■節子への挽歌4247:死んだ生者と共にある、よりも、生きた死者と共にありたい
節子
今日もよく働きました。
開墾作業はかなり進み、ほぼすべての面の笹を制覇しました。
道具は鎌と鍬だけです。
フェイスブックに開墾作業のことを書いたら、山口の東さんがコメントしてきました。
「なぜ電動農機具を使わないかといえば、個人の農作業の場合、自然に対してフェアでないからです」に、思わず佐藤さんらしいなと思ってしまいました。
私のことをわかってくださる方からのコメントはいつもうれしいものです。
開墾作業は、殺生業でもあります。
それがわかると電動農機具は使えなくなります。
しかし時代はますますアンフェアの方向に向かっています。
戦争はますますやりやすくなるでしょうが、実は戦争する人たちはすでにもう使者になっていると、私は思っています。
私の周りにいかに死者が多いことか。
録画していたテレビドキュメント「熊を崇め熊を撃つ」を見ました。
鳥海マタギの人たちの話です。
とても心に響きました。
死んだ生者と共にある、よりも、生きた死者と共にありたいと思います。
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