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2019年7月

2019/07/31

■節子への挽歌4349:冗談にならない冗談

節子

最近、少し反省していることがあります。
私の口の軽さや口の悪さです。

娘たちからはよく言われるのですが、私の冗談は冗談には聞こえないというのです。
そして相手を傷つけるというのです。
まあそういわれると、思い当ることは多いのです。

私は多くの人と、「原則と例外」が逆転していると思うことは多いです。
全ての人の尊厳を認め、人の素晴らしさも認識しています。
そのため多くの場合、人をほめることはあまりしません。
なぜならほめることは当然だからです。
こういうことも関係しているように思います。

時々、私は「佐藤さんの発言はすべて否定から始まる」といわれることがあります。
極めて論外で、私はすべて「肯定」から思考を始めているつもりですが、どうも外部にはそう聞こえないようです。

先日も、翌日から手術入院する友人に「最後に会いにきてくれたの?」と言ってしまいました。
私のことをよく知っているので、彼とはいつもそんな会話なのですが、やはりちょっと無神経だったなと思います。
もちろん彼は元気に戻ってくるでしょうが、彼も私も死に関してはかなり無頓着なので、周りで聴いていた人たちには顰蹙を買ったかもしれません。

以前も、「この人はバカだから」と言ってしまい(「打算のない人間的に素直な人」という意味だったのですが)、その人から後でバカと言われたのは初めてでショックだったと言われました。
この時は大いに反省しましたが、先日もまた相手は違うのですが、うっかりつかってしまいました。
私にとっては、「りこう」よりも「バカ」が褒め言葉なのですが、どうも世間はそうなっていないようです。
困ったものです。

口には気をつけなくてはいけません。
節子は私の言葉に、たぶん最初は傷つけられっぱなしだったかもしれません。
いろいろと思い当たることがありますが、いまとなってはもう遅いです。
しかし、にもかかわらず、節子は私を信頼してくれました。
たぶん「困ったものだ」と思いながらでしょうが。

なぜか、最近こんなことを思い出します。

猛暑の夏は苦手です。
嫌いではないのですが。
夏にはあまりもたくさんの思い出があるからです。

 

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■湯島サロン「永世非武装中立国コスタリカ~今日を築いた方々を訪ねて」のお誘い(2019年7月31日)

湯島では前にもコスタリカを取り上げたサロンを開催しました.
前回は産業の新しい動きに焦点を当てましたが、今回は「軍隊なき国家」に焦点を当て、昨年、コスタリカを訪問した折原さんにお話をしてもらいます。

折原さんは昨年、コスタリカを訪問し、その国情を直接見聞しながら、現在のコスタリカを作り上げてきたひとたちと意見交換をしてきました。
さらに、その時インタビューしたロベルト・サモラ弁護士を、今年6月に日本に招いて、各地での講演会や交流会を行いましたが、それにも同行して、サモラさんとの交流を深めています。

サモラさんはご存知の方も少なくないと思いますが、大学院生の時に、アメリカが始めたイラク戦争を支持することは憲法違反だと訴訟を起こし、勝訴した人です。
日本でも反対運動は起こりましたが、残念ながらイラクへの派兵は食い止められず、そこから安保法制へと動き出しました。

国連での彼のスピーチは日本でも話題になりました。
もう15年ほど前の話ですが、私もブログで紹介させてもらいました。
http://cws-osamu.cocolog-nifty.com/cws_private/2005/03/post_2.html

サロンでは、最初にドキュメンタリー映画『軍隊をすてた国』(短縮版・15分)をみんなで観てもらい、それから折原さんに報告してもらいます。
サモラさんと多くの時間を過ごした折原さんから、どんな話が聞けるかとても楽しみです。
後半はいつものように話し合いです。

折原さんからのメッセージを最後に書いておきますのでお読みください。
また、折原さんが参加したコスタリカ視察の報告書『軍隊を捨て 平和と民主主義を選んだ国』(B5版フルカラー104ページ)も出版されています。
あらかじめ読んでおきたい方は折原さんに連絡すれば、1000円と郵送料(185円)で、入手できます。
湯島にも何部かありますので、湯島に来る機会があればおわけできます。
当日も折原さんに持ってきてもらおうと思いますので、ご希望の方はあらかじめご連絡ください。

いつもと開催時間が違いますのでご注意ください。
立場を超えて、多くの人に参加していただきたいサロンです。
そして、私たちの政治の常識を考え直す契機にしてほしいと思います。

〇日時:2019年8月31日(土曜日)午後4時~6時半
〇場所:湯島コンセプトワークショップ
http://cws.c.ooco.jp/cws-map.pdf
〇テーマ:「永世非武装中立国コスタリカ~今日を築いた方々を訪ねて」
〇話題提供者:折原利男さん(文筆家)
〇会費:500円
〇参加申込先:qzy00757@nifty.com(佐藤)

〔折原さんからのメッセージ〕

2018年8月21日()から29日()までの9日間、中米のコスタリカを訪問しました。人口は491万人ほどで、面積は九州と四国を合わせたほどの小国です。しかし、イギリスのシンクタンク、ニューエコノミクス財団による2016年度「地球幸福度指数(HPI)」ランキングで140ヶ国中、第1位(3年連続)(日本は58位)。国際ジャーナリスト組織「国境なき記者団」による2018年の「世界の報道の自由度ランキング」では、10位(日本は67位))。医療は無料。電力は2018年現在、99.5%を再生可能エネルギーの水力・地熱・風力でまかなっています。

そのようなコスタリカは1949年に憲法で軍隊を廃止し、1983年に世界で初めて永世非武装中立国となりました。以来、積極的平和国として活躍し、1987年には中米紛争の解決に尽力したアリアス大統領がノーベル平和賞を受けました。2017年に国連本部で採択された核兵器禁止条約の提案国、議長国もコスタリカでした(その年のノーベル平和賞は、その採択に尽力した非政府組織「核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)」に与えられました)。

そのようなコスタリカの歴史と、現在を築いた人々を直接訪ねて学び、今後につなげたい、ということが訪問の主な目的でした。

その時インタビューしたロベルト・サモラ弁護士を、今度は6月8日から14日まで日本に招き、東京、名古屋、山口、長崎と講演、交流を重ね、最後は東京で国会内の集会を開きました。

2003年3月、米国主導の有志連合がイラク攻撃をしかけた時、そのときのコスタリカ大統領はそれを支持しました。それを知った、当時コスタリカ大学法学部3年だったロベルト・サモラさん(今回のインタビュー時は37歳)が、永世非武装中立国であるコスタリカの大統領が他国の戦争を支持するのは憲法違反ではないかとして、憲法問題を扱う最高裁判所第四法廷(憲法法廷)に提訴しました。1年半後の2004年10月、最高裁はイラク侵攻支援がコスタリカ憲法と平和的伝統に反するとの判決を下し、アメリカの有志連合リストからコスタリカを削除させ、非武装中立を守りました。

今回は、最初にドキュメンタリー映画『軍隊を捨てた国』の短縮版(15分)を観ていただきます。その後で、コスタリカ訪問とサモラさんとの交流を中心にしてお話します。

 

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2019/07/30

■節子への挽歌4348:かたづけよりも散らかしが大切

節子
猛暑の中を畑に行きました。
1時間の作業が限界です。

今週はリトリートしようと思ったのですが、畑が気になるのとこの週末の花火大会に娘たちの友だちがわが家に大勢来るというので、家の掃除もしなければいけません。
リトリートなどしている場合ではないのです。
せめて庭の植木鉢だけでもどうにかしなければいけません。
なにしろ足の踏み場さえなくなっているのですから。

最近、家事セラピストという仕事をされている人たちと接点があります。
かたづけを専門としている人たちです。
節子はよく知っているように、私はかたづけよりも散らかしが性に合っています。

「かたづけ」の専門家は、最近もアメリカでも話題になっているようですが、むしろ「散らかし」を大切にした生き方をしている私としては、「かたづけ」にはまったく興味はありません。
にも関わらず、なぜかその分野で活動している人との接点が増えてきているのです。
そういう人たちから「片づけは人生を豊かにします」などといわれると、ついうっかり、そうですね、と応えてしまっています。
困ったものですが、その時は確かにそう思うのです。

私の仕事部屋はとても狭いのですが、もうあきれるほど散らかっています。
しかし、それは外観上の話で、私自身にとってはどこに何があるかはだいたいわかっているのです。

もっとも一冊の本を探すのに1時間もかかることもあれば、1枚の資料探しに1日かかることもあります。
探し物に時間がかかるのは無駄なことではあるのですが、しかしその効用もあります。
探しているうちに、忘れていた本や資料に出合ったりすることもあるのです。
探し物の時間は、また発想を遊ばせられる時間でもあります。
探し物をしているうちに自分の考えが変わることもある。
だから「散らかすこと」は私には大事なことなのです。

そもそも私の生き方は、散らかしほうだいの生き方です。
湯島のサロンのテーマも散らかしほうだい、友人たちもあまりに多様で、そうした人たちと付き合っている私がどういう人化は多分外からはわからないでしょう。
しかし、テーマも友人も、きわめて簡単な基準で決まっています。
私が関心を持った、それが唯一の基準です。

しかし私の散らかし方と節子の散らかし方、あるいは娘たちの散らかし方はそれぞれに全く違います。
ということは、かたづけると散らかすは同じことなのです。
それを誰かにかたづけてもらうとか、KTづけの仕方を学ぶとかいうのは、私にはまったくなじめない考え方です。

にもかかわらず、来客の前には家のかたづけをしなくてはいけない。
この問題は、とても大切なことを教えてくれているような気がします。

夜になって、ようやく風が涼しくなりました。
でも朝が早いのでそろそろ眠る時間です。
私の寝室には、クーラーはないのですが。今夜はよく眠れそうです。

明日は朝から畑仕事です。
老人には過酷な労働です。
お天道様も少しは手加減してほしいものです。

 

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■CWSサロン「今回の選挙結果に関して話し合いませんか」報告

久しぶりのテーマなしのオープンサロンを、「今回の選挙結果に関して話し合いませんか」に切り替えてしまったのですが、猛暑にもかかわらず6人集まりました。
一応、私も入れてですが。

Senkyo190728

話が盛り上がりすぎて、5時になっても終わりません。
内容は差し控えますが、山本太郎さんの話が一つの軸になりました。
また、選挙問題を超えて、中国や日本の未来も語られました。

参加者の一人が、こういう話し合いがもっと広がっていかなければいけないと話されました。
全く同感です。
しかし、この暑い日に、こうやってわざわざ500円の参加費まで払って話し合いに来る人は残念ながらそう多くないでしょう。
こういう場を維持するのも、そう簡単ではないのです。

しかし、山本太郎さんは500円の寄付からはじめて4億円以上を集めました。
まだ捨てたものではありません。
身銭と自分の時間を切ってでも社会を変えようという人たちが生まれだしたのです。
湯島のサロンもそうした人たちに支えられて継続できています。。

サロンも諦めずに続けることが大事でしょう。
日曜日には参加できないので、平日に参加してほしいという方がいましたので、8月5日(月曜日)の午後にも同じテーマでの話し合いを開催します。
いまの政治に満足している人も満足していない人も、どなたも歓迎です。
もちろん安倍政権支持でも山本太郎支持でも、誰も支持できないでも、いずれも歓迎です。
ともかく今は、政治を話し合うこと、政治に無関心ではいないことが大切です。

政治を話し合うことは、生活を話し合うことですから。

珈琲は熊本の宮田さんが提供してくれたスリランカのコーヒーです。
2時から4時です。

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2019/07/29

■湯島サロン「農福連携から始まる農村イノベーション」報告

熊本で福祉と農業を基軸にして長年活動している宮田さんには、時々、湯島でサロンをしてもらっていますが、今回は、「農福連携から始まる農村イノベーション」をテーマに、最近の動きを話してもらいました。

宮田さんは最初に、宮沢賢治の「農民芸術概論綱要」に書かれている「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない」という言葉から話し出しました。
そして、いまの社会はそうなっているのかの問いかけがあり、たとえば「食料品アクセス困難人口の増加」や「グローバリゼーション」、あるいは「障害者問題」などから、「人間疎外」の深まりが、そうした状況に向かうのを妨げていると示唆されました。

そして、そうした状況を打破する動きとして、農福連携に大きな期待を持っていること、その動きがひろく展開され出していることを、たくさんの事例で紹介してくれ、そこから社会の新しい枠組みの展望を語ってくれました。
とてもわかりやすく、まとまったお話でした。

宮田さんは長年、行政とも関わりながら、農福連携を推進してきている先駆的な実践者のおひとりですが、その体験から、問題は農業関係者と福祉関係者の出会いの場をどうつくっていくかだったと言います。
宮田さんの長年の苦労の一つはそうした場づくりだったと思いますが、ここにきてそうした場がさまざまな形で生まれてきた。そして、いま農福連携の第2ステップに入ったと言います。

障害者福祉施設が自分達で農業経営をしたり、農家・農業法人が自ら地域の障害者を雇用したり、さらには企業や社会福祉法人が農業分野で障害者の働く場を創出したり、さまざまな形で農福連携が生まれだしているのです。
宮田さんは4つのタイプに整理して、具体的な事例を紹介してくれました。
いずれの事例も、新しい可能性を示唆するものであり、こうした動きをもっと多くの人たちに知ってほしいと改めて思いました。

さらに、今年、農山漁村振興交付金の中に、「農福連携人材育成支援事業」という補助金項目が追加され、農業と福祉の中を取り持つ仕組みと人材育成のための『農業版ジョブコーチ』制度が始まりました。
宮田さんもこのプロジェクトに実際に取り組んでいくことになっています。

宮田さんはさらに「農福連携が求められるようになった理由」を国民国家の枠組みという大きなビジョンのなかで整理してくれました。
社会はよく「国家」「市場」「市民社会」の3つのセクターで語られますが、宮田さんはそれを踏まえて、社会的活動の担い手「セクター」が変化しだしているというのです。
そしてその新しい主役の位置づけが国家や市場を超えていくイメージを図示してくれました。

宮田さんは、実践者であると同時に研究者です。
こうした「現象を客観化する科学性」を大事にする宮田さんの論考はいつも示唆に富んでいて、俯瞰的な視野を与えてくれます。
宮田さんの話の大筋を紹介しましたが、途中で語られた具体的な話の中にこそ、宮田さんの思いが含まれているような気がします。

そのなかから、一つだけ、私が一番印象的だった話を紹介させてもらいます。
それは高知県のナス農家でアルバイトをしている若い女性の話です。
職業適性検査で、「どこも採用する企業はないかもしれない」といわれた女性が、農福連携に取り組んでいる農家で今は楽しく働いているという話です。
詳しいことを知りたい方はご連絡いただければ新聞記事を送らせてもらいますが、そういう話は多分かつてはよくあったことではないかと思います。
つまり農福連携は、昔は日常的にあったことかもしれません。
そう思うといまの時代の根底に「人間疎外」があるという最初の宮田さんの言葉がとても腑に落ちます。

最後に宮田さんは、自らも関わっているスリランカの子どもたちの写真を見せてくれました。
子どもたちの表情はみんなとても輝いている。
福祉というと何やら難しいことを考えがちですが、私は要するにみんなの表情が輝いていることだろうと思います。
日本の最近の子どもたちはどうでしょうか。そして大人たちは。

宮田さんは『マタイによる福音書』の言葉で話を締めました。
「神の国の扉は、ただ、ぼんやりと待っているだけでは開かれません。(中略)主体性をもって努力する者にのみ運命は開かれているのです」。

宮沢賢治に始まり、マタイで終わる。
とても考えさせられる話でした。

話し合いもいろいろと広がり、予定を1時間も超えました。
宮田さんの話はとても共感できることが多く示唆ももらいましたが、私にはいくつか異論もありました。
そのため中途半端なコメントをしてしまい、話し合いを混乱させてしまいました。
その後の宮田さんの話を聞いて、疑問の多くは解消されましたが、一度また、宮田さんの実践やビジョンを掘り下げるサロンをしたくなりました。

私の異論は、経済政策や福祉政策として農業と福祉をつなげるという発想、あるいは社会活動セクターの捉え方に関してです。
もちろん、農福連携に異論があるわけではないのですが、せっかくの新しい視点が経済視点で「市場化」されていく最近の風潮への危惧の念を払しょくできないでいます。
私の異論はそこから発しています。

農業も福祉も、いずれも人間疎外に抗う存在であるとともに、時に人間疎外を引き起こしかねない存在でもある。
そのことに改めて気づいたサロンでした。

今回は農業に取り組んでいる人も数名参加してくださいました。
その人たちにもぜひこの「農福連携」サロンのつづきをやってもらえたらと願っています。

Miyata190725

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■節子への挽歌4347:郷愁

節子

2日間かけて「湾の篝火」という小説を読みました。
2002年から2003年にかけて「しんぶん赤旗」に連載された小説で、1986年に起こった大手造船会社の7000人の大リストラ計画に端を発した労使の闘争を、労働者とその家族の視点からドキュメントタッチで描いた作品です。
上下巻で600頁を超える小説です。

何で読んだかというと、先日、この小説の登場人物のモデルになった人の娘さんに会ったからです。
その人は共産党員で、いまも地道な反戦活動に取り組んでいるようですが、私と同世代で、同じ時期を会社で過ごしながら私とは全く違う生き方をしていることに共感を持ったのです。
たぶん考え方には通ずるものがあると思いますが、行動はちがっている。
たぶんちょっとした違いがその分岐点だったのでしょう。

一時期、小林多喜二の「蟹工船」が話題になった時がありますが、あれを読んでもなかなか実感が生まれませんでしたが、本書は、少なくとも私には生々しい実感が伝わってきました。
1964年に会社に入り、工場の労務課に4年勤務したおかげです。
しかし工場で、その人は共産党に出会い、私は節子に会ってしまった。

私は、工場の労務課というところに配属され、どちらかといえば、労働者管理の仕事でした。
もっともそこに対応できずに、いろんなことがあったのですが、結局、労務的な仕事はさせてもらえませんでした。
そして4年後の東京に転勤。

この小説を読んで、強い郷愁の念を感じました。
そこで書かれている人間模様は、まさに私も体験したことでした。
当時の企業には少なくとも「人間たち」がいた。
経営者側や使用者側にも、雇用者や労働者の側にもです。
そしてそれらを支える家庭や社会にもです。
あの時代がよかったなどとは言いませんが、良くも悪くも人間を感ずる時代でした。

私にとっては、4年間の工場時代がその後の私の人生を決めました。
何も知らずに育った私が、世界の多様さと素晴らしさを知ったのは、あの4年間でした。
書籍からは学びえようもない工場での労務管理の実態を先輩たちから聞けたのも、私の価値観に大きな影響を与えたはずです。
そして、そうした見聞に、「いのち」を与えてくれたのが節子でした。

工場時代の思い出がとても懐かしく思い出されました。
やはり今年か来年、一度、滋賀の工場時代の仲間たちに会いに行こうと思います。
あの4年間が、私の人生の第2の出発点でしたから。

 

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■節子への挽歌4346:老いてますます元気な女性たち

節子

猛暑です。
あの年を思い出します。

最近はどうも思いに行動がついていきません。
挽歌もまた2日間、書けずにいました。

新潟の金田さんから黒崎の枝豆が届きました。
今年は天候不順で実成りがあまり良くないそうですが、美味しいです。
金田さんの電話したらお孫さんが来ているようで、明るい声が伝わってきました。
やはり子どもは最良の薬のようです。

武田さんは今日から手術入院。
とまあ相変わらず周辺の友人たちは大変です。

私は一時期大変だった血圧もなんとか元に戻りました。
しかし体力の衰えは自分でも実感できるようになりました。

今朝、あつくなる前にと途中で放棄していた庭の植木の整理を始めましたが、30分もしたらもう汗が噴き出るように出てきて、しかも身体のバランスを取るのも難しくなって、やめました。
今日は何とか庭の掃除と畑の草刈りをしたいのですが、いささか心配です。

そんな一方で、小学校時代の女性たちは、長野入り恩師を訪問する信州の旅を企画しているようです。
女性たちだけで行くと男性からまた文句を言われると悪いので、男性たちにも一応案内してくれないかと幹事役の升田さんから連絡がありました。だれも文句は言わないでしょうし、誰も一緒に行こうなどとは思わないでしょうが、一応、連絡がつく人に連絡しましたが、女性たちは老いてますます元気です。
困ったものです。はい。

ちなみに連絡した男性たちはみんな病気を抱えています。
これまた困ったものです。

汗がようやく引きました。
畑に行くべきか、遅れているサロンの報告を書くべきか、迷います。
迷った時は、いずれもやめて、第3の道を選ぶ。
しかし、その第3の道が見つかりません。

 

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2019/07/27

■節子への挽歌4345:庭の鉢の整理

節子
昨日は畑に行けませんでしたが、庭の整理をはじめました。
節子が残したたくさんの花鉢の半分は今では野草の場になっています。

それにしても、節子はなんでこんなにたくさんの鉢を持ち込んだのでしょうか。
しかも一度、整理しようと思い、裏にあったものまで庭に持ってきたうえに、野菜のプランターまで新たに買ってきて増やしたので、いまや庭は足の踏み場もないほどです。

一人ではとても持てないような大きなものもあります。
娘によれば、これは一緒に六本木に行ったときに、同じような鉢植えがあり、それを真似て自宅にも作ったそうです。
今は、節子が作った本来の姿ではなく、一度、メインの木が枯れてしまったので、中途半端なおかしなものになっています。節子が大事にしていた山野草たちはほぼ全滅です。

娘にも手伝ってもらいましたが、なんでこんな暑い日に始めたのかと怒られました。
たしかに暑い。
しかし、私自身は暑いと動き出したくなるのです。
困ったものです。

琉球朝顔は枝が根付きました。
友人たちにも分けることができましたが、2階の私の仕事部屋の窓の外にも移植しました。
うまく根付くといいのですが。

1時間ほどやって、ほとほと疲れました。
だんだん無理ができなくなってきてしまいました。

私よりも高齢の人に先日から電話していますが、つながりません。
いささか心配ですが、私自身ももしかしたら同じように思われているのかもしれません。
注意しなければいけません。
携帯電話はあんまり携帯していないので、でることが少ないのですが、これからはできるだけ出ようと思います。

梅雨はほぼあけて、そろそろ猛暑が始まるようです。
先日の続きの相馬霊場歩きはしばらくお預けになりそうです。
それに代わって、畑仕事を再開します。

台風が近づいているようで、風が心地よいです。

 

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2019/07/25

■節子への挽歌4344:「自分の心のメンテナンス」

節子

高遠菜穂子さんの「命に国境はない」を読みました。
高遠さんは15年ほど前に、イラクのファルージャで現地武装勢力に拘束されましたが、彼女の誠実な行動が相手にもわかり解放されました。
しかし日本国内での高遠バッシングは醜いものでした。

高遠さんは、いまも誠実な人道支援活動をつづけています。
それは大変な活動でしょう。

その本の最後に、愛を保つための「自分の心のメンテナンス」が大切だと書いています。
彼女は年に1回、10日間のリトリート期間をつくっているそうです。
10日間、世間から離れて瞑想しているそうです。

ところで、昨日、ちょっと私自身が壊れだしているのを実感しました。
「怒り」というか「不安」というか、「もどかしさ」というか、それが場違いなところで少し顔を出してしまい、発言が暴走しそうになりました。
発言した後、自分のあやうさを感じました。
実は、最近周りで起こっている3件の事象に、私自身も同調しているのかもしれません。
注意しないといけません。

できるだけ早く、とりあえずは、3日間のリトリートを取ろうと思います。
以前は、他者のためのリトリートサロンもやっていましたが、私自身の心身がどうも弱まっているようです。
以前と違い、いまは自分だけで対処しなければいけません。

明日は畑に行けそうです。
土は植物にだけではなく、動物にもエネルギーを与えてくれます。

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■茶色の朝シリーズのサロン(BMSサロン)を再開します

先日、初対面の方から、湯島でやっていた「茶色の朝」を題材にしたサロンのことを切りだされました。
私のサイトを見て、「茶色の朝」サロンのことを知ったそうです。
http://cws-osamu.cocolog-nifty.com/cws_private/2018/01/post-dd3c.html
彼女は10年ほど前に父親から、「茶色の朝」の本をもらったのだそうです。

そういえば、BMSサロン(茶色の朝シリーズのサロン)をしばらくやっていません。
彼女の話を受けて、再開することにしました。

ちなみに、今回の選挙結果で感じたことを話し合うサロンを728日に開催するのですが、日曜日は参加できないという人もいるので、平日の85日の午後にも開催することにしました。
「今回の参議院選挙結果に感じたこと」を自由に話し合うサロンです。

それを皮切りに、テーマをある程度決めて、生活の視点で政治問題を考えるBMSサロンを隔月程度に継続開催することにしました。
男性中心の難しい政治談議ではなく、むしろ生活感覚からの政治問題の話し合いです。
それこそが、私は「政治を語ること」だと思っています。

私は、先の参議院選挙で、「政治家の政治」ではない「新しい政治」の予兆を感じました。
それに呼応して、何か自分でできることはないかを改めて考えてみた結果です。

今回は、いわばその改めてのキックオフ編です。
お時間が許せば、ご参加ください。

政治と生活は直結していることを、私たちはもっと認識すべきではないかと思います。話し合いのテーマがあれば、ぜひご連絡ください。

〇日時:2019年8月5日(月曜日)午後2時~4時
〇場所:湯島コンセプトワークショップ
http://cws.c.ooco.jp/cws-map.pdf
〇テーマ:「今回の参議院選挙結果に感じたこと」
〇会費:500円
〇参加申込先:qzy00757@nifty.com(佐藤)

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2019/07/24

■自分たちファーストで芸をやっている人たち

吉本興業にまつわる騒動は関係者がどんどん増えてきて、問題もなんだか仲間内の「芸人」たちによって歪曲されてしまい、事の本質とは違った展開になってきています。

その一方で、日本の「芸人」たちの本質が見えてきたような気がします。
それは「芸人ファースト」という言葉に象徴されています。
まさか、こんな言葉が出て来るとは思ってもいませんでした。

反社会性勢力との交流は、芸人ファーストのためにもし必要であれば、是認されるようなのです。
「悪いことは悪い」という原点を失った「笑い」に、私は価値を感じません。
「笑い」の芸は、強烈な社会性を持っていたと思っていたからです。

もっとも、私は、最近の日本の笑いの芸人たちにはずっと『笑い』を感じていません。
北野たけしさんの笑いも理解できませんし、最近の笑いにはほとんどついていけません。

ちなみに、たとえば北海道テレビの「水曜どうでしょう」などは、とても好きな番組でしたし、大泉洋さんは見ているだけで、快い「笑い」が出てきて、幸せになります。

どこが違うのかわかりませんが、漫才もかつての漫才は笑えますが、この40年近くの漫才は腹が立つことのほうが笑うことより多いです。
困ったものです。

涙ながらに記者会見した2人は、自らの責任にきちんと対処していません。
せっかく「真実」を話したら、それ相応の責任を取らねばいけません。
そうでなければ、何のために記者会見したかわかりません。

そんな基本的なことをだれもきちんと諭さないのか、と思っていたら、逆に彼らを弁護する芸人仲間が出てきました。
そして、そこから「芸人ファースト」などという、驚くべき言葉が出てきたのです。

芸人のためなら反社会的行動も許されると、彼らは暗に言っているように思います。
優先すべきは、自分たちの利益ではないでしょう。
そんな人の「笑い」は笑えません。

それにして「自分たちファースト」がはやります。
安倍政権の思想がどんどんと社会に広がっているのでしょうか。

以前も書きましたが、いわゆる『反社会勢力』がなぜ存在するのかにも、こうしたことにつながっています。
「自分たちファースト」であれば、時に『反社会勢力』の存在も必要だから残しているのです。
社会の仕組みや規範は、それぞれの「自分ファースト」の調整で決まってきます。

それが悪いわけではありませんが、だからといって、「錦の御旗」のように掲げていいものでもないでしょう。
大切なのは、それぞれが「社会性」を大事にし、ともすれば陥りがちの自分ファーストを常に戒めていくということです。
そうでなければ、自らが反社会的勢力になってしまいかねません。

それにしても、「反社会的勢力」って不思議な言葉です。
私には、いまの安倍政権も「反社会的勢力」なのではないかという気がしないでもないですが。

いやこれはもちろん「冗談」です。
「録音してないだろうな」という「冗談」と同じく、あんまり適切な冗談ではありませんが。

 

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■節子への挽歌4343:年寄りの冷や水

節子

久しぶりに雨が上がったので、畑に行きました。
野草との格闘です。
ところが作業しているうちに気温がどんどん上がってきて、しかも太陽が出てきました。

1時間ほど頑張ったのですが、汗がたらたら出てくるし、久しぶりに作業で足がつったりするなど、散々な状況になってきました。
最近は血圧も高いので、あまり無理をして倒れたらいけないと思い、切り上げることにしました。

しかし、そこからが大変で、家に戻るときに刈り取った一袋の草を45リットルの袋にぎゅうぎゅうに詰め込んでもってきたのですが、フラフラで倒れそうでした。
なんとか家につき、水分補給し、乗り切りましたが。
午後から出かける予定でしたが、どうも無理そうです。

「年寄りの冷や水」という言葉があります。
年寄りが、歳も考えずに若い人の真似をすると碌なことがないというような意味で、いつも娘に注意されているのですが、「冷や水」とは 江戸時代から明治にかけては、「冷たい砂糖水」の別称であり、いまでいえば、「氷イチゴ」を指したとも言われます。
つまり、冷たい水(氷)を飲んで腹をこわすということですが、それで久しぶりに自家製の「こおりイチゴ」を手作りし、食べることにしました。
そのおかげで少し元気が出ました。

しかし、今度は足が痛くなり、まだ外出できそうもありません。
本を読む元気も出てきません。
テレビを観るとますます元気はなくなりそうです。
困ったものです。

 

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2019/07/23

■節子への挽歌4342:娘の誕生日

節子
今日はジュンの誕生日なので、ユカからの提案で、ジュン家族と一緒に食事をしました。

節子がいなくなってから、変わったことの一つに、誕生日を意識しなくなったことです。
まあ私だけのことかもしれませんが、私は誕生日祝いにはまったくといって関心がありません。
とりわけ記念日のプレゼントをもらっても、私はなぜか何も感じません。

プレゼントをもらうのは嫌いではないのですが、誕生日プレゼントとか、何か理由をつけてのプレゼントがうれしくないのです。
この気持ちは、なかなか説明しにくいのですが、要は誕生日という概念が私には実感できないからです。
ですから、誕生日を起点として成立する還暦とか米寿だとかいうお祝も私には意味が感じられないのです。

だれかに何かをプレゼントするときに、理由は不要です。
何となくどこかで見つけたものが、誰かにプレゼントしたいなと思えば、プレゼントすればいい。
プレゼントに理由は不要なのです。

こう書くと私がとてもひねくれ者に感じますが、そしてひねくれ者かもしれませんが、これは私のとても素直な気持ちなのです。
娘たちから嫌われるのも、こうしたことが少なくないからかもしれません。
困ったものです。

もっとも、節子を見送った日である「9月3日」は、私には数少ない意味のある日です。
それは私が実際に体験した日だからです。
その節子の13回忌の命日まで、あと40日になりました。

ジュン家族との会食も、節子がいたらにぎやかなものになるでしょうが、節子がいないとどうも華やかさが出ません。
プレゼントも用意しませんでした。
困ったものです。

 

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2019/07/22

■今回の選挙結果に関して話し合いませんか

7月28日の午後1~4時の予定で、オープンサロンを予定していますが、今回の選挙結果をテーマにした話し合いにしようと思います。
みなさんがどういう感想をお持ちになったか、ぜひ忌憚のない話し合いができればと思います。
これまで湯島に来たことのない方も、私と面識のない方も、だれでも大歓迎です。

〇日時:2019年7月28日(日曜日)午後1時~4時
〇場所:湯島コンセプトワークショップ
http://cws.c.ooco.jp/cws-map.pdf
〇テーマ:「今回の参議院選挙結果に感じたこと」
  テーマに関する話し合いは2時くらいから始めます。
〇会費:500円
〇申込先:佐藤修(qzy00757@nifty.com

 

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■第3回万葉集サロン「石見相聞歌に見る柿本人麿の「われ」の世界」報告

講座型万葉集サロン3回目は、柿本人麿の「石見相聞歌」でした。

最初に柿本人麻呂の紹介があり、つづいて升田さんが「石見相聞歌」を詠んでくれました。
この歌は人麿が繰り返し推敲した形跡がみられ、その点でも珍しいのだそうです。
推敲前の2首も万葉集に残っていますが、それを比べると面白く、その一首も詠んでくれました。
耳で聞いていると全く雰囲気が違います。

その後が、今回の本題です。
この歌には、作者(人麿)の「われ」が聞き手の「われ」を呼び込んでいく表現様式が仕組まれている。
歌を独りで詠むだけではなく、聞き手を巻き込んで広い世界を開こうとする意図があり、そこに「文芸」の端緒を感ずるというのです。

当時、歌は読むものではなく、詠むものだったようですが、そもそも歌人たちも歌を紙に書くのではなく、口で歌うのが基本だったようです。
だから声に出したときの「音の響き」がとても重要な意味を持っていたのです。

私たちはついつい、文字があり、歌があると思いがちですが、実際には、まず歌があり、それが文字で書かれて定着していったと考えると、いろんなことがとても納得できます。

私が今回とても面白かったのは、「字余り」というのは、文字文化の結果のことだと教えてもらったことです。
たとえば、文字にすれば3文字でも4文字でも、音にして読めば、長音にしたりして5音にすることは簡単です。
つまりたとえば、5・7・7にしても、それは文字規制ではなく、歌いやすさにすぎなかっただったわけです。

霊長類学者の山極寿一さんの本に、「感情を揺さぶる音楽というコミュニケーションは人間の身体の進化とともに発達してきた歴史をもち、言葉よりずっと古い起源をもつ」という説明がありましたが、言葉の前に音楽があったと考えれば、万葉集の捉え方は大きく変わるでしょう。
私たちの常識は、かなり後知恵のものが多いですから、そこから自由になると万葉集がもっと面白くなるのかもしれません。

何のために歌が生まれたかを考えると、そこに「われ」とか「コミュニケーション」とかいうことの起源へのヒントもあるようです。
ちなみに、万葉集ではだれかに代わって歌をつくるということもあるので、歌の主人公の「われ」と作者の「われ」と聞き手の「われ」と詠み手の「われ」の4つの「われ」がありそうです。

ところで、意外なことに「歌聖」といわれ、たくさんの歌が残っている柿本人麿の記録は少ないので、その正体ははっきりしていませんが、彼の死は「死」と表記されているため、6位以下の下級官吏と考えられています(異説はありますが)。
階級によって「死」の表現が違ったのかという参加者からの質問に対して、当時は、職階などによって、崩御、薨御、薨去、卒去、死去と使い分けられていたと升田さんが説明してくれました。
死をどう表記するかで、その人の職階などがわかるそうです。
まさに「言葉」は象徴的なパワーを持っていたわけです。

柿本人麿は刑死説もありますが、象徴的な力を持っている言葉を駆使する柿本人麿は権力者にとっては恐ろしい存在だったかもしれません。
万葉集の歌の持つそうした呪力や政治的な役割も面白いテーマです。
もしかしたら、そこから壬申の乱の真相も見えてくるかもしれません。

今回のもう一つの大きなテーマは、「石見相聞歌」にも何回か出てくる「玉藻」でした。
「石見相聞歌」の作歌時期を解く鍵の一つが、「玉藻」という言葉にあるようです。
そこから升田さんは、691700年ころに成立した可能性が高いと言います。
その時期に、柿本人麿と交流のあった天武・持統期の皇子・皇女の歌にも「玉藻」が出てくることが多いそうです。
「玉藻」に升田さんはかなりこだわっていましたので、「玉藻」の話をもう少し聞きたかったのですが、今回はちょっと時間が足りませんでした。

Manyoshu190720

升田さんの話を聞いていて、このシリーズは本にまとめられないかと思いだしました。
それくらい面白いです。
ただいつもたくさんの話をされるので、ついていくのが大変です。
なにしろ升田さんは話したいことが山のようにあるようです。
次回から少しテンポをゆるめてもらうようにしたいと思います。

次回(921日を予定)も柿本人麿の予定です。

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■節子への挽歌4341:畑が悲惨です

節子

相変わらず雨が続いています。
雨の合間に畑にちょっと寄ってみました。
かなりひどいことになっています。

野菜はナスを除いてはみんなおかしい状況です。
ブロッコリーは3本とも溶けかけていました。
それに比べて、野草は元気で、まるで以前の草薮に戻った感じです。
またこれを刈り取らなければいけないかと思うとげんなりします。

ナスはしばらく行っていなかったので、大きく育ち過ぎていました。
青茄子も一つ収穫しました。

Yasai1907212 Yasai1907213 Yasai190721

それにしても太陽の恵みのすごさには感心させられます。
私が最近あんまり元気が出ないのは、陽射しをあまり受けていないからかもしれません。
はやく梅雨が明けてほしいです。
節子のいない梅雨は、過ごしようがありません。

 

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■真実の波及

今日のテレビは、昨日の選挙結果よりも吉本興業のタレントの記者会見から始まった話を取り上げています。
民放は、宮迫さんと田村亮さんの記者会見を繰り返し、放映しています。

 見た方も多いと思いますが、実は私は当日の夜のテレビを偶然に見てしまったら、目を離せなくなり、田村亮さんの態度を見て、そこに「真実」を感じてしまいました。
芸能界のニュースには、スポーツ界と同じく、ほとんど興味を持たないのですが、ついつい引き込まれてしまいました。
久しぶりに人間の「真実」に出会った気がしました。

 今朝は、昨日の選挙結果をみんなはどう感じているのかを知ろうと思っていましたが、テレビをつけたら、民放はどこも宮迫・亮記者会見の続きでした。
また引き込まれてしまいました。

普段は見たこともない日本テレビの「スッキリ」にチャンネルを切り替えたら、司会役の加藤浩次さんが心情を語っていて、このままだったら自分は吉本興業を辞めると語っていました。
つづいて近藤春菜さんが涙ながらに語りだしました。
「真実」(真情)はどんどん波及していくのです。

嘘のない「真情」の吐露は人を引き込みます。
加藤さんと春菜さんの、感情に流された発言もなぜか見続けてしまいました。
彼らは演技、つまり「真情」を表出しないことを「仕事」にしていますが、「演技」以上に「真情」は大きな力を持っています。
それに目覚めれば、もっと大きな役割を果たせるのでしょうが。
「生身の真実」の持つ力の大きさも、改めて思い知らされました。

最近では、「真実」よりも「仮想真実」のほうが社会を動かしていますが(今回の選挙結果にもそれは現れています)、やはり「生身の真実」(真情)の力は大きい。
「真実」は、すべての問題を解決する起点です。
そして、「嘘」は、すべての問題を引き起こす起点です。
改めてそう思いました。

 「生身の真実」(真情)を基軸にした社会になってほしいと思います。
「嘘」(真実の隠蔽)の恐ろしさを、私たちはもっと警戒すべきです。
真実の隠蔽を党是にする自民党がなぜ多くの人の支持を受けるのかが不思議ですが、支持者もみんな「嘘」「真実の隠蔽」に守られているのでしょうか。

 

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■政治に新しい風は吹き出すか

昨日の選挙は、投票率の低さから状況は変わらないのかと思っていましたが、まさかこれほど「変わらない」とは思っておらず、投票結果が報じられだして30分でテレビを見るのをやめました。

今朝、早く起きて、テレビをみていましたが、まあ全く変わらなかったわけでもありません。
感じたことを2つだけ書きます。

まずNHKから国民を守る党が議席を得たのには驚きました。
ここまで来たかという感じです。
今朝のNHKでは、各党の代表が選挙結果に関する意見表明を報道していましたが、2人の当選者を出したれいわ新選組の代表の山本太郎さんが取り上げられなかったのにも、ここまでやるかと思いました。
N国党の立花さんはちゃんと登場して感想を述べていました。
もう一つは、やはり山本太郎さんが起こした風のことです。

香港やアラブやフランスと違って、マスコミは一切無視したこともあって(中国の報道と同じです)、大きな風にはなりませんでしたが、間違いなく、風は起こりました。
原発反対や安保法制反対の時の国会前の動きとは全く違います。
ともかくも「政党」という持続的な仕組みとして動き出せるようになったということです。
生活者が主役になり、生活が起点になる政治が始めて動き出すということです。
立憲民主党も、生活者を主軸にした政治と呼びかけていますが、所詮はいわゆる「参加型」であって、政治家主役の統治起点の枠組みの中にあります。
活動の主舞台は国会ですから、要するに政権与党と本質的には変わりません。
与党に対する野党であって、言い換えれば、いまは与党ではないだけの話です。
それが何を意味するかは、先の民主党への政権交代ではっきりと示されました。
唯一、鳩山さんだけが、政治を変えようとしていたと思いますが、政権交代と政治の転回を十分に整理できていなかったのだと思います。

しかし、山本太郎さんの活動は、政権交代ではなく、政治のコペルニクス的転回です。
「れいわ」とか「維新」とかいう概念に呪縛されてしまったのは、山本さんの限界でしょうが、新しい動きにはそうした「失態」は必然的に付随してきます。
しかもそれにもまた価値があるともいえます。

 私は最初、山本太郎さんが議席を失うとこの政党は無力化するだろうと思っていましたが、むしろ政治のコペルニクス転回を前提にして考えれば、代表は議席を持たない方がいいのかもしれないとやっと思い至りました。
山本太郎さんは「限界」などなく、もっと大きなものに動かされているのかもしれません。

 風が大きくなるかどうか。
これからです。
あんまりがっかりせずに、関心を持ち続け、できることを見つけて、めげずに生きようと思います。

 

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2019/07/21

■節子への挽歌4340:投票率が低すぎてがっかりです

節子
参議院議員選挙です。

選挙は家族そろって投票に行くのが、わが家の文化でした。
ただし、だれがだれに投票したかは、あまり話し合うことはありませんでした。
私はいつも明白に投票者は決まっていましたが、節子も娘たちも、同じ人に投票していたかどうかはわかりません。
これは今も変わっていません。

今日は同居している娘と一緒に投票に行きました。
今回は私はかなり危機感を持っており、娘に私が投票する人に同調してほしかったので、私の投票先を繰り返し話していたら、娘から叱られました。
反省しなければいけません。

午前中に行ったのですが、小さな子供を連れた家族連れなどもいて、良い感じだなと思ったのですが、投票率はやはりあまりにも低いのでがっかりしました。
ホームページには少し思いも書きましたが、やはり風は起こらないようです。

昨夜も新宿の大きな盛り上がりの現場にいた友人が、映像などを送ってきてくれましたが、マスコミによって完全に無視され、マスコミ報道からは山本太郎旋風は微塵も伝わってきません。
まあ、そもそも「れいわ新選組」などいうひどい党名を付けた時点で、勝負は終わっていましたが、少しは期待したのですが、残念です。

山本太郎も橋本徹も結局は社会の人ではなく、我欲の人だったのかもしれません。
しかし、少なくとも山本太郎は、新しい視点を示唆してくれ、実践もしてくれました。
彼が育ってきた世界の狭さが惜しまれます。
小沢さんがもう少し柔軟であれば、山本太郎を活かせたかもしれませんが、彼の世界もまた、狭い世界です。
効果的な組み合わせができるのは難しかったでしょう。

8時には選挙結果は明らかになるでしょう。
公明党はそろそろ瓦解するでしょうし、理念と戦略のない形だけの「野党」は存在意義を失い、溶融していくでしょう。
維新の党などは化けの皮をそろそろはがすでしょう。
幸福実現党から当選者が出たりする珍事が発生するかもしれませんが、共産党は飛躍はしないでしょう。

日本の政治が変わるのは、もう少し先のような気がします。

もしかすると、こういう私の予想はまったく外れてしまうかもしれません。
そうであればうれしいことです。

節子がいないので、政治談議ができないのがさびしいです。
節子と一緒に投票に行っていたころが懐かしいです。
節子の政治感覚は、いまにして思えば、安心できるものでした。

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■緊急サロン「東アジアの秘密〜なぜトランプは金正恩に会いたかったのか」報告

表題サロンは、10人の人が集まり、話し合いも盛り上がりました。
本題のテーマに関しても、参加者からの独自の解釈も出され、思考を広げる上でも示唆に富むサロンでした。
もっとも、話し手が一度、湯島サロンで「陰謀説」を話してくれた中嶋さんだったこともあり、陰謀説の話のほうが盛り上がりました。

それも含めて、話し手の中島さんが自ら補足も含めての報告を書いてくれましたので、今回はそれを報告に代えたいと思います。
長いので、添付にしました。
中嶋さんが自由奔放に書いてくださったので、いささか心配ですが、あくまでもひとつの思考仮説としてお受け止めください。

ダウンロード - e4b8ade5b68be38195e3828de38293190715e5a0b1e5918a.pdf

中嶋さんは、「陰謀」という言葉を使っていますが、俗にいう「陰謀論者」ではありません。
ただ、マスコミで流されている情報の中に埋没されがちな小さなヒントを見つけて、そこから、もしかしたら隠されている何かを読み解こうと主体的に生きている人です。
時にちょっと「断定的」すぎるので、むしろ「陰謀」にかかっているのではないかと心配になることもありますが、与えられた情報で生きることに警告を発してくれている貴重な人です。
そのあたりを汲み取ってもらえればうれしいです。

あまりにも好評だったので、また機会をつくりたいです。

Nakashima190715

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2019/07/20

■節子への挽歌4339:心が癒えない理由

節子

なんと今日は30度を超す暑さでした。
会う人ごとに、暑い日ですね、むしますね、といっていました。
湯島のエレベーターであったクロネコヤマトの配達の人に、暑くて大変ですね、と声をかけたら、今年の梅雨で体調を崩している人が多いですと話してくれました。

自然はまた、私たちに何かを教えてくれている。
それにやっと気づきました。

サロンの前に,今日の先生役の升田さんと先日行った薬膳台湾中華の麺覇王に行きました。
暑いので、あんまり食欲はなかったのですが、何となく元気が出ずに、行くことにしました。
しかし、今日はメニューの選択を間違えたようです。
味が濃すぎて、ちょっと苦手でした。

升田さんがゆっくりと食べるので、戻ってきたら、すでに参加者の一人、永作さんが湯島のビルの前で待っていました。
彼女も誘ったのですが、どうも場所が思い出せなかったようです。
ちなみに2人とも、私の小学校時代の同級生です。

今日のサロンは、もう一人同級生が参加しました。
全員女性ですが、みんな元気です。

永作さんと升田さんに琉球朝顔を持っていきました。
咲くといいのですが。

サロンは、升田さんによる万葉集サロンの3回目で、今回は柿本人麻呂の石見相聞歌がテーマでした。
前回に続き、升田さんのメッセージを感ずるとても示唆に富む話でした。
今回は「玉藻」がキーワードの一つでしたが、玉藻の文字を見ると、どうしても梅原猛の「水底の歌」を思い出してしまい、入水した人麻呂の恋人のイメージが浮かんできてしまいます。

升田さんはまた、「孤高のわれ」を、この歌を読む人にも詠(うた)う人や聞き手に共鳴させようとしているという解説をしてくれました。
十分に消化できていませんが、心を放し、心を語(象)る文学の誕生だというのです。
私の心が癒えない理由が少しわかったような気がしました。

どっと疲れが出たサロンでした。
疲れたのは「長梅雨と急な猛暑」のためかもしれませんが。

帰宅したら、岐阜の佐々木さんから鮎が届いていました。

 

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2019/07/19

■節子への挽歌4338:今年も高月メロンが届きました

節子
節子の郷里の滋賀県の高月町から高齢の高月メロンが届きました。
今年は例年よりもかなり遅いです。
高月メロンにも、いろんな思い出はありますが、毎年、節子にも供えさせてもらっています。

昨年、高月メロンを食べた後、その種を取っておいて、畑にまきました。
だいぶ芽を出しましたが、天候不順もあってほぼ全滅ですが、何本かは育っています。
ただ結実には程遠い感じです。

1本を家の庭に植えてみました。
庭の芝生にメロンがなったら楽しいと思ったのですが、なにしろ日照がないので辛うじて頑張っていますが、あまり期待はできません。

杉野さんからも梨の案内が届きました。
ここもまた今年は遅れているそうです。
今年の7月は雨ばかりで日照がほとんどありません。
せっかくの畑も、なすすべもなく、野草に主導権を譲っています。
暫らくまた行っていないので、どんな状況になっているか心配です。
野菜類はみんなだめかもしれません。

良かったことといえば、琉球朝顔を根付いたことです。
もし欲しい人がいたら差し上げられそうです。

そろそろ夏が始まりそうです。

 

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■湯島サロン「二宮尊徳に学ぶまちづくりと生き方」報告

露木さんの二宮尊徳シリーズのサロンは2回目です。
今回は、前回をさらに一歩進めた形で、ご自身のまちづくり実践にも触れながら、尊徳を解説してくれました。

二宮尊徳は実践の人だと言われていますが、露木さんもそういう生き方を志向して、マスコミの世界から生活に直結するまちづくりの世界に転じたという話から始まりました。
その話も示唆に富むもので、私はむしろそれをテーマにしたいほどでしたが、今回は尊徳の地域再建、財政再建がテーマです。

薪を背負って本を読んでいる二宮金次郎像が有名で、二宮尊徳といえば、勤倹努力を絵に描いた道徳(修身)模範生のようなイメージを持っている人も多いと思いますが、実際には、権力に対峙しながら、人々の生活の視点に立って、社会の変革に実践的に取り組んだ人です。
しかも、お金を効果的に回していく「報徳仕法」といわれる経済の仕組みを踏まえて、荒廃した地域や生活を、自らしっかりとリスクを引き受けながら、取り組んできた人です。
そこには、まさに現在、私たちが直面している財政問題や地域整備の解決への示唆がたくさん含まれています。
二宮尊徳の実践的な知恵は、いまこそ見直されるべき内容を持っていると思います。

尊徳の実践は、目標がぶれないことと行動の緻密さとダイナミズムです。
目標は、「富国安民」、つまり「民が豊かにならないと国は豊かにならない」という考えです。
「富国強兵」という言葉はなじみがありますが、「富国安民」という言葉はあまり聞くことはありません。
「国が豊かにならないと民は豊かにならない」という考えで、経済成長を発想の起点にしている現在の日本とは真反対です。
この一事だけでも、私は二宮尊徳の現代的意味を感じます。

あまり知られていませんが、二宮尊徳は社会を変えていくためにはお金が必要だと考えていましたから、コメ相場によって資金をためるという財テクの達人でした。
そうして得た財産は、村の再生に思い切ってつぎ込む覚悟の人でもありました。
現在の企業家と違うのは、財産の使い方の潔さと「富国安民」の信念です。

また、その取り組みは個人プレイではなく、さまざまな才能を持った人たちによるチーム尊徳の結成で総合的対応をしていたといいます。
ですから、尊徳がいなくなった後も、いまなお『報徳運動』として続いているわけです。

尊徳の取り組みの4大原則は「至誠・勤労・分度・推譲」といわれています。
大切なのは、社会のリーダーへの強い「分度」(無駄を排し支出に制限をかける)要請と庶民に対しても「推譲」(余剰金の社会への投資)を呼びかけたことです。
日本に寄付文化がないという人がいますが、報徳思想とは寄付文化そのものともいえます。

そうした取り組みで、二宮尊徳は日本各地の600にも及ぶ疲弊した農村を建て直したそうです。
こうした二宮尊徳の実践活動を露木さんはわかりやすく紹介してくれました。

露木さんは、1998年から2011年まで、神奈川県の開成町の町長として、地域整備に取り組んできました。
その成果は、現在の開成町の実状をみれば、わかります。
人口減少という時代状況の中で、開成町の人口は増え続けていますし、長期的な都市計画に支えられて、バランスのとれた開発がすすめられています。
小田急線から見える、公園のような水田風景を目にした人も多いでしょう。

露木さんは、ご自身のまちづくりの体験から、最後に「富国安民」のために尊徳に欠けていたものは何だったかを話されました。
それはなんと、ビジョンを共有させていくための「ほら!仮説」だというのです。
確信に裏打ちされた大胆なビジョンが、人々を喚起し、行動へと駆り立てる!
そういう面が、尊徳には足りなかったのではないのか、と。

露木さんのお父さんも、開成町の町長でしたが、1963年に開成町長選挙では、「ホラは吹いてもウソはつかない」を信条に、当時、水田のみといってもよい状況の開成町を「小田原に次ぐ副中心都市にする」と主張して町長選に勝利したそうです。
そして、そのために目先の住宅開発ではなく、しっかりした都市計画に基づき、地域整備をしてきました。
そのため、開成町ではバブル期においても乱開発は避けられたそうです。

それから30年たって、息子が、父が長期的な展望に従って整備していた仕上げに取り組んだというわけです。
「まちづくりは60年くらいの視野で取り組まなければいけない」と昔、水俣の市長だった吉井さんに教えてもらったのを思い出しました。

内容の濃いサロンでしたので、露木さんの話の一部を紹介するだけになってしまいましたが、話し合いでの話題も興味あるものが多く、報告できないのが残念です。
これからの露木さんの実践に関しても問いかけがありましたが、露木さんのお話を聞いて、数年後にまた露木さんに話をしてほしいと思いました。

参加者の一人から、「覚悟」がキーワードだと思ったという発言がありました。
二宮尊徳は、「実践の人」であると同時に、「覚悟の人」だったのです。
現在の日本に欠けているのは、まさに「覚悟の人」かもしれません。
ちなみに、露木さんは二宮尊徳の「変革性」を強調されていました。

尊徳に関する書籍はたくさんありますが、露木さんは、大藤修さんの「二宮尊徳」(吉川弘文館)を推薦しました。
私は読んでいなかったので、サロンが終わった後、急いで読みました。
とても気づかされることの多い本でした。

いつも思うのですが、こうした報告でお伝えできるのは、サロンでのほんの一部の話です。
それがいつも残念でなりません。
長くなってすみません。

Tsuyuki190714

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2019/07/18

■久しぶりのオープンサロンのご案内

最近、縁カフェもオープンサロンも休店でした。
この半年、いろいろとあって、少し余裕をなくしていました。
何とか(たぶん)山を超しましたので、オープンサロンを時々また再開することにしました。

サロンの回数は、最近むしろ増えているのですが、テーマがあると敷居も高いので、前のようにテーマのないサロンを再開してほしいという声があったのです。
テーマのないサロンこそ、湯島の原点ですので、また時々開催することにしました。

以前と同じく、出入り自由で、勝手に話す井戸端会議風のサロンです。
話したくない人は黙って本を読んでいても大丈夫です。
もし私に相談があれば、できるだけ相談に応ずるようにします。
事前申し込みは不要です。

よろしくお願いします。

〇日時:2019年7月28日(日曜日)午後1時~4時
〇場所:湯島コンセプトワークショップ
http://cws.c.ooco.jp/cws-map.pdf
〇会費:500円

 

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■節子への挽歌4337:二宮尊徳のような人に会いました

節子

昨日また魅力的な若者に会いました。
宮部さんが最近知り合った人ですが、彼が連れてきたのです。
浅見さんといい、若くして会社を経営、社会活動もいろいろと取り組んでいて、宮部さんとはPTAの活動で出会ったようです。
いまは学びの環境を得られにくい子どもたちのフリースクールづくりに取り組んでいるようです。

浅見さんは、私のことを何も聞かされておらず、一緒に来たようなのですが、会ったとたんに心がつながった気がします。
実にドラマティックな人生を歩んできているようですが、それらをあっけらかんと話してくれました。
私自身は、世間的な常識の呪縛はあまりない人間ですが、人間的な常識にはかなり敏感です。
その人が、自分を素直に生きているかどうかはわかります。
浅見さんは実に素直に自分を生きている。

そう感じました。
そういう人と会っていると実に心が和みます。

浅見さんと話していて、先日、露木さんのサロンで話題になった二宮尊徳を思い出しました。
浅見さんに、二宮尊徳のような生き方を感じました。
浅見さんはまだ気づいていないようですが、一度、その話を浅見さんとしたい気もします。

でもまあ、これ以上、いろんなことに関わると過労死しそうですので、慎重にしようと思います。
何かやると必ず傷つくのが私の人生でしたから。

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2019/07/17

■節子への挽歌4336:チョンさんからのメール

節子
久しぶりにジャカルタにいるチョンさんからメールが来ました。
ちょっと連絡がなかったので、気になっていましたが、元気そうです。
この3年、日本には来ていないそうです。

節子と一緒に、留学生の交流の場として湯島でサロンをやっていたことがあるのですが、チョンさんはその時の常連の一人です。
マレイシア出身で、節子が元気だったころにはわが家にも来てマレイシア料理を作ってくれたこともあります。
実に気がいい若者で、そのうえ、実に博識でした。
私たちは、チョンさんのことを「ものしりのチョンさん」と呼んでいました。
帰国後、インドネシアに移り、いまもジャカルタで暮らしています。
あれからもう20年ほどたちますので、彼ももう50歳を超したでしょう。

当時、よく湯島に来ていた3人とも次第に交流が途絶えてきています。
金光一さんとは連絡も途絶えてしまいました。
彼が一番の年上でしたが、いまはどうしているでしょうか。

節子との暮らしの中で出会った人たちとの交流も、最近はかなり少なくなってきました。
節子以後、つまり4336日前から、私の交流関係も大きく変わってしまったのです。
節子のことを知っている人もだんだん少なくなってきました。
いいかえれば、4336日以上前の私を知っている人も少なくなってきたということです。

もし節子がいたら、ジャカルタにチョンさんを訪ねていたでしょう。
節子がいなくなってからは、私の行動範囲は極めて狭くなりました。
今年はまだ一度も新幹線にさえ乗っていませんし、飛行機もこの数年乗ったことがありません。
そういえば、チョンさんはこう書いてきました。

この頃、年取ったせいか、元々強度恐怖症の関係で、飛行機乗るのが苦手で、よっぽどのことがなければ、地べたから離れないようにしているもので、日本も直近から約3年近く行っていないのです。

彼も飛行機嫌いなのです。

最後に、チョンさんは、「また何時かお目に掛かれると良いのですが、それでは、また!」と書いてくれていました。

現世で再会できるといいのですが。
金さんも探してみようかと思いますが、5年以上、周りとの交流をとだえていたため、どうやって探したらいいか、考えが浮かびません。
FBで「尋ね人」を書いてみようかと思います。

 

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■人との関係で学び合い、人との関係を生きる

私は、学ぶとは他者、他者には自然なども入るのですが、他者との関係において自らが変わることであり、生きるとは他者に、これもまた自然も入るのですが、迷惑をかけるとともに役に立っていく、つまり価値を与えることだと考えています。
学ぶことも生きることも、他者との関係を変えていくことといってもいい。
そして、実際にそういう生き方をずっと続けています。

学ぶことと知識を得ることは同じではありません。
なにかを学び、わかるということは、自らの言動が変わること。つまり、生き方が変わることです。
もし生き方に変化がないとしたら、それは学んだことにはならない。
知識や情報には触れたかもしれないが、わかったとか学んだとは言えません。
それが私の考えです。

ある知識を知ったかどうかで、世界の風景は変わってきます。
それはみなさんも体験していることでしょう。
世界の風景が変われば、おのずと行動は変わっていくでしょう。

というよりも、あることを知ったら、必ず生き方は影響を受けるはずです。
何も変化がなければ、それは学んだとは言えない。
学ぶとか知るということは、生き方につながっているということです。

しかし、一人でできることには限界があります。
そこで、「共に」ということが意味を持ってくる。

共に学ぶとは、学びの視点を豊かにすることであり、生き方を変えていく力が大きくなるということでもあります。
学ぶとか生きることが、豊かになっていくために「共に」が大切なのです。
一人だけで学んでいることは、他者との関係の中で生きている私には実際にはできないことですが、意図して「共に」を指向しないと独りよがりの「学び」に陥りやすいような気がします。

これが、私が長年、湯島でサロンをやっている理由の一つです。
さまざまな人の話を聞き、さまざまな人の生き方に触れていく。
その過程で自分の考えや行動が相対化され、そして実践のヒントが得られる。
一人で学ぶよりも、仲間と学び合うほうがいろんな意味で効果的です。

自分と社会がしっかりとつながっていること、それが私の考える社会性、市民性です。
自分が変わると相手も変わる。社会も変わる。
自分と社会は連動しています。そして社会では常に何かが変わっています。
つまり社会や人間関係は常に変化していますから、そこにつながっている自分もまた常に変わっているはずです。

逆に、考えを固定させていると社会との関係、他者との関係に齟齬をきたしていく。
だから時代の動きの中で、自らを常に変えていかないと自らのアイデンティティを保てない。
変わることは変わらないことなのです。

変わらない自分にこだわっていると、常に変化し続けている社会との位置づけが変化し、取り残されてしまい、生きているとは言えなくなる。
自分を大事にするためにも、常に変わっていく必要がある。
そこに学ぶ意味がある。

これは先日のある集まりで話したことです。
話すよりも文字にした方が伝わりやすい気がして、少し丁寧に書いてみました。

現在の選挙で、山本太郎さんが風を起こしています。
彼は、共に学び共に生きるを実践しているように感じます。
危うさは強く感じますが、風は挫折を通じて、本当の風になっていくことが多いので、その先を感じられます。

ところで、湯島のサロンの意味を話し合うサロンをやりたくなりました。
湯島ではこれまでも毎年1回だけ私が話させてもらうサロンがあります。
最近は、「政治パラダイムの転回」「経済パラダイムの転回」そして「生き方の転回」をテーマにしてきましたが、参加者に伝わった実感が持てないので、今年は「サロン」をテーマにしようと思います。
例年は12月開催でしたが、今年は8月下旬を想定しています。
その頃は、山本太郎現象の実体も少し見えてきていると思いますし。

いま気づきましたが、山本太郎現象をテーマにしたサロンのほうがいいかもしれません。
ついでにそれもやりたくなりました。
どなたか問題提起してくれる人はいませんか。

 

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2019/07/16

■湯島サロン「沖縄・辺野古の現状2019年夏」のお誘い

これまでも何回か沖縄の辺野古に関するサロンを開催してくださった緒方修さんに、今年もまた辺野古の最新情報の話をしてもらえることになりました。
関東にいると、辺野古はどんどん見えなくなってきていますが、緒方さんの現地最新情報に触れて、改めて辺野古問題が示唆しているものを考え、何かできることを見つけていければと思います。

平日の夜ですが、ぜひ多くの人に参加していただきたいサロンです。

〇日時:2019年8月13日(火曜日)午後6時半~8時半
〇場所:湯島コンセプトワークショップ
http://cws.c.ooco.jp/cws-map.pdf
〇テーマ:「沖縄・辺野古の現状2019年夏」
〇話題提供者:緒方修さん(東アジア共同体研究所琉球・沖縄センター長)
〇会費:500円
〇参加申込先:qzy00757@nifty.com(佐藤)

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■節子への挽歌4335:ゴーギャンの問い

節子
先日、久しぶりに半田さんの「知能環境論」の講義を聞きました。
まったくと言っていいほど、半田さんは変わっていません。
だから半田さんは私のことも変わっていないと感じているでしょう。

それはともかく、半田さんは「知能環境論」の話を、あの「ゴーギャンの問い」から始めました。
「我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか」という問いです。
講座への参加者に問いかけましたが、一人、とても個性的な答えをしました。
「愛の国から来て、愛の国に行く」というような答えでした。
「愛」という言葉にいささかの抵抗はありましたが、素直に聴けました。

私は問われませんでしたが、私の答えもそれに近いです。
「彼岸から来て彼岸に行く旅人」が、最近の私の考えです。
正確には、「旅人」ではなく、「受容体」というような感じなのですが、まだうまく表現できません。

「彼岸」という言葉もあまり正確ではないかもしれません。
「此岸」があって、「彼岸」があるというのではなく、此岸もまた彼岸というようなイメージが最近強いので、むしろ仏教の言う「空」に近いのかもしれません。
ですから、ゴーギャンの問いに関して言えば、むしろどこからも来ず、どこにも行かないというべきかもしれません。
自らは、常にそこに在る。そして全体と共にある。
まあそんな感じです。

行き先が定まっているたびは、さほど不安はありません。
先日、相馬巡礼のテストウォークをして気づいたのですが、行き先がわからなくなって、自らの所在が実感できなくなった時の不安さは、今考えると「異常な感覚」に襲われていました。
いささか不思議な感覚で、スマホは作動しなくなり、行きかう人はいなくなり、道を聞こうとは入ったお店は、タイムスリップしたような雰囲気でした。
異界に迷い込んだような気分でしたが、あれはしかし、これ以上歩かない方がいいというメッセージだったかもしれません。

そんなことを思い出すと、また歩きたくなってきました。
巡礼にはまた行きたくなるというのはこういうことでしょうか。

梅雨が明けて、あまり暑くなく、そして時間が取れたら、今度は取手の長禅寺からコース通り歩いてみたくなりました。
ゴーギャンの問いについて書こうと思ったに、違う話になってしまいました。
私が、ゴーギャンの問いにはあまり意味を感じていないからかもしれません。
その問いは、考えるよりも自分で決めればいい、無意味な問いだという気持ちがどこかにあるからです。

 

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2019/07/15

■節子への挽歌4334:太陽の恩恵、長雨の恩恵

節子

雨が続きます。
日照が少ないので、畑の野菜は調子が悪いです。
太陽の恩恵に、改めて感謝しなければいけません。

野菜は元気がなく、花も結実しませんが、野草はみんな元気です。
その違いの意味を、考えたくなります。
長雨の恩恵もまた大きいということでしょう。
面白いのは、植物によって、陽光や長雨の影響は違うということです。

トラブルもまた人生を豊かにするという私の姿勢に、それは単に「負け惜しみ」であり、自分に嘘をついているのではないかというメールが来ました。
嘘をつくと思われることはとても悲しいですが、そう思う人が増えているのかもしれません。
自分が嘘をつくことのない人は、誰かの発言を嘘などとは思いません。
他者へのコメントは、常に自らの生き方の表明でもあります。
私の周辺でも「嘘」が増えています。
それもまたとても寂しいです。

もともと生きるということは喜怒哀楽を素直に受け入れるということだったのではないかと思います。
トラブルと喜怒哀楽は違うかもしれませんが、平板な人生よりも波風ある人生が豊かなように思えてなりません。

それに、喜怒哀楽はみんなつながっています。
それらがみんなあって豊かさです。
最近は素直にそう感じられるようになってきています。

もっとも、時にはこの状況から解放されたいと思うようなこともあります。
豊かな人生とはどんなものなのか。
人によってさまざまでしょうが、いまの生き方を否定するようなことだけはしたくないと思っています。

太陽の恩恵も、長雨の恩恵も、いずれも素直に受けられるようになりたいものです。

 

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2019/07/14

■節子への挽歌4333:弱味を支えられるところからつながりは生まれる

節子

この挽歌は、節子がいなくなった後、私の支えになっていました。
書くことで気持ちが支えられ、書くことで心の整理ができました。
書いているというよりも、節子に話しかけているという面も強かったのですが、いまもなお、挽歌に気持ちをそのまま書くことでなんとか心身のバランスを保っているときもあります。
書いている内容は、ほとんどが意味のないことが多いと思いますが、私には「書く」ことに意味があるのです。
それでも読んでくださる人がいるということは大きな支えです。

最近の挽歌は、私の状況があまりよくないことがしっかりと見えてしまっているようです。
一時期、かなりよくなったのですが、最近また「危うい」状況のようです。困ったものです。

一昨日、広島のOさんが電話をくれました。
私が少し危うくなると、挽歌からそれをいち早く察してくれて、電話をくれるのです。
ありがたいことです。

今回は、夏休みをとるようにというアドバイスでした。
いろんな相談に応じていると、どんどん自らの精神も病んでいくので、それをいつも心配してくれるのです。

しかし、看板を掲げている精神科医やカウンセラーならともかく、ただ単に誰かの相談に乗っている存在としては、休みようもありません。
自分で働きかけるということは休めますが、なにしろこれまでたくさんの人たちとのつながりができていますから、いまさらここで縁を切ることは難しいでしょう。
一度できた縁は、消えることがないというのが私の生き方で、一期一会という発想もありません。
人はいつも出会い続けているという気分なのです。

挽歌に弱味を露出するのは、私の自己防衛策の一つなのですが、同時にそれには、つながりやコミュニティの芽を育てたいという願いも含まれています。
弱味を支えられるところから、つながりは生まれると思っているからです。

しかし、この考えがいまや間違っているのかもしれません。
ある人からむかし、佐藤さんは骨の髄まで利用されるような生き方をしていると注意されたことがあります。
そうならないように注意はしていますが、それも結構難しい。
困ったものです。

今日はまた湯島のサロンで10人ほどの人と会います。
元気がもらえるだろうと思っています。

 

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2019/07/13

■節子への挽歌4332:節子の旧友からの七夕メール

節子

節子の小学校時代の男友だちのAさんから、毎年一回の七夕メールが来ました。
今年はこんな内容です。

今年も7月10日を迎え、高月町唐川の赤後寺コロリ観音の千日会がつとまりました。
年々確実にお参りの方は減少しております。
そんな中、遠くから房子さんが今年もお参りくださいました。
わざわざ僕を探して敦賀のおぼろ昆布を頂きました。
有り難いことです。

房子さんというのは、福井に住んでいる節子の姉です。

節子が病気になった後、盛んに滋賀時代の友人たちに会いに行き出しました。
私も同行したのですが、そのおかげで、私も節子の友だちと知り合えました。
といっても、節子がいなくなってからは、交流も次第に途絶えてきているのですが、Aさんは几帳面に毎年メールをくださいます。
この挽歌も読んでくださっており、うれしいことです。

赤後寺コロリ観音は、私も以前、2回ほど節子と一緒にお会いしました。
この観音には3回、会えば極楽往生が保証されると聞きましたが、残念ながら私の記憶では2回です。
節子は前にもおまいりしているでしょうから、極楽往生しているはずです。

赤後寺は節子の母親の生家のある高月町唐川の湧出山の中腹にありますが、節子に連れられて最初に行ったときに、形状からしてここは古墳ではないかと感じました。
節子の生家は、高月町の「物部」という集落でした。
私自身は「物部王朝論」に共感していた時期があり、「物部」という名称にも深く魅かれるものがありました。

赤後寺も歴史的に由緒あるお寺ですが、いまは無住寺で、集落の人たちが守っています。
観音の里といわれている高月界隈にはこういう集落の人たちが守っている無住寺が多いようです。
節子が元気だったころは、年に何回かの節子の帰省に合わせて、私も付いていき、周辺の観音様に会いに行っていました。
観光寺院とは全く違って、まだ素朴な信仰が生きていたように思います。
そこにいるだけで、幸せになるような空間がまだ残っていました。
思えば、ぜいたくな日々でした。

節子がいなくなってから、まったくではありませんが、そういう観音との出会いはほとんどなくなりました。
私があこがれていた渡岸寺の十一面観音もいまはさびしい空間の中で「陳列」されていて、会いに行こうとは思いません。
当時は、近くの世話人のところに行って、カギを開けてもらい参拝させてもらいました。

高月の観音たちは、毎年10月に秘仏を含めて御開帳で、観光客もどっと押し寄せるはずです。
行きたいようでもあり、行きたくないようでもあり、いささか複雑なのですが、久しく訪れていな高月の観音の里にも、もう一度は訪れたいと思っています。

Aさん、思い出させてくれて、ありがとうございました。

 

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2019/07/12

■節子への挽歌4331:「非常識な幸福論」

節子

友人から教えてもらった「世界でいちばん非常識な幸福論」という本を読みました。
フィジーの人たちの話です。
フィジーに移り住んでいる日本人の永崎裕麻さんという方が書いた本です。

永崎さんは、フィジー人の生き方の中から4つの「幸せの習慣」を見つけたと書いています。
その4つとは、「共有」「テキトー」「現在にフォーカス」そして「つながりづくり」です。
その本には、たくさんの具体的な話が書かれていますが、どれもこれも私にはとても共感できます。

書名は「世界でいちばん非常識な幸福論」となっていますが、私には極めて常識的に感じられます。
そもそも今という時代は私にはあまりに非常識なことが多いからです。

「共有」「テキトー」「現在にフォーカス」そして「つながりづくり」の4つは、私の生活信条にも重なっています。
私の生活信条は「take it easy」で、つまり「気楽にやろうよ」ですから「テキトー」に近いです。
またこれはまだ修行中ですが、できるだけ金銭や所有概念から自由になって、みんなと「シェア」する生き方をしたいと思っています。
お布施を基軸にした生き方で、お金もシェアできればと思っています。
「現在フォーカス」は、まさに節子に学んだことですが、「いまここ」を大事にする生き方を目指しています。
そして、「つながりづくり」はこの30年、まさに私の生き方の基軸になっています。
そんなわけで、私の生き方はフィジー的ライフにとても親和性を感じました。

この種の本は前にも読んだことがあります。
挽歌でも取り上げたかもしれませんが「ありがとうもごめんなさいもいらない森の民」というボルネオの狩猟民プナンの記録の紹介の本です。
この本も私には実になじみやすい本でした。
そもそもこの本の書名にある「ありがとうもごめんなさいもいらない」というのは昨日書いた、私の価値観の原則とも重なる話でもあります。

こういう社会では「争い」や「勝ち負け」などないのでしょう。
もしかしたら、節子が今いる「彼岸」はそんな世界かもしれません。

しかし、残念ながら私がいま生きる此岸の世界は、これとは真反対な状況にあるようで、相変わらず心休まらないトラブルの中から抜け出られずにいます。
神経が擦り切れます。
昨日の「現場」に言わせた人は、「昨日は驚きましたが、むしろ佐藤さんの冷静さに感心致しました」とメールをくれましたが、「冷静さとは感度の低さの証左」かもしれません。
本当は心の中では倒れそうなほど疲弊しているのです。

少し注意しないといけません。

 

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2019/07/11

■節子への挽歌4330:トリプルトラブル

節子
トリプルトラブルでいささか滅入りすぎています。
その一つの現場に居合わせた人が、こんな状況なのにどうして笑顔でいられるのですかと不思議がっていましたが、こんな状況だからこそ、笑顔でいなければやっていられないのです。

湯島である人と会っていたら、突然ドアが開いて、若者が入ってきました。
顔に見覚えがありますが、あまり自信はありません。
「もしかして〇〇さん?」と訊くと、そうですと言い、止める間もなく入ってきて、ソファーにどっと倒れこみました。

来客中の方は驚いたことでしょう。
私自身、その後、出かけなければいけなかったので、来客の相談のほうを早目に切り上げて、彼に対応することにしました。
彼のことは節子は知りません。
節子がいなくなってから知り合った若者です。
当時は、私もかなり気を病んでいましたから、呼び込んだのかもしれません。

実は彼から昨年、メーリングリストへの不審な投稿やフェイスブックでの私への書き込みがあり、ちょっと精神的に病んでいることは察知していました。
彼との付き合いはさほどあるわけではなく、たぶん3~4回、湯島のサロンで会ったくらいです。
その頃は大学教授との関係に問題があって、悩んでいましたが、その後、就職し海外で働きだしたところでは知っていました。
そして昨年、まったく心当たりのない攻撃的なメールなどが入ったのです。

こういう経験はこれまでも何回かあります。
そしてその後の顛末もいろいろと体験しているので、あまり軽軽に対応できません。
私の余裕があればまだしも、最近は1件でも応対に苦慮する状況になっています。

しかし、突然やってくるとは驚きで、対応する余裕もありません。
訊けば、今年初め、帰国し精神病院に入院、しかし病院を抜け出し、各地を放浪し、今日は名古屋から新幹線で来たのだというのです。
私を思い出してくれたのは光栄ですが、要は誰も彼の話をきちんと聞いていなかったのでしょうか。
正直に言えば、私もあまりきちんと聞いたとは言えません。
そんなに大変な状況だとは思っていなかったからです。

それにしても名古屋から東京に戻って最初に訪問したのが湯島とは。
湯島の場所も覚えていなくてどうも周辺を捜していたようです。

さてどうすべきか。
見る限り元気そうで、異常はありません。
私はいま、同じような問題をもう2件ほど抱えているので、対応できる自信がありません。
それでまずは母親のところに行って、相談するように勧めました。

彼の母親とも私は会ったことがあります。
彼が湯島のサロンで話すことになり、その時に母親と一緒に来たのです。
優しそうな穏やかな人ですが、彼女も心配していることでしょう。
いろいろと話して、結論的には母親のところに行くことになりました。

むかしはこういうことも少なくなく、心身共にボロボロになったこともあります。
その時は、しかし、節子が支えになっていました。
いまはもうその支えもなく、私自身がすぐ倒れそうになっています。

やはり生き方を変えるべきかもしれません。
最近は血圧も高いままで、安らぐ時がありません。
今日はさすがに降圧剤を飲もうかと迷ったほどです。
頭も痛くめまいまでします。
困ったものです。

 

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2019/07/10

■湯島サロン「キャリアコンサルタントになり100歳まで現役で働く」のお誘い

今回はいつもとはちょっと違って、具体的な呼びかけを含んだサロンです。

私が知る限り、日本では最も早い時期(1980年代)から「企業における働き方」の問題に取り組んできている柴田郁夫さんに100歳人生における働き方の一つとして、ビジネスとしての「キャリアコンサルタント(国家資格者)」のお話をしていただこうと思います。
柴田さんは現在、キャリアコンサルタント養成講習を主催されていますが、キャリアコンサルタントの職域拡大のため、人を対象にした企業向けコンサル活動に焦点を当てた、新しい資格として「組織キャリア開発士」を最近立上げたところです。
今回は、その紹介をしていただきながら、関心のある方には「国家資格キャリアコンサルタント」や「組織キャリア開発士」になるための具体的なガイダンスもお願いしようと思います。

また併せて、こうした取り組みをしている柴田さんご自身の生き方や最近の働き方改革に関するお考えもお話しいただき、100歳人生時代の働き方に関しても、一緒に話し合えればと思います。

現在、キャリアコンサルタントやキャリアカウンセラーとして活動をされている方、そしてそうしたことに関心をお持ちの方はもちろんですが、100歳人生時代の生き方や働き方に関心をお持ちの方もぜひご参加ください。
これからの生き方のヒントが得られるかもしれません。
みなさんのご参加をお待ちしています。

〇日時:2019年8月2日(金曜日)午後7時~9時
〇場所:湯島コンセプトワークショップ
http://cws.c.ooco.jp/cws-map.pdf
〇テーマ:「キャリアコンサルタント(国家資格者)になり100歳まで現役で働く」
〇話題提供者:柴田郁夫さん(志木サテライトオフィス・ビジネスセンター代表)
https://telework.to/
〇参加費:500円〇申込先:佐藤修(qzy00757@nifty.com

 

 

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■節子への挽歌4329:安居楽業

節子
畑に行けないのが気になっているのですが、このところ天気も悪く温度もまた寒いほどなので、早朝に出かける気にはなりません。
日中は何かとあって、時間が取れません。
兼業農家は大変です。

大変なことはほかにもあります。
わが家の裏庭が恐ろしいほどに荒れていることです。
とても狭いのですが、花木の手入れが全くできておらず、草に覆いかぶせられている小さな池には何がいるかわかりません。
節子がいたら嘆くことでしょう。

荒れていると言えば、最近、気持ちも少し荒れています。
といっても、攻撃的な「荒れ」ではありません。
「荒れ」には2つのタイプがあり、ひとつは攻撃的ですが、もう一つは遮断的です。
周囲の者への関わりを遮断したくなる、つまり自己の世界に閉じこもる「荒れ」です。
攻撃型の場合は、それでも他者への関心があるので、方向が少し変われば状況は一変しますが、遮断型の場合は気力が萎えていき、終焉してしまいかねません。

なかなかうまく書けないのですが、いずれも外部との関係がうまくとれなくなるという点では同じです。
周囲とのバランスがうまくとれなければ、「生きているいのち」を生き生きさせつづけていくことは難しい。
私は、いまちょっとそのバランスを崩しているのかもしれません。

こんなことを書くと、私自身がいま、危ういところにいるような印象を与えかねませんが、そうではないのです。
というのも、そういう状況をそれなりにきちんと把握できているからです。
同時に、そのアンバランスからの気付きの価値もまた実感しているからです。

今朝のフェイスブックに熊本の宮田さんが、「安居楽業の本当の意味を知らなければなりませんね」とコメントしてくれていました。
改めて、自らの生き方を考え直す時期かもしれません。

今日は久しぶりに陽が出てきました。
畑に行けばよかったですが、ちょっと出遅れました。

 

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2019/07/09

■節子への挽歌4328:「辛い夜」からの解放

節子

最近はどうも睡眠障害で、朝までぐっすりと眠れたことがありません。
昨日も3時過ぎに目が覚めてしまいました。
それで、読みかけたまま、枕元に置いていた「人類の起源、宗教の誕生」という新書を読んでしまいました。
そこにこんな文章が出てきました。

昔、確かに人間はもっと長く眠ってはいましたが、夜の間に何度か起きて、話をしながら時間を送っていました。ところが、今は一人で朝まで熟睡することが安眠であると思いこまされています。そして、安眠に対して非常に過敏になり、プライバシーを非常に大事にするといった傾向になっていますが、ひょっとしたら元はそうではなかったかもしれません。

人類学者の山極寿一さんの文章です。

そこでこれまでの呪縛から解放されました。
夜中に目が覚めるのは、睡眠障害などではなく、自然のことなのだと気づいたのです。

節子もよく知っているように、私は決められたルールに無条件で従うという生き方には否定的ですし、いわゆる「常識」にも「なぜ」を問いかけるような生き方をしてきています。
しかし、睡眠に関しては、お天道様に合わせて生命体は休むものという考えを無批判に受け入れていました。
ですから、夜は生命体は寝ているという意識に呪縛されていたわけです。
それで真夜中に目が覚めると、「辛い夜」を過ごしていたのです。
しかし、夜中に目が覚めるのは、自然なのだと思えば、意識は全く変わるでしょう。
目が覚めたら、起きればいいだけの話ですから。

そして、結局、この本を最後まで読んでしまいました。
ちなみに本書は山極さんと宗教学者の小原克博さんとの対談ですが、おふたりの発言には気づかされることがたくさんありました。

 

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2019/07/08

■節子への挽歌4327:畑がまた野草に覆われだしています

節子

雨などのため、数日畑に行かなかったのですが、今日、ちょっと寄ってみました。
数日のことなのに、野草が覆い繁るように広がっていました。
その成長力はものすごいです。

雨が長く続いているためか、ブロッコリーは3株ともおかしくなっていました。
トマトもほかの野菜もみんな不調。
ナスとピーマンなどは少し収穫できましたが、野菜づくりはそう簡単ではありません。
雨が降っても放りっぱなしはやはりダメなようです。

その一方で、百日草やひまわりは大きくなっていました。
セイジなども咲き誇っていましたので、花を切ってきて節子に供えました。
花のほうが土壌を選ばないからでしょうか。

ほんのわずかな時間の畑作業ですが、それでも多くの気付きを得られるだけではなく、考える修正を思い出させてくれます。
現在は人為的なルールがきめ細かくできているので、それに従っていれば、悩むことなく生きていけます。
さらに、他者との付き合いも最小限にすれば、心安らかにもできます。しかしその生き方は私の趣味ではありません。

節子が一番熱心に生き、生きることをかみしめていたのは、闘病生活のときだったかもしれません。
日々変わる症状の中で、決まられたルールではなく、自らを判断して生きなければいけなかったのですから。
もちろんそれも、とても狭い範囲でのことなのですが。

不死を望むことは、生きる人生を放棄することかもしれません。
畑仕事からこんなことを考えるのは大げさでしょうが、自然と付き合うとそんなことも気づかせてくれるのです。

今日は畑がびしょびしょで、作業はほとんどできませんでしたが、明日はできるかもしれません。
しかし今度は時間がない。
なかなかうまくいきません。

しかし、1日放置すると野草は10センチほど伸びるのです。
早朝にでも行かなければいけませんが、まだその元気は出てきません。

 

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■節子への挽歌4326:迷い多き人生

節子
今年の七夕も雨でした。
私の気もなかなか戻ってきません。

昨日は地元の友人たちと立ち上げてきているまちづくり編集会議の集まりでした。
少しずつ形ができてきましたが、一番多い意見は、時々こういう場でいろんな人と会うのが魅力という感じでした。
場をつくるのと場に参加するのとは次元が違うのですが、そこがやはりなかなか理解してもらえません。
少しずつ進めていくしかありません。

でもお互いの信頼関係はかなり生まれてきているように思います。
ただ昨日も少し言いすぎた反省があります。
捉えようによっては、いささか現状を否定しすぎた感を与えたかもしれません。
私の本意ではないのですが。

私の生き方は、もしかしたら多くの人とは真反対な価値観に支えられているかもしれないということは前々から少し感じてはいたのですが、最近それが現実に感じられるようになってきました。
それも最近滅入っている理由の一つです。

私の評価基準が真反対といってもなかなか伝わらないでしょうが、たとえば私の人との付き合い方はまずすべてを受け入れるところから始まります。
ですから人を褒めることは基本的にしません。
なぜなら人は本来価値のある存在なので、あえて褒める必要がないからです。
褒めるということは、基本的にはその人を評価していないことだと考えるからです。
だから私の発言は、褒めるのではなく問題を指摘することを基本にしています。

たとえば、湯島でコーヒーを何回飲んでいる人が、ある時、今日のコーヒーはおいしいと言ったとします。
ということは、いつものコーヒーはおいしくないということを意味します。
こういうと、あまりにひねくれていると思われそうですが、わかりやすい例として書いているのですからお許しください。
「今日はコーヒーがおいしい」とか、ただ単に「コーヒーがおいしい」と言えばいいのに、「今日のコーヒー」と言ってしまうと、いつもはおいしくないという意味になります。

私がうれしいコメントは「今日のコーヒーはまずい」という指摘なのです。
そういってもらえれば、次はおいしいコーヒーを淹れるようにできるからです。

そういうことを他者に求めるのは無理かもしれません。
しかし私は、そういう発言をしてしまう生き方をしています。
ですから時々、他者を傷つけ、嫌われてしまうわけです。

さらにまた「嫌われる」のと「好かれる」のとの捉え方も、たぶん普通とは違っているかもしれません。
両者は同じように感ずるのです。
いずれも人として対応してもらったことの証ですから。

そうはいっても、私の言葉がそんな風に受け取られていたのかと思うとやはり気が萎えます。
私に直接言ってもらえれば、まだしも、間接的にそういう声尾が入ってくるとやはり気が滅入ります。
まだまだ未熟で、迷い多き人生です。

 

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2019/07/07

■湯島サロン「限定無税財政論」報告

「限定無税財政論」サロンには、12人が参加しました。
事前に武田さんの論文を読んできてもらっていましたので、それをふまえて、武田さんから冒頭「限定無税財政論」構想の枠組みを説明してもらいました。
その段階で、議論が始まってしまったので、問題の整理をさせてもらいました。
というのも、「限定」となっていても「無税財政」という言葉で、提案の趣旨が誤解されてしまう恐れがあるからです。
武田さんも論考にも書き、サロンでも話しましたが、「無税」は絶対条件ではなく、むしろこの構想は「増税構想」なのです。

Takeda190706
今回は、武田さんの趣意に沿って、「財政赤字の解消策」と「税制の抜本的見直し」に焦点を整理させてもらいました。
なかなかその2点に絞っての話し合いにはなりませんでしたが、録音していますので、関心のある方はそれを聞いてもらうことにして、話し合いの詳しい報告は省略させてもらいます。
なお、武田さんの論文を読みたい方はご連絡ください。武田さんの同意を得て、送らせてもらいます。

国家財政再建策や新しい金融システムへの提案はたくさん出ていますが、そうした議論は広がっていきません。
それは、金融システムは、まさに現在の秩序(近代国家体制)の根本にあるものであり、専門的な議論だと思われているからかもしれません。
しかし、家計に関しては誰もが議論できるように、国家財政の大きな枠踏みはきわめて簡単です。

現在の国家財政は、概算イメージですが、国債による借り入れが30兆円強で、合計100兆円程度ですが、歳出は実際の行政費用が70兆円前後、残りが国債費、うち10兆円が国債の利息です。
このあたりの数字はもちろんネットで見られますが、なかなかわかりにくいです。
私はそこに「意図」を感じます。
金融システムは、まさに現在の秩序(近代国家体制)の根本にあるものだからです。

大切なことは毎年10兆円の利子が支払われているということです。
100兆円の歳出のうちの1割が債権者への利子ということです。
逆に言えば、財政赤字のおかげで、債権者は毎年10兆円の不労所得を得ているということです。
この意味はしっかりと考えなければいけません、

また、実際の行政費用である基礎的財政歳出(「真水」と言われている部分)は、例えば2010年度には71兆円でしたが、2018年度で74兆円とあまり変わっていません。
こうしたことも含めて、私たちは私たちの国である日本の国家財政に関してあまり実体が見えてこないまま、財政赤字の危機感を植え付けられているような気がします。
ちなみに年金の話はまた別の枠組みで考えなければいけません。

財政論や新しい金融システムの基本になる「貨幣」に関してもたくさんの議論が展開されています。
たとえば、現在の貨幣は、利子を生み出す債務として創り出されることから「債務貨幣システム」とも呼ばれています。
債務はいうまでもなく「支配」とか「権力」につながります。貨幣が果たす機能として、「価値尺度」「交換手段」「価値貯蔵」の3つがあげられますが、最近の貨幣は「権力の支配手段」として機能を強めています。
ここから「陰謀論」が生まれてくるわけですが、しかしそれを無視しては財政改革は語れません。

また、貨幣といってもさまざまなものがあります。
日本の場合は、政府貨幣(硬貨)、日本銀行券(政府から委託された会社が発行し管理しています)、そして預金(銀行の預金口座にある信用のデジタル数字)の3種類があります。
通貨や貨幣として流通しているものは、その一部でしかありません。
多くは「信用」によって生み出されバーチャルな存在です。

20世紀後半に「金本位制」が終わった後、貨幣はそれまでとは全く違うものになりました。
つまり「実体経済」と切り離された「金融経済」が生まれたのです。
サロンでも議論になりましたが、日銀がいくら国債を引き受けても市中には実際の「貨幣」はあまり増えず、インフレターゲットも実現しないでいます。
国債発行の多くの部分が、そのまま金融資産になり、資産家にとっての利子を生み出す役割を果たしているわけです。
大切なのは、「貨幣とは何か」「財政とは何か」「税金とは何か」の議論ではないかと、昨日の話し合いを聞いていて改めて思いました。

また、サロンでも指摘させてもらいましたが、経済成長を前提にするかどうかで、貨幣のあり方も財政のあり方も変わってきます。
そもそも「利子」という発想は、経済成長を前提にしていますから、最近言われ出している定常経済や縮小経済においては、利子のありかたを見直す必要があります。
武田構想は成長路線を前提にしています。

報告というよりも問題の整理になってしまいましたが、財政は国家構造の基本ともいえます。
だから武田さんも「国家論」の一環として財政を取り上げたのです。
このシリーズはもう少し違った視点も含めてサロンを続けたいと思います。

最近、広がってきている「公共貨幣論」や一時期話題になった「虚構経済論」のサロンも企画しようと思います。
今回の話し合いにもつながるサロンとして、715日には中嶋さんのサロン、そして今回も話題になった資本主義に代わる経済をテーマにした平田さんのサロンが817日にあります。
よろしかったらご参加ください。

公共貨幣論や虚構経済論に関心のある方はご連絡ください。
話してくださる方がいたら大歓迎です。
いつもとはちょっと違った報告になってしましました。
武田構想とは違う財政赤字の解消策や課税方式の転換なども話題になりましたが、紹介は省略させてもらいました。

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2019/07/06

■節子への挽歌4325:無力感と自己嫌悪

節子

ちょっと思ってもいなかったことが起こり、今日は書く気力が出ません。
いかに世界が見えていなかったかを思い知らされます。
他者などわかるはずもなく、寄り添って考えるなどという不遜な考えは持たないようにしているつもりですが、でもあまりにもわかっていなかったことで人を傷つけてしまうこともある。
まさにそれをこの2~3日、自らの未熟さを思い知らされていました。
不安や苦労があればこそ、人生は豊かになると思っているのですが、それもまた恵まれた人にしか当てはまらないのかもしれません。
そんな気にさせられました。

今日はサロンでしたが、サロンで話しているみんなの発言を聞いていると、なんとまあ恵まれた人たちなのだろうと思ってしまいます。
もちろん私もその一員なのですが、しかし私は別の世界があることを一応は知っています。
だからそのギャップに、何やら違和感を持っているわけです。
そして自己嫌悪に陥ってしまう。

そのサロンで30代の若者が、自分の同世代の仲間たちは、生きるのが精いっぱいで、よけいなことを考える余裕がなくなっているというような発言をしました。
他人事ではなく、自分事でそう語ってくれました。
彼自身を見ていても、サロンに出てきてくれるのが不思議なくらい、たぶん余裕はないでしょう。
でもなぜかサロンに来てくれるようになりました。

サロンにきているうちにもしかしたら何かが変わるかもしれません。
まだ若いですから。
しかし、サロンの場での恵まれた人たちの発言に、愛想を尽かしてくかもしれません。
まあそういう人たちのほとんどは、社会との縁を切っている面もあるので、恵まれているように見えるだけかもしれないのですが。

助けを求めている人がいる。
その声を聞きそこなっていた自分に気づいて、今日はショックを受けています。
もう少し私自身、賢いと思っていたのですが。

節子
わけのわからないことを書いてしまいました。
でも節子ならたぶんわかってくれるでしょう。

今日は朝から元気の出ない1日でした。

 

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■湯島サロン「分かち合い経済試論 〜資本主義の次の世界への可能性」のお誘い

予告させてもらっていた「贈与経済論」シリーズのサロンです。

縄文時代が大好きな平田英二さんに、その豊富な知見と最新の気づきをベースにした分かち合い経済試論を語ってもらい、そこから資本主義の次の世界の可能性を考えていければと思います。
たぶん話題は時空間的に自由に飛び交いそうですが、平田さんによれば、アイヌの鮭交易、沈黙交易、家舟の漁民、練馬と長野の縄文人の黒曜石の移出入、ポトラッチ、旧石器人など狩猟採取民の分配法など、たくさんの事例紹介をふまえて、「棚田経済」から脱するための「分かち合い経済」のもつ可能性についての問題提起をしてくれるそうです。

なにやらワクワクしますが、平田さんの現地取材の報告も含めて、たぶん刺激的な話が山のように出てくるだろうと思います。
縄文人とは正反対のような生き方が広がっている現代とそれを支える経済のあり方を問い直すサロンになりそうです。
いつもよりちょっと長目に時間を設定しました。

ぜひ多くの人に参加していただき、目からうろこのサロンを楽しんでもらいたいと思います。

〇日時:2019年8月17日(土曜日)午後2時~午後5時
〇場所:湯島コンセプトワークショップ
http://cws.c.ooco.jp/cws-map.pdf
〇テーマ:「分かち合い経済試論 〜資本主義の次の世界への可能性」
〇話題提供者:平田英二さん(やとじぃ/練馬区文化財保護推進員)
〇参加費:500円
〇申込先:佐藤修(qzy00757@nifty.com

 

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2019/07/05

■節子への挽歌4324:麺覇王の薬膳スタミナラーメン

節子

昨日、2人の友人を引き合わせるために、湯島の薬膳中華の麺覇王で薬膳スタミナラーメンを食べました。
霜里農場の金子友子さんのお勧めです。
今回のテーマが「食と農」だったので、ここを選んだのです。

話に夢中になっていたら、突然、店主がやってきて、熱いうちに食べないと効用が出ないと叱られました。
そういえば以前はスープを飲み残して叱られました。
誤解があるといけないのですが、気持ちのいい叱り方です。
薬膳素材は21種類。長年全く変えていないのだそうですが、その間、日本は変わってしまったと嘆いていました。

私がこのお店を知ったのは、節子を見送ったあとです。
オフィスからすぐなので、もし知っていれば、と残念で仕方がありません。

今回はがんばって、お店の目玉の一つでもある薬膳スタミナラーメンを食べました。
盛りだくさんで、しかもスープも残してはいけないので、がんばりましたが、心身ともにホッカホッカしてきて汗も出てきました。
前日の疲れもあったのですが、おかげで元気が回復しました。
もしかしたら節子も元気になったかもしれません。
そんなことを感じさせるお店です。

いつになっても後悔はおこります。

 

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2019/07/04

■節子への挽歌4323:昨日の疲れはほぼ回復しました

節子

昨夜は8時前に寝てしまいました。
そのせいで、11時に目が覚めてしまい、結局、あんまり熟睡できませんでした。
リズムを壊すとよくありません。

昨日の相馬霊場巡礼のテストウォークは、もちろん単なる思い付きではありません。
いま我孫子のまちづくりのゆるやかなネットワークをみんなで立ち上げつつあり、そこの一つのプログラムに提案しようと思って、まずは歩いてみようと考えたのです。
今度の日曜日が定例ミーティングなので、それまでに試しておかないと提案できません。
実際に歩かずに提案するわけにもいきません。
それで晴れ間を見計らって実行したのですが、まさに昨日だけ雨が降らず、今日はまたひどい雨風です。

巡礼者の鈴木さんから、これで佐藤さんも巡礼者と言われましたが、昨日の状況は巡礼者というよりも徘徊者というのがふさわしいでしょう。
なにしろ歩道なき国道を容赦なく高速で走る自動車に注意しながらの歩きでしたから。
しかし多くのことを学びました。
人の素晴らしさもたくさん体感しました。

サンダルで歩いたことにはいろいろ注意が届きました。
しかしサンダルで歩きたかったのだから仕方がありません。
みんな私のことをまるでわかっていないのです。

ユカはお母さんがいたらなんというだろうといっていましたが、たぶん笑いながら賛成したでしょう。
まあそういう無茶や無謀さが私の本質なのだと理解していたでしょうから。
しかし一緒に行こうとは言わなかったでしょうが。

それに「無謀さ」といってもたかが知れています。
しかもどんなに注意したとしても、人生はそううまくいくわけではありません。

まだ足は痛いですが、今日もまた雨風の中、湯島です。
寝不足で眠いですが、そろそろ出かけます。
何やら最近、暇なのに自由時間がありません。

相談事が多いです。
優先順序を間違えないようにしないといけません。

 

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2019/07/03

■節子への挽歌4322:試験的に相馬巡礼88か所を歩き出してみます

節子

今日は梅雨の合間の雨の降らない日になりそうです。
それで、相馬霊場88か所めぐりを少し歩いてみることにしました。
いでたちは普段着とサンダル、荷物はスマホとペットボトルと軽食と地うとお賽銭。
問題は道がわかるかどうかです。
なにしろ歩きながらコピーの地図と案内文を見て歩くのです。

目標は30キロですが、無謀と言われていますが、できれば40キロ。
どこかでダウンするかもしれません。
なにしろ普段あまり歩いていないからです。
そのうえ、サンダルですし。

これから朝食を食べて出発です。
1時間で帰ってくるかもしれませんし、行き倒れて帰れないかもしれません。
この続きは帰宅して書き足します。

起点は、近くの興陽寺からです。
最後が菩提寺の宝蔵院。
午前6時興陽寺出発予定です。

以下、追記です。
午後3時過ぎに帰宅しました。
30キロを目標にしましたが、残念ながら28キロで今日は終わりました。
終了は新木の長福寺。ほぼ廃寺です。
午後2時23分長福寺着でした。

古い、それも書籍に出ていた地図のコピーでしたので、ほぼ役に立ちませんでした。
いろんな人に道を尋ねながら、何とか辿り着きました。
後半は国道の歩道のない端を歩きました。

サンダルだったのも敗因で、水ぶくれができてしまいました。
一時、スマホが動かなくなり、ユカに電話して行先を調べてもらおうと思ったら、スマホが通じなくなりました。
公衆電話を探しましたが、どこにもありません。
それでちょっと弱気になってしまいました。
困ったものです。

しかし、幸いに電話は直りました。
しかし気が萎えてしまい、ユカに長福寺まで来てもらい、無事生還しました。
家に着いたら、足が痛くて歩けません。
歩いている時は大丈夫だったのですが。

サンダル履きだったので、足が日に焼けました。
まわったお寺は19か寺ですが、半分はほぼ廃寺状況でした。
回る途中は面白かったですが、お寺は退屈でした。
残りを歩こうかどうか迷います。

しかしたくさんのことを学びました。
1日、歩いたら1冊の本ができるというのは本当です。
歩く世界は実に面白いです。

途中で、ジュンが制作しただろうスペインタイルの表札に偶然出会いました。
節子から名前だけを聞いていたところも何か所か通りました。
柴崎神社にも久しぶりに立ち寄りました。
残念ながら知り合いの人には出会えませんでした。

しかし、疲れました。
巡礼には、国道の道端はふさわしくありません。
意欲が低下してしまいました。
さてこれからお風呂に入って、明日にそなえます。

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2019/07/02

■節子への挽歌4321:一緒にいられる時を大事にしろ

昨日はいろいろあって、気分転換にテレビドラマを見てしまいました。
イギリスのドラマ「刑事モース」です。
イギリスに対するイメージが大きく変わったドラマです。
もう23回目ですが、22回目の最後のシーンにこんな会話が出てきます。
モースの上司の警部サンダースがモースにしみじみと語る場面です。

人は出会っては別れる。
いつのまにか道は分れていく。
一緒にいられる時を大事にしろ。

このドラマをずっと見ていると、最後の言葉が心にしみるのですが、見ていなくても私には突き刺さる言葉です。
しかし、この言葉を知っていても、多くの人はある時になって、後悔するでしょう。
一緒の時には見えないのです。

これはなにも、伴侶のことを言っているわけではありませんし、もしかしたら人だけのことだけではないかもしれません。

ただ、最初の「人は出会っては別れる」ということには違和感があります。
私は、一度会った人とは別れないという気がしているからです。
これまで多くの人に会いましたが、関係が切れた人は一人もいません。
交流が途絶えているとしても、またいつか会えると確信しているからです。
だから「一期一会」という言葉も、昔からよく理解できない言葉です。

しかし、「一緒にいられる時を大事にしろ」という言葉はよくわかります。
心したいと思います。

 

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■湯島サロン「災害ボランティアのハードリピーターのできるまで」報告

1995年の阪神淡路大震災の時、勤めている会社に申し出て被災地ボランティアに行ったのが契機になって、以来、25年間、各地の被災地でも復興ボランティアを続けている徳永さんにお話ししてもらいました。

徳永さんは、私もよく知っている会社の社員です。
そこでもいつも楽しそうに仕事をしていますが、今回のサロンでお話になる徳永さんは、楽しそうというよりも幸せそうに話をされていました。
その顔の表情に、なぜこれほど長くボランティアでの被災地通いをしているのかのすべてが象徴されているような気がしました。

徳永さんは最初に行った阪神淡路大震災の被災地で無力感をもったそうです。
しかし、その無力感こそが、その後の徳永さんの生き方に大きな影響を与えたのだと思います。
被災地でのボランティアはそうした不思議な力を持っているようです。

その後、地元のボランティア活動を始めます。
たとえば、子どもが通っていた小学校を拠点に、オヤジの会を立ち上げて、子どもたちの遊び場をつくったり、時には防災避難訓練活動を展開したりしています。
その取り組み方も、とても自由で、生き生きしています。
心底、ボランティアと感じました。

そして3.11が起きました。
週末には仲間と一緒に被災地通いが始まります。
昨年の西日本豪雨で、さらに出かける先は広がりました。

そうしたことを徳永さんが撮った写真を材料にして、いろいろと話してくれました。
徳永さんの話を聞いていて、なぜ徳永さんがハードリピーターになったのかがよくわかりました。
「幸せ」だからです。たぶん。

徳永さんに質問しました。
会社の仕事と被災地でのボランティア活動はどちらが「きつい」ですか、そしてどちらが楽しいですか。
徳永さんは、ボランティア活動のほうが「きつい」が、「楽しさ」はいずれも楽しいと答えました。

私なりに勝手に解釈すると次のようなことではないかと思います。
会社の仕事もよい成果を上げるために自分で工夫して楽しくしようとしているが、被災地のボランティア活動はそのままで楽しい。
だから、お金も時間もかかるが、ボランティア活動に出かけてしまうのでしょう。

ここに大きな示唆を感じます。
会社の仕事がもっと楽しくなれば、会社の効率や業績は間違いなく上がるはずです。
過労死もなくなるでしょう。
会社の仕事とボランティア活動は決して無縁ではありません。
なにしろいずれも主役は同じ人間なのですから。

被災地でのボランティア活動を体験したことで、人生を変えた友人が何人かいます。
被災地の風景を見ただけで、生き方を変えた人もいる。
見慣れた風景の中で生きていると、考えは固定化されがちですが、ちょっと違った風景を見ると思考の枠は広がります。
これもまた会社での仕事にも深くつながっている話です。

ちなみに、徳永さんを阪神淡路大震災に派遣したのは、会社の経営者の意向です。
会社で出来ることもたくさんあります。

徳永さんが今回一番時間をかけて楽しそうに話したのは、被災地であった人たちの40枚くらいの写真の説明でした。
一人ひとりにそれぞれの人生があるといって、数名の人の話をしてくれましたが、その話は時間の制限がなければ終わることはなかったでしょう。
これもまた「楽しさ」とは何かを考える上で大切な示唆を含んでいます。

被災地の復興や復旧、被災者のボランティア活動を効果的にしていくためには、システムをもっとしっかりとつくっていく必要があるという指摘もありましたが、そうしたシステムアプローチとは別の取り組みが個人のボランティア活動が示唆していることだろうと思います。
システム発想と個人のボランティア発想は、時に邪魔をし合う関係にあります。
いずれも大事ですが、大切なのはどちらを基軸にするかではないかと思います。

また、ボランティアワークは、被災者のみならず、当事者にとっても、金銭とは全く違う大切なことを教えてくれているのかもしれません。

ほかにもいろいろと示唆に富む話はありました。
「働き方改革」のヒントもあったような気がします。

すべてを紹介できないのが残念です。

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■湯島サロン「お墓の活かし方をみんなで話しあいませんか」報告

今回もたくさんの示唆を得られたサロンでした。

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最初に、篠田石材工業代表の篠田さんが示唆に富むお墓の事例をたくさん紹介してくれました。
今回私が一番刺激を受けたのは、川島なお美さんのお墓の話でした。
そのお墓は、麻布にある賢崇寺にあるそうですが、同じ一画には、俳優の奥田瑛二さんや作曲家の三枝成彰さんもお墓をつくる予定なのだそうです。
というのは、川島さんは、生前、親交のあった人たち10人ほどで、“墓友”を結成し、「賢崇寺のお墓をそれぞれが買って、そこにお墓をつくり、残った人が花を供えたりしよう」などと話し合っていたのだそうです。

一家族ではなく、複数の家族、あるいは数名の仲間が、ひとつの墓ではなく、それぞれのお墓を隣り合わせに建てるという構想です。
亡くなった後もみんなでのお付き合いができると考えてもいいでしょう。
誰かの命日にはそこに集まり、生きている人同士の付き合いを深められますし、死者とのきずなも消えることはありません。
これは、「お墓」とは何かを考える上でとても大きな示唆を含んでいると思います。

篠田さんは、墓石とは、見える部分より、見えない部分にこそ不思議な力が隠されているといいます。
篠田さんはいろんなお墓の事例を紹介してくれましたが、それを聞いていて、私もそう感じました。

前回と同じく、篠田さんは「自分のご先祖様は何人ですか?」と問いかけました。
そして今回は「ご先祖さまシート」というのを紹介してくれました。
自分の名前が一番上にあって、その下に両親の名前、さらにその下に両親の両親の名前…とどんどん書いていくシートです。
普通の家系図とは上下が逆ですが、このシートを見ていると先祖感覚がはっきりと意識できます。
これに関しては、もしかしたらまた篠田さんに「先祖のことを考える」サロンをやってもらえるかもしれません。

篠田さんの後、中下さんが講の話をしてくれました。
講の多くは、生きるための仕組みなので、お墓とのつながりは見えなくなってきていますが、葬儀やお墓は講のかなめになるかもしれません。
最近正面から取り上げていないので、また取り上げたいと思います。

話し合いでは、墓じまいや仏教のお墓とキリスト教のお墓の仕組みの違いなども話題になりました。
またお墓は複数あってもいいのかというような話もありました。

私自身は、これまでの宗教のルールに呪縛されずに、むしろ個人の信仰や生き方をベースにした葬送の仕組みの要として、お墓というものを考えていければと思っています。
私が目指しているのは、生者も死者も支え合う形でつながるコミュニティですが、そういう視点で「墓」というものを活かしていきたいと思っています。

今回は、しかし、大きなミスをしてしまいました。
篠田さんの墓友の話や中下さんの講の話にいろんな要素が含まれていたこともあって、それぞれの参加者のアイデアを引き出すことを忘れてしまったのです。
進行役の私のミスです。
すみません。
またいつか今度は参加者がそれぞれの墓の活かし方を出し合うサロンを企画したいと思います。

 

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2019/07/01

■湯島サロン「緊急開催♬ 解剖!東アジアの秘密〜なぜトランプは金正恩に会いたかったのか!?〜」のお誘い

トランプ大統領が北朝鮮に足を踏み入れた映像がテレビをにぎわせています。
それを見ていたら、中嶋一統さんからこんなメールが届きました。

今日のトランプ、金正恩電撃会談を見て、俄然陰謀論サロン2回目の開催に意欲が湧いてしまいました!

となれば、もうやるしかありません。
しかも早い方がいいといって日程も提案してきました。
実はその前日にもサロンが予定されているのですが、参加者はかなり違うからということで、7月15日に開催することにしました。

中嶋さんは、別に陰謀論の信奉者ではありません。
1回目のサロンに出た人はおわかりだと思いますが、「陰謀論」こそ陰謀の一つではないかと、世間に広がっている「陰謀説」にはクールに接しています。
同時に、その周辺にある情報に関しては、精力的に消化していますし、柔軟な発想で、独自の考えもお持ちになっています。
どうして今回の報道にこんなに強く反応したのか私も理解できていませんが、何やらいろいろと情報発信したいことがありそうです。

どんな内容になるかは私にはわかりませんが、きっと刺激的なサロンになるだろうと思います。
三連休の最後の日ですが、よろしかったらぜひご参加ください。

〇日時:2019年7月15日(月曜日・祝日)午後1時半~4時
〇場所:湯島コンセプトワークショップ
http://cws.c.ooco.jp/cws-map.pdf
〇テーマ:「解剖!東アジアの秘密〜なぜトランプは金正恩に会いたかったのか!?」
〇話題提供者:中嶋一統さん((「陰謀論」研究家/社会起業家/実はBtoCヒット商品コンサルタント)
〇会費:500円
〇申込先:佐藤修(qzy00757@nifty.com)

 

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■節子への挽歌4320:音信不通だった人からの連絡

節子
7月です。

朝、パソコンを開いたら、ずっと気になりながら音信不通になっていた人から連絡がありました。
節子も知っている(といってもたぶん会ってはいないですが)Hさんです。
我孫子を拠点に政治を志、県議になったHさんです。

Hさんは、当時、大分にいた私の友人の親戚で、その友人から立候補するのでもし政策に共感したら応援してほしいと連絡があったのです。
それで選挙事務所に節子と一緒に出向きました。
すでに選挙は始まっていて、彼は不在でした。
選挙は当選し、政治家としてスタートしました。

当選後、彼と会いましたが、その姿勢に共感する者がありました。
しかしやはり政治の世界は厳しいようで、2期目に入るころから、市民立脚の姿勢を維持できなくなったようで、政党に参加しました。
そうなると私の立場とは違ってくるので、残念ながら付き合いは薄れていきました。
そして、あるトラブルに巻き込まれたこともあってか、彼は政治家の世界から突然退去したのです。
そして音信が途絶えました。
彼を紹介してくれた大分の友人もいろいろとドラマがあって、音信が途絶えました。
もちろん2人の話は全く関係はないのですが。

そのHさんからの連絡です。
政治活動を再開したそうです。
それもなんと滋賀県で、です。

何か役立てることがあればいいのですが。
政治の世界は落し穴がたくさんありますから、だれかしっかりした支え手がいないと飲み込まれてしまいます。
近ければ会いに来たいところですが。

それでも気になっていた若者が、また動き出したのはうれしいです。
彼ももう「若者」とは言えない世代かもしれませんが。

実は昨日も、一人、10年以上交流が途絶えていた人とフェイスブックでつながりました。
私がまだ意識的には若かった時代、つまり私がまだ前を向いていた時代に知り合った人です。
近いうちに会えるでしょう。

 

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