■節子への挽歌4440:ホンネで生き続けてきたご褒美
節子
生き方を変えようとして苦戦している人がいます。
長年ビジネスの世界できわめて有能と評価されて活躍してきた女性ですが、ある理由でそこに見切りをつけて生き方を変え始めたのです。
そこで私に出合い、私のところに時々くるのですが、なかなか生き方を変えられないのがわかります。
その苦労が伝わってきます。
おそらく意識の底に埋め込められたルールは思考から抜け出せないのです。
もっといえば、人を信頼できなくなっているのかもしれません。
もっとも彼女は一般的な意味での「信頼」はみんなにもっているのですが、本当の信頼は「ホンネ」を開くことからしか生まれません。
頭で考える「信頼」は意図的な信頼ですから、単なる「方便」であって、私にはまったく意味のないことのように思います。
「信頼する」のは簡単な話ですが、その段階ではたぶん何も変わりません。
午後、あるプログラムを開発しようというミーティングがありました。
そこでも「ホンネ」が問題になりました。
「ホンネ」で話し合わないと問題は解決しないというような話を私がしたのですが、参加者の一人が「佐藤さんはホンネを話すことができる人だが、多くの人はそれができない」というのです。
私は別にいつも「ホンネ」で話そうなど思ってはおらず、ホンネ以外のタテマエを持てない「単細胞」なだけなのです。
だから生きにくいのかもしれません。
しかし、そうした生き方を続けてくると、逆に最近はとても生きやすいというか、信頼も得られるような気がしています。
生き方を変えようとしている女性は、孤軍奮闘している感じをうけます。
もっと気楽に、仕事や生き方を楽しむようにしてください、と言いましたが、それができる生き方に移るのが難しいのでしょう。
私にできることはなんでしょうか。
それにしてもみんなどうして生きるのにがんばってしまうのでしょう。
生きることを楽しめばいいのですが、楽しめるようにしようとなぜか楽しむ前に頑張ってしまう。
困ったものです。
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