« ■節子への挽歌4395:バカに悪い人はいない | トップページ | ■節子への挽歌4397:先祖の名前 »

2019/09/16

■節子への挽歌4396:心配事や悩み事こそが生きる証

節子

熟睡できない夜が続いています。
暑さのせいではありません。
理由はよくわからないのですが、最近、精神的なすっきり感がないのです。

心配事もありますし、迷い事もある。
つまり煩悩に埋もれているということです。
そこから抜けるのは簡単ではありません。

もし自分のことだけを考える生き方であれば、簡単かもしれませんが、そういう生き方になれないのは、私が生きているからです。
人は一人で生きてはいないですし、心配事や悩み事こそが生きる証ともいえます。

熟睡できない夜は、夢をよく見ます。
不思議なのは、夢で新しい人に出会うことです。
昨日も、夢の中で名刺交換しに来た人がいました。
教育に関わる仕事をしている人でした。
もちろん現世では会ったことがありません。

現世の話に戻せば、大きな心配事もありますが、小さな心配事もあります。
昨日は、今日の湯島でのサロンのための道具が使えないことが判明して、その道具探しに汗をかいていました。
湯島のパソコンが壊れているのですが、明日のサロンではパソコンを使うことになったのです。
娘からノートパソコンを借りてきたり、電気屋さんにコネクターを買いに行ったり、参加者にお願いしてパソコンを持ってきたり、いろいろとやってみました。
コネクターはお店になく、娘のパソコンには必要なソフトプログラムが入っていなかったり、まだ解決していません。

他者にあまりの迷惑をかけたくないので、仕事に行く前に朝早く届けるという解決策の提案をしてきてくれた人の方策は辞退しました。
その人が朝苦手なのを知っているからです。

その結果が、今朝もまだ完全には解決していません。
まあ割り切れば、これもまた、解決は簡単なのです。
映像なしのサロンにすればいいだけのことです。

悩み事をなくすのは、簡単なことです。
悩みをもたらす根幹を断てばいい。
しかし、それでは生きる豊かさも失われてしまう。

昨日のもう一つの夢は、水害の被災地で、復興に取り組む人たちを、なぜかそこに隣接する高層ホテルから見下ろしている夢でした。
ホテルは何かの講演会で、しかも私も講演者の一人でした。
主催者は、資産家で、資産家の父娘が私を接待していましたが、なぜか閉まっていた窓が開いて、ベランダに出てみたら、眼下にその光景が見えたのです。
そこで思ったことは、外部から遮断された高層ホテルの講演会会場で談笑している人たちと被災にめげずに復興に取り組んでいる人たちと、どちらが幸せなのだろうかと言うことです。

ほかにもまだ暗示はいろいろとあったのですが、そこで目が覚めました。
眠れぬ夜から気づかされることはすくなくありません。
救いは、資産家の若い娘の純粋なまなざしでした。

 

|

« ■節子への挽歌4395:バカに悪い人はいない | トップページ | ■節子への挽歌4397:先祖の名前 »

妻への挽歌18」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« ■節子への挽歌4395:バカに悪い人はいない | トップページ | ■節子への挽歌4397:先祖の名前 »