいのかと自問します。
それで決めたのが、「正義」と「法律」から自らを解放しようということです。
「正義」も「法律」も、私にとっては、きわめて多義的なものになってきています。

「社会のため」とか「正義のため」という言葉は、軽々に使うべきではないでしょう。
その前にまず、自らの世界の広さをこそ顧みることが大切です。

今回、言いたかったのは、多様性を受け入れるとはどういうことかという問題提起なのです。
いつも誤解されるので、蛇足ながら。

 

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■節子への挽歌4215:畑はやはり大変です

節子
今日はちょっと疲れていたので、自宅でゆっくりしていたかったのですが、孫のにこがやってきて、畑に行こうというので、畑に出かけました。
ちょっと大きなセグロバッタがいましたが、怖がりました。
ジュンによれば、以前はどんな動物も触れたのに、最近は時に怖がるようになったのだそうです。
殿様バッタと違い、セグロバッタは確かに少し不気味です。
どくろのようにも見えますし。

孫が帰った後、せっかくなので、少しまた開墾作業をすることにしました。
右手首を痛めているので、あまり力仕事はできませんし、ちょっとやって終わりにしようと思っていたのですが、花壇の草取りをしようと思って、いつもは行かない場所に足を踏み入れたら、そこが死角になっていて、竹やツルやいつの間にか生えてしまった樹木がうっそうと茂っているのに気づきました。
いま畑に使っている土地は、実は台形で、斜面があり、そこにアジサイなどの樹木があって、その先はいつもは見えないのです。
竹やツルをかけわけてみたら、その先には紫蘭が満開でした。
中途半端なチューリップよりも、自然に育っている紫蘭の方がきれいです。
今まで気づかなかったのですが、むしろわざわざ植えるのではなく、自然を生かした方がよさそうです。

畑にしろ花壇にしろ、きちんと手入れをしいていくのは大変です。
時間ができたときに適当に出かけていくスタイルでは、なかなかうまくいきません。
自然と付き合いにはそれなりに覚悟しなければいけないのです。

一生懸命に畑作業をしている間に、友人の市会議員から電話が入りました
地域の樹木が根を張っていて通行などの邪魔になっていて、どうにかしてほしいという要望があるのだが、所有者が切りたくないといってもめているのだが、何か妙案はないかという相談です。
聞けば、それも1件だけではなく、3件ももめているようです。

地域の問題は、まさに地域を育ててく資源なのです。
しかしそういう視点で考える人は少ないのです。
困ったものです。

今日は新たに野菜を植えて、はなのたねをまこうとおもったのですが、開墾作業や野草の刈り取りなどにすっかりはまってしまい、気が付いたらかなりの時間、畑で過ごしてしまいました。
またダウンするといけないので、植え付けはまた今度にすることにしました。

しかし注意しないと、野草の勢いに負けてしまうかもしれません。
植物の生長の速さは、驚くほどのものです。

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■年齢は捨てられません

挽歌編に書いたのですが、少しだけリライトして時評編にも書きました。

20年ほど前、アンチエージングが話題になった事があります。
高齢化が問題になっていたころです。
以来、年を取ることへのマイナスイメージは定着しました。
当時、私もそうした考えに大きな違和感を持っていませんでした。
もっとも「高齢化」に関しては私自身はプラスの評価をしていました。
「早く来い来い、高齢社会」などという小論を書いたりしてもいました。
http://cws.c.ooco.jp/siniaronnbunn2.htm

最近、下重暁子さんが「年齢は捨てなさい」という本を出版しました。
新聞広告には「年にしばられると人生の面白さが半減する」「年齢という「呪縛」を解き放て!」と書かれていました。
こういう風潮に最近やはり強い拒否感があります。

いろんなものに「呪縛」されているのに、よりによって、捨てる対象が「年齢」とは、どうも納得できません。
私は、最近は年齢に素直に従っていますが、それが「呪縛」とは思えません。
すなおに加齢を受け入れ、それを前提に生きています。
「老人」という言葉も好きですが、実際には「老人」になれずに、意識はむしろ年齢に追いつけずにいます。
しかし、身体は素直に年齢を重ねています。

最近、高齢のドライバーの交通事故で、親子が死傷する事件が起きました。
それを契機に、高齢者ドライバーへの批判が高まり、自動車運転免許も年齢制限する必要があるのではないかという意見も出てきています。
それに対して、年齢で制限するのはおかしいとか、憲法違反だという声もあります。
自動車免許をとれるようになる年齢も含めて、いろんな分野で年齢制限されているのに、こんな論理は成り立つはずもないでしょうが、そんなご都合主義が相変わらずまかり通っています。

みんな「年齢」を捨てたがっているようです。
不老不死の世界に入るのは、そう遠い先ではないでしょう。
しかし不老不死とは、命のない世界でもあります。

私は70に近付いた段階で免許は返納しました。
基本的には年齢制限をつけるべきだと思っていますし、それがなくても自分のことは自分で決めるくらいの良識は持っています。

たしかに人によって状況は違い、高齢でも運転できる人はいるでしょう。
しかしそうした個別事情を認めていたら、年齢は社会的判断の基準にはならず、社会は成り立ちません。

年齢を捨てるという発想にはやはりなじめません。
私自身は、素直に年齢(生命)に従う生き方をしたいと思っています。

その本の新聞広告に、「年齢を封印するだけで出来ることが10倍増える!」と書かれていました。
私はむしろ、「年齢を受け入れるだけで出来ることが10倍増える!」と揶揄したいですが、それはともかく、「自分を素直に受け入れるだけで出来ることがたくさんある」と思っています。
しかし、自分を素直に生きることはとても難しい。
まだまだ年齢相応の生き方ができない未熟さに、時に自己嫌悪に陥ります。

それでも私は、年齢を大事にした生き方をしていこうと思います。

 

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■節子への挽歌4213:年齢は捨てられません

節子

20年ほど前、アンチエージングが話題になった事があります。
高齢化が問題になっていたころです。
以来、年を取ることへのマイナスイメージは定着しました。
当時、私もそうした考えに大きな違和感を持っていませんでした。
もっとも「高齢化」に関しては私自身はプラスの評価をしていました。
「早く来い来い、高齢社会」などという小論を書いたりしてもいました。
http://cws.c.ooco.jp/siniaronnbunn2.htm

最近、下重暁子さんが「年齢は捨てなさい」という本を出版しました。
新聞広告には「年にしばられると人生の面白さが半減する」「年齢という「呪縛」を解き放て!」と書かれていました。
こういう風潮に最近やはり強い拒否感があります。

いろんなものに「呪縛」されているのに、よりによって、捨てる対象が「年齢」とは、どうも納得できません。
私は、最近は年齢に素直に従っていますが、それを「呪縛」とは思えません。
すなおに加齢を受け入れ、それを前提に生きています。
「老人」という言葉も好きですが、実際には「老人」になれずに、意識はむしろ年齢に追いつけずにいます。
しかし、身体は素直に年齢を重ねています。

最近、高齢のドライバーの交通事故で、親子が死傷する事件が起きました。
それを契機に、高齢者ドライバーへの批判が高まり、自動車運転免許も年齢制限する必要があるのではないかという意見も出てきています。
それに対して、年齢で制限するのはおかしいとか、憲法違反だという声もあります。
自動車免許をとれるようになる年齢も含めて、いろんな分野で年齢制限されているのに、こんな論理は成り立つはずもないでしょうが、そんなご都合主義が相変わらずまかり通っています。

私は節子を見送った後、70に近付いた段階で免許は返納しました。
基本的には年齢制限をつけるべきだと思っていますし、それがなくても自分のことは自分で決めるくらいの良識は持っています。
たしかに人によって状況は違い、高齢でも運転できる人はいるでしょう。
しかしそうした個別事情を認めていたら、年齢は社会的判断の基準にはならず、社会は成り立ちません。

年齢を捨てるという発想にはやはりなじめません。
私自身は、素直に年齢に従う生き方をしたいと思っています。
しかしそれは実際には難しいのです。

その本の新聞広告に、「年齢を封印するだけで出来ることが10倍増える!」と書かれていました。
私はむしろ、「年齢を受け入れるだけで出来ることが10倍増える!」と揶揄したいですが、それはともかく、「自分を素直に受け入れるだけで出来ることがたくさんある」と思っています。
しかし、自分を素直に生きることはとても難しい。
まだまだ年齢相応の生き方ができない未熟さに、時に自己嫌悪に陥ります。

なんだか時評編のようなことを書いてしまいました。
そういえば、挽歌の番号を追いつきたくて、挽歌ばかり書いていて、時評がこのところほとんど書けていません。
挽歌を書かなくてはいけないという思いから、脱しなければいけません。

 

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2019/04/28

■節子への挽歌4212:「死は人を豊かにする」

節子
実にいい天気です。

植えなければいけない苗がまだ何本かある上に、花の種をまだ蒔いていないので、畑に行きたいのですが、今日は朝から用事があり、そのうえ、湯島でサロンもあります。
帰りもたぶん夜になるので、残念ですが、今日は畑作業はできません。
畑にメロンとスイカのミニ温室をつくろうと昨日思い立ったので、早く作業に入りたいのですが、うまくいきません。
明日になるとまた気分が変わってしまわないかと少し心配ですが。
人生はなかなかうまくいかないものです。

今日、半分眠りながら、テレビの「こころの時代」を聞いていました。
後できちんと見直してみようと思っていますが、そこで「死は人を豊かにする」という発言があったような気がします。
半分寝ていたので、確かではありませんが。

「死は人を豊かにする」といっても、死んでしまえば、別次元に移行しますので、死の当事者を豊かにするという意味ではありません。
死と触れ合うことで、人は豊かになるということでしょう。
父親の死の直前、その介護にかかわったおかげで、それまで嫌いだった父がほんとは好きだったのだと気付いたという人の話が紹介されていました。
逆の事例もあるでしょうが、そもそも「好き」だとか「嫌い」だとかいうのが豊かさの現れともいえるかもしれません。

「死は人を豊かにする」というのは、私の実感としても思い当ります。
しかし、そうするためには、死との出会いを大事にしなければいけません。
それとともに、死は「瞬間」の事件ではなく、継続するプロセスでもあると捉えなければいけません。
言い換えれば、死とは生なのです。
それを実感できるかどうかが大切です。

今日は湯島で、「葬儀と供養」のQ&Aサロンです。
10人ほどの人が参加しますが、死の捉え方を変えていければと思っています。
死や葬儀を明るく語りたいものです。

 

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2019/04/27

■節子への挽歌4211:敦賀のタケノコ

節子

敦賀のタケノコが届きました。
節子の姉夫婦が送ってくれたのです。
姉夫婦は2人とも足腰を痛めたりしたので、今年は無理だろうと思っていましたが、いつも以上に大きなタケノコが送られてきました。
今年はもう終わりだなと思っていたのですが、思わぬプレゼントです。
半分をジュンのところに持っていきました。

そういえば、昨日の小学校時代のミニクラス会でも私がタケノコを好きなのを知って、わざわざ料理して持ってきてくれた人がいます。
ミニクラス会の時には女性たちがお昼ご飯を持ってきてくれるのです。
今年はタケノコの裏作の年だそうですが、今年もたくさんのタケノコを食べてしまいました。
私には恵まれた年でした。

私は、食生活に関しては、与えられるものを素直にいただくようになってきています。
節子がいたころは、かなり好き嫌いがあったと思いますが、最近の私には節子は驚いているかもしれません。
これも生きる基本をお布施スタイルにしたからかもしれません。

お布施というのは、誰かに何かを恵んでもらうということではありません。
誰かが提供してくれたものは選ぶことなくいただくということです。
「もらう」のではなく、「引き受ける」という方がいいかもしれません。

それは食べ物に限るわけではなく、誰かが何かを私にくれたら、どんなものでも受け取るということです。
そこから「受け取る者の責任」ということが発生しますが、それはそれなりに大変なのです。
だから布施を受けることは、十分に社会的行為であり、利他的な行為なのです。
これはなかなかわかってはもらえないでしょうが、たぶん過去の私のことを知っている節子ならわかるでしょう。

誤解されそうですが、敦賀のタケノコはそんなややこしい話とは無縁に、私にもうれしいプレゼントでした。
あく抜きが大変だと娘のユカは嘆いていますが、まあこれは娘としての責務でしょう。
いや娘の幸せかもしれません。
なにしろ今となってはもう節子の好きなものを料理することはできないのですから。

こういう私の考え方が、娘にはあまり気に入っていないようですが。
困ったものです。

 

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■節子への挽歌4210:お天道様は見放さない

節子

畑にたくさんの野菜の苗を植えてきました。
もっとも今日は寒いくらいの日で、植えるにはあんまり適していない日でしたが。
それに放置していたキャベツや菜の花を全部抜いてきました。
畑らしい雰囲気を維持したくて、抜かずにいたのですが、大きくなりすぎて、その処置に大変なほどに育ってしまいました。

家で蒔いておいた種から出てきた芽は、どうやらメロンのようです。
もしそうなら、昨年食べた「高月メロン」の種です。
節子の実家ある高月のメロンです。
畑に植えて、温室にしてこようと思ったのですが、雨が降り出したのでやめました。

畑をやったことをフェイスブックに書いたら、すぎのファームの杉野さんが、「今年は気温が低く、作物もなかなか順調ではないかもしれません。でも、お天道様は見放しはしませんが」と書いてきてくれました。
「お天道様は見放さない」、いい言葉です。
きっと節子も見放さないでしょう。

種からのメロンとスイカを今年は食べられるほどに育てたいと思います。

それにしても今日は寒い日でした。

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■初原的同一性

最近2冊の本を読みました。
1冊はもうだいぶ前に出たスティーブン・ピンカーの「暴力の人類史」。
もう一冊は最近出た煎本孝さんの「こころの人類学」です。

前者は1000頁を超す大著ですが、後者は新書です。
まったく意識せずに読んだのですが、2冊には共通しているテーマがあります。
人間の本性です。

「暴力の人類史」ではこう書かれています。

人間の本性は、私たちを暴力へと促す動機(たとえば捕食、支配、復讐)をもちあわせているが、適切な環境さえ整っていれば、私たちを平和へと促す動機(たとえば哀れみ、公正感、自制、理性)ももちあわせている。

ピンカーは、人間には「内なる悪魔」と「善なる天使」が内在しているといいますが、どうもこの本を読むと、人間の本性は暴力好きな悪魔のように思えます。
これでもこれでもかというほどの人間の暴力性の事例、たとえば幼児殺しがいかに日常的だったかの記載を読んでしまうと、親子関係に関する常識さえ壊されてしまいます。

一方、「こころの人類学」の煎本さんは、「慈悲、わかちあい、おもいやり、いつくしみは、人類に普遍的に見られる自然的宇宙観」だといいます。
こんなことも書かれています。

「トナカイは、人が飢えているときに自分からやってくる」と、カナダ・インディアンは考えていたという。

煎本さんは、原始の人類は、人間と動物や自然を同一視していて、トナカイは飢えた人間のために施しとしてやってきたのだと考えたというのです。

仏教のジャータカ物語に出てくるような話ですが、トナカイは人間の仲間であり、つまりは人間もまたトナカイのように行動するということを示唆しています。
人間と動物とは異なるものであるが本来的に同一であるとする思考を、煎本さんは初原的同一性とはいい、人間性の起源は、この初原的同一性にあると言います。

私は「初原的同一性」という言葉を初めて知ったので、初原的同一性は、人間と動物だけではなく、あらゆる存在に関して成り立つはずです。
すべては一つだったと考えれば、世界がとても理解しやすくなります。
たとえば、「内なる悪魔」と「善なる天使」もつまるところ同じことなのです。
そして、内なる悪魔もまた、自らのものだと考えれば、他者に対して寛容になれます。

「暴力の人類史」だけを読んでいたら、たぶん世界が広がっただけでしたが、偶然にも同時に「こころの人類学」も読んでいたので、人間嫌いにはならずにすみました。

今回、2冊の本を同時に読んだのは、偶然とは思えません。
誰かに読まされているのではないかと思えてなりません。

最近他者への寛容さを少し失ってきているような気がしていましたが、踏みとどまれそうです。

 

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■節子への挽歌4209:10連休の始まり

節子
10連休の始まりです。
といっても、私にはあまり影響はない話ですが。
制度的な休日という概念から自由になってからもう30年間にもなりますので。
しかも最近は「曜日」の感覚もなくなってきています。

とはいいものの、まったく関係がないわけではありません。
そもそも「10連休が始まった」などと思うこと自体が、すでにその世界に生きているということです。

10連休中にはサロン三昧をしてみようかと思ったこともあるのですが、結局、サロンはあまりやらないことにしました。
自分自身の周辺があまりにとり散らかっているので、少し(物理的にも精神的にも課題的にも)身辺整理をしようかと思っています。
まあそれができる可能性は小さいですが。
そもそも人は「この期間に何かをやろう」などと思っても、そうはいかないものです。
ほんとにやろうというのであれば、「何かをやろう」などと思うことはないからです。
やればいいだけですから。

雨も上がっているので、まずは畑に行って、野菜を植えてくることから始めようと思います。
なにしろたくさんの野菜の苗と種が、待っていますので。
昨日からちょっとまた寒くなってきたのが気になりますが。

 

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2019/04/26

■節子への挽歌4208:ミニ同窓会

節子

小学校時代のミニ同窓会を湯島で開催しました。
男性3人、女性6人が集まりましたが、にぎやかだったのは女性たちでした。
なんとまあみん姦しいことか。
4時間以上、ずっと話しっぱなしで、男性たちは片隅で小さくなっているほどでした。

私にとっては、50年ぶりに会った人もいます。
毎月会っている人もいますが。

昨年から隔月で開催しながら、少しずつ輪を広げていこうと思っていましたが、なかなか輪は広がりません。
結局、女性たちの多くは全員に呼びかけてクラス会をやりたいということになりました。

小学校時代の先生もまだ一人はご健在です。
私は、クラス会にはあまり参加しないのですが、
前回参加した時にお会いしました。

私はクラス会や同窓会にはあまり参加しないタイプです。
みんなもそれを知っていますので、その私がなぜこんなスタイルで湯島でミニ同窓会を始めたのか、理解しにくいでしょう。
私自身、自分がこんなことを始めたのが意外です。
それでもみんなは今回も喜んでくれました。
話す場は、あるようでないのかもしれません。

写真を撮るのを忘れてしまいました。
いつも写真を撮るのが好きな人が病気で参加できなかったからです。

今年の秋にはクラス会をやろうかということになったようです。
もう一度みんなに会っておきたいという気分が、女性たちにはあるようです。
会いたければ会いに行けばいいだけの話のような気もしますが、どうもそう簡単でもないようです。

ちなみに、みんな来世を信じていないようで、驚きました。
いや、私が来世を信じているのが異常なのかもしれません。

 

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2019/04/25

■節子への挽歌4207:孫と付き合って疲れました

節子
節子には申し訳なのですが、今日は孫と娘たちと一緒に近くのショッピングモールに行きました。
長靴が小さくなったので長靴を買おうというのが目的です。

ついでにみんなで食事をすることになりましたが、孫はまだ「卵アレルギー」なので食事に制約があります。
結局、いつもの有機野菜をつかった野菜料理店に行きました。
私はあんまり得手ではないお店です。
食事中に、孫から「おさむさんの名前は何というのか」と質問されました。
孫は私のことを「おさむさん」と呼ぶのですが、どうも「個人の名前」とは思っていなかったようです。
最近どうも人にはそれぞれに名前があることを知ったようです。

長靴はなかなかお気に入りが見つからず、途中でおもちゃ屋さんや遊ぶ場所に引っかかりました。
子どもに付き合うのは結構大変で、それなりにつかれました。
とにかくちょこまか動きます。

孫は間もなく3歳ですが、これくらいになると自己主張しだします。
また何かに引っかかってしまうと動かなくなります。

長靴は、なんとかお気に入りを見つけました。
娘は節約家なので、買い物は実に慎重です。
私の記憶では、娘たちはあまりものをねだりませんでした。
孫も、おもちゃ売り場ではいろいろといじくっていますが、あまり欲しいとは言いません。
だから逆に何を買ってやったらいいのかわかりません。
ほしいものがないかと聞いても、まだ答えは返ってきません。
ともかく遊ぶので精一杯です。
まだ「所有」という考えがないのかもしれません。

私は、買い物が苦手ですが、節子がいたらきっと孫との買い物を楽しむでしょう。
孫との買い物を楽しむことができなかった節子を思うと、いつもなんだか悪いような気がしてしまいます。

たかだか4時間ほどのショッピングでしたが、疲れました。
夕方、また孫と娘が自宅にやってきました。
近くに住んでいるのです。

孫は疲れ知らずのようにぴょんぴょん飛び跳ねていました。
私とは生命力が全くと言っていいほど違うようです。

今日もまた予定していた仕事ができませんでした。
そのうえ、畑にも行けませんでした。

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■節子への挽歌4206:酢タマネギをつくりました

節子

最近、酢タマネギを食べるのを少しサボっていました。
そのせいかちょっと体調がすぐれません。
血圧がまた高くなっているのかもしれません。
酢タマネギだけではなく、ほかの処方もほとんどみんなさぼっています。
困ったものです。

それで今日は在宅だったので、頑張ってタマネギを4つ、酢タマネギにしました。
タマネギをスライスして、リンゴ酢でつけて、そこにはちみつと少量のお醤油を入れるのが最近のやり方です。
酢タマネギだけは私が作る担当です。
食べるのも私だけですが。

体調が悪いのは血圧だけとは限りません。
一時期、かなり目を酷使したため、目の調子もあまりよくありません。
先週、旅行に行ってパソコンから解放されていましたが、まああんまり状況は変わっていません。

身体は衰えるのに任せようと先月まで思っていましたが、もう少し在世することにしたので少しはいたわらないといけません。
まあしかし、いたわってよくなるくらいの身体ならば、いたわらなくてもそう大きくは変わらないでしょう。
ただ心構えだけは少し変わるかもしれません。

 

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2019/04/24

■節子への挽歌4205:家族の物語

節子
最近、いろんな人たちから「家族の物語」を聞く機会が、なぜか多いのです。
先日、挽歌でも書きましたが、家族にまつわる本も何冊か読みました。

家族には、それぞれ表情と物語があります。
よく家族が壊れてきているといわれますし、私もそう感じていますが、壊れているというよりも変質しているというべきかもしれません。

私に関して言えば、私の家族はそう変わっていないような気がします。
もちろん、両親が中心になっていた家族と私たち夫婦が中心になっていた家族、そして節子がいなくなってからの家族は、それぞれに違いますが、いずれも私の生活の支えであることには変わりはありません。

家族は、人を育て、人をまもる、個人にとっては拠り所の一つだろうと思います。
私が、いまのような性格になり、いまのような生き方をしているのは、私が育ち生活の基盤にしてきている家族のおかげです。
もし、家族がなければ、いまの私はありません。

「家族」は自分一人でつくれるわけではありません。
また、血縁も家族にとっては本質的な要件ではありません。
そもそも夫婦家族がそうであるように、家族の核にあるのは、血縁ではありません。
「血のつながり」は、家族にとっては本質的なものではないでしょう。

節子がいなくなってから改めてそれがよくわかりますが、夫婦と親子とは全く別次元のものであるように思います。
両親や節子がいなくなった今、私の家族は娘たちですが、娘たちは要するに自分の延長的な存在でしかありません。

この2か月の間に、なぜか4人の人からかなり詳しい家族の物語をお聞きしましたが、いずれも兄弟姉妹の話でした。
おひとりは、最近、音信不通になってしまった人ですが、その人のお知り合いの人からいろいろとお話をお聞きしました。
後の3人は、ご自身のお話です。
いずれも兄弟姉妹の関係の話です。
夫婦よりも、やはり血のつながりのある兄弟姉妹のほうが、物語性があるのでしょうか。
あるいは、親子と違って、同世代なので、その物語は生々しいのかもしれません。

「家族」が問題になっていますが、問題は「家族」ではなく、「血縁」なのかもしれません。
血のつながりは家族の本質ではないとすれば、変質ないし壊れだしているのは、「家族」ではなく、「血の意味」かもしれません。

ちょっと大きな問題すぎて、まだよくわかりませんが、生きる基盤としての「家族」の問題はやはり考えていくべき大切な課題のようです。

 

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■節子への挽歌4204:野菜の苗

節子

野菜の苗を買いに行きました。
畑の準備はだいぶできてきましたが、植えるべき苗を買いに行けていなかったのです。
昨年、畑からとっておいたいろんな野菜の種子を自宅の苗床に蒔いておいたのですが、いい加減に巻いておいたので、どれが何やらまったくわからない状況ですので、やはり苗を買ってくることにしました。
野菜作りは、いい加減にやっていてはいけません。
私にはあまり向いていないようです。

近くのお店に行って、育てるのが簡単そうなのを何種類かかってきました。
キュウリ、ナス、トマト、ピーマン、オクラ、ブロッコリー、まだなんかあったような気がしますが。
種から芽が出始めた、なんだかよくわからない苗も自宅に数種類ありますので、15種類くらいにはなるでしょう。
これで今年のわが家の野菜は自給できるかもしれません。
まあうまく育てばですが。

それにしても野菜の増殖率には驚きます。
いや生命のすごさといってもいいでしょう。
野菜と付き合っていると、生命というものの理解が深まります。

 

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■節子への挽歌4203:コーラと食生活

節子

今日は寝坊してしまいました。
目が覚めたら7時半。少し寝不足が続いていたのでしょう。

先日のサロンで、私がコーラを飲んでいることが話題になりました。
消費者活動を長らくしてきたという初対面の女性からは「歯が溶けませんか」と質問されました。
それで、「歯医者さんからも得られるほど歯は丈夫です」と、また余計なひと言を言ってしまいました。

私は今なお「消費者運動」などといって言っている女性たちにはどうしても共感できません。
それに「コーラ」がよくないとか無農薬の有機野菜でなければいけないとかいう教条主義者(友人にも多いのですが)にはまったく共感できません。

私もかつては消費者問題にかなり関心を持っていました。
1970年代にアメリカでラルフ・ネーダーが起こしたコンシューマリズムにも関心を持ち、当時勤務していた会社で問題提起もしたほどです。
消費者問題に関する懸賞論文で入賞し、その授賞式で、「そろそろ消費者などというのを辞めて生活者と言おう」と話したときには、まるで自分が「生活者」という言葉を発見したような気分になっていました。
その後、調べてみたら、すでに「生活者」という言葉はありましたが、その頃は自分で新しい概念を発見したような気分になっていたのです。

「消費者」は、言うまでもなく、「金銭市場主義経済」の重要な要素であり、その論理に組み込まれてしまっています。
時評編で書いたことがありますが、消費者意識から解放されなき限り、経済も社会も変わらないでしょう。
また「コーラ」が悪いのであれば、現在出回っているものすべてもまたその「悪さ」からは無縁ではありません。
世界に存在するものはすべて、大きなつながりの中で存在しているのですから。
各論最適解は全体を壊していくことを、消費者問題に取り組んでいる人たちには気付いてほしいものです。

節子の実家に最初に挨拶に行ったとき、節子の両親はお酒ではなくコーラも用意しておいてくれました。
節子が話していたからですが、コーラを飲んでいることを知って、そんな健康に悪いものを飲んでいて大丈夫かと心配していたそうです。
それでもコーラを用意しておいてくれたわけですが、今となっては懐かしい話です。
ちなみに、コーラが用意されていたのは最初だけでした。

ちなみに、私の食生活は、心身が欲するものを飲食するというスタイルです。
コーラを飲むといっても、最近は年に数回です。
健康に悪いとか歯が溶けるとかいう理由で、自らの食生活を変える気は全くありませんし、逆に友人が健康にいいからといって持ってきてくれる有機野菜などはありがたく食べさせてもらっています。

もちろん賞味期限などはまったく意に介しません。
食べていいかどうかくらいは、まだわかりますので。

しかしなぜか中国産のうなぎだけは食べられません。
それがなぜかはわかりませんが。

 

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2019/04/23

■節子への挽歌4202:話す相手と語る相手

節子
うれしい電話がありました。

社会保障問題や原発事故賠償問題などに誠実に取り組んでいる元大学教授だったHさんが電話をくれました。
一昨日のサロンに来る予定だったのですが、来られなかったので気になっていました。
お会いできないのが残念だなと思っていたのですが、Hさんも同じようで、私の声を聞きたいといって電話してきてくれたのです。

Hさんは私が尊敬し信頼する大学教授でした。
いまはもう引退されていますが、社会への思いは強いです。
弱い者の立場でいつもものを考えていて、決して時流に乗ずることのない人です。
ですから、いつも疲れています。
たぶん語る相手もそういないでしょう。
私と一緒です。
私も、話し相手はたくさんいますが、語り相手はほとんどいません。
こんなことを言うとまた友人に叱られそうですが、なかなか会話が成り立たないのです。
私がちょっとずれているのです。

でもHさんは、私のことをきっとわかってくれています。
ですから少しくらい意見や発想が違っても、語り合えるのです。
そういう人がいるだけで、人は少し安心できます。

電話ではなく、また佐藤さんと話したいので湯島に行くといってくれました。
うれしいことです。

Hさんとは共済研究会でしばらくご一緒しただけです。
その時にご一緒した大学教授たちとはもう付き合いはなくなってしまっていますが、なぜかHさんだけは湯島にまで来てくれています。
Hさんのような人がいるおかげで、元気が出ます。

いつかサロンをやってもらおうと思います。

 

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■節子への挽歌4201:久しぶりに市役所に行きました

節子

久しぶりに市役所に行きました。
私が知っているのは副市長の青木さんですが、25年ほど前に、我孫子市の総合計画を策定するときに審議委員をさせてもらったのですが、それ以来のお付き合いです。
審議委員になったのは、当時の市長の福嶋さんから頼まれたのですが、その時、事務局の中心にいたのが青木さんです。

福嶋さんとはその後、ちょっと意見が合わずに関係が決裂してしまいましたが、その時も青木さんが間に入ってとりなそうと話し合いの場までつくってくれました。
しかし私も福嶋さんも、せっかくのその場をまた壊してしまいました。

以来、私と福嶋さんは一度もお会いしていません。
節子は民生委員や花かご会の活動などで、福嶋さんにはいい感じを持っています。
ですからちょっと節子には申し訳ない気もします。

福嶋さんの後の市長の星野さんの2期目の選挙の時には、私は対抗馬に荷担してしまい、青木さんとは選挙で争う関係になりました。
選挙結果は青木さんが支援した現市長が勝利しましたが、だからといって、私と青木さんの関係がおかしくなることはありませんでした。
その後もまあいろいろとあるのですが、何かあると青木さんに相談に行くわけです。
青木さんは迷惑していることでしょう。

昨日は秘書室に行ったら、斉藤さんがいました。
斉藤さんにもとてもお世話になったのです。
なんでお世話になったかを書くと笑われそうなのでやめますが。

節子がいたら、市役所との関係ももう少し変わったものになったかもしれません。
節子もあまり常識があったとも思えませんが、私よりも少しはまともでしたから。

節子の不在は、私と我孫子市との関係にも、いろいろと影響があるなと、昨日は思いました。

 

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■湯島サロン「贈与と共生の経済倫理学」報告

難しいテーマのサロンにもかかわらず、20人を超える参加者があり、異例の申込締め切りをしたほどでした。
また、本書で題材に取り上げられている霜里農場の金子夫妻が参加されたほか、著者の関係者も数名参加されたのも異例でした。
そのため著者に関して語られることが多かったので、著者の人柄や生活歴がわかり、本の著述からだけではわからない行間が伝わってきて、とても興味深いサロンになりました。
しかし、本を読んでいない方にはちょっと戸惑いの多いサロンだったかもしれません。

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ナビゲーターは、亡くなった著者の活動に伴走してきた伴侶の折戸広志さんです。
著者の思いも重ねながら、本書の背景と著者のメッセージをていねいに読み解いてくれました。

著者の基本的な問いは、「生きにくい社会をどうやったら私たちは生き抜いていけるのか」ということです。
その問いは、「自由とは何か」、さらには「他者とはだれか」という問いにつながっていきます。
そして、「視座の転換」によって、「資本主義の限界」を超えていく実践策が示唆されます。
こう書くと難しそうですが、要は、自分を自由に生きていくためのヒントが本書にはたくさんちりばめられているのです。

本書を読み解く2つのキーワードは「お礼制」と「もろともの関係」です。
折戸さんは、ポランニーの贈与経済やスピノザの自由論、さらには最近話題になった「ホモ・デウス」まで紹介しながら、究極の倫理としての「自由」に言及していきます。
そして、対等な関係において成り立つ「契約」を結ぶことができない「対等ではない関係」においてこそ「倫理」が要請されるというのです。

では、「対等ではない関係」とはだれのことか。
そこで折戸さんは「他者」とはだれかと問いかけます。
私たちが共に生きている「他者」は、同時代人だけでないばかりか、人間だけではない。
そのことを霜里農場の金子さんが卒論で描いていた「生態系の図」も紹介しながら、気づかせてくれました。
そして、「アグロエコロジー」(「タネと内臓」サロンでも話がでました)にも言及されました。

金銭契約を超えた「贈与(お礼制)」と功利的な関係を超えた「もろともの関係」は、著者えとなさんの経済倫理学の2つの柱ですが、別々のものではなく、相互に支え合って成り立つものといえるでしょう。
えとなさんが研究を深めていったら、このふたつは止揚されて、そこに新しい概念、つまり「新しい倫理」(生活哲学)の概念が生まれたかもしれないと、改めて思いました。

真の自由のためには「赦し」から「共生(共に生きる)」へと生き方を変えていくことだというのが、折戸さんのまとめのメッセージです。
その一つの実践例として、「被害者意識」から「加害者としての責任感」へとまなざしを変えた水俣の漁師、緒方正人さんの話を紹介してくれました。
折戸さんたちは、水俣でのワークショップで緒方正人さんとも語り合ったようで、その際のえとなさんのエピソードも紹介されました。

ちなみに、緒方さんの著書「チッソは私であった」は、本書のメッセージと通ずる本です。
http://cws.c.ooco.jp/book2.htm#002

話し合いは、著者折戸えとなさんの関係者が多かったこともあって、著者の話が中心になりがちでしたが、そこで語られたさまざまなエピソードには、本書の理解を深めるヒントがたくさん含まれていました。
著書を読んでいない方もいましたが、なんとなく「折戸えとなの世界」を感じてもらえたような気がします。
くわえて実践のど真ん中にいる霜里農場の金子美登さんの発言も直接聞けた、ぜいたくなサロンでした。

本書を読まれていない方には、ぜひ読んでほしい本です。
この生きにくい社会を生き抜くヒント、さらには袋小路を感じさせる今の社会の壁を越えていくヒントが、たくさんあります。
私の勝手な本の紹介は下記にあります。
http://cws-osamu.cocolog-nifty.com/cws_private/2019/02/post-6da3.html

今回は読んでいなかった方も多かったので、内容の議論は十分にはできませんでしたが、また機会があれば、今度は経済倫理学のサロンとその実践としての霜里農場(アグロエコロジーが実現していると言われているそうです)のサロンを企画したいと思います。

 

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2019/04/22

■節子への挽歌4200:長生きすることへの恐れ

節子

福井にいる節子の姉と電話しました。
いつもお米や野菜を送ってもらっているのですが、昨年くらいからあまり体調も良くなく、ジュンが電話したらどうもまた悪くなっているようなので、電話したのです。

声は元気ですが、腰や足があんまりよくないみたいです。
今年でコメ作りもやめるそうです。
そういえば、今年はタケノコが送られてきませんでしたが、タケノコ掘りもやめたのでしょう。
ということは、かなり状況は悪いのかもしれません。
何か私にできることはないかと考えても思いつきません。
困ったものです。

今年の夏には節子の13回忌を予定していますが、東京に来るのは難しいかもしれません。
だんだんそういう歳になってきてしまいました。

先日、一番年長だったいとこが亡くなりました。
さて次はだれか。
この歳になると、早く旅立つ方がたぶん「幸せ」でしょう。
遺されるものの悲しさやつらさは、体験してみないとわかりません。
そう考えると、この歳になると長生きしたいという思いよりも、長生きすることへの恐れの方が高まります。
私も、そろそろ長生きへの不安が出てきました。

もちろんみんなが長生きできるのであれば、長生きするに越したことはありません。
しかしそうもいかない。
時々、そんなことを考えるようになりました。

高齢者の多くは、長生きへの不安を持っているのではないかと思いますが、それは私だけなのでしょうか。

 

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2019/04/21

■節子への挽歌4199:「家族という呪い」

節子

昨日はサロンだったのですが、湯島に行く電車で最近出た「家族という呪い」という阿部恭子さんの新書を読みました。
副題が「加害者と暮らし続けるということ」とあったのが気になったからです。
読み終えて、湯島に着くころは気分がげんなりしてしまいました。

著者の阿部さんは加害者家族支援のNPO法人を立ち上げ、加害者家族の相談に乗ってきています。
幻冬舎の新書なので、軽く読めてしまう本ですが、同じ新書に下重暁子さんの「家族という病」という本もありますが、こういうタイトルに大きな違和感があります。
家族は「呪い」や「病」なのか。
そもそもそういうとらえ方に、私は不快感を持ってしまいます。

「ミッション・クリープ」という言葉があります。
当初対象としていた範囲を拡大したり、いつ終わるか見通しが立たないまま人や物の投入を続けていかなくてはならなくなった軍事政策を批判するアメリカの軍事用語でしたが、
「終わりの見えない展開」という意味で、広く使われてきています。

たとえば、人権概念の広がりにも使われることがあります。
どんどん対象を拡大している人権運動が、動物や自然にまで広がっているのはその一例です。
最近のパワハラやセクハラの捉え方も、そうかもしれません。

そういう動きを否定するつもりはありませんが、いささかの行き過ぎを感ずることもあります。
前にも時評編では「ゼロ・トレランス」への懸念を書いたことがありますが、とまることのないミッション・クリープにも危惧を感じています。
特に最近は私たちが生きる拠り所にしてきた家族が攻撃対象になっているのは残念です。
「攻撃」するのではなく「改善」していきたいと思います。

そういう意味で、私は「家族という呪い」とか「家族という病」とかいう言葉を軽軽に使う人の見識を疑いますが、しかしそういうほうが多くの人の関心を呼んで、問題意識を持ってもらうのには効果的なのでしょう。
ですから一概に否定すべきではないのですが、どうしても好きになれません。
「言葉」は「実体」を創っていくからです。

ところで、「家族という呪い」にはおぞましいほどのたくさんの事例が紹介されています。
ですから読み終えた後、げんなりしてしまって、昨日は元気が出ませんでした。
それがサロンにも少し出てしまい、疲れがさらに大きくなってしまいました。

人と関われば、良いことも悪いこともあります。
「呪い」を感ずることもあれば、「病」を感ずることもある。
しかし、そうでないこともたくさんあります。

大切なのは「病の家族」を健やかにし、「家族を苦しめる呪い」を祓っていくことです。
伴侶を亡くしたものにとって、病であろうと呪いであろうと家族も親子もとても価値のあるものです。
そして、それがあればこそ、家族のような仲間も生まれてくる。

ちなみに、私が考える家族は、血縁でも異性を軸にしたものでもありません。
一緒に暮らす(生きる)人の暮らし方くらいの意味です。
その基本モデルが、現在の「家族」制度ですが、その制度に制約される必要はないでしょう。
制度はあくまでも「手段」ですから、状況によって変わらなければいけません。

有識者の呪いや病を直してやりたい気もしますが、私の方が呪いにかかり、病を得ているのかもしれません。

それにしても、家族とは不思議なものです。
節子との関係を思うと、つくづくそう思います。

 

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2019/04/20

■節子への挽歌4198:我慢せず、我儘に、しかし我執からは解放される生き方

節子
人はなかなかな変われないものです。
あまりに自分の愚行に自己嫌悪に陥ってしまうのですが、人生最後くらいは平安に生きたいと思っているのですが、相変わらず我が出てしまい、余計なひと言を口にしてしまう性向から抜け出せません。

今日も湯島でサロンがあったのですが、また余計なひと言を加えてしまいました。
困ったものです。

「我儘」と「我慢」という言葉の「我」は同じものでしょうか。
これは以前から気になっていることです。
私は「我が儘に生きる」ことを大切にしていますが、だからといって「我を通す」生き方は避けたいと思っていますし、「我慢」もしたくないと思っています。

「我慢」という言葉はとても多義的です。
最近では、「自己主張を抑える」とか「忍耐」とかいう意味でつかわれますが、本来は、「我に執着し、我をよりどころとする心から、自分を偉いと思っておごり、他を侮ること」といった意味だと辞書には書かれています。

日本大百科全書(ニッポニカ)にはこんな説明があります。
長いですが、ほぼ全文を紹介します。

サンスクリット語asmimnaの訳語。
仏教教義においては、心の傲りを「慢」と称して煩悩の一種に数えているが、それに7種あるという。
そのうち、「私は劣れるものより勝れているとか、等しいものと等しいのである」というように「私は……である」と考える心の傲りが狭義の慢であり、「五取蘊(ごしゅうん)(5つの執着の要素)は我()あるいは我所(がしょ)からなるものである」と考える心の傲りを我慢と称するのである。

しかし一般には、自己を恃(たの)んで他人を軽んずる意に用いられ、その意味では我執とほぼ同様の意味である。
我執とは、なにかにつけ「俺が俺が」と自己主張してやまない態度をさす。

仏陀は、「人の思いはどこにでも飛んで行くことができる。だが、どこに飛んで行こうとも、自己より愛しいものをみつけ出すことはできない。それと同じように他の人々にも自己はこよなく愛しい。されば、自己の愛しいことを知るものは、他の人々を害してはならない」と、自己の立場を止揚して他者の立場に転換することを強調したのであるが、これは、「汝の隣人を汝自身を愛するように愛せ」と説いたキリストの精神と相通ずるものである。

我慢と我執が同義というのは、とても興味深いところです。
さらに、それが「博愛」につながっていくのは、もっと興味深いです。
たしかに、本当に自分のためを願ったら、小さな自分だけではなく、自分がそこで生きている社会全体のための方が、優先されるはずです。
これは私の体験から来ていることですが、小さな自分の「我執」から抜け出すのは難しい。

我慢せず、我儘に、しかし我執からは解放される。

そういう生き方を今年は、何とか実現したいと思います。
節子との関係では、それができたのですから、できないはずはないでしょうから。

 

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■節子への挽歌4197:挽歌を書き続けられていることに感謝

節子
昨夜は久しぶりにネットやフェイスブックを開きました。
いろんなメールが入っていました。

そのなかに、エジプトの中野さんからのメールがありました。
先日挽歌(4187)に書いた、エジプト考古学者の河江肖剰さんのインタビュー記事に中野さんのお名前があったので、ついつい中野さんにメールしてしまったのです。
中野さんが、この「挽歌」を読んでいてくださっていることを失念していました。
うれしいメールでした。

ついうっかりと意識の外へと言ってしまいますが、この挽歌を読んでいてくださる方がいるのです。
最近は自分の日記のようになってしまっていますし、基本的にはもし節子がいたら夕食を食べながら雑談するような内容が多いのですが、それでも今も毎日150200人ほどの人がアクセスしてくれています。
もっとも時評編もあるので、むしろそちらの方がアクセスは多いでしょうから、挽歌の読者はずっと少ないでしょう。
それでもたぶん10人以上はいるでしょう。
ありがたいことです。

時評編は読み手を想定していますが、挽歌編は独言のようなものです。
それでも、読者がいることは、書き手にとっては大きな支えになります。
この挽歌篇で、一番元気をもらっているのは私自身です。

挽歌を書き続けることで、私は何とかおかしな時期を乗り越えられました。
最近はようやくなんとかまっすぐ生きられるようになっていますが、一時は迷走しそうでした。
事実、かなり迷走してしまい、いまもその重荷を背負ってしまっていますが、それもなんとかなってきました。

こういう、開かれた場で、挽歌を書き続けられていることに感謝しなければいけません。

 

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2019/04/19

■節子への挽歌4196:休ネット日

節子
この3日間近く、インターネットから遮断されていました。
今日はパソコンには挽歌を欠くために時々向かいましたが、ネットからは離れていました。
外部からのノイズに惑わされることなく、平穏な時間を過ごせました。

これはなかなかいいです。
休肝日ならぬ、休ネット日をこれから時々も受けた方がいいかもしれません。
今の私の生き方は、朝起きてらまずはネット確認、寝る前にもまたネット確認でしたが、この生き方を見直すのがいいかもしれません。

最近は以前ほどメールも来ませんので、そう困ることもないでしょう。
それに1日くらい遅れて困ることはないでしょう。

しかしスマホを持ち歩くと、電車などで時間ができるとついついスマホでメールやフェイスブックを見たくなります。
ですから、スマホもできるだけ持ち歩かないようにしようと思います。
昔はスマホなどなかったのですから、少しくらい不便でも大丈夫でしょう。

さてこれで今回のネット遮断は終わり、これからネットでのメールやフェイスブックを始めます。
悩ましいメールが入っていなければいいのですが。

 

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■節子への挽歌4195:畑に孫が来ました

節子

気持ちの良い朝です。
予定を1日はやめて帰宅しましたが、それは誰にも内緒にして、今日は「存在しない1日」として、のんびり過ごそうと思います。
その合間に、この2日間の挽歌を気の向くままに書き込みながら。
パソコンのネットなどを開くと、ついつい引きずりこまれるので、ネットは厳禁です。

午後、畑に行きました。
しばらく行けなかったので、心配していましたが、留守中には娘が水やりに行ってくれたようです。
水をやっていたら、通りがかりの人が、咲いているチューリップを見て、あら、こんなところにチューリップが咲いている、もったいない、と言っていたそうです。
まだまだわが家の花壇は認められていない存在です。

畑がまた野草に覆われだしているので、先日新たに作った2列の畦を再度、畑らしくしました。
ここには、キュウリとミニトマトとナスを植える予定です。
しかし改めて畦を整備したら、相変わらずまだ篠笹の根がたくさん残っています。
かなりていねいにとったつもりですが、そう簡単ではないのです。

イチゴの畑を倍増させ、株分けをし、新たな株を増やしました。
もう一つ、小さな畑を開墾し、そこに風よけの背の低い樹木を植える準備をしました。
ちょっとうれしかったのは、今日はミミズにだいぶ出合ったことです。
ミミズが増えているということは、畑になってきたということでしょうから。

これまでの畑は放置していた青菜系の野菜の花が満開ですが、これはもう少し咲かせておこうと思いま+す。
菜の花に蝶が舞う風景は、とてもいいですので。

そんな作業をしていたら、孫とユカがやってきました。
孫はシズミチョウとテントウムシ(もどきですが)を見つけて喜んでいました。
ミミズに触らせたかったのですが、先ほどあれほどいたミミズが見つかりませんでした。
代わりにダンゴ虫が見つかりましたし、なんだかよくわからないアブのような羽のある虫も見つかりました。
畑はやは生命の宝庫です。

畑に雑木が成長していて、それを今年の初め伐ったのですが、それを自宅に運ぶのを孫が手伝うというので、彼女に手伝ってもらいました。
孫は手伝いが大好きなのです。
そんなわけで、午後は畑作業にすっかりかかりっきりでした。
もしかしたら、孫のにこは節子の血をひいて、花の手入れが好きかもしれません。

帰宅してみんなでお茶をしましたが、孫は卵アレルギーなので、なかなか食べるものがありません。
昨日買ってきたお饅頭が卵不使用だったので、それをおいしそうに食べてくれました。

「ボーっ」と生きた1日でした。

 

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2019/04/18

■節子への挽歌4194:湯河原に立ち寄りました

節子
従兄弟たちと小田原で解散した後、湯河原に立ち寄りました。
というのは、先月来た時にガス給湯器が稼働せずに、配管のカバーなどがボロボロになっていて、いささか心配だったからです。

ガス会社に連絡して、とりあえず見てもらいました。
急だったので、完全補修とはいきませんでしたが、とりあえず爆発などの危険がないことを確認しました。
一泊する予定でしたが、とりあえずしばらくは大丈夫だというので、改めてまた事前に連絡をして出直すことにしました。
湯河原で過ごすには、最近、いささか精神的に弱くなっているからです。

節子がいなくなってから、何回か湯河原に立ち寄ったことはあるのですが、長居はできません。
あまりにたくさんのものが感じられるからです。
それで、遅くなっても夜帰ることにしました。

せっかく寄ったので、数冊、本を持ち帰ることにしました。
一時は、湯河原を仕事場にしていたので、書籍の多くをここに移したのですが、節子の発病後、そのほとんどをまた我孫子に返送しました。
ですから大事な本はもうあまりないのですが、それでも時々、読みたくなる本はあります。
重いので、そう多くは持てませんが、今回も10冊ほど持ち帰ることにしました。
前回、忘れていた「荘子」も持ち帰りました。
帰り際にふと目についた「輪廻転生」も。

帰路も東海道線で帰りましたが、疲れが出てずっと眠っていました。
昨夜はあまり寝ていないのです。

3日の休暇が2日で終わりました。
帰宅したら娘が私の好きなタケノコご飯を用意してくれていました。
遅い夕食を食べて、おふろにも入らず寝てしまいました。

湯河原に行くと、なぜかどっと疲れます。

 

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■節子への挽歌4193:それぞれの人生

節子

いとこ旅行の間、4人でよく話しましたが、これまであまり知らなかったそれぞれの人生を改めて知りました。
いとこといっても、それぞれの人生はなかなか見えてこないものです。
初めて知ったことも少なくありません。
何となく知っていたこともありましたが、思っていたのとは違ったイメージのものもありました。
2日間の旅行中、ほとんど話し合っていましたので、昔の話も出ましたが、その記憶もまたそれぞれでした。

2人のいとこは、私とは違ってゴルフやスキーなどをずっとやっています。
一人は、いまでもPGAの追っかけで海外にも行っているようで、タイガー・ウッズの話も盛り上がりました。
ゴルフをやらない私だけは話されている言葉自体がわからずにいましたが。

学校の先生をしているいとこは、バスケットや冬山登山などをやっていましたが、いまも日本体育協会のいろんな役職をやっていて、その分野の有名人とも交流があるのですが、これまたスポーツ音痴の私にはあまりわかりませんでした。

80代が2人と70代が1人、そして60代ですが、親族関係の記憶に関しては、世代の違いは大きいです。
80代は2人とも長男、他は次男・三男ということもあるかもしれません。
特に私は過去の記憶に関心がないせいか、年上の80代の2人から聞く話には驚く話がありました。
自分の親の話でさえも、兄と違って、あんまり知らないことに驚きました。

考えてみれば、私の娘たちは、私や節子の祖父母の話はほとんど知らないでしょう。
父母の話だってそうは知らないはずです。
こうやって人の記憶は失われていくわけです。

私の記憶が残るのは、私の場合はたった一人の孫にだけでしょう。
そう思うと、自分の生きたあかしや成果を形に残しておきたいという人の思いも理解できます。
もっとも私はそうしたことにはまったく関心はありませんし、意味も感じません。
有名な人の伝記にしても、たぶん実際のその人の人生とは違うものだろうと思うからです。
自分とは違う自分の痕跡いくら残しても意味はありません。

しかし、同時代を生きてきたいとこだって、こんなにも知らなかったのかと驚きました。
そうであれば、たかだか数十年、いや数年、知り合っただけの友人知人の人生など、わかるはずもない。
知ったような積りで、友人知人と付き合うことの軽挙は避けなければいけないと改めて思いました。

人はみな、それぞれの深い人生を生きている。
そこから学び合うこと、支え合うことがたくさんあることに気づかなければいけません。

今回の従兄弟旅行は、私にさまざまなことを教えてくれました。
一番身近な兄のことさえ、あまりに知らなかったことにも反省させられました。
まあこの歳になって遅きに失しましたが。

もっと早く従兄弟旅行をすればよかったと、少し思いました。

 

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■節子への挽歌4192:時間から解放されるだけで人生は豊かになる

カフェでの話の続きです。
話もそろそろ飽きてきたので、ホテル前から出る次のバスで帰ろうと言うことになりました。
バス到着時間の5分前に停留所に行きましたが、1分前になって兄がトイレに行きたいと言い出しました。
ちょっと時間ぎりぎりなので、本人も迷ったのですが、まあいいんじゃないのと全員が賛成、ところがそれこそ10秒の差でバスに間に合わずに、待っていたバスには乗りそこないました。
運転手に頼めば大丈夫だったのですが、そんなことは誰もする気が起きないまま、バスは発車。
なにしろ予定が全くないので、バスに乗り遅れたこともみんなで楽しむことにしました。

こういう旅は実にいいです。
時間から解放されるだけで、人生は豊かになります。

節子なら、こういう旅こそ旅だというでしょう。
昔の私は、こんな豊かな旅はしなかったでしょう。
私がこういう感覚を身につけられたのは、節子からの長年の影響です。
昔の私は「無駄のない時間予定」を組むタイプだったのです。
いまではあまり考えられませんが。

せっかく箱根まで行って、いわゆる観光地には一切寄らないで降りてきましたが、それでもバスから富士山も少し見えましたし、大涌谷の噴煙も見ましたし、ガスのにおいもかぎました。
芦ノ湖畔もわずかばかり散策しましたし、まだ咲き残っていた桜も見ました。
火山のガスでやられた立木群も見ました。
そういうおかげで、いとこたちとの会話もいつもとは違った気がします。

さて来年は会えるでしょうか。
まあ今回の様子だと大丈夫でしょう。
ちなみに今月初めに、一番年長のいとこが一人亡くなったのです。
いつどうなるかは、この歳になるとわかりません。
今回の旅行が予定も目的地もなかったので豊かな時間を過ごせたように、人生もそういう生き方が豊かなのかもしれません。
この歳になって、ようやくそんなことがわかってきました。

最後になぜか旅館を手配してくれたいとこが、みんなに飴を配ってくれました。
飴をしゃぶりながら、小田原で解散。

なんだかほっこりした旅でした。

 

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■節子への挽歌4191:芦ノ湖のカフェでケーキセット

この旅行は観光目的ではないので、翌日も予定が全く決まっていません。
しかし箱根に来たのだから上には上がろうかということになりました。
ともかく予定は全くない。
チェックアウトを終わったところに、旅館を経営している社長が来て、喫茶店に案内してくれました。
いとこの教え子なのです。
このままここで1日過ごしてもいい気もしましたが、まあともかく上に上がろうということになりました。

登山鉄道やケーブルは混雑が予想されるので、バスを利用することにしました。
大涌谷も考えましたが、まだ噴火がつづいていて、老人なので火山ガスで体調を崩してもいけないので(まあめんどくさかっただけですが)降りるのはやめて、そのまま箱根園まで行ってしまいました。
そこで、芦ノ湖プリンスホテルのカフェでコーヒーを飲もうということになりました。
ここにもいとこの教え子がいるのです。
学校の先生はうらやましいです。
しかし、残念ながらこの4月に下田プリンスホテルに転任していて会えませんでした。

老人男性4人で、美味しいコーヒーと華やかなケーキをいただきました。
とてもおいしいコーヒーでしたし、ケーキもとてもおいしかったです。
居心地のいいカフェだったので、もう動くのが嫌になりました。
そこでまたいろんな話をしました。
やはり場所によって、出てくる話題は違います。

話しているうちに、観光船に乗ったりケーブルカーで駒ヶ岳に登ったりする気はみんな消えてしまい、ここで話して、そのまままた下に戻ろうということになりました。
なにしろ、予定は全くなく、時間も適当です。
こういう無駄な旅はいいものです。

しかし考えてみると、昨日の午後からずっと4人で話し続けている。
よくまあ話題があるものです。
人間は「話す動物」であると改めて感心します。

 

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2019/04/17

■節子への挽歌4190:金目鯛の活き作り

箱根湯本は平日のど真ん中だったので、思ったほど混んでいませんでした。
湯本駅界隈は節子と来たころとは全く違っています。
駅自体も大きく変わっています。
しかし窮屈な感じは前と同じです。
節子がいなくなってから、この駅は何回か通過しましたが、駅から外に出たことは今回で2回目でしょうか。

湯本温泉郷を巡回しているバスがあるのですが、せっかくなので歩こうということになりました。
よく利用しているいとこが、15分くらいだろうというので、歩き出しましたが、なかなかつきません。
その旅館は行ったことがある人が2人もいるのですが、歩くのは2人とも初めてなのです。
いつもは自動車で来ているそうですが、今回は車検で部品が一個間に合わずに電車で来たのです。
道で出会った地元の方に聞いてみたら、その道は上り下がりが多いので反対側から言った方がいいと教えてもらいました。
それでまた駅に逆戻りで、歩き出しました。

そこでバスに乗ればよかったのですが、歩こうと決めたので、バスに乗ることに思いはいかず、教えられた方向に歩き出しましたが、一向につきません。
それに上り坂なので結構大変です。
でも私はそういうのが大好きなのです。
目指す旅館は箱根湯本温泉の一番上の南風荘なのです。
途中に2つの滝を見ながら、散策を楽しんだのですが、一汗かきました。

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庭の付いた部屋を用意していただきました。
温泉もとてもやさしい温泉で、肌がすべすべになりました。
夕食には料理長が特別に金目鯛の活き作りをつくってくれました。
もっとも老人4人では食べきれずに、しかしせっかく作ってくれたのだからと頑張って食べましたが、完食は無理でした。

金目鯛は節子の好物でした。
最後の房総に家族で旅行しましたが、その時に確か節子は金目鯛を食べていたので、金目鯛を見るたびに私は節子を思い出します。
魚の顔が見える活き作りは私は苦手なのですが、今回はそのせいか大丈夫でした。

 

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■節子への挽歌4189:10数年ぶりの小田原城

節子
いとこ旅行の続きです。
旅行中はパソコンネットとは離れていたので、自宅に帰った翌日、まとめて書いています。

小田原で4人は無事落ち合えました。
なにしろ今回は旅館だけ決めていて、他は何も決めていません。
それで、まあとにかく昼食を食べようということになりました。

かつては小田原にもたくさんのお蕎麦屋さんがありましたが、最近は減ってきています。
しかし駅のすぐ近くの「寿庵」はまだ健在です。
昔からの老舗で、9種類の「宿場そば」が楽しめます。
なみに小田原はかつては江戸から9つ目の宿場でした。
寿庵は、店構えも昔ながらの大きな古民家です。
以前、節子とも来たことがありますが、とてもおいしいおそばです。

食事をして、さてどうするか。
誰も特にどこかに行きたいと思っている人はいませんし、小田原はそれぞれみんな何回も来ています。
このまま少し早いけれど旅館に行くかという話も出ましたが、まあせっかくなので小田原城を散策しようということになりました。
歩いて10分もかかりませんし、食後の運動としてはいいでしょう。

私は小田原城は10数年ぶりです。
小田原のまちを歩くのも同じように10数年ぶりです。
節子とは何回か来ましたが、整備は進んでいますが、もう少しきちんと考えたらもっと効果的に活かせるだろうなといつも思いますが、今回もそう感じました。
小田原の町衆は、たぶん今の生活が豊かなのでしょう。

桜はもう終わっていました。
散策の後、旅館のある箱根湯本に向かいました。

 

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■節子への挽歌4188:いとこ旅行

節子

毎年1回、いとこの集まりをやっています。
といっても男性4人だけですが。
今年は旅行をしようということになりました。

最初は京都の醍醐寺の案もあったのですが、結局、関東にいる人が多いので、箱根湯本になってしまいました。
まあ場所にはみんな興味はあまりなく、ただ集まるだけでもいいのです。
そこでいとこの一人の教え子がやっている箱根湯本の旅館に決めたのです。
小田原集合でした。

私は近くに住んでいる兄と一緒に小田原に向かいました。
兄は私よりも6歳高齢ですが、私よりも元気でいろんな活動をしています。
しかし、いろんな大病もしているうえに、最近はトイレが近いので、電車でも途中で尿意を催したら、電車を降りなければいけない羽目になるため、早目に出ようといわれました。新幹線などを使えばいいのですが、お互い節約して、ふつうの電車でいくことにしたので、2時間半もかかるのです。
大阪の方から来るいとこもいますが、所要時間はほぼ同じです。
予定よりも大事をとって20分以上余裕をもって小田原に向かいました。

ところが、です。
兄のことを気にしているうちに、私自身がなぜか電車で我慢できなくなってしまいました。
途中で降りるほどではなかったのですが、乗換駅で慌ててトイレに飛び込んだのは私のほうでした。
なにしろ朝、3倍のコーヒーに加えて、ヤクルトと青汁ジュースをのんだためでしょうか。
兄は注意してほとんど水分を取らずにいたというのです。

これで終わればよかったのですが、小田原でもまた到着後、トレイに飛び込みました。
しかもなぜか旅館に着いてからも、話している時に突然に尿意を催すほどでした。
まるで兄の心配が、私に乗り移ったようでした。
困ったものです。

心配をすると、それが自分のものになっていく。
時々経験することですが、今回はいささか困った体験でした。

いとこ旅行のことを書く予定がおかしな話になってしまいましたが、
節子がいたら大笑いすることでしょう。
男ども4人の旅行は、そんな形で始まりました。

 

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■節子への挽歌4187:「死が私在の一部になった」

節子

昨夜、エジプトの中野眞由美さんがメールで、昨日発売の「週間エコノミスト」に掲載されたインタビュー記事「問答有用」を送ってきてくれました。
最近話題のエジプト考古学者の河江肖剰さんのインタビュー記事です。
今朝読ませてもらいました。

河江さんがエジプト考古学者の道を歩み出したきっかけの一つは、中野正道さんだったことを知りました。
なんだかとてもうれしい気分です。

中野正道さんは、私たち家族の最初の海外旅行の時に、ガイドしてくださった人です。
とてもわかりやすく、友人にガイドされているような快適な旅でした。

帰国後もささやかな付き合いがあり、湯島でもお会いしたことがあります。
ご夫婦で湯島に来たこともあり、眞由美さんはラジオでエジプト報告などもしているので、お聞きしたこともあります。
お2人とも様々な活動をされています。

ところで、今回読ませてもらった河江さんのインタビュー記事ですが、最後のところでちょっと涙が出てしまいました。
河江さんが、伴侶の仁美さんと出会ったのは、2000年です。
当時、河江さんはエジプトの観光ガイドをしていて、仁美さんはツアー客だったそうです。
それから小説のような展開で、翌年、2人は結婚。
3人の子供に恵まれ、好きなエジプトで過ごす幸せな日々でしたが、8年後に仁美さんに悪性の腫瘍が発見され、治療のために2人は日本に戻ります。
翌年4月に仁美さんは亡くなりました。

河江さんはインタビューでこう語っています。

仁美が逝ってからは、死が身近というか、私という存在の一部になっていて怖くなくなりました。

この感覚はとてもよくわかります。
本当の死を体験した人であれば、共有している感覚のように思います。
愛する人の死は、自らの死でもあるのです。

ところで私が涙ぐんだのは、この部分ではありません。
最後に河江さんが語っている次の言葉です。

人生のコアとして最も大事にしたいのは日常です。
発掘現場にいて、朝日に輝き夕日に染まるピラミッドに、日々親しむことが最高の幸福です。

なぜここで涙が出たのか自分でもわかりません。
ただ、ピラミッドをもう一度見たいと強く思いました。

河江さんに会いたいと思いました。
会えないのが少し残念です。

 

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2019/04/16

■節子への挽歌4186:現世への引き戻し

節子

人生はなかなかうまくいきません。
そろそろ第4期に移行しようという思いは、もろくも崩れてしまいました。

先日から、ある「編集者」が私を現世に引き戻す具体的なプロジェクトを提案してきています。
節子も知っている半田さんが、その人を湯島に連れてきたのです。
そもそもそのプロジェクトは、その編集者と半田さんとの出会いが起点になっているようです。
しかし第4期へと気が向いていた私は、協力する程度に考えていました。
しかし、その「編集者」は何回も湯島にやってきて、説得されてしまいました。
そこで半田さんも含めて3人でミーティングをすることにしました。

ところが、そこに半田さんが学生を連れてきました。
半田さんは、宇宙人のような大学教授ですが、なぜか自分の大学の学生だけではなく、別の大学の学生もいます。
半田さん自身もまたなにか新しい試みを考えているようです。

学生たちは、私のことを少し聞かされていたようです。
会えてうれしいといわれたので、間に合ってよかったですね、と応じました。
真意が伝わらなかったようなので、そろそろ逝こうと思っていたことを伝えました。
伝わったでしょうか。

学生の一人は「身体論」に、もう一人は「国際関係論」に関心があるそうです。
その話を発展させたかったのですが、なにしろ今回は、編集者の強い思いのプロジェクトがテーマの話し合いです。
話しているうちにだんだんと私の役割が大きくなっている感じがして、最初はそもそも価値観が違うのでと逃げ腰だったのですが、若者が2人いるということもあって、私の決心が揺らいでしまいました。
気が付いたら、現世に引き戻されてしまっていました。
困ったものです。

そういえば、今日の午前中も、全く別の人から全く別の現世プロジェクトを誘いかけられました。
それもなぜかうっかりと賛成してしまいました。

正直に言えば、お2人とはたぶんかなり私の考えは別でしょう。
言葉では一致しても、その根底にある考えは違うのです。
そのためむしろ相手に迷惑をかけることになるかもしれないので、いずれも最初は距離を置きたかったのですが、今日という日はなぜか私の気分が現世志向だったのです。
まあ、それも意味があることなのでしょう。

そんなわけで、2つの新しいプロジェクトに取り組むことになりました。
旅立ちは、やはりもう少し延ばすことになりました。
お2人とも、収入につなげるといってくれていますので、湯島も維持できるようになるかもしれません。
しかしいつもこういう誘いで収入があったことはないのですが。
ただし今回は、少なくとも、元気と楽しさはもらえそうです。

 

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■10連休の過ごし方

今朝のテレビで、10連休を活かして収入につながる起業や副業開発のセミナーやイベントの紹介が報道されていました。
日本人は、休暇は消費活動としてのレジャー活動をしなければいけないと思いこんでいますが、さすがに10連休では余暇消費を続けられないので、収入につながる仕事探しをはじめるようです。

そもそも休暇とは、暇を休むことであり、消費活動からも休むことではないかと思っている私には、滑稽にしか思えません。
生産者として経済を支え、消費者として経済を支えている生き方を前提にしていては、金銭に呪縛された生き方から抜け出るどころか、ますますそれを支える10連休になりそうです。
10
連休は、新しい「働かせ方」の仕組みとさえ思えます。

しかし、実際には10日間、休める人がそう多いとも思えません。
むしろ、仕事ができずに収入減になる人もいるでしょうし、連休とは無縁の人もいるでしょう。
10
連休で、生活面で困っている人も少なくないでしょう。
10
連休で病院が休みになったらおれの健康はどうなるのかと嘆いていた友人もいます。
10
日間、いつもの労働から解放されたとしても、過労で心身両面で限界に来ている人に、また過酷な労働に立ち向かうしばしの回復の機会を与えるだけのケースもあるでしょう。
そうやって心身はさらにおかしくなっていきかねません。

この10連休は、「働き改革」の関係で出てきたことに示唆されているように、さらなる「働かせ方強化策」にもつながっているような気がします。
相変わらず、「休暇は雇い主から与えられるもの」という意識からみんな抜け出られないでいるわけです。
「休みは与えられるもので、自らで休むものではない」とは、考えてみれば、おかしな考えです。

財界や政府の甘言にまどわされずに、この10日間はレジャーの誘いになどのらずに、もちろん「新しい労働」への準備などに取り組むことなく、家族や友人とゆったりと過ごし、無駄に過ごすのが一番無駄でないようにも思います。

私は10連休に挑発されて、10連サロンも考えてみましたが、それはやはり疲れるので、10連休後半に3回、サロンを開くことにしました。
最後の56日は、「過労死」がテーマです。
それ以外は基本的に、無駄に過ごすつもりです。
「過休死」にならないように、休まずに、きちんと生きていようと思います。

そろそろ「休暇はご主人様から与えられるもの」という発想から自由になりたいものです。
そもそも政府が10連休を呼びかけるのはおかしいと思うのですが。
自由な人間であれば、休みたいときに休める生き方をしたいものです。

 

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2019/04/15

■節子への挽歌4185:「受けるお見舞い」

節子

今日は、闘病中の友人の「お見舞い」を受けて、お昼をご馳走になりました。
お見舞いに行ったのではなく、相手が「お昼」をご馳走しに来てくれたのです。

「お見舞い」には行くものだと思っている人も多いと思いますが、「受けるお見舞い」もあるのです。
誤解されそうですが、お見舞いの対象は私ではなく、私のところにわざわざやってきて私にご馳走してくれた人を私が「お見舞い」したのです。
つまり「受けるお見舞い」です。
「を」と「が」を読み違いませんように。

私にご馳走することで相手が元気になるとすれば、それも十分にお見舞い行為です。
それに私のところに来ることで、運動不足を解消できます。
今日の「お見舞い」人は足が悪いので歩くのが大変で、普通はこちらから「お見舞い」に行くのですが、当人に確かめたら、来るというので素直にその意思を受けました。
「お見舞い」には相手の意思を尊重しなければいけません。

繰り返しますが、お見舞いされるのはお見舞いに来た人であって、私ではありません。
うまく伝わるといいのですが。
お昼をご馳走されただけではなく、「お見舞い品」として、クラークスの靴までもらってしまいました。
私の靴があまりにもひどかったからです。

そろそろ靴と靴下をやめる季節になったのですが、お見舞いとして受け取った以上は、履かなければいけません。
裸足の生活に入るのは、少し延期です。

 

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■節子への挽歌4184:気の流れ

節子
なにやらまた私の周りに「面白い話」が舞い込みだしました。

「生命の気」というのはやはり個人に属しているのではなく、個人と周辺とのつながりの中にあるのかもしれません。
個人の生命は、周辺との「気」のつながりを「止む」ことによって、「気が病んでしまう」のでしょうか。
しかし、そう考えると、節子はなぜ「病気」に陥ってしまったのに悩みます。
もしかしたら、その原因は私だったのかもしれません。
その負い目が、いつになっても消えません。

それはそれとして、私自身が最近、「気を病み」だしていたのかもしれません。
その気を止める壁がちょっと弱くなって、そこから外気が流れ込んできたら、その流れは少しずつ、強まっているように感じます。
まさに人は、生かされているという感じがします。

今朝、メールが入っていました。
先日会った、徳の島出身の方からです。
その人の発言が奇妙に気になるとともに、その人の姿勢に教えられるものがありました。
もう一度会いたいなと思っていたら、なんとその方からメールが届いたのです。

その方が取り組んでいる「徳之島プロジェクト」が送られてきました。
ちょっと私の世界の話ではないと思う一方、その理念は私の思いとつながっています。

世の中には面白いプロジェクトが山のようにあります。
私が触れられるのは、そのほんの一部です。
以前は、そういうわくわくするプロジェクトに出会いすぎて、プロジェクトサーフィンの生き方になってしまいました。
それがつながりだしたのは最近ですが、そこでどうも私の今生は終わりそうだと思っていました。
まあそうなのでしょうが、まだわくわくするプロジェクトに出会う時間が与えられたのかもしれません。

最近、いささか周辺がにぎやかです。
もしかしたらまた、気が流れ出したのかもしれません。

 

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2019/04/14

■湯島サロン「スマート・テロワールを考える:非市場経済は可能か」報告

山口県で循環する地域づくり研究所を主宰している東孝次さんの「スマート・テロワールを考える」サロンは、15人の参加がありました。
副題の「非市場経済は可能か」に関心を持った人も少なくありませんでした。
時代の変化を感じます。

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「スマート・テロワール」とは、一言で言えば、「自立した地域共同体」のことです。
経済的には畑作農業と食品加工業を中心に農村を元気にし、日本全体を元気にしていこうという構想です。
ベースにあるのは重商主義から重農主義への発想転換です。

提唱者は、カルビーの社長だった松尾雅彦さん。
市場経済の真っただ中にいた企業家が、農村問題に対する解決策を提案し、その具体化に向けての取り組みを先頭に立って進めている。しかも非市場経済の必要性を主張している。
東さんはそこに興味を持ったそうですが、私もそこに大きな意味を感じていました。

しかし残念ながら、日本の経済界の人たちの反応はあまりありませんでした。
農業政策や地方自治政策にも大きな影響を与えているとは思えません。
時代の流れを変えることのむずかしさを改めて感じます。

東さんは最初に、スマート・テロワール構想について紹介してくれました。
簡単にいえば、「耕畜連携」、「農工一体」、「地消地産」という3つの連携体制で農産業を再構築し、圏内で消費者と生産者(農家と加工業者)が循環システムを構築するという発想です。

「耕畜連携」とは、耕種農家と畜産農家との手間の交換(互酬)で、これによって安全な飼料の提供と土壌の改善を進めることができます。
「農工一体」とは、耕種農家と加工業者とが契約栽培を行うことで、お互いに支え合う安定した関係を育てていこうということです。
「地消地産」とは、地域で消費するものはできる限り地域で生産しようということですが、地元の人たちが消費者として生産者を支えていこうということでもあります。

こう説明すると、単に農業政策や産業政策の話に思われるかもしれませんが、その根底にあるのは、産業や経済の捉え方、さらには社会の構造を根本から変えていこうということです。
たとえば、相互に支え合う互酬の考えを取り入れることで、金銭に呪縛された経済から解放され、人と人の生き生きしたつながりが育ちます。
また、「地産地消」ではなく「地消地産」としているのは、産業(経済)起点で経済を考えるのではなく、生活起点で経済を考えようということです。

生活視点で考えると、「自給」ということの視野は食にとどまることなく、エネルギーや福祉の問題にまで広がっていきます。
つまり、私たちの生き方や社会のあり方を見直すことになっていきます。
最近広がりだしているFEC共同体(フードのF、エネルギーのE、ケアのC)構想にもつながります。
松尾さんは、それによって、なかなか改善されない「少子化問題」も解決すると考えています。

契約栽培も農家と加工業者の関係にとどまりません。
「地消地産」という言葉に示されるように、生活者と生産者の契約も重要になっていきます。
そこでの契約は「市場契約」とは違った、個人が見える人と人のつながりを生み出します。
強い者が勝ち続ける経済(市場経済)ではなく、住民みんなが居心地のいい社会なっていくというわけです。

すでに「スマート・テロワール」への実際の取り組みは各地で広がりだしています。
山形や長野、山口などでの展開事例も紹介してくれました。

話し合いでは、いつものように話題はさらに広がりました。
「自立した地域共同体」の規模の話や「自給」と「自閉」との関係。
都会部と農村部での出生率の違いの話や生活のための「仕事」の話。
地域通貨の話や食への不安から微生物の話。
定額で利用し放題の一括契約のマーケティング手法と契約栽培の違い。
いろいろありすぎて、思い出せません。

東さんは「循環する地域づくり研究所」を主宰しています。
最近、持続可能性ということが盛んに言われていますが、直線モデルの工業経済は、どこかに限界があり、そもそも持続可能ではありません。
持続可能なためには、循環型でなければいけませんから、東さんが提唱している「循環する地域づくり」と「スマート・テロワール」構想は親和性が高いと思います。

私自身は、「スマート・テロワール構想」は、まだ金銭経済や市場経済の呪縛から十分には解放されていないような気がしますが、だからこそ、理念としても、実践活動としても、たくさんの示唆があるように思います。
余っている水田を畑に変えていこうという具体策の提案など、共感できるものもたくさんあります。

ちなみに、サロンの翌日、一般社団法人スマート・テロワール協会の総会が開催されました。
これまで以上に、実践に向かっての活動が広がっていきそうです。
ぜひこれからの展開に注目しておきたいと思います。

 

 

 

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■節子への挽歌4183:遺跡に掘られている女神たちの声が聞こえる

節子
今朝のEテレ「こころの時代」で、長年アンコール遺跡の修復活動に取り組んでいるアンコール遺跡国際調査団長の石澤良昭さんが話されていました。
石澤さんは、最近、遺跡に掘られている女神たちの声が聞こえるというような話をされていました。

石澤さんは、ただ遺跡の修復に取り組んでいるのではありません。
ポルポト政権下の虐殺の時代を生き残った人たちの「心の復興」を続けてきているのです。

遺跡の復興は、物としての復興ではありません。
その時代を生きていた人たちの「いのち」の復興であり、遺跡が見守ってきたすべての時代の人々の蘇生を通した供養なのかもしれません。

遺跡には、たくさんの「いのち」が生きている。
それが感じられるから、人は遺跡に引き寄せられるのではないかと思います。
運がよければ、そうした「いのち」を感じられることもあります。

節子は近代人でしたから、そういうことを忘れさせられていました。
だから私が遺跡や仏像と話せるということに懐疑的でした。
しかし、たぶん自分では気づかないまま、話していたと私は信じています。
そうでなければ、向こうにはあんなに静かには行けなかったでしょう。

石澤さんは、女神たちの声が聞こえるようになったのは、自分が歳とって、彼岸に近づいてきたからだろうと笑いながら話していました。
私も、そう思いますが、彼岸が近づいてくると、死への思いは一変します。

そういえば、荘子も、「死とは幼い頃に離れた故郷に帰るようなものだ」と書いているそうです。
身体の機能は年齢と共に劣化するだけではないようです。
年齢と共に、備わってくる五感機能もあるのかもしれません。

神々の思いが聞こえてくる、というか観えてくる。
「観音」できるように、私も少しなってきたような気がします。

 

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2019/04/13

■節子への挽歌4182:ちょっと遅いお花見

節子

今日は「やらなければいけないこと」がたくさんあったので、朝早く起きて、「やらなくてもいい」ことをまずはやっていました。
節子はよく知っていますが、私の性癖は、やらなくてもいいことから取り組むのです。
もちろん「やりたいこと」です。
先日読んだ「暴力の人類史」が面白くて、印象的なところの書き抜きを作成したのです。

そろそろ「やらなくてはならないこと」に取りかかろうと思っていたら、ジュンから連絡があり、これから近くの親水公園にお花見に行くけれど、一緒に行かないかというのです。
さてどちらを選ぶか。
迷うことは全くありません。
お花見を選びました。
「やらなくてはならないこと」は、私の場合、いつも優先順位は低いのです。

手賀沼に面した親水公園はまだ桜が咲いています。
ちょうどいい天気だったので、ユカも一緒にお花見です。
午前中だったの、まださほど人でも多くなく、ゆっくりとお花見ができました。
孫は5月で3歳になりますが、自我が出てきて、人間らしくなってきました。
よく動きます。

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孫は私のことを「おさむさん」と呼びます。
わが家にはよく来ていますが、私が不在だと必ず娘に「おさむさんは?」と質問します。
会うと、実にいい笑顔をしてくれます。
子どものこの笑顔は、誰にでも共通しているように思いますが、これが生命の本質なのだろうと思います。

花の下で食事をしたのは久しぶりです。
それから遊歩道を少し歩きました。孫が写真を撮ってくれました。

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ちょっと疲れました。
午後は畑に行こうと思っていたのですが、さぼってしまいました。
「やらなくてはいけない」仕事も、やはりさぼってしまいました。
まあ、1日くらい先に延ばしても大丈夫でしょう。
といいながら、1週間以上、延ばしてしまっています。

困ったものです。

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2019/04/11

■節子への挽歌4181:頼りない生き方の強み

節子

今日はサロンでしたが、小学校時代の同級生の女性たちが3人、参加してくれたのですが、早目にお昼を持ってきてくれました。
一人は霜里農場の金子友子さんですが、彼女は湯島のサロンの時にはいつもおにぎりをどっさり持ってきてくれるのです。
今回は古代米の赤米のおにぎり。
家庭菜園のベテランの永作さんは、手作りの野菜のおかずをつくってきてくれました。
万葉集の先生の升田さんは、デザートのケーキでした。
友子さんが持ってきてくれたイチゴや手作りケーキもありました。
そんなわけで、今日はしっかりとお昼を食べました。
おにぎり2つ。

私が娘と一緒に暮らしているのはみんな知っていますが、みんな心配してくれているのでしょう。
他から見たら、私は何となく頼りなく生きているのでしょう。
まあ事実そうなのですが。
頼りなく生きることになじんだら、人は強くなれます。
私はまだ、その途上ですが。

金子郁容さんから「ヴァルネラビリティ」という言葉を昔、教えてもらいました。
最近は全くお会いしていませんが、湯島には実にいろんな人が来ました。
金子さんの個人的なプロジェクトにも関わらせてもらいましたが、あのころはまだ私も社会の表通りとも接点がありました。
最近はもうほとんどありませんが。

ところがもう一度、少しだけ表通りに関わったらという呼びかけが今あります。
しかし私の価値観が反転してしまっていますので、いわゆる表通りは私の中では裏通りになってしまっています。
今日は、スマート・テロワールのサロンでしたが、みんなの発言を聞いていて、自分がもう全くといっていいほど、違う世界に来てしまっているなと感じました。

乞食の世界、布施の世界、荘子の世界に、ちょっと近づいているような気もします。

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■節子への挽歌4180:挽歌の粗製乱造

節子
歳のせいか、どうも夜中に目が覚めるようになってきています。
それでもまあすぐに眠れるのですが、時々、眠れなくなることがあります。

昨夜は4時すぎに目が覚め、眠れそうになかったので、本を読んでしまいました。
スティーブン・ピンカーの「暴力の人類史」、600頁の厚い本で、しかも上下2冊です。
持ち運ぶには重いのと、きっちり読むにはつらい本なので、まあ枕元に置いて、目が覚めたときに読もうと思っていた本です。
しかし重い本なのでいささか大変です。
しかも内容が内容なので、読んでも眠くなりません。100頁ほど読んで、眠りに戻りそうにないのでやめました。

結局、外が明るくなり出したので、5時過ぎに起きて、パソコンを始めました。
ですから今日は寝不足で、頭がすっきりしません。
こういう日に限って、いろいろあるのです。
今日のサロンは、急に参加者が増えて、15人を超しそうです。

早目の朝食を食べて、しかし、頭がすっきりしないので、また「暴力の人類史」を読み出しましたが、読書は今日は無理そうです。
畑に水やりにいこうかとも思いましたが、昨日は雨だったので、畑はぬかるんでいるでしょう。

こういう時、節子がいればなあといつも思います。
一人ではやることがない。
話す相手もいない。
挽歌を書くことくらいしかないわけです。
困ったものです。

昨年末から年初にかけて挽歌をかなりサボっていたので、番号を追いつかせるため、最近、時間ができれば挽歌を書いています。
歌の粗製乱造です。
頑張っていますが、それでもまだ50編ほど遅れているようです。
よくまあサボったものです。

今日はいい天気です。
気分がなおるといいのですが。

 

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2019/04/10

■節子への挽歌4179:暇なのに時間破産

節子

暇で暇で仕方がないと思っていたら、また時間破産です。
時間破産と過剰な暇は、「心のままにならない」という意味で、私にはほぼ同じものですが、時間破産の嫌なところは、時間がないことです。
「心を失う」、つまり「気もそぞろ」という点では同じなのですが。

「やりたいこと」がまた次々と出はじめたのです。
一方で、もう「やめた」ということもあるのですが、新しいことに、なぜかまた襲われ出しています。
困ったものです。

最近、私が住んでいる我孫子のことに少しまた関わろうと思い出していますが、その関係でもいろいろとやりたいことが生まれてきました。
市役所の人たちにもまた会いだしています。
今日も信頼できる人のところに行ってきましたが、話しているとやりたいことがどんどん出てきます。
もっとも最近は私の知っている人たちもだんだんいなくなってきましたが。

地域活動をする上では、やはり節子がいないことがとても残念です。
節子がいれば、つながりの広がりが全く違ったものになるでしょう。
生活者感覚での広がりの意味は大きいです。
私だけだとどうしても知識や理念に負けてしまうからです。

明日はサロンですが、平日の午後のせいか、集まりが悪かったのですが、今日になって急に参加者が増えました。
仕事を休んで参加するという人までいて、うれしいことですが、いささか忙しくなって、せっかく山口県から東さんが来てくれるのに、ゆっくり話す時間が取れなくなってしまいました。
まさに「心を失いかねない忙しさ」です。

最近の気候の変化も大きいですが、私の繁閑の差もいささか激しくて、困ったものです。
さて今日もまたやらなければいけないことが終わりませんでした。

でもまあ無理をせずに、早く寝ましょう。
時間破産の一番の対策は早く寝ることですから。

 

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■節子への挽歌4178:タケノコ三昧

節子
今年はタケノコが不作の裏年だそうです。
ところが、娘がタケノコの安いところを見つけてきました。
そんなわけで、例年よりも早くタケノコ三昧しています。

タケノコは、私の大の好物なのです。
いつも敦賀にいる節子の姉がたくさん送ってくるのですが、それまでは、まだ高いからといって娘には買ってもらえないのですが、今年半是か安いお店のおかげで、もうタケノコを楽しませてもらっているわけです。
娘によれば、近くのお店に比べて半額なのだそうです。
昨日、また買ってきてもらいました。
これでまた数日はタケノコ三昧です。

タケノコは和風の煮物が大好きですが、お吸い物もイタリアンも中華も、何でもいいのです。
ちなみに、シーズンでない時に食べるタケノコは好きではありません。

食べ物に関しては、私はベジタリアンではありませんが、野菜が好きです。
それもシンプルな野菜がよくて、あんまり調理したものはおいしいですが、好きではありません。
キャベツなら生でも好きですし、毎朝、レタスは生で食べています。

畑には、よくわからない野菜が育っていますので、時々それを持ってきて、お味噌汁にしてもらいます。
野蒜と水仙の芽を間違えて死んじゃった人がいますので、注意はしていますが、幸いに野蒜は私の好みではありません。
まあ嫌いな野菜もあるわけです。

野菜が好きなら、自分で調理したらいつも娘から言われていますが、調理は嫌いなのです。
娘からはわけのわからない野菜を取ってこないでほしいといわれていますが、最近の畑には何やらよくわからない野菜が花を咲かせているので、食べてやらないわけにもいきません。
生き生きした野菜の青い元気な葉は、食欲をそそります。

さて今日はタケノコのどんな料理でしょうか。

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■節子への挽歌4177:人生は「小説より奇なり」

節子
人の人生は実にさまざまで、まさに「小説より奇なり」です。

最近音信が途絶えた友人(Aさん)がいます。
先日、そのAさんを介して知り合った、別の友人(Bさん)にお会いしたのですが、共通の友人であるAさんのことが話題になりました。
あまり詳しくはかけませんが、私もBさんも、Aさんからちょっと迷惑をこうむっていたのです。
そして、それぞれに音信がなくなったというわけです。

BさんはAさんに関して、子ども時代のことをよく知っています。
それで、お会いした時に、Aさんの昔の話を聞かせてもらいました。
私が全く知らなかった話です。
どんな話なのかは、伝聞なので書けませんが、もしそれが本当であれば、まさに「小説より奇なり」の話です。
いや、松本清張の小説のような話ともいえます。

私のところにはいろんな人が来ますから、そうした話はこれまでもありました。
大麻やヤクザの世界にかかわる話もありましたし、かなりの被害にあったこともあります。
最近はもう忘れられていますが、M資金に関わる話もあれば、清王朝につながる話までありました。
長く生きているといろんなことがあります。

きれいに整理された表面の裏に隠されている、どろどろした現実を垣間見ることも、いろいろとありました。
私が生きてきたのは、日本の社会が大きく変わってきた、そういう時代だったのです。
今ほど、現実と表面がきれいに分離されてはおらず、どこかでつながっていたといってもいいでしょう。
面白い時代でもあり、哀しい時代でもありました。

もちろん今も「飢餓死」や「不審死」はあります。
しかし、それもこれも、特別の「事件」として処理されますが、私が子どものころは、まだ日常生活につながっていたように思います。
そういう時代を生きてきたおかげで、取り繕われた「きれいな」今の社会にはリアリティを感じないのです。
創られた人生を生きていかないと、生きづらいというおかしな社会。
もっと素直な自分を堂々と生きればいいと、思っていましたが、先日、Aさんの話を聞いてから、そうできない人がいた時代と今とどう違うのかが、わからなくなってきました。

イリアスの時代のギリシア人には「生命」は宿っていても、「心」はなかったと思っていましたが、「心」が宿るとともに、「生命」が失われてきたのかもしれません。
少し私も、考え直さなければいけないようです。

数日前に聞いたAさんの物語が、どうも心を離れません。
Aさんにはだまされて被害を受けたと思っていましたが、彼女は真剣に生きていたのかもしれません。
一度見た彼女の「荒れた様子」に、それが現れていたのかもしれません。

今日はおかしなことを書いてしまいました。
Aさんのことは節子も知っていますが、節子はどう感じていたか訊きたかったです。

人生はまさに「小説より奇なり」です。

 

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2019/04/09

■湯島サロン「憲法ってなんなのだろうか」のご案内

年に1度くらいは、憲法を読みたいと思って、今年もまた「憲法サロン」を開催します。
今回は10連休のど真ん中の憲法記念日53日に開催することにしました。
この日は憲法に関するたくさんのイベントもあり、講演会やフォーラムも多いので、いつもは避けていましたが、今年は逆にこの日に設定しました。

 昨年は、「日本国憲法で大切にしたい条文」をそれぞれ出し合いながら、憲法について自由に話し合いました。
その報告は下記にあります。
http://cws.c.ooco.jp/action18.htm#0526

 今年は、もっと自由に、そもそも憲法ってなんだろうか、そして今の日本国憲法は自分の生活にどうつながっているのだろうか、もし自民党が考えているような方向で憲法が変わったらどうなるのだろうか、などを考えてみたいと思います。
もっともそういうと、なんだか難しそうなので、まあ、これを機会に、日本国憲法をざっと読んでいただき、思ったことや気づいたことを話ってもらうのでもいいと思います。

いずれにしろ年に1回くらいは、憲法に思いをはせたいというのが開催の目的です。
もし憲法について語りたいという人がいたら、ぜひ語ってください。
なにしろサロンですので、自由な憲法談義ができればと思います。

〇日時:2019年5月3日(金曜日)午後2時~4時
〇場所:湯島コンセプトワークショップ
http://cws.c.ooco.jp/cws-map.pdf
〇テーマ:「憲法ってなんなのだろうか」
〇会費:500円
〇申込先:佐藤修(qzy00757@nifty.com

 

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■節子への挽歌4176:うなぎをごちそうするよ

節子
今日はうれしい電話もありました。
昨日とは大違いの1日でした。
良い日もあれば悪い日もあるものです。

がん治療中の友人からです。
主治医が変わり、今日の午前中がその最初の診察と治療の日だったのです。
午前中に終わるはずなのに、一向に電話がありません。
ちょっと嫌な気もしていたのですが、1時半近くなってから電話がかかってきました。
やっといま終わったという電話です。

とても元気な明るい声でした。
順調に良い方向に向かっているそうです。
そして、お礼にまたうなぎをご馳走しに行くよと言われました。

私はお酒も飲みませんし、豪華な食事にもほとんど興味がありません。
私を接待するのは難しいのです。
それで、以前、私がうなぎは高くて最近は食べられないと言ったことから、彼はいつも私にうなぎをご馳走してくれるのです。

私も、実はそううなぎが食べたいわけではありません。
そもそも食事は質素にしたいというのが、私の信条です。
前の挽歌記事で、デコポンを毎日食べていると書きましたが、普段は近くの安い八百屋さんの「激安ミカン」とか「激安いちご」がわが家の定番なのです。
魚も普段はサンマとかアジやホッケなのです。

しかし、うなぎをご馳走するといわれたら、うれしく「ご馳走」されるのが、私の信条でもあります。
しかも彼は足がちょっと具合が悪いので、湯島まで来るのは大変なのです。
それに「がん患者」でもあるわけです。
普通は、私が彼のところに行ってうなぎをご馳走するのが普通でしょう。
しかし、わざわざ湯島に来てもらうのが私流儀なのです。
困ったものです。

前にも書きましたが、「ご馳走する」のと「ご馳走される」とで、どちらが幸せでしょうか。
いうまでもなく前者でしょう。
幸せは他者にゆずって、私は素直にご馳走になるわけです。

そんなわけで来週またうなぎを食べることになりました。
他者に役立つのもそれなりに大変なのです。

 

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■節子への挽歌4175:人間は土地と結びついて初めて幸せになる

節子
立派な愛媛のデコポンが送られてきました。
愛媛に昨年転勤したTさんからです。

Tさんは私よりずっと若い方ですが、なぜ交流が始まったか記憶がありません。
たぶん私が農業協同組合のことを知りたくて訪問したのが最初ではないかと思いますが、その後、フランスに農業の調査で1年以上いっていました。
帰国後、そのさわりのところだけお聞きしました。

Tさんの成果がどう日本の農政に活かされたかは私にはわかりませんが、Tさんはフランス農業だけではなく、協同組合にも詳しい方なので、私はむしろその分野でたくさんの気付きをもらいました。
教えてもらった割には、私はそれをきちんと活かしていないので、申し訳なく思っています。

そのTさんから、お世話になっている私にデコポンが届いたのですから、いささかの驚きを禁じえません。
早速、節子にもお供えしました。

私も娘たちもデコポンは大好物で、この季節は毎日、味わっています。
これは、わが家のささやかなぜいたくの一つなのです。
もっとも、いつもはスーパーの安いデコポンですので、いただいたのとは大違いです。

Tさんにお礼のメールを送ったら、あることでとても助かったのでと書かれていました。
そのことはむしろTさんのおかげの行為だったのですが(つまり感謝すべきは私なのですが)、Tさんにもちょっとお役にたてたようです。
人の役に立てたかどうかは、自分で決めることではなく、相手で感ずることでしょうから、こういうことが起こってもおかしくありません。

とてもうれしいことだったのですが、まあ、それはそれとして、Tさんのメールにこんなことが書かれていました。

フランス人の友達がよく「人間はどこかとの土地と結びついて初めて幸せになる」とよく言っていました。

この短い文章に、愛媛に移って、豊かで幸せにやっているTさんの生活が伝わってきました。
あれだけの成果を上げていたにもかかわらず、なぜTさんが組織を辞めて愛媛に転居したのか、その理由が少しわかったような気がします。

またきっとTさんには会えることでしょう。
Tさんからのデコポンは、美味しいばかりでなく、とても幸せな味がしました。

 

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■節子への挽歌4174:嫌われ者

節子
昨日また自らでトラブルを起こしてしまいました。
困ったものです。

あるプロジェクトでみんなで製作したDVDに、製作年月日を入れることになり、そこに「令和」表記をすることになったと連絡が来ました。
その製作主体の住所をコンセプトワークショップにすることは了承していたのですが、まさかの「令和」表記にがっくりしました。
それで、それは屈辱的なので絶対に認めたくないと連絡したのですが、そう決めた人たちは、どこが屈辱的なのかわからないと困惑してしまったようです。
直接私に連絡してくれればいいのですが、女性たちがどうも「向こう側」で話し合っているようです。

それに端を発して、他の問題にまで混乱は広がってしまいました。
かなり厳しい言葉遣いを私がしたので、すっかりと嫌われたようで、結果的には私の言い分が通ってしまいそうですが、これがまた私にはストレスです。

素直に自分の考えを表明し、議論してお互いに納得できたら、合意したことに従うという文化は、なかなか日本には少ないのです。
今回のプロジェクトも、お互いに遠慮し合っていて、前に進まなくなると、私が呼び出されて、嫌われ役の発言をさせられることが何回かありました。
素直に意見を言い合えば、簡単に終わることが、お互いに慮っているがゆえにかえって相手に負担をかけることも少なくありません。
ダメなものはだめ、あるいは私はこう思う、こうしてほしいと、なんで素直に言えないのかと思います。
そうすれば、物事はみんなうまくいくのにと思いますが、考えてみれば、そういう言動のゆえに私は嫌われるのかもしれません。

いささか憂鬱の朝です。
しかし、「令和」という言葉にこれからみんなが無意識に洗脳されていくのは、もっと憂鬱です。
言葉は本当に恐ろしいです。

 

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2019/04/08

■湯島サロン「一緒に暮らす生き方」報告

今回の生き方を考えるサロンは、「一緒に暮らす生き方」をとりあげ、NPO都市住宅とまちづくり研究会の関真弓さんに、コーポラティブハウスに取り組んできた経験から、実例を踏まえてお話をしてもらいました。
このテーマに関心のある女性たちが多く参加してくれ、女性が多いサロンになりました。
それと男性と女性とでは関心のあり方や受け止め方が大きく違っているようで面白かったです。

いつも思うのですが、やはり「男性」と「女性」は別の生物のような気がします。
また叱られそうですが。

関さんは在学中からこのNPOにかかわり、ずっとこのテーマに取り組んできたそうです。
いまはご自分も参加したコーポラティブハウスにお住まいです。
ちなみに、NPO都市住宅とまちづくり研究会の姿勢は、「人と人、地域とのつながりをつくるコーポラティブ方式による住まいづくり」です。
コーポラティブハウスとは、入居希望者が集まり、土地取得から設計者や建設業者の手配まで、建設行為の全てをみんなで行う集合住宅のことです。
その基本にあるのは「シェア」という理念です。

さまざまな事例や関さんの体験の話から印象に残ったことをいくつか紹介します。
関さんたちが取り組んでいるコーポラティブハウスは、一緒に住もうと考えた人たちが時間をかけて何回も会い、お互いの利益を深めていくことを大事にしています。
ですから一緒に住む前に、繰り返し「住まいづくり」を軸に話しながらお互いの信頼関係を深めていきます。
それがともかく楽しくて、なかには、一緒に住み出してからも、つくる前の話し合いの楽しさが忘れられずに、もう一度、コーポラティブハウスづくりに取り組みたいという人もいるそうです。
そこに、私は「人の生き方」の本質を感じます。

みんなが顔見知りのなかで暮らすことは安心ですが、ある意味で自己充足し“たこつぼ”コミュニティになるおそれもあります。
そこで関さんたちは、地域とのつながりを大切にしているそうです。
その際に効果的なのが、地域社会に開かれたイベントです。

イベントは地域とのつながりだけではなく、コーポラティブハウス住民の信頼関係を強める効果も大きいようです。
しかも、生活につながるイベントは世代を超えたつながりを育てていきます。

コーポラティブハウスの住民も、時間の経過(ライフステージ)によって、住まい方が変わったり転入居したりすることもあります。
そのために、住宅は、基本的にスケルトン独立構造になっていてリフォームしやすい自由設計になっています。
人が住まいに合わせるのではなく、人に住まいを合わせる仕組みになっているわけです。

関さんたちの体験から、コーポラティブハウスではないマンションなどの運用に関しても、とても有用なノウハウがたくさんあるように思います。
実際に、関さんは分譲マンションでの取り組みやシェアハウスの取り組みも紹介してくれました。
コーポラティブハウスの場合、所有、区分所有、賃貸などいろいろと考えられますが、最近では会社制度を利用した、コミュニティハウス法隆寺のようなコーポラティブハウスも生まれてきているそうです。

話し合いでもいろんな意見が出ました。
マンション住まいの人が隣人との付き合いがないので不安だという方もいましたが、コーポラティブハウスの場合は、そういう不安はほとんど解消されるでしょう。
ということは、もし現在のマンション生活の隣人関係に不安があるとすれば、それを解消するヒントがコーポラティブハウスにはありそうです。

そもそも、住んでいる隣人との関係が不安であるということのおかしさを私たちはもっと真剣に考えるべきだと思います。
そうしたことが起こるのは、私たちが住まいや生活を基準にして生きていないからかもしれません。
そういうことも今回のサロンでは気づかせてくれました。

コーポラティブハウスとまちづくりの関係も話題になりました。
私はここにも社会の大きな構造変化を感じます。
これまでのような「大きなまちづくり」とは発想を変えて、空き家や小さなコミュニティを生き生きとさせていく生活起点の「小さなまちづくり」が話題になりだしていますが、そうした視点でコーポラティブハウスをとらえるといろんな視野が開けてくるはずです。

実際にコーポラティブハウスでの住まいを実現するにはどうしたらいいかという質問も出ました。

状況によって違いますので、関さんに相談するのがいいと思いますが、私は、まずは自らの生き方を見直して、一緒に生きる人たちを増やしていくことが大切ではないかと思います。
生き方が住まいを決めていくからです。

コーポラティブハウスとかシェアハウスとかいうと、どうしても「一緒に住む住宅」を考えますが、大切なのは「一緒に生きること」なのだと思います。
住まいは生きるための一つの道具でしかありません。
しかしその一方で、住んでいる住宅が、生き方や人の関係性を大きく影響してしまうことは否定できません。
だからこそ「住まい」を考えることは「生き方」を考えることなのです。

コーポラティブハウスを考えていくと、家族の問題にも行きつきます。
血縁家族の固定観念から解放されれば、家族そのものの意味も変わってきます。
そして、そのことは社会のあり方を変えていくことになるでしょう。

ほかにもさまざまなことを考えさせられるサロンでした。
かなり具体的に取り組みを考えている人たちも数名いましたので、1年後には、その人たちからの実践報告サロンをやってもらえるかもしれません。
楽しみにしています。

Seki2 

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■節子への挽歌4173:「ありのままの持ち前」の拡散

節子
また寒さが戻ってきました。
最近の気候の変化にはなかなかついていけません。
しかし、変化が激しいのは気候だけではありません。

荘子の言う「ありのままの持ち前」に従って生きていると、周辺の変化の激しさが見えてきます。
そして、それに振り回されている自分にも気づきます。
「持ち前」は変わらないはずだから、振り回されるのはおかしいともいがちですが、そうではありません。「持ち前」は変わらなくても、持ち前が「かたち」に顕現するのは、まわりとの関係性によってですから。それも含めた「ありのまま」は変わるわけです。

人は一人で生きているわけではありませんから。
周りがどう変わろうと、ありのままを貫けばいいと思うかもしれませんが、それは空論です。
自分が変わらなくても、周りが変われば、自分の意味も変わる。
これは昔企業広報に関わっていた時に、小論で書いたことのある話です。
そもそも生きるとは「変わる」ことですから。

ちなみに、生命がないとよく言われる岩石でも、周囲との関係では、その意味は変わっています。
時間軸や空間軸を少し広げるだけで、岩石もまた生きているのです。
なにやらまたややこしい話になってしまいました。

最近、いささか疲れているのは、まあ周辺の変化の大きさで、私の自覚している「ありのままの持ち前」が変転し続けているからなのです。
動き続けることが付かれるのではありません。
生命はたぶん動き続けることで生き生きとしてくれはずですから。
問題は、「ありのままの持ち前」がいささか拡散し、渾沌としてきているのです。

荘子に出てくる「渾沌の話」を思い出します。
いろんなことが見えるようになると、生命の一段階が終わってしまう。
その話は実に象徴的です。

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■今回の地方統一戦に思うこと

地方統一戦は現状承認の方向に終わったような気がします。
やはり多くの日本人は、安倍政権を支持しているようです。
この75年間は一体なんだったのか、と思わざるを得ないような選挙結果でした。

投票率も低く、ますます地方政治は、中央政府に組み込まれていくような気がします政治の対立軸を、権力 vs生活者と捉える私にとっては、21世紀に入ってから生じた政治の逆行はますます進みそうです。
テレビ報道などでの印象ですので、まちがっているかもしれませんが。

北海道の石川さんが敗れたのが、私には一番の衝撃でした。
あれだけ野党が共闘したにもかかわらず、です。
北海道知事選には、日本の状況が象徴されているようです。
沖縄と北海道から新しい風は起こると期待していましたが、実現しませんでした。

大阪での維新の勝利はいささか複雑ですが、松井さんが「万歳しなかった」(らしい)のはほっとします。
選挙で当選した人たちが万歳する風景をテレビはいつもしつこく流しますが、あれほど私の癇に障る映像はありません。
お上に仕える政治家やその取り巻き(あるいは寄生者)の本心が見えてくるようで、私にはやりきれない風景です。
神奈川県の黒岩さんが喜びを「笑い」で表現していましたが、それにもやはり不快感を持ちました。

いささかストイックすぎるかもしれませんが、政治への真剣なまなざしがどうも感じられない政治家がやるべきことは、投票率を高めることでなければいけません。
生活者が心がけるべきことは政治批判ではなく投票に行くことでなければいけません。

 そんなことを考えさせられる選挙結果でした。

 

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■節子への挽歌4172:天に応じてありのままの持ち前を生きる

節子
「荘子」の本に出てきた「幸せ」の話を書きます。

荘子によれば、「幸せ」という言葉の由来は「天が為すことに合わせること」だそうです。
たとえどんな逆境に出会っても、それに「合わせて」行くことが「幸せ」だというのです。「幸せ」は「仕合わせ」でもある。
いささか私の勝手な不正確な引用だと思いますが、こう考えるといろんなことが私の中では納得できます。

荘子は「遊」ということも重視しますが、荘子の「遊」とは、「ありのまま」、つまり、自分の「もちまえ」を発揮している状態だといいますこれもまた私の勝手な解釈かもしれませんが、とても納得できます。

いずれも私が目指している生き方につながっています。

そういえば、3日前に岐阜の佐々木さんから電話がありました。
佐々木さんのパートナーは、いま、見性寺を継いでいます。
私も一度、お伺いしたことがあります。

禅には「見性成仏」という言葉があります。
「見」は「現」という意味で、「見性」とは「性(もちまえ)を現す」ということだそうです。
天に応じて、ありのままの持ち前を生きる。
そういう生き方に私も少しは近づいているでしょう。
そう考えると、どこかで大きく停滞したり、間違った方向に進んでいたりしているようで、もう少し誠実に生きないと、幸せにはなれそうもありません。

さてさてどうしたものか。
先日、無理をしても佐々木さんに会えばよかった気がします。
予定に縛られて、機会を失う生き方は、私の目指す生き方ではなかったはずですが、最近どうも予定に縛られがちです。

生命力が弱まっているのかもしれません。

 

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2019/04/07

■節子への挽歌4172:餓死しそうな1日でした

節子
今日もまたお昼を食べそこないました。
まあよくあることですが、さすがに疲れました。

昨夜、急に呼び出され、朝から湯島でした。
認知症予防ゲームの解説DVDを制作しているのですが、制作メンバーがどんどん深みにはまって、なかなか進みません。
私はあまり深入りしていないのですが、中心の3人は大変な様子です。
それで時々呼び出されるのですが、また急な呼び出しです。

朝、用事があったので行きたくなかったのですが、みなさんの頑張りを知っている以上、放置もできません。
なんとか方針を決定しているうちに、サロンの人たちが集まりだしました。
そのため今日もまた昼食なし。

まあ昔はこういうのが毎日でしたが。

サロンはとてもいいサロンですが、私はおなかが減ると話したくなるタイプなので、また今日も少し話しすぎていささか自己嫌悪に陥りました。

サロン終了後、2.3打ち合わせをして、DVD制作チームに電話したら、まだ近くの喫茶店で作業をしているというのです。
また延びたら大変なので、残っていた1件の打ち合わせを伸ばしてもらい、喫茶店に駆けつけました。
着いたらほぼ終わっていましたので、雑務を済ませて、帰宅しました。
作業ではなくても、まあいろいろとやらなければいけないことはあるのです。

空腹で倒れそうになりながら帰宅。
考えてみると、昔はこういうことがよくありました。
どうしてこういう生き方になじんでしまったのでしょうか。

頑張って仕事をしているのに、どうしてお金をもらえずにお金がかかるのかと、最初のころ、節子が不思議がっていたのを思い出します。
そうしたことのおかげで、いまの生き方ができるようになったのですが、そろそろ自重したほうがいいかもしれません。
帰路に空腹で転倒などということになるといけませんし。

困ったものです。

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■節子への挽歌4171:「受け身こそ最強の主体性」

節子

画家の友人の個展にうかがった時に、彼から「荘子」にすべてが入っていますよ、というようなことを言われたことがあります。
それで、一度、「荘子」のサロンを湯島でやってほしいと伝えていますが、まだその機会が来ません。
しかし、それ以来、「荘子」のことがずっと頭のどこかに残っています。

先日、湯河原に行ったときに、そこに置いてあった「荘子」を持ち帰ろうと思っていたのですが、忘れてしまいました。
たまたま図書館で「荘子」の解説本を見つけました。
玄侑宗久さんがテレビでやった「100分で名著」をベースにしてまとめた本です。
先日、このシリーズの本で「苦海浄土」の解説を読みました。
このシリーズは軽い読み物なので、すぐに読めますので、気楽に読んでみました。

やはり「荘子」を読んでみようと思いました。
友人が言っていた意味がわかりました。
たしかに「すべてがはいっている」。

本書によれば、「受け身こそ最強の主体性」です。
荘子は、自分の外で起こる変化をすべて受け容れられる柔軟さを持ってこそ、最も強い主体性が得られると書いているそうです。
変化をすべて受け容れるには、自らの感情や判断、分別は邪魔になるので、そういうものも持たない方がいい。
玄侑さんは、「主体的な人格」とは「自分の意志などという人為を埋没させ、状況に完全に浸りきれる人」だと書いています。

これまでの私の生き方を覆されたような気がする一方で、同時に、これまでの私の生き方を肯定されたような複雑な気分です。

ちょうど昨日、巡礼者の鈴木さんから届いた“ツイッタ-はがき”に、こんなことが書かれていました。

サロンがなくなるのは困る!という人が多いのはなによりですね。人になにをいわれても、佐藤さんなら自分の考えでものごとを決めるだろうと思っていましたが、それは間違いかもしれません。天や宇宙や神仏が、人を介して働きかけることがあるかもしれませんから。

「主体性」について、もやもやしていたことが解消されそうです。

 

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2019/04/06

■節子への挽歌4170:家族からの教え

節子
昨日、娘たちと話していて、改めて自分がいかに言行一致に遠い生き方をしているかを痛感させられました。
娘たちからは教えられることが多いですが、どうもまだ「甘え」があって、親の優位性から抜け出せないようです。
節子がいなくなったので、節子から学んだり気づかされたりすることができなくなったのも、娘たちとの関係づくりがうまくいっていない一因かもしれません。

人は、家族から学ぶことがたくさんあります。
私は学ぼうという姿勢はあるのですが、実際にはあまりうまくいっていません。
気づくのが遅すぎるのです。

それと、節子からはあんまり共感されていなかったのですが、娘たちと友だちづきあいの関係を目指していました。
そもそも親子が友だちづきあいするというのは無理があります。
それに気づかずに、うまい親子関係を気づけなかったのかもしれません。
友だちづきあい志向ですから、子育てもうまくいきませんでした。
今さら反省しても始まりませんが、私の娘たちは迷惑したことでしょう。

昨日に続き、今日もそういう反省をしながら、1日を過ごしました。
いささか気の重い1日でした。

家族から学ぶことは本当に多いです。
しかし、節子がいないと、それ自体が難しいことに最近気づいています。

 

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■節子への挽歌4169:時間もまた生き物

節子

気分転換のために畑に行きました。
苗をまだ入手していないのですが、植える場所が少しずつ増えてきています。
昨年の菜の花やキャベツ、大根が、花を満開させていますが、それを抜くのは忍びなくて、咲くにませていますので、畑は今にぎやかです。
しかしそろそろそれも抜いて耕さないといけません。

畑にもなっていない空き地での畑作業は、野菜を育てるよりも、笹や草との格闘が中心です。
しかしこれはやっていると以外の楽しいのです。
それは「成果」がはっきりと見えるからです。
そのためついつい時間を忘れてしまいます。

今日もちょっとだけやってこようと思っていたのですが、ほぼ午前中いっぱい畑にいました。
畑作業は、自然との交流でもあります。
いろんな対話が生まれます。
これもまた面白さの一つです。

人と会っている時と自然と付き合っている時とパソコンと付き合っている時とでは、時間の進み方が全く違うように思います。
そういえば、節子と一緒の時の時間もまた、まったく違っていた。
時間は付き合う相手によって、進み方が違ってくるのです。

時間もまた、生き物のようです。

 

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2019/04/05

■湯島サロン「葬儀や供養に関する自由な話し合い」のご案内

湯島では「死」の視点から「生き方」を考えるサロンを継続的に開催していますが、今年も「葬送」や「看取り」「供養」を中心に置いたサロンを随時開催していきます。
そこで目指しているのは、「死を活かす社会」を目指したお葬式のあり方や供養のあり方、さらには「幸せな死」を目指す生き方を、みんなで考えていこうということです。
ただ、そのためにも、現在の葬送や供養にまつわることを知っておく必要もあります。

そこで、長年そうした活動に取り組まれてきた中下大樹さんを中心に、「葬送」に関する質疑応答も兼ねたQ&A型サロンも随時開催します。
今回は、その2回目のご案内です。

 葬儀や供養に関してご関心や「訊きたいこと」をお持ちの方はご参加ください。
開催時間がいつもと違っていますが、昼食時にかかりますので、軽食を用意しておきます。

〇日時:2019年4月28日(日曜日)午前11時~午後1時半
〇場所:湯島コムケアセンター
http://cws.c.ooco.jp/cws-map.pdf

〇テーマ:葬儀や供養に関する自由な話し合い
参加者のご関心や質問を中心に話し合いをしていく予定です。

〇参加費:500円
〇申込先:佐藤修(qzy00757@nifty.com

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■節子への挽歌4168:久しぶりの家族会議は大荒れでした

節子
今日はちょっと大変な日になってしまいました。

娘たちと孫と4人で食事に行ったのですが、そこでこれからのことを少し話し出した途端に、ちょっと娘との関係でちょっと気まずい状況が生じてしまいました。
最近、次女との関係がいささか微妙だったのです。

何となくお互いに距離を置いているような感じになっていました。
原因は、それぞれお互いのせいにしていますが、それが歩み寄れずにいたのです。
親子の関係は、ちょっとこじれると難しいのです。
そして2人の娘たちから、私が歳と共にかたくなになってきていると注意されました。
私がそれを自覚しているのかというのです。

詳しいことは、ここには書かずに、位牌に話しますが、ちょっと大騒動になりかけました。
何で食事の時にそんな話をするのかとも叱られましたが、私としては、食事の時だからこそと思って話し出したのです。
隣で孫が食事をしていましたが、孫はそうした空気を敏感に察知するのが伝わってきました。

ちなみにジュンは、今日も自分でも言いましたが、私と性格も話し方も似ているのだそうです。
私は必ずしもそうは思っていませんが、昔からジュンは「こおさむ」と言われているのです。
だからぶつかると大変なのです。

食事を終えて、自宅の戻り、話をつづけました。
私が知らない苦労をジュンもたくさんしていることを気づかされました。
母親と違って父親はなかなか娘のことはわかりません。
そのことを改めて思い知らされました。
疲れがどっと出てしまいました。

節子がいたころ、わが家では家族会議はよくおこなわれました。
節子がいなくなってから、それがうまく作動しなくなりました。
そのうちに家族会議は開かれなくなりました。

家族はお互いのことを知りすぎているがゆえに、うまくいかないこともあります。
相手を思いやることが裏目に出てしまうことも少なくありません。
困ったものです。

そんなわけで、今日は滅入ってしまい、疲労感がどさっと出ました。
親としては今なおどうも「失格」のようです。
節子がいてくれたらこんなことにはならなかったでしょう。
娘たちもそういっていますが。

雨降って地かたまるになるようにしようと思います。
親子関係も難しいものです。

 

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2019/04/04

■節子への挽歌4167:ユカといつもの場所で桜を見ました

節子

あけぼの山にユカと一緒に桜を見に行きました。
気のせいか、あけぼの山の桜も節子と一緒に来ていたころとは「勢い」が違っています。
以前はもっと元気に咲いていたような気がしますが、どこかさびしさがあります。
桜もまた、人の気持ちを映すのかもしれません。

以前は両親も含めてにぎやかなお花見でしたが、今回は親子2人のお花見です。
節子と一緒に行っていたころの場所に座って、桜を見ました。
久しぶりに併設の日本庭園も歩いてみました。

そこの横にある桜が、節子と一緒に家族みんなで見た桜です。
いささか元気のでない花見でした。

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■湯島サロン「過労死問題が問いかけるもの」のお誘い

4月から働き方改革関連法が施行されました。
日本人の「働き方」が、生命や生活を大事にする方向に変わっていくことを願いたいです。

過労死の問題は、昨年も一度、取り上げました。
前回は具体的な事件を中心に話し合いましたが、今回はそうした「過労死」の背景にある、いまの社会や私たちの生き方に焦点を合わせ、「過労死問題」そのものではなく「過労死問題が問いかけるもの」を話し合いたいと思います。

「働き方」はいうまでもなく「生き方」の問題ですから、過労死問題に無縁な人はいないといってもいいでしょう。
他人事ではなく、自分の問題として話し合えればうれしいです。
そして、できれば一歩進んで、そうした問題が起きないようにするために、何かできることはないかも考えていければと思います。

前回と同じく、東京と神奈川の過労死を考える家族の会世話人の小林さんに問題提起をお願いしました。
大型連休の最後の日ですが、ぜひ多くのみなさんに参加してほしいと思っています。

〇日時:2019年5月6日(月曜日)午後1時半~4時
〇場所:湯島コムケアセンター
http://cws.c.ooco.jp/cws-map.pdf
〇テーマ:「過労死問題が問いかけるもの」
〇話題提起者:小林康子さん(東京と神奈川の過労死を考える家族の会世話人)
〇会費:500円
〇申込先:佐藤修(qzy00757@nifty.com

 

 

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■ハネツルベの逸話

昨日、久しぶりに畑に行って、「小作人作業」に精出してきました。
野草や篠笹に譲っていた場所を耕して畑にする作業などを1時間半。

笹竹の根っこがすごいので、鍬と鎌だけの手作業だと1畳ほどの畑をつくるのに1時間近くかかります。
耕運機などを使ったらどうかという人もいますが、小さな畑を自然から借りるのにそんなものを使うのは私の感覚ではフェアではありません。
もちろん除草剤などは論外です。
地中に張り巡っている竹の太い根を切るのに力を入れすぎて、手がおかしくなって、しばらく作業ができなくなることもありますが、それは当然の代償でしょう。

そういう作業をしながら、思い出したのが、「荘子」に出てくる「ハネツルベの話」です。
こんな話です。

孔子の弟子の子貢があるとき、畑仕事をしている老人に出くわしました。
老人は、井戸の底まで穴を掘って、井戸のところまで下って、水がめに水を入れ、それを抱えて穴から出てきては畑に注いでいました。
その大変さに同情した子貢は、老人に「ハネツルベ」という水揚げのための便利な機械があることを教え、それを使ったらどうかと勧めたのです。
すると老人は笑いながら、自分の師匠から教わったことだと言って次のように話したそうです。

「仕掛けからくり(機械)を用いる者は、必ずからくり事(機事)をするようになる。からくり事をする者は、必ずからくり心(機心)をめぐらすものだ。からくり心が芽生えると心の純白さがなくなり、そうなると精神も性(もちまえ)のはたらきも安定しなくなる。それが安定しなかったら、道を踏みはずすだろう。ワシも『ハネツルベ』を知らないわけじゃない。ただ、恥ずかしいから使わんのじゃよ」。

私の好きな話です。
今日もこれから、畑に汗をかきに行きます。
いろんな生き物に会えるのが楽しみです。

 

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■節子への挽歌4166:「会う」ことが「別れ」を意味する

節子

80代後半のいとこが亡くなりました。
2階の自室でパソコンをしていたそうですが、食事になっても降りてこないので、奥さんが呼びに行ったら脳梗塞の意識不明状態の手遅れだったそうです。
こういう逝き方は、客観的に考えれば、本人にも苦痛もなく、遺族にも一時の悲しみしか残さない、潔い逝き方にも感じますが、本人や遺族にとってはどうでしょうか。
どう考えればいいか、少し悩みますが、ただただ冥福を祈るだけです。

私のいとこたちもいずれも70歳を超し、いつどうなってもおかしくない歳になりました。
何人かとは時々会いますが、そうめったに会えるわけではありません。
みんなに声をかけて、一度、会おうかという話もありますが、遠く離れている人や最近ほとんど音信のない人、あるいは入院や施設入居の人もあり、実現していません。

元気な男性たちで今年も旅行を予定していますが、考えてみると、これはある意味での「別れの旅」でもあるのです。
来年が保証されているわけではないからです。
いやだからこそ、誰かともなく、旅行の話が出てきたりするわけです。
今年も、今月、旅行を予定しています。

「会う」ことが「別れ」を意味するというのも、この歳ならば、こそです。
最近湯島にいろんな人が来ますが、そうした人と会っていて、これは私への「別れ」の挨拶なのだとなんとなく感ずることもあります。
もちろん本人はそんなことなど考えてはいないでしょう。
しかし、人は自らの意思で動いているわけではありません。
意思とは無関係に、人は動くものなのです。

「会う」ことが「別れ」を意味するという意識は、最近では失われているかもしれません。
今は遠く離れていても、電話やネットで容易につながれるからです。
それにそもそも、生きることが容易になってきていますから、明日もまた生きているとみんな確信していて、死とは無縁の生き方をしている人がほとんどです。
だから、また次に会えるとだれもが確信して生きているわけです。
しかし、死はいつ訪れるかもしれません。
この歳になると、そういうことが少しわかってきます。

だからといって、誰かと会うたびに、これが最後だなどと思っていたら、やっていられません。
元気なのに突然逝ってしまうことがある。
そのことは、意識しておかなければいけません。
他者も自身も、です。

今日は時間があるので、桜でも見に行こうと思います。
こういう気のなったのは、本当に久しぶりです。

 

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2019/04/03

■「金額に応じた報酬」という発想

成年後見制度の報酬に関する見直しを促す通知が最高裁から全国の家庭裁判所に出されたと今朝の朝日新聞に報道されていました。
朝日新聞によれば、「認知症などで判断能力が十分ではない人を支える成年後見制度を巡り、最高裁判所は、本人の財産から後見人に支払われる報酬を業務量や難易度に応じた金額とするよう、全国の家庭裁判所(家裁)に促す通知を出した。財産額に応じた報酬となっている現状に批判があることを踏まえ、制度利用を増やす一環として見直しを目指すものだ」そうです。
ようやくこういう発想が出てきました。「制度利用を増やす一環として」というところに、「何も変わっていない」意図を感じはしますが。

 こうした「金額に応じた報酬」という発想が社会を覆っていることへのおかしさをずっと感じていました。
たとえば、不動産売買業務の手数料も売買金額に応じて決まってきます。
裁判の弁護士報酬もそうです。
活動価値の判断基準が「金額」に依拠しているわけです。

専門家が、次第に卑しくなっていく危険性が、そこに内在されているように思います。
まあ、それは言い過ぎとしても、こういう発想が社会を金銭依存に導いていることは間違いない。
そうしたことの弊害は、改めて説明することもないでしょう。
結果的にはみんな「お金」を価値判断の基準にしてしまうわけです。

私は、お金とは人との関係性で意味を持ってくると考えています。
お金持ちにとっての1万円と金銭的に恵まれない人の1万円の価値は全く違うでしょう。
むかしの「赤ひげ先生」のように、お金のない人には無料で、お金持ちには高価で、医療対価を設定するのは、きわめて理にかなっています。

「金額に応じた報酬」社会は、お金に支配される社会に直結していきます。
そして、人の価値まで金銭基準になっていく。
そして、自分の市場価値を高めることが大切だなどということが言われるような、本末転倒な社会になってしまったわけです。

仕事の価値はお金とは無縁です。
仕事の捉え方を改めなければいけません。
そうすれば、働き方も変わってくるでしょう。

 5月6日に、「過労死問題」につなげて、「働き方」をテーマにしたサロンを予定しています。
4月から働き方改革関連法が施行されましたが、そもそもの発想を変えなければ、むしろ状況は悪い方向に向かうのではないかと危惧しています。
よかったら参加してください。

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■節子への挽歌4165:「湯島は今や、修君だけのものではなくなっている」

節子
天皇の退位とともに改元されることになり、新しい元号が決まりました。
万葉集の大伴旅人の「梅花の宴」での歌からとった「令和」です。
世間はいままさに「令和」ブームです。
ここに込められた意味も考えずに、「ボーっと生きている人のなんと多いことか」、これはテレビ番組のフレーズですが。
まさに日本からは、私が考えている人間はどんどんいなくなっているようです。

大伴旅人の「梅花の宴」は、8世紀に大宰府で行われました。
大宰府と言えば、昔もしかしたら、私も住んでいたところです。
といっても、だいぶ前のことで、確実ではありません。
初めて大宰府を訪れて、政庁跡を歩いていたら、ふとここに住んでいたことがあるという思いが全身を覆ったのです。
前世を信ずる私としては、それで勝手にそれを信じただけですが。

私は基本的には元号を使っていませんので、影響はありませんが、今年になってふと「万葉集」のことが気になり、昭和女子大学で「萬葉集」の研究を(たぶん)していただろう、升田名誉教授にシリーズサロンをお願いし、先月そのキックオフサロンをしたところです。
そして5月から隔月で講座型サロンをスタートする予定です。
しかし、元号騒ぎからはじまった、にわか万葉集ブームのばかげた動きをテレビなどで見ていると、げんなりしてしまっています。
幸いに升田さんも同じ気分のようで、安堵しました。

私はそもそも「ブーム」が嫌いです。
そんな受け身の生き方は、私の信条には合いません。

しかし、升田さんとも相談して、そんな事故に影響されずに、万葉集サロンは継続することにしました。
というよりミーティング、湯島を閉じてサロンもやめようかとちょっと思っていましたが、逆にこの件で、サロンも続け、湯島も続ける気が出てきました。

升田さんは、メールでこう言ってきました。

湯島は今や、修君だけのものではなくなっている感じ。
なんといっても何かの依り所としている人がとても多い。
でも、それもサロンを開く意味の一つなのでしょう?

実は私も少しそういう感じがしています。
人はやはり一人では生きていないのです。

それにしてもこの数日、あまりにもおかしな力が私に降り注いできているような気がします。

 

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2019/04/02

■節子への挽歌4164:元気の素は使うほどに育っていく

節子
新潟のYさんがいずに行く途中で湯島に寄ってくれました。
私とYさんとはちょっとエネルギー状況がクロスしているようです。
私のホームページで、私がちょっとエネルギーを低下させてるのを読んで、それが少し刺激を与えたようで、逆にちょっと前向きになったようです。
というか、私を元気づけたいと思ってくださったようです。

Yさんとは、長い付き合いで、Yさんから新潟に呼んでもらったこともあります。
どこかで通ずるものを感じた人との付き合いは、別に普段あっていなくても、切れることはありません。
新潟に行ったときにいつもご馳走になるので、たまにはと思って、お昼をご一緒しようと思っていたのですが、東京駅でおいしそうな懐石弁当があったからといって、わざわざ買ってきてくれました。
心遣いに感謝しなければいけません。

3時間ほど話をしましたが、Yさんも私もお互いから少し元気の素をもらったような気がします。
そして何か一緒にやるのもいいかなとふと思ったりしたのです。
Yさんは、私が過去に取り組んだことの「私の思い」を知っていて、それを何とか応援したいといってくださっているのです。
その企ては、見事に頓挫し、いまは私にはお荷物になっているのですが、それを引き受けてもいいというのです。
もしそうなら私も何かまたできることがあるかもしれません。
それで私はまた、現世滞在期間を延ばしたくなってしまいました。

これまでいろんなことをやってきましたが、誰かのためと思ってやったことはほぼすべて失敗です。
誰かのためなどという不遜な思いが、その原因です。
それでも、その時の私の思いを受け止めていてくれる人がいるということは大いなる喜びです。
そんな話が、最近少なからず起こっている。

やはり第4期への移行はもう少し延ばそうかと決心が揺らぎます。
こういうことを、世間では「未練がましい」というのでしょう。
困ったものです。

 

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■節子への挽歌4163:東京にも空がある

節子
東京には空がない、と高村智恵子はいったそうですが、私は東京の空をよく見ます。
湯島のオフィスに行く途中に、実盛坂という急な階段があります。
いつもその階段を上るのですが、その前に自然と空を見上げるのです。
ですから私はもう30年以上は(途中で3年ほど湯島に来られなかった時期は別にして)、東京の空を見てきました。
智恵子の見たかった空とは大きく違うでしょうが、東京の空も美しいのです。

湯島のオフィスからも空は見えます。
残念ながら以前に比べて、その空はだんだん小さくなってきていて、確かに部屋から見る空は智恵子が嘆くように、空がないと言いたい気分ではあります。
しかし、実盛坂の下から見上げる空はいつも美しい。

青くなくとも、私は好きです。
両側や階段の上にも高層ビルができてしまい、空の面積は狭くなってはいますが、時々、その青の美しさに見とれることもあります。

闘病中の節子も、この坂を登ったことがありますが、その時はたぶんお互いに空を見上げる余裕がありませんでした。
あの頃は、私の中からも空がなくなってしまった。

私がまた東京の空の美しさを思い出したのは、数年前です。
空もまた、自らの心によって、深さが変わってくる。

今朝の空は美しかったです。
もっと奥の人たちに、東京の空を見てほしいといつも思いながら、階段を登っています。
58段の急な階段です。

実盛坂を登ると、すぐ左側が私のオフィスのあるビルです。
たまにいますので、よかったら寄ってください。
運よく私が一人でいたら、コーヒーをご馳走します。
もちろん知らない人にも、です。
ほとんどの場合、私はいないか、あるいは接客中でお相手はできませんが、運がよければ、という話です。
運のいい確率は、たぶん宝くじよりは高いと思います。

湯島のオフィスがもう少し広ければ、そこに住んで、いつでもご接待できるのですが。
どなたか無償で住居を提供してくれたら、第4期はそんな生活でもいいかなと思いだしています。
たくさんの人に囲まれた、孤独な生活は魅力的かもしれません。

Sanemorizaka190320 

 

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■節子への挽歌4162:転居への迷い

節子
4期に移ろうかという気分が起きてきた途端に、なぜかいろんな引き留めの力が動き出して様な気配があります。
これもたぶん自分の気持ちが揺らいでいるからなのでしょう。
困ったものですが。

昨日、半田さんと一緒に湯島に来てくださった方から、ある誘いを受けました。
依頼されたことは2日ほどで終わる簡単なことなのですが、その方と話していて、またいろんなことをしたくなってしまいそうなのです。
まもなく「転居」するかもしれないとはお断りしましたが、その方がお土産に人形町の清寿軒の大判どらやきを持ってきてくれて、ついついその場で食べてしまったのです。
食べてしまいましたらもう断れないでしょうという感じで、何となく引き受けてしまった次第ですが、実はその内容にはとても関心があるのです。
しかし、この清寿軒の大判どらやきは手に入れるのも難しいようですが、いかにもあんこが多すぎます。

それはいいとして、その方が取り組んでいるのは、生活哲学学会や家事塾です。
ちなみに「家事」と銘打っていますが、その方が構想しているのは「家政塾」のようです。
家政こそ経済であり政治であると考えている私にはちょっと関心があります。

その一方で、その活動の中心は中高年の女性だというところにいささかの懸念もあって、意見は食い違いそうな気配もあります。
かつて日本ヒーブ協議会の10周年総会での体験が思い出されるからです。
高度経済成長期に育った、現在社会で活動しているちょっと年長の女性たちには「家政」志向があるとは思えないのです。
しかし、だからこそ、そのプロジェクトに関心を持ってしまうわけです。

まあそれはともかく、なぜかこの数日、転居を妨げるようなことがいろいろと舞い込んできます。
さてさてどうしましょうか。

今日はまたもしかしたら違う意味で生き方に影響を受けそうな人と会う予定です。
さてさて。

 

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2019/04/01

■湯島サロン:人生も仕事も「もっと面白く♪」報告

自遊人&面白まじめ求道者の渕野康一さんのサロンは、さまざまな立場の方が参加してくださり、湯島のサロンが目指している一つのスタイルを実現してくれました。
話題提供者の渕野さんは、持参したCD(小田和正)をバックに流しながら、そして演習も含ませながら、「面白まじめ道」言論をたっぷりと話してくれました。

始まると早速に、課題が与えられました。
実際の名前ではなく、自らが他者から呼んでほしいというセカンドネームを3つ以上考え、その中から、ひとつをみんなに発表するようにというのです。
何でもないようですが、これが意外と難しい。
と同時に、これを通して、自分の頭がいかに「かたい」かを思い知らされました。
それですっかり渕野ペースに乗せられてしまいました。

次に出された課題が、「面白リーダー」チェックリストでの自己診断です。
このチェックリストは、渕野さんが実際に企業のリーダーを対象にした調査結果を踏まえて創りあげたものです。
リーダーとありますが、面白人生をおくるためのチェックリストにもなっています。

そのように最初から参加者を巻き込む形で始まったサロンは、渕野さんのこれまでの「面白まじめ」人生の話に入り、そこからまた「面白演習」を行いながら、渕野さんが積み上げてきた実践的な「面白工学」や「面白まじめ学習法」の話になりました。
話の内容は、渕野さんのブログに紹介されていますので、ご覧ください。
サロンでも紹介されましたが、渕野さんのブログには、「面白まじめ学習法」が全18回にわたり連載されています。

最後に、より良い人間関係を築くための「“ストローク”のすすめ」が配布されました。
相手をディスカウントするのではなくストロークを与えていく。
面白人生をおくるためのチェックポイントが整理されていて、これを実践すれば「面白まじめ」人生が実現し、家庭も組織も社会も豊かになるというわけです。

そのペーパーには、交流分析を提唱した精神科医エリック・バーンの言葉が書かれていました。
「人は何のために生きるのか、それはストロークを得るため」。
ストロークとはいろんな意味がありますが、交流分析の分野では「存在を認めること」といったニュアンスで使われます。
簡単にいえば、人の心に元気を与える「心の栄養」のことです。

渕野流「ストローク」は6つのポイントがありますが、要約すれば、「ありがとう」ということ、それも10回言うことだと、実に面白くないダジャレで終わりました。
しかし、この締めにこそ、渕野面白まじめ道の真髄があるのかもしれません。

演習課題は例えば、こんなものでした。
「バックに流れている音楽を聴いて、思いつくことを1分間で10個以上書き出せ」
「『面白い』という言葉で思い出すことを1分間で10個以上書き出せ」
そうした問いかけをしたうえで、みんなに発表させるのです。
これもそう簡単ではありません。日頃の生き方がたぶん反映されているのでしょう。
正解があるわけではなく、さまざまな意見があるだけですが、他の人の発表を聞いていて気づくことは少なくありません。

演習だけではなく、「面白い」(どうして面が白くておもしろい?)の語源や意味、面白さの7要素などの「講義」もありました。
渕野版面白さの7要素を参考に、参加者それぞれが感じている「面白さの3要素」も発言しあいました。
その選び方が人さまざまだったのも面白かったです。

そんなわけでちょっとした面白ゼミ気分を体験させてもらいました。
渕野さんの大学での講義の雰囲気が目に浮かびました。

面白さの効用の話もありましたが、実は渕野さんは肺がんを患い、いまは根治しているとはいえ、湯島のサロンに来るのも急坂は無理なのです。
今日も最初湯島に着いた時にはしんどそうでしたが、話しているうちに元気が高まってきたように思います。
渕野さん自身が、「面白まじめ道」の効用のエビデンスなのです。

渕野さんは多趣味であり、生活もまた多彩です。
渕野さんは、そうした多様な世界を生きることで、毎日、エキサイティングなシーンに出会っているのでしょう。
そして、面白さを自分だけで楽しむというよりも、周りを楽しくさせるという生き方を実践しています。
また単に「面白」だけではなく「まじめ」をくっつけているところもポイントです。

渕野面白まじめ講義は、今回は原論編でしたが、また機会を見て、応用編をやってもらうのもいいかなと思いました。
昨今は「面白さ」も「まじめさ」もちょっとおかしくなってきていますから。

Omosiro1903301

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■節子への挽歌4161:「仕舞い方のほうにばかり気をとられていて」

節子
久しぶりに半田さんが、私にある人を紹介したいと湯島に来ました。
半田さんは近くの大学の教授なので、すぐに会えるのですが、そのせいか、たぶん45年ぶりではないかと思います。

半田さんとは長い付き合いですが、私の友人ではただ一人、節子の病院にお見舞いに来てくれた人です。
しかも、私にも節子にも連絡なしどころか、実際には誰にも会わずに、お見舞いに来たという、いかにも半田さんらしいスタイルでした。

病院で寝ていた節子が目を覚ましたら、枕元に花が置いてあったのです。
見舞われた節子でさえ、気が付かなかったお見舞い。
いかにも半田さんらしいです。

以上は、私の記憶なのですが、節子が旅立った前後の私の記憶はかなりあいまいなので、事実とは違うかもしれません。
しかしこの話は、いかにも半田さんらしいので、たぶん間違っていないでしょう。

その半田さんのもう還暦で、後から来たメールにこんな一文がありました。
「最近は仕舞い方のほうにばかり気をとられていて…」
この言葉にハッとさせられました。
この1週間ほど、私もその方向に意識が向いています。

半田さんにも、そろそろ私も第4期に入ろうと思いだしていることは伝えていますが、ハッとしたのは、「ばかり」という言葉です。
あることばかりに意識が向くと、その肝心の「あること」を見損なうということは、私の体験知の一つです。
私自身が今、そうした落とし穴に陥りそうになっている。

それに気づかされました。

しかも、半田さんは、一緒に新しいプロジェクトに取り組みだした人を私に引き合わせに来たのです。
私まで巻き込んでくれるというのです。
そろそろ転居を考えているのですが、とその人には話しましたが、最後は引き受けてしまいました。
本当に転居はできるのでしょうか。

いささかの揺らぎが生まれてきています。
あまりにも偶然が続きすぎます。
いろんな人たちが引き留めに来る。

まだ転居先の門が開いていないのでしょうか。
困ったものです。

 

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