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2019/09/12

■節子への挽歌4392:だまされる役割

節子

実は、2日前に久しぶりに節子が夢に登場しました。
久しぶりの節子だったので、とてもうれしかったのですが、何故かとても疲れている感じでした。
いつもとどこか違っていた。

目覚めたあとも、ずっと気になっていて、挽歌が書けなかったのです。
9月10日の挽歌が抜けているのはそのためです。

節子は、もう少し夢に出てきてもいいと思うのですが、なかなか出てきません。
しかし、夢で節子に会った時には、しばらくはとても幸せな気分に浸れます。
まさに、得も言われぬ幸せ感なのです。
しかし、夢に出てくることはめったにありません。
困ったものです。

その節子がせっかく夢に登場し、しかもいつものような「気配」ではなく、節子そのものの登場でしたが、その節子が疲れてしまっていて、あまり話もしないのです。
最近、いささか疲れ気味の私のような感じです。
だから目覚めてからも、あれはなんだったのだろうかと悩んでしまったわけです。

節子は、何を伝えたかったのか。
私を呼び寄せたかったのか。
節子の夢を見た後の、至福感はありますが、同時に不安感も残ってしまった。

ふと今日思ったのですが、節子はもしかしたら、あまりにも同じ間違いを重ねている私に注意しに来たのかもしれません。
一昨日も集まりの前の雑談で、私はみんなに騙されやすいからといわれました。
騙すよりも騙されるのがいいというのは私の昔からの信条です。
そのせいか、繰り返し繰り返し、だまされる。

騙されるのは、私にとっては何でもないのですが、しかし今度こそはと思って、信頼したのに、やはりその信頼が裏切られてしまう。
それは、けっこうさびしいことです。
でも他者にはそれが見えていて、心配してくれているようです。

昨日もまた、全面的に信頼した人から信じがたいメールが届きました。
人を信じすぎるから、と節子からも言われていましたが、ついふらふらと信じてしまう。
そういう自分に、最近は少し愛想をつかしたくなっています。
しかしそれを直すのは難しい。

だとしたら、やはり世間から縁を切るのがいい。
それができたらどんなに心やすまるでしょうか。
しかし、だますにはだまさなければいけない事情もあるのでしょう。
だとしたら、だまされる存在も必要でしょう。

問題は精神的に、経済的に、持ちこたえられるかどうかです。
胃が痛いです。
いや心が痛い。

節子が、もういいからこちらに来たらと、救いに来たのかもしれません。
困ったものです。
節子こそ、こちらに来たらいいのに、と心底思います。

 

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