« ■節子への挽歌4185:「受けるお見舞い」 | トップページ | ■節子への挽歌4186:現世への引き戻し »

2019/04/16

■10連休の過ごし方

今朝のテレビで、10連休を活かして収入につながる起業や副業開発のセミナーやイベントの紹介が報道されていました。
日本人は、休暇は消費活動としてのレジャー活動をしなければいけないと思いこんでいますが、さすがに10連休では余暇消費を続けられないので、収入につながる仕事探しをはじめるようです。

そもそも休暇とは、暇を休むことであり、消費活動からも休むことではないかと思っている私には、滑稽にしか思えません。
生産者として経済を支え、消費者として経済を支えている生き方を前提にしていては、金銭に呪縛された生き方から抜け出るどころか、ますますそれを支える10連休になりそうです。
10
連休は、新しい「働かせ方」の仕組みとさえ思えます。

しかし、実際には10日間、休める人がそう多いとも思えません。
むしろ、仕事ができずに収入減になる人もいるでしょうし、連休とは無縁の人もいるでしょう。
10
連休で、生活面で困っている人も少なくないでしょう。
10
連休で病院が休みになったらおれの健康はどうなるのかと嘆いていた友人もいます。
10
日間、いつもの労働から解放されたとしても、過労で心身両面で限界に来ている人に、また過酷な労働に立ち向かうしばしの回復の機会を与えるだけのケースもあるでしょう。
そうやって心身はさらにおかしくなっていきかねません。

この10連休は、「働き改革」の関係で出てきたことに示唆されているように、さらなる「働かせ方強化策」にもつながっているような気がします。
相変わらず、「休暇は雇い主から与えられるもの」という意識からみんな抜け出られないでいるわけです。
「休みは与えられるもので、自らで休むものではない」とは、考えてみれば、おかしな考えです。

財界や政府の甘言にまどわされずに、この10日間はレジャーの誘いになどのらずに、もちろん「新しい労働」への準備などに取り組むことなく、家族や友人とゆったりと過ごし、無駄に過ごすのが一番無駄でないようにも思います。

私は10連休に挑発されて、10連サロンも考えてみましたが、それはやはり疲れるので、10連休後半に3回、サロンを開くことにしました。
最後の56日は、「過労死」がテーマです。
それ以外は基本的に、無駄に過ごすつもりです。
「過休死」にならないように、休まずに、きちんと生きていようと思います。

そろそろ「休暇はご主人様から与えられるもの」という発想から自由になりたいものです。
そもそも政府が10連休を呼びかけるのはおかしいと思うのですが。
自由な人間であれば、休みたいときに休める生き方をしたいものです。

 

|

« ■節子への挽歌4185:「受けるお見舞い」 | トップページ | ■節子への挽歌4186:現世への引き戻し »

生き方の話」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« ■節子への挽歌4185:「受けるお見舞い」 | トップページ | ■節子への挽歌4186:現世への引き戻し »