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2019/11/06

■節子への挽歌4448:13年前にはもう戻れない

節子

いろいろとあって、命日前に13回忌を行うことができませんでした。
一番の理由は、敦賀にいる節子の姉に来てもらいたかったのですが、姉の体調の関係で、猛暑の夏には無理だったのです。
そのうちに、ジュンの伴侶に不幸があったり、私の体調がおかしくなったりして、とうとう11月になってしまいました。
節子の姉夫婦は、やはり東京に来るのは難しく、たぶん参加はできないでしょう。

今日、お寺に行ってご住職と相談してきました。
節子の葬儀を行ってくれた先代は亡くなり、いまは息子さんがお寺を継いでいます。
子ども時代を知っているものとしては、ちょっと心もとない気もしないではないですが、いまはもう立派な僧侶です。
なによりも顔の表情が、実に仏様のような無垢さと慈愛を感じます。

その後、お墓にお見舞いに立ち寄りました。
10月までは暑さが残っていたので、活け花よりも造花を供えていましたが、今回から活け花にしました。
畑に満開になっている百日草を摘んでいきました。
畑の野菜はだめですが、花壇は花が満開です。

それにしてももう13回忌。
その間の時間が実感できません。
昨日のようでもあり、まだ来ていない時間のようでもある。

生きる基準が失われると、時間感覚が方向を持った直線ではなくなります。
たぶんそうなってほしいという願望から、そうなるのでしょう。
しかし現実は、それとは無関係に、今日の次に明日が来る。
13年前にはもう戻れないのです。

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