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2019/11/30

■節子への挽歌4469:20年ぶりの旧友

節子

昨日は20年近く会っていなかった友人と会いました。
会社時代の同僚です。
同じく会社時代の同僚だった友人が我孫子に住んでいますが、3人で会ったのです。

幸いにあまり昔話は出ませんでした。
むかし話も時にはいいですが、私はあんまり好きではありません。

彼は私が取り組んでいたコムケア活動を手伝ってくれていましたが、ある時に突然辞めてしまいました。
それがずっと気になっていたのですが、まあそれも詮索はしないことにしました。
過去を語って意義のあることもありますが、多くは思考が前に進まなくなるからです。

彼とは意外な話で共通点がありました。
日本文字の形成過程に関する関心です。

彼はいま、いろんなところで、古事記や日本書紀を学んでいるそうです。
最近は「出雲風土記」にも関心を広げているようです。
たぶんその過程で、文字の問題に出会ったのでしょう。
私は最近の万葉集サロンで、万葉仮名に興味を持ち、放送大学で「日本語概説」を視聴し始めました。
文字の話は実に面白く、いろんなことを気づかせてくれます。

久しぶりなのに、会って話していると、気分は昔に戻ります。
この20年近くの時間は何だったのだろうかと思います。
しかし、外見上はお互いに大きく変わっています。
それにそれぞれが何らかの身体上の問題を抱えている。

久しぶりの旧友は心臓に問題があり、もう一人の地元の友人も内臓に問題を抱えています。
かくいう私も、それなりにいろいろと問題があるのでしょう。
ただ私は病院に検査にも治療にも行かないだけのことなのです。
ですから、誰もがいつダウンしてもおかしくないのです。

私自身は、彼岸も来世も確信していますから、さほど気にはしていないのですが、やはり高齢になると、友人に会いたくなるのかもしれません。

 

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