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2019/10/11

■節子への挽歌4422:娘の義父の告別式

節子

ジュンの連れ合いのお父さんが亡くなりました。
今日は告別式に行きました。
私よりも5歳ほど年上でしたが、見事な最後でした。

10日ほどまえに食事があまりできなくなり、病院に行って、自宅での訪問医療を受けていましたが、自然のままに、逝ったようです。
孫のにこは、亡くなる2日前にお見舞いに行きましたが、手を握って話までしたそうです。

数日、自宅で往診医に診てもらっていましたが、最後に状況が急変した時には、その往診医ではなく一度かかった病院に行きたいと言い、家族もその意向を踏まえて、結局、その翌日、病院で延命治療などすることなく逝ったそうです。
最後まで自らの意思を貫いたと言っていいでしょう。
見事な往生ぶりです。

葬儀は最初は家族関係だけを想定したようですが、生前のスキー仲間や近隣の人が集まって、結局50人くらいの葬儀になりましたが、とてもあたたかな葬儀でした。
スキー仲間が「別れのことば」を述べてくれましたが、それが心にしみるものでした。

最近、コムケア活動のなかで、友人からの提案もあって、私も葬儀に関わる方向で少し考え始めていたのですが、うまいパートナーシップが組めずに事業自体には私は直接かかわらないまま、止まっています。
そんなこともあったので、いつもとは違う目で今回の葬儀に列席させてもらいましたが、節子の時とは違い、葬儀のやりかたもとても改善されているような気がしました。
しかし、その一方で、葬儀の位置づけはあまり変わっていないように思いました。
やはり根本から考えなおす必要があります。

今回、看病、看取り、葬儀の段落などを中心になってやって来た個人の娘さんが、「死は不幸ではないと思いました」と話してくれたのが印象的でした。
この言葉は、長年冠婚葬祭に関わっている佐久間庸和さんがずっと言い続けていることです。
いろいろと考えさせられる葬儀でした。

そしてなによりも、気持ちのいい、葬儀でした。

 

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