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2019/09/18

■節子編挽歌4399:「けなしたい意地悪さ」と「ほめたい優しさ」

節子
今日は節子が羨むだろう話です。

数日前の敬老の日に、ジュン母娘がやってきました。
孫のにこが書いた私の似顔絵を届けに来たのです。
それが、この絵です。

2019_20190918201401

私はフェイスブックには、孫のことは時々アップしてはいますが、このことは書かずにいました。
しかし、今朝、いつもあまりにも長い記事ばかりをフェイスブックにアップしているので、たまにはと思い、この似顔絵をアップしました。「敬老の日の孫からの贈り物。いつも長い投稿なので、普通に生きていることのあかしとして、たまにはこんなのも」、と説明をつけてです。

私のFB記事はいつも長いのです。
長い記事は多分ほとんど読まれないでしょう。
それにいささかでも「政治色」や「思想」が絡んでいると、「いいね」を押す人は激減します。
ところが、この似顔絵はアップした途端に「いいね」が押されだしました。
そのうえ、こんなコメントも付きました。

「似てる(^ ^)
「佐藤さんのジェントルな雰囲気がとっても良く表現されています!」
「絵画の腕前アッパレ然り」
「天才顕る」

おやおや!?

フェイスブックを見ていて、いつも思うのですが、人は「誰かをけなしたい意地悪さ」と「誰かをほめたい優しさ」を持っているようです。
そのバランスの中で、人は生きているのでしょう。
誰かをけなすのは気分がすっきりするかもしれませんが、しばらくしてたぶん嫌な気持ちに襲われるでしょう。
一方、誰かをほめるとずっと気分はいいでしょう。
にもかかわらず、人はhめるだけではなく、他者をけなしてしまうことがある。
不思議です。

私をほめる理由をつくってくれた孫に感謝しなければいけません。
孫に似顔絵を描いてもらえる幸せを節子にも体験させたかったです。

もらった似顔絵は節子の位牌に供えました。
まあ、節子に似顔絵だと言っても、まあそう大きくは違わないでしょうから。

 

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