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2019/07/14

■節子への挽歌4333:弱味を支えられるところからつながりは生まれる

節子

この挽歌は、節子がいなくなった後、私の支えになっていました。
書くことで気持ちが支えられ、書くことで心の整理ができました。
書いているというよりも、節子に話しかけているという面も強かったのですが、いまもなお、挽歌に気持ちをそのまま書くことでなんとか心身のバランスを保っているときもあります。
書いている内容は、ほとんどが意味のないことが多いと思いますが、私には「書く」ことに意味があるのです。
それでも読んでくださる人がいるということは大きな支えです。

最近の挽歌は、私の状況があまりよくないことがしっかりと見えてしまっているようです。
一時期、かなりよくなったのですが、最近また「危うい」状況のようです。困ったものです。

一昨日、広島のOさんが電話をくれました。
私が少し危うくなると、挽歌からそれをいち早く察してくれて、電話をくれるのです。
ありがたいことです。

今回は、夏休みをとるようにというアドバイスでした。
いろんな相談に応じていると、どんどん自らの精神も病んでいくので、それをいつも心配してくれるのです。

しかし、看板を掲げている精神科医やカウンセラーならともかく、ただ単に誰かの相談に乗っている存在としては、休みようもありません。
自分で働きかけるということは休めますが、なにしろこれまでたくさんの人たちとのつながりができていますから、いまさらここで縁を切ることは難しいでしょう。
一度できた縁は、消えることがないというのが私の生き方で、一期一会という発想もありません。
人はいつも出会い続けているという気分なのです。

挽歌に弱味を露出するのは、私の自己防衛策の一つなのですが、同時にそれには、つながりやコミュニティの芽を育てたいという願いも含まれています。
弱味を支えられるところから、つながりは生まれると思っているからです。

しかし、この考えがいまや間違っているのかもしれません。
ある人からむかし、佐藤さんは骨の髄まで利用されるような生き方をしていると注意されたことがあります。
そうならないように注意はしていますが、それも結構難しい。
困ったものです。

今日はまた湯島のサロンで10人ほどの人と会います。
元気がもらえるだろうと思っています。

 

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