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2019/08/22

■病院に6時間いました

昨日、娘の付き添いで大学病院に6時間いました。

娘がちょっと無理がたたって近くの病院に昨日逝ったのですが、専門医に診てもらうように大学病院を紹介されました。
昨夜は大変そうで、娘もほとんど寝ていないようなのです。
横になれないので、この数日あまり寝ていないそうです。
娘がそうなった理由の一因が私にあることもあって、娘からは断られましたが、ちょっと無理やり付き合ったのです。
最近体調があまりすぐれない私にとっての、ミニリトリートも兼ねていました。

紹介状を持って朝早くいったのですが、まず初診受付で40分ほどかかりました。
総合病院ですから、まあいろんな患者が多いのです。
次に内科受付に行って、ここでまた1時間ほど待たされました。
まあ、そのくらいは覚悟していました。

しかし、待合室にいるといろんな人がいます。
眠れないからという人もいれば、糖尿病かもしれないという人もいます。
待合室で待つ時間のおしゃべりを楽しんでいるように見える人もいます。
そういう中で、娘の苦しそうな様子を見ていて、こういう場でも「トリアージ」方式が取れないものかとつい思ってしまいました。

しかし、これはいかにも勝手な考えで、だれもが自分が一番大変だと思うでしょうから、フェアなトリアージ仕分けをするのは至難なことでしょう。
外見では娘が一番苦しそうだなと感じましたが、それはあくまでも贔屓目の外見でしかありません。

それに今日も実際にあったのですが、病状はたいした様子ではなかったのですが、午後から用事があるので急いでもらえないかという人がいました。
そうした個人事情を認めだしたらきりがないと言われそうですが、その人はきっと時間のない合間に来たのでしょう。
そう思うと優先させてやってほしいなとついつい思ってしまう。

もっとも今日も、娘は少し優先してもらったかもしれません。
スタッフの方が気にかけてくださったような気配を感じました。
お医者さんも、娘に処方後、薬が合わなくてあまり効果が出ないときには、救急窓口に来てくださいと言われたそうです。
昨日は娘からは救急車など大げさだと一蹴されましたが。

長々と書きましたが、先日の「分け合う経済」サロンに通ずるように思います。
「分け合う」文化は「譲り合う文化」でもあります。
譲り合う生き方に向かうことが、私にとっての前進です。

しかし、残念ながら今の社会は譲り合いどころか奪い合いに向かっている。
その根底にある「競争」の文化を「共創」へと向けていければ社会も個人も幸せになるはずです。
譲り合うことがどんなに気持ちの良いことか。
それを体験することがなかったがゆえに、あおり運転のようなことをやってしまう人たちに、ぜひとも「譲り合い」の喜びを体験してほしいです。

 今日、病院で感じたことです。

 

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