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2019/06/25

■節子への挽歌4314:今日は畑に行けそうです

節子

最近、地震が多いように感じます。
もしかしたら6月28日には大きな地震が起こるという話もまことしやかに流れています。
私の場合、すべてを信じながら、特に特別の対策は考えません。

どんなことも基本的には素直に受け入れる姿勢です。
ただし、誰かに言われて、1週間分の非常食を用意するなどという生き方は私の生き方ではないのです。
1週間くらい水や食料がなくても、たぶん生きるすべは身についています。
それは、地震とは無縁な話です。
大地震が来て、もし生きつづけられなかったら、それは仕方がありません。
かつてそうだったように、自然の激変には素直に応じていく生き方を選びたいです。

自然だけではありません。
福島の原発事故も、転居する人とは違う生き方なのです。

大地震が「想定外」などと思うことはありません。
そんな言い訳は、私の生き方ではありません。
私にとっては、すべてが想定内です。
いま、この地球がなくなることさえ想定内です。

いいかえればそもそも人が「想定」できることなどたかが知れています。
科学で知り得たことなど、自然から見たら、些細なことでしかありません。
私は、「想定内」の世界で生きているわけではありません。

ですから、いつか節子に会えるかもしれないというのもまた、想定内なのです。
しかし、にもかかわらず、想定していなかったことに出会うことはあります。
いや、言い方を変えれば、すべては想定していないことでもあるのです。
自分が今日、どういう生き方をするかも、「想定」などできようもありません。

何やらややこしいことを書いてしまいました。
まあ今日はそんな気分なのです。

今日は久しぶりに畑に行けるかもしれません。
本当は相馬霊場めぐりのめどをつけるために、最初のお寺から試験的にどのくらい歩けるか試してみようと思っていましたが、体調がどうもすっきりしないので、今日はやめました。
気温の変動のせいか、どうもすっきりしません。

 

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