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2019/06/03

■節子への挽歌4277:善悪が分かりにくい社会になりました

節子

どうも気が晴れないことが多くて困っています。
最近はみんな少しおかしくなってきているのではないと思いたいほど、いろんなことが起こります。
しかもそれがどうもすっきりと解決しない。
そんなことが、いろんな事件となってしまうような気もします。

無抵抗な子どもたちに向けての殺傷事件や、息子がそうならないようにと自分の息子を殺害してしまう事件。
悲しい事件が頻発しています。
私が子どもの頃とは社会の質が全く変わってしまったような気がします。
そうした社会の変質は、私とも無縁ではありません。
私の周りでもおかしなことがあまりに多い。

昨日もある人からある相談を受けました。
こんなことがあるのだけれどどうしたものかという話です。
市民活動に関することなのですが、とんでもない話が数十年にわたって続いていて、いろんな人がおかしいと思いながらも何もできていないというような話です。

いまの安倍首相もまあ似たようなものだと思いますが、いまやそれが日本国中に広がっているような気もします。
国家の首相が憲法を無視し、自分の私欲で好き勝手をやっている状況では、小さな市民活動もそうなってくるのでしょう。
公的なものがどんどん私物化されているような気がしてなりません。

相談してくれた人は、その問題を告発するそうですが、どうせ告発するならはっきりとやってほしいですが、どうもそう簡単でもなく、やんわりとした問題提起に終わりそうです。
もしかしたら、その問題になっている人は、私も胃炎一度会ったことがある人かもしれません。
もしそうなら地域でも活動してきていた人です。

だいたいにおいて正義を標榜したり社会のためなどと言ったりしている人ほど、社会を私物化するものですが、市民活動を長年している人が陥りやすい落とし穴です。
節子がいたらどうしたでしょうか。

まあこれはほんの一例。
腹立たしいことが山のようにあって、心の平安を維持するのはむずかしいです。
そんな社会に生きることに、強い嫌悪感を時々持ちます。

今日はすっきりしない1日でした。
節子がいたらきちんと具体的に話せるのですが、中途半端なことしか書けずに、ますますストレスが高まりそうです。

 

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