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2019/06/10

■節子への挽歌4291:人はひとりで生きてはいません

節子

寒さを感ずるような、さびしい1日になりました。
空が死んでいる日は、どうしても元気が出ません。

友人がフェイスブックにこんな書き込みをしていました。

今日は神さまに祈りを捧げてきました
かなしくてかなしくて
ずっとひとりで生きてきた
ずっとひとりで生きていく
神さまありがとう

コメントしました。

人はひとりで生きてはいません。

一時期、「無縁社会」という言葉がはやりました。
呪いたくなるような言葉ですが、人は決して、無縁には生きられません。
生命はすべてつながっているからです。
それに気づけば、人はさびしくなどはなりません。

しかし、今日のようなどんよりとした雨の日は、なぜかひとりでいるとさびしくなります。
どこかに出たいと思っていましたが、私は運転免許を返却しているので運転はできません。

夕方、娘のジュンからユカに連絡がありました。
雨のせいか、スーパーが安いよというのです。
いま親子でその安いスーパーで買い物をしているそうです。
ユカが行くというので、同行させてもらいました。
買い物があるわけではなく、孫に会うためです。
孫の笑顔は元気をくれるでしょう。

スーパーはすぐ近くなのです。
間に合いました。
母娘で待っていてくれました。

子どもの笑顔を見ると、別に自分の子や孫でなくても、人はひとりではないと実感できます。
孫の書いた絵がスーパーも貼り出してあるのですが、孫が案内してくれました。
娘は、半額になっていたスイカと肉を買ってきました。
今日はこれから焼肉だそうです。

元気が少し出るかもしれません。

それにしても、寒い1日でした。
心が冷えているからかもしれません。

 

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