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2019年12月

2019/12/31

■4503:静かな大みそか(2019年12月31日)

節子

今年も大みそかになりました。
節子の文化の一部はユカががんばって継いでいますが、なにしろ家族が2人なので、状況はまったく違います。
お正月料理も最近はメインディッシュもなくなりました。

ユカは時々、既成の華やかなおせち料理を買おうかと言いますが、本心ではなく、毎年、お煮しめとおなますをつくり、簡単なおせちを添えて、正月の準備をします。
ユカとよく話すのですが、節子が元気だったころは、花や食材の買い物が大変でした。
節子は節約家のくせに、そういうハレの場になると頑張ってしまい、いつも何か新しいチャレンジもしていました。
失敗することも多かったですが。

今年はいろんなことがありました。
両親の23回忌や33回忌、そして節子の13回忌。
いずれも一区切りできた気もします。

お墓の掃除に行きましたが、本堂にもお礼をしてきました。
除夜の鐘の準備をしていましたが、以前はコンセプトワークショップのお寺にも除夜の鐘を突きに来たことがあります。
節子は、活動家でしたから、年末も年始も忙しいのにいろいろと出かけたりしていたのを覚えています。

ユカと一緒に年始の準備をしましたが、予想以上に早く終わりました。
まあ私たち二人とも、かなり手抜き気味ですから。

例年になく今年は静かな大みそかですが、結局、部屋の掃除もホームページの更新もせずに、日常の延長としての年末になりました。
緊張感が全くないのが不思議なくらいです。

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2019/12/30

■節子への挽歌4502:年末の気分がでてきません

節子

最近の時間の進みようの速さには驚きます。
あっという間に年を越しそうです。
部屋の掃除さえできていません。

私は年賀状を書かなくなってからもう久しいですし、年末行事も最近はまったくと言っていいほどなくなりました。
節子がいたころは、いろいろと年末らしいことがありましたが、最近は普段とそう変わらない時間を過ごしていて、年末の気分が出てこないのです。

しかし、気分は別にして、もう明日1日を残すだけになりました。
今年は私にとってはあまりいい年ではなかったような気もしますが、節子の13回忌も終えて、何かが少し変わったような気もします。
変わったのは、彼岸との距離感がなくなったということです。
言葉では説明できませんが、どこかで彼岸との親近感が生まれだしています。
というよりも、節子との距離が近づいてきているという気もします。

その一方で、身体の元気は年末近くなって、とてもよくなりました。
体力の衰えや身体機能の低下は仕方がないのですが、なぜか気が戻ってきたような気がします。
春から夏にかけて、心身ともにすっきりせずに、もう隠棲したいなと思うことがあったのですが、いまはそういう思いよりも(相変わらずあるのですが)、また何か新しいことを始めたいという思いの方が勝っています。

考えてみると、節子がいなくなってからの私の生き方は迷走していました。
よくまあ無事に行き抜けたと思うほどです。
時々会う友人知人にはそうした迷走はあまり見えていないと思いますが、何人かの人は知っているでしょう。
一歩間違えば、いまの私はなかったでしょう。
われながらぞっとする10年間でした。

そうした迷走からようやく抜け出られた気もします。
今年は、そういう意味では大きな変わり目の年だったのかもしれません。
せめて明日は年末気分に浸ろうと思います。

 

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2019/12/29

■節子への挽歌4501:孫の反応

節子

今日も孫ににこがやってきました。最近は自転車に乗るのが大好きになって、1キロ以上をるところを自分で自転車でやってくるのです。
もちろんジュンと一緒にですが。
最近は言葉も多くなり自己主張も強くなってきました。
わが家では基本的に名前で呼ぶようにしていますので、私は「おさむさん」と呼ばれています。
本当は「おさむ」が理想なのですが、娘が「さん」をつけさせてしまったのです。

今日は驚かそうと思い、にこが食べられるお菓子の30個入りの袋を買い込んでおきました。
にこはそのお菓子を何かのご褒美として、毎回1個ずつしか食べられないのだそうです。
ちなみに1個10円の駄菓子です。
それを一挙に30個ももらえたら喜ぶだろうと思ったのですが、あんまり喜ばずに、母親に報告していました。

わたしとしては、30個も一度にもらえたらどんな反応をするかと思っていたのですが、当てが外れました。
子どもの反応はほとんど期待や予想を外されます。
まあしかしそれがまた面白いのですが。

節子がいたらどんなものをプレゼントしたでしょうか。
私の好みはあんまり孫には好まれないようです。

困ったものです。

 

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■今年最後のオープンサロンの報告

今年最後のオープンサロンは、8人が参加しました。
さすがに年末は女性の方はご多用のようで、集まったのは、みんなこの時期暇そうな男性でした。

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テーマは特にないサロンでしたが、前半は「ボランティア活動」と「おもてなし」が話題になりました。
サッカーのワールドカップの時に、一週間ほどボランティア活動をしていたTさんの体験談があまりにも面白くて、私は引き込まれてしまいました。
こういう話こそ、テレビで取り上げてほしいですが、残念ながら取り上げられるはずもありません。
それも含めて、いまの日本社会や経済政治の本質に迫る内容でした。
それにしてもTさんはよほどのストレスがたまっていたようで、その話ぶりの勢いには圧倒されました。
今年のサロンでの「一番話しつづけたで賞」を差し上げたいほどです。

後半は、引きこもり問題に長年取り組んでいるAさんが参加されたので、若者の話になりました。
これも実体験からの報告や感想なので、理屈の話ではありません。
Aさんは、全身全霊を込めて、問題を抱えている人の相談に乗るタイプなので。時々心配になるのですが、いつも問題の当事者になって活動しています。
やはり体験から来る一人称自動詞の話は迫力があります。

これまた体験知に基づく話でしたが、とんでもなく大きな話題も出ました。
湯島には本当にいろんな人が来ます。
そしてとんでもない話を時々話し出すのです。
今回の話はちょっと問題が大きすぎるので報告はできませんが、私の体験にもとてもよくつながり、世界の裏側をちょっと垣間見たような気分にもなりました。

まあこういう話だけではなくたとえば業務スーパーの話や政治と嘘の話、報道や新聞の話など、いろんな話題で予定を超えて5時間があっという間に過ぎました。

参加者のお一人はサロン終了後掃除をするつもりでバケツなどの掃除用具まで持ってきてくれましたが、前日に別の人たちが大掃除をしていたため、掃除はできませんでした。
しかし、最後のサロンにふさわしく刺激的な本音の語り合いができました。
話し合いをこのまま実況中継したら、社会には役立ちそうな話が多かったです。
しかしそんなことをしたら、私は今まで以上に生きにくくなるでしょう。
でもまあ、そろそろ生きなくてもいいような年齢ですので、来年もさらに自由な話し合いのサロンも増やしていければと思っています。

 

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■CWSサロン「5回目のサンティアゴ巡礼報告」報告

今年最後のテーマサロンは、昨年と同じく鈴木さんの巡礼サロンでした。
10人が参加しました。

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今回、鈴木さんが歩いたのは「ポルトガルの道」。
これまでと違って、日本人にはほとんど会わなかったそうです・
鈴木さんの報告は、いつもそうなのですが、話し出すといろんなことを思い出すようで、話が止まりません。
ただ歩くだけの巡礼なのですが、それだけ密度の高い時間を過ごしてきているのでしょう。

そこに巡礼の価値が凝縮しているように思います。
今回も用意してきてくれたレジメの半分しか話がいきませんでした。
しかし巡礼の魅力や効用は、参加者にはしっかりと伝わったと思います。

鈴木さんは、まずサンティアゴ巡礼についての基本情報を話してくれました。
1970年代ごろから広がりだしたサンティアゴ巡礼は、1972年にはわずか67人だった巡礼者が昨年2018年には32万人を超えていて、さらなる増加が見込まれています。

つづいて鈴木さんは、巡礼の方法を紹介してくれました。
一番の課題は荷物の重さで、鈴木さんの場合は、4.7kgの身の回り品を入れたバックパックと貴重品類入りショルダーバックだったそうですが、それこそ100グラムの重さが巡礼の継続に大きな影響を与えることもあるそうです。

鈴木さんの場合、1日の歩行距離は1540km、宿泊費用は515ユーロ(7001900円)、食費費用は1030ユーロ(13003800円)だったそうです。
最近は、スマホやイヤホンを使う人も多くなっているそうですが、鈴木さんはそういうものは一切使用しません。
道に迷っても、スマホで調べるようなことはせずに誰かに道を聞く。そういうことこそが、巡礼の魅力を高めると鈴木さんは考えています。

ついで、今回の「ポルトガルの道」で感じたこと、気づいたこと、自らが変わったことを話してくれました。
一つひとつに、興味深いエピソードや体験があって、話し出すと鈴木さんは時に目を潤ませたり、目を輝かせたりしていました。

いくつかを紹介します。
話しかけられとうれしい、でも話しかけるには少し勇気がいる、という鈴木さんの話には大きな示唆があるように思いました。
あいさつが人間関係のはじまり。ほんの少しの気遣い、ほんの少しの好意があればいい。
言葉がわからなくても心は通うという、非言語コミュニケーションも巡礼の醍醐味だと言います。

しかし、これらは巡礼でなくても当てはまるでしょう。
スマホが増えていることに鈴木さんはテクノロジーに支配される危険性を感じたと言いますが、これも昨今の私たちの日常に通じています。

鈴木さんは、今回改めて、巡礼とミニマリズム(簡素な暮らし)に繋がりを感じたと言います。
今回、その話もしてもらう予定でしたが、残念ながらあまりにもその前の話が面白く、そこにたどり着きませんでした。
しかし、鈴木さんの数々の体験談から、その真意は伝わってきました。
さらにレジメでは「これからの人生を巡礼者のように生きる」という鈴木さんの思いに通ずる示唆に富む言葉も紹介されていました。

鈴木さんの話に触発されて、いろんな話題で話し合いが行われました。
参加者に長年長距離ランニングをされている人がいて、その人から「歩く」と「走る」の関係が話題に出されました。
これもなかなか面白い話題でした。
巡礼中には挨拶や話しかけが自然と出てくるのに、最近の都会人は「挨拶」や「話しかけ」がなくても生きていける。とても興味深い話です。

巡礼者が同宿者のために食事づくりをして、同宿者みんなでコミュニティディナーをする体験もしたそうです
巡礼の醍醐味の一つは、もしかしたら「食事」かもしれないと思いました。
参加者はそれぞれにいろんな気付きをもらったはずです。

ところで、レジメの最後にこういう文章が書かれていました。

巡礼はコミュニティを生み出します。
他者を受け入れるコミュニティを。
他の人がどう旅路を歩いているかに興味を持つコミュニティを。
お互いに与え、受けるコミュニティを。

以前、鈴木さんが偶然に立ち寄ったスペインの小さな教会に置かれていた「El Camino(巡礼)」という文書からの引用だそうです。

これは湯島のサロンが目指していることでもあります。
来年は、それぞれのコミュニティを話し合うサロンを開きたいと思います。

来年もまた年末に鈴木さんの巡礼サロンがあるかもしれません。
いや他の人の巡礼サロンかもしれませんが、巡礼のテーマは引き続き、湯島の話題にしていきたいと思います。
どなたか自分の巡礼報告をされたい方はご連絡ください。
もちろんサンティアゴに限りません。
その気になれば、いろんなところに「巡礼路」はありますから。

 

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■東尋坊からのお餅に込められたメッセージ

東尋坊で見回り活動をしている茂さんたちから、今年も「お餅」が送られてきました。
年末に、毎年、茂さんや川越さんたちが東尋坊で遭遇した自殺を思いとどまった人たちと一緒に、心を込めてつき、みんなで丸めたお餅です。
茂さんがいつも言っているように、「形は不揃いでも、味は何処のお店屋さんにも負けない絶品」です。

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茂さんたちの見回り活動は、もう16年近くになりますが、これまで672人の人を思いとどまらせてきています。
今年も32人の人に出会い、全員が見事に再出発を果たしているそうです。
私は、その活動が始まったころに、ささやかに応援させてもらった関係で、こうして今もお餅が毎年届くのです。

お餅と一緒に、「東尋坊の見守り人形 人生標語集」という小冊子が送られてきました。

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聞いた人が元気になるような、「短い力強い言葉」に、茂さんたちの活動を支援している仙台在住の「じぞうもじ書家」後藤夕深さんが「じぞうもじ」を添えた、心があったかくなる小冊子です。

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茂さんや川越さんのあったかい心が伝わってきます。
川越さんたちが一針一針手縫いした「見守りお地蔵さま人形」とこの小冊子を遭遇した人たちに渡しているそうです。

お餅に添えられていた手紙に、茂さんはこう書いています。

私たちの活動は、今までは「水際対策」に重点を置いてきましたが、来年からは「上流対策」(東尋坊での自殺者の8割は県外者です)に、もっと目を向け「これ以上、東尋坊に自殺企図者を送りこまないで下さい…!」と訴える活動にも力を入れていきたいと思っています。

以前からお聞きしていた茂さんの次の目標の一つです。
しばらく茂さんの活動に関わらずにいましたが、来年はこの茂さんの思いの実現に何かできることはないかを考えたいと思います。

一緒にやろうという方がいたらご連絡ください。
日本の自殺者は減少しているという統計もありますが、少なくとも私の周辺では減っているという実感は得られません。
私にも誰にでも、できることは必ずあるはずですので。

 

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2019/12/28

■節子への挽歌4500:東尋坊からのお餅

節子

東尋坊の茂さんから恒例のお餅が届きました。

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茂さんの活動に深くかかわることになったのは、節子との最後の旅行で偶然に茂さんたちに出会ったのが契機です。
ですから茂さんたちとの活動には、いつもどこかに節子がいました。
東尋坊からの帰路に出会った夕陽は忘れられません。
が、そこにはもう行く勇気はありません。

私が節子を見送った後に、社会に戻ってこられたのは茂さんの「夢」の実現に協力したことです。
しかし、茂さんたちの活動はいまや有名になり、活動基盤もしっかりとできてきたので、最近私はあまりかかわっていません。
でも茂さんたちと一緒にやった活動の流れもあって、いまも時々、そうした相談はやってきます。
今年も、いくつかの自殺関連の問題にも出合いました。

東尋坊に吸い寄せられる自殺企図者の8割は関西や関東など遠隔地からやってくるそうです。
茂さんは、東尋坊での活動は「水際作戦」、そこに自殺企図者を送り込んでくる上流の状況を変えなければ問題は解決しないと考え、「上流作戦」の必要性を以前から主張していますが、来年は、上流作戦に力を入れたいと手紙に書いてありました。

それを読んで、来年はまた私も何かできることに取り組もうと思います。
まあ今やっていることも、広い意味では茂さんのいう「上流作戦」なのですが。

 

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2019/12/27

■節子への挽歌4499:歯医者さんと節子

節子

今日はいしど歯医者さんに行きました。
定期検査なのですが、小さな虫歯が見つかったので、その治療もしています。

歯医者さんに行くといつも思い出すのが、節子です。
というのは、節子は癌になってからいつ歯医者さんに行けなくなるかもしれないと言って、友人から紹介された歯医者さんに通って、すべてを直してもらったのですが、その時の安心した表情と声がとても印象的だったからです。
当時はいまの歯医者さんはまだ知らなくて、節子は友人の息子さんがやっている遠くの歯医者さんに通っていました。
歯医者さんに来ると、いつもあの時の節子の表情と声を思い出すのです。

私がいしど歯科医に通いだしたのは、節子が亡くなってからです。
それまでの歯医者さんに行く気が起きずにいる時に、近くのいしど歯科医を知ったのです。
とてもいい歯医者さんで、以来、娘たちもみんなそこにお世話になっています。
最初通いだした時は、まだ節子を見送ったばかりで、いつも歯医者さんでは泣きそうな陰鬱な感じだったと思います。
治療の椅子に座ると節子が思い出されて、いつも涙が出そうになっていました。

というわけで、いしど歯科医には節子は行ったことはないのですが、なぜか私には節子といしど歯医者さんがつながっているのです。
節子がいたら、たぶん私以上にいしどさんのファンになったでしょう。

今日は治療を終えて、会計をしていたら、いしど先生がNewsweekを持ってきてくれました。
息子さんの石戸諭さんが、また大型取材記事のスペシャルレポートを書いたのだそうです。
まだ息子さんにはお会いしたことがないのですが、来年は一度会ってみたくなりました。

歯医者さんの後、近くのサイゼリアでまちづくり編集会議大人グループのミーティング、帰宅したら武田さんからの長電話、まあ、今日もまたそれなりにつかれる1日でした。

来年はもう少しのんびりと過ごせる年にしたいものです。
ちょっと疲労気味です。

 

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2019/12/26

■節子への挽歌4498:年末のお接待

節子

今日は鈴木さんの5回目のサンティアゴ巡礼報告でした。
そのなかで鈴木さんもちらっと言及していましたが、節子がまだ湯島のサロンに来ている時に、黛まどかさんに来てもらってサンティアゴ巡礼のサロンを2回ほど開きました。
黛さんが映画をつくろうとして活動していた時で、ささやかな応援をしたのですが、その後、節子の病気などでちょっとつながりが切れてしまいました。
もし節子の病気がなかったら、私たちもサンティアゴに行く機会を得られたかもしれません。

今日、ホームページで当時の習慣報告の見出しだけ少し見たのですが、あの頃は、実にいろんなことがありました。
節子の病気は、私たちの生き方を一変させてしまいました。
できることなら、来世でもう一度、再挑戦したいものです。

ところで、今日はサロンの前に鈴木さんに昼食のお接待を受けました。
世間的な常識で言えば、私がお接待すべきなのですが、お接待を受けるのもまたお接待という私の考えで、素直にご馳走になりました。
日本神道文化研究会の平井さんや浅井さんも一緒でした。
最近、この2人はサロンにもよく来てくれます。
それぞれ面白いテーマを追いかけているので、サロンもお願いしようと思います。

節子がいなくなってから、私はいろんな人からお接待してもらっています。
今週は3回目のお接待でした(1回は辞退させてもらったのですが)
もしかしたら節子が彼岸から頼んでくれているのではないかと時々思うほどです。
あるいは私が食事していないのではないかと思っているのかもしれません。
たしかに昼食は一人で行くことはありません。
一人の時は昼食抜きですので、時々、空腹難に襲われることはありますが、まあ湯島には何かとお菓子類があるので、餓死することはないでしょう。

鈴木さんのお接待もさることながら、4人での食事で、最近抱え込んでいる重い気分を少しだけ下ろさせてもらった気分です。

 

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2019/12/25

■第5回リンカーンクラブ研究会「議会制の虚構性」のご案内

第5回リンカーンクラブ研究会のご案内です。

今回は、「議会制の虚構性」をテーマにして、民主主義の問題を改めて考え直し、国民投票の意義を考えていきたいと思います。
問題提起はリンカーンクラブ代表の武田さんです。

議会制度の機能不全はかなり明らかになってきています。
現在の安倍政権に見られるように、議会制民主主義と言われたはずの議会制が、反民主主義的現実を生みだしてさえいます。
私たちは、このまま、議員たちに政治を任せておいていいのでしょうか。

戦後の日本は、まだ直接民主主義を実現する状況が整っていませんでしたが、そうした状況(技術的にも文化的にも)はかなり整ってきてます。
にもかかわらず議会制民主主義を見直そうという動きは出てきません。

逆に国民は、議会への失望から投票率は低下の一途です。
政治をもう少し民主主義に近づけるために、せめて国民投票が議論されてもいいはずですが、その動きもありません(憲法改正に関しての国民投票制度は議論されていますが)。

その根底には、相変わらずの「愚民論」と国民の政治無関心があります。

議会制の虚構性をただ暴くだけではなく、そこから主権者の意見をどう政治に反映させていく仕組みを考えるか、を議論していきたいと思います。

初めての方も気楽にご参加ください。
よろしくお願いいたします。

〇日時:2020年1月19日(日曜日)午後2時~4時
〇場所:湯島コンセプトワークショップ
http://cws.c.ooco.jp/cws-map.pdf
〇テーマ:「議会制の虚構性」
〇話題提供者:武田文彦さん(リンカーンクラブ代表)
〇会費:500円
〇参加申込先:qzy00757@nifty.com(佐藤)

 

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■CWSサロン「箸文化を考える-世界中に箸友をつくろう」報告

国際箸学会会長の小宮山さんにお願いした「箸文化を考える-世界中に箸友をつくろう」のサロンは、年末の忙しい時期だったためか、参加者があまり集まらなかったうえに、国際箸学会のメンバーがほとんど参加されなかったこともあり、意図と違って、箸文化や箸学会のことはあまり話題にできませんでした。

しかし、参加者は全員、日本の礼儀作法などに関心の深い方が多かったこともあり、意図とは違った意味での集まりになりました。
また箸学会で箸ゲームの審判員をされている方が参加してくれたこともあり、後半は箸ゲームの体験会となり、箸ゲームの話題で盛り上がりました。

小宮山さんの話やそれを受けての参加者の反応を通して、箸文化を学び、新しい箸文化を創り、世界中の人と友だちになっていくという箸学会のビジョンは、まさに「箸ゲーム」に象徴されていることを改めて実感しました。
今回はあまりうまくいきませんでしたが、改めて「箸友づくりサロン」を企画したいと思います。

私も話に熱中してしまい、写真を撮るのを忘れてしまいました。

 

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2019/12/24

■節子への挽歌4496:年末の相談つづき

節子

抗がん治療をしている幼馴染の友人が湯島にやってきました。
私がどうも時間を間違って連絡していたようで、その前にやってきていた別の知人と重なってしまい、その知人とのいささか深刻な話を聞かれてしまうことになってしまいました。
それで、友人は私の最近の窮状を知ってしまったのです。
私は隠すことを全くしていませんが、まさか私がそんな状況にあるとは信じていなかったのでしょう。
その知人が帰った後、友人はやはりそうだったのかと私のことを心配しだしました。
そのため、相談の立場が逆転してしまいました。

私自身は「窮状」などとは全く思っていないのですが、世間的な常識では、この歳になって貯金がないのは「窮状」なのでしょう。
生き方を変えれば、状況はまったく違うのですが。
まあそのおかげで、今回もお昼をご馳走してもらいました。
彼はうなぎを勧めましたが、近くのうどん屋さんで済ませました。

つづいてやって来たのは、先日のサロンに久しぶりに顔を出したCさんです。
先日の帰り際に、一度相談に行きたいと言われたので、早速に今日をセットしたのです。
どんな話かなと思っていたら、これまたショッキングな話が出てきました。

話題は「信仰」と「自殺する権利」。
これだけだとなんのことかわからないでしょうが、精神的にちょっと疲れ気味の私には、いささか刺激が強すぎる話でした。
でもまあ事態はいい方向に向かっているようです。

年末には、おそらくこういう話がいろんなところで語られているのでしょう。
そして最悪の場合は、命が絶たれる。
そう思うだけで、私のように脳天気に生きていることが、何となく罪深く感じてしまう。
そして、なぜか心が穏やかにはならないのです。

心穏やかに年を越すのは、どうやら今年も無理そうです。

 

 

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■CWSサロン「時間意識と自殺予防〜都市でのつながりをどうつくるか」報告

「時間意識と自殺予防」をテーマにしたサロンは、20人を超えてしまいました。
「自殺」や「つながり」を「時間意識」と関係づけたところに、みんな関心を持ったのではないかと思います。
参加者が多かったうえに、初めての参加者も5人、しかも杉原さんの話も面白く長かったので、なんと予定を大幅に超えて3時間を超えるロングランサロンになりました。
にもかかわらず、まだまだ話したい気分が漂うサロンでした。

Sugihara20191220

杉原さんのお話を聞いて、参加者はたくさんの示唆をもらったと思います。
もちろん私もですが。
杉原さんの問題提起の話は、とても興味深いものがありました。
「時間」から考えていくと、「自殺」も「つながり」もちょっと違って見えてきます。

杉原さんの話は、日本の自殺の現状から始まりました。
そして、「多様なつながり」の喪失が、自殺多発社会の温床になっていること、その背景にあるのが日本人の「時間意識の変化」ではないかと、時間意識の話に入っていきました。

「日本人ほど時間をきっちり守る国民はいない」と、いまは海外の人たちから言われています。
しかし、幕末から明治初期にかけての日本人の時間意識はまったくそうではなかったことを、海外から日本に来た人たちが記録に残しています。
「日本人の悠長さといったら呆れるくらいだ」と書き残している人もいますし、「日本人は、一般に生活とか労働をたいへんのんきに考えているらしく、なにか珍しいものを見るためには、たちどころに大群衆が集まってくる!」とイギリス初代駐日総領事オールコックは書いているそうです。
この文化は今でも残っているような気もしますが。

杉原さんはさらに民俗学者の宮本常一が、日本の伝統的な農村では、「話も十分にできないような田植え方法は喜ばれなかった」と報告しているそうです。
西欧と日本の「時間意識」はまったく違っていたのです。

さらに時間を、春夏秋冬が回ってくる自然に象徴されるように円環イメージでとらえるか、近代西欧のように進歩主義を踏まえた直線イメージでとらえるかの違いも紹介してくれました。
そこには、「コミュニティの時間」と「個人の時間」、あるいは「身体の時間」と「時計の時間」という話もありました。

日本人の伝統的な時間意識を変えたのは明治維新で制度化された「学校」だと杉原さんは言います。
学校は日本人の「時間意識」を人間を均質な「労働力商品」に改革するための装置だったというのです。
これは前回の万葉集サロン番外編で話題になった「学校は文字を通して言語を均質化」する役割を担っていたのではないかという話とつながっています。

時間が直線になり、コミュニティから切り離されると「未来への不安」が生まれる。
自己責任社会になると同時に、「交換可能な存在」になった個人は「金銭依存」に向かっていく、と話は発展していくのですが、これ以上書くと報告が長くなるので、以下は省略。
関心のある人はぜひ杉原さんにコンタクトしてみてください。

杉原さんは、この後、ではどうしたら「時間意識」を変え、「つながり」を豊かにしていけるかを、いくつかの事例で紹介してくれました。
これもみんな示唆に富む話だったのですが、一つだけ紹介します。
それはただ「金銭離れ」するのではなく、「温かいお金」でつながりを豊かにしている「ヤギサワバル」の大谷さんの話です。

大谷さんは、西東京市の西武柳沢駅の近くでバルをやっています。
毎日の売上の1%を地域のために使うというのが経営方針だそうです。
さらにたとえ高くても地域のお店からビールなどを購入するのだそうです。
詳しくは下記サイトをご覧ください。
https://www.facebook.com/yagisawabar/
「「農家のビール」が都内で唯一飲める店 ヤギサワバル」という本も出ていますので、よかったら読んでください。https://www.amazon.co.jp/%E3%80%8C%E8%BE%B2%E5…/…/B07GVYD6LR

時間意識と自殺予防に関して、杉原さんは直接的には言及しませんでしたが、たくさんの示唆が込められていた話でした。
杉原さんは「「楽しい時間」を共有できる複数のコミュニティに所属すること」が自殺予防にもつながっていると考えているのです。
現在、さまざまな自殺予防対策が行われていますが、私たちの生き方から問い直すことが大切だと思っている私には、とても共感できる話でした。

最後に、杉原さんは、「自殺問題」ではなく「◯◯さんの問題」として考えていくことが大切だ、と言いました。
自殺問題に限らずに、昨今の障害者支援や高齢者支援、さらには子育て支援に関しても、通ずる話だと思います。

報告が長くなってしまい、話し合いの内容を紹介するスペースがなくなってしまいましたが、異論のぶつけ合いも含めて、話し合いも示唆に富むものでした。
「自殺」そのものに関する話し合いもありました。

ある参加者は、「いろいろな価値観があってよい」ということをハラに落とすことの重要性を感じましたと、手紙をくれました。
また、時間意識と自殺の関係という見方もあるんだと、とても勉強になりました、というメールももらいました。

視点を変えると、世界はまったく違って見えてくることがあります。
大きな意味での「コミュニティ」をテーマにしたサロンは、来年も継続する予定です。

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2019/12/23

■節子への挽歌4495:孫へのクリスマスプレゼント

節子

孫のにこから頼まれていたクリスマスプレゼントを渡すために、少し早めのクリスマスをしました。
にこは卵アレルギーなので、普通のケーキは食べられません。
卵が入っていないケーキを用意しようかどうか迷ったのですが、いつも、娘母娘は2人で手作りケーキをつくっています。
それよりも見栄えが良くて、甘さも強い市販のケーキはもう1年先延ばしすることにしました。

その代わりに、手巻きずしを用意しることにしました。
節子がいたころは、よく手巻き寿司パーティをやったものですが、久しぶりです。
最近、お寿司が好きになったにこは、手巻きずしもたくさん食べてくれました。

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終わってから、プレゼントです。
私は頼まれていた、おもちゃのバイオリンです。
15曲が入っていて、それに合わせてリズム練習や合葬ができるのです。
今回は今までにないようなうれしそうな顔でした。

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ユカは、これもにこが最近嵌まっているというディズニーグッズでした。

節子がいたころのにぎやかさは、もうなくなっていますが、それでもにこは嬉しそうに飛び回っていました。

 

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2019/12/22

■節子への挽歌4494:冬至の陽光

節子

今日は冬至でした。
湯島で「箸文化」をテーマにしたサロンをやりました。
テーマのせいか、日本の伝統文化や行儀作法に通じている人が集まりました。
そのおひとりが部屋に入ってくるなり、窓のカーテンを開けてほしいと言いました。
冬至の陽光を感じていたいというのです。
ちょっとスピリチュアルな世界にも通じている人です。

冬至は最も日が短く、陽光も弱いですが、この日を境に日は長くなり、陽光も勢いが増していきます。
そういう「勢い」が転ずる、太陽を感じていたいというのです。
冬至と言えば、私は柚子湯とかぼちゃくらいしか知らず、陽光に触れるということを知りませんでした。
死に向かっていた陽光が、生き返り、元気になっていく。
その陽光を浴びながら(感じながら)、元気をもらっていく。
とてもいい話です。

サロンよりも、その一言に感激しました。

今日は、あまり元気な陽光ではありませんが、明日からきっと勢いを増してくる。
これまで冬至に関しては、あまり何も感じていなかったのですが、当時の捉え方が一変しました。
明日から、いや今日から、流れが変わってくる。
そう思うと何やら幸せな気がしてきました。

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2019/12/21

■節子への挽歌4493:愛する者は、愛の対象に帰属している

節子

今日は湯島で、コミュニティシリーズ2回目のサロンでした。
杉原さんによる「時間意識と自殺予防」がテーマでした。
久しぶりに20人を超える参加者がありました。

そのサロンの報告は別途書きますが、サロンの後、杉原さんと上田さんで食事をしました。
秋に那須で合宿したメンバーです。

上田さんは今年クリスチャンになりました。
なぜこの歳になって、入信したのか、とても関心がありますが、なかなかその理由がわかりません。
言葉ではもちろん理由は聞いていますが、それによれば、安堵する「コミュニティ」を求めているというのです。

長年の会社生活を止めて、何故かアジアの僻地を回ったそうですが、そこでこれまで得られなかったような「安堵感」を得たようです。
それは、上田さんによれば、「帰ってきた」という実感だったようです。
上田さんは、コミュニティを「帰ってゆきたくなる場所」と捉えています。
アジアでの、その体験が、上田さんの洗礼に関係しているはずです。
そしていま、自らが心身を完全に委ねられるコミュニティをつくりたいと考えているのです。

私は、しかし、コミュニティはつくるものではなく、見つけるものだと思っていますし、そういう意味では、誰にまわりにも、その人にとってのコミュニティはあるものだと確信しています。そもそもコミュニティは、アソシエーションとは違って、作れるはずもないと思っているのです。

今日は、そんな話を上田さんと杉原さんとしたのです。
上田さんは、コミュニティの核には「愛」がなければならないと確信しています。
というよりも、たぶんクリスチャンとして、信仰とは「神に帰属すること」と捉えている似かもしれません。

アレントは、処女作「アウグスティヌスの愛の概念」で、アウグスティヌスの人間論によれば、「愛する者は、愛の対象から分離しているわけではなく、むしろそれに帰属している」と書いています。
この感覚が、上田さんの信仰の基本なのかもしれません。

来年は、湯島のサロンで「信仰」を一つにテーマにしようと、改めて思いました。

 

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■節子への挽歌4492:「チェルノブイリ」

節子

米英で制作したテレビドラマ「チェルノブイリ」を3日かけて観ました。
5時間のドラマです。
3
人の友人から薦められていましたが、何故か先日の小学校時代の女子会に巻き込まれた時に、なぜかこのドラマをDVDにして持参してくれた人がいました。
湯島のサロンに来たことがある人でもなく、卒業後、ずっと会ったこともなく、今年になって久しぶりにあった人です。
なぜDVDにしてまで持ってきてくれたのか、あまり気のりはしなかったのですが、もらった以上は観ないわけにはいきません。
それで、3日かけて観終わりました。

ネットでの説明によれば、「チェルノブイリ原子力発電所で起こった、未曾有の原発事故の発生に冷戦下の旧ソビエト政府が事態の深刻さを隠ぺいしようとする中、被害の拡大を抑えようと必死に戦った英雄たちがいた。あの時現場で何が起きていたのか?!ソビエト政府に調査を委任された科学者、現場の対応を任されたシチェルビナ副議長、事故の謎解明に奔走した核物理学者の活躍を中心に当時を再現した実録ドラマ」と紹介されています。

暗い映像が多く、最初はあまり気のりしなかったのですが、3回目からは引き込まれるように観てしまいました。
ドラマとはいえ、実に真実味があるのです。

真実味というのは、過去に起こったチェルノブイリ原発事故の真実味という意味ではありません。
いまここでの真実味、つまり今ここで起こっても不思議ではないという意味での真実味、さらに言えば、私自身の人生に繋がっているという真実味です。

大きくは、「隠蔽する政府」と「被害を最小限に食い止めた科学者」という2つの物語によって構成されているのですが、前者に関して言えば、過去の話ではなく、いま私が生きているここで進んでいる事実を重なってしまうのです。
https://www.star-ch.jp/drama/chernobyl/

もしかしたら、福島事故もまた同じように事態は進んでいるのではないかという思いに襲われてしまいます。
そして日本には、残念ながら、事実を解明し被害を食い止めようとしている科学者はいないのではないか、とも思ってしまうのです。
このドラマを多くの人が見たら、流れは変わるでしょう。

被害を最小限に食い止めた科学者の話も、筋書はよくある英雄譚なのですが、実話に基づいているので、感動的ですそして私自身の生き方を考えさせられるところが少なくありません。

少し残念なのは、節子と一緒に見られなかったことです。
この種の映画やドラマを、よく節子とみて、話し合ったものです。
「チェルノブイリ」は、まさにそうしたかったドラマでした。

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2019/12/20

■テレビドラマ「チェルノブイリ」の真実味

2人の友人から、テレビドラマ「チェルノブイリ」を勧められていました。
しかも一人からはこのドラマを見てのサロンまで提案されました。
しかし全編を観るには5時間かかるというので無理だろうと思っていました。
自分だけで見るのも、有料チャンネルでの放映なので、簡単には見られません。

 ところが、先日、小学校時代の女子会に巻き込まれた時に、なぜかこのドラマをDVDにして持参してくれた人がいました。
湯島のサロンに来たことがある人でもなく、卒業後、ずっと会ったこともなく、今年になって久しぶりにあった人です。
なぜDVDにしてまで持ってきてくれたのか、あまり気のりはしなかったのですが、もらった以上は観ないわけにはいきません。

それで、数日前から観始めました。
まだ3回までしか観ていませんが、ドラマとはいえ、真実味があります。

真実味というのは、過去に起こったチェルノブイリ原発事故の真実味という意味ではありません。
いまここでの真実味、つまり今ここで起こっても不思議ではないという意味での真実味、さらに言えば、私自身の人生に繋がっているという真実味です。

 ネットでの説明によれば、「チェルノブイリ原子力発電所で起こった、未曾有の原発事故の発生に冷戦下の旧ソビエト政府が事態の深刻さを隠ぺいしようとする中、被害の拡大を抑えようと必死に戦った英雄たちがいた。あの時現場で何が起きていたのか?!ソビエト政府に調査を委任された科学者、現場の対応を任されたシチェルビナ副議長、事故の謎解明に奔走した核物理学者の活躍を中心に当時を再現した実録ドラマ」と紹介されています。

「隠蔽する政府」と「被害を最小限に食い止めた科学者」という2つの物語によって構成されているドラマのようですが、少なくとも前者に関して言えば、過去の話ではなく、いま私が生きているここで進んでいる事実を重なってしまうのです。
https://www.star-ch.jp/drama/chernobyl/

もしかしたら、福島事故もまた同じように事態は進んでいるのではないかという思いに襲われてしまいます。
そして日本には、残念ながら、事実を解明し被害を食い止めようとしている科学者はいないのではないか、とも思ってしまうのです。

 このドラマを多くの人が見たら、流れは変わるでしょう。
5時間は長すぎて、サロンは難しいですが、工夫して、パブリックビューができないものか。
「できない」と思ってしまったら、何も始まりません。
反省しました。

来年は、新たなサロンの試みを考えているのですが、やりたいことが多すぎて、困っています。
やはり毎日オープンしているサロンがほしいです。
そのためには数千万円は必要でしょう。
それで思い立って今日、宝くじを買いました。
もし当たったら、毎日サロンを開けるオープンカフェを手に入れようと思います。
あるいはどなたかそういうカフェを寄付してくれないでしょうか。

 

 

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■節子への挽歌4491:人はみんな違う世界に生きている

節子

久しぶりに武田さんと2人で、国家論争をしました。
国家や政治の捉え方が全くと言っていいほど違うのですが、なぜかいつも武田さんから問題提起を受けます。
いつもは電話で、こんなことを考えたのだがどうかと意見を聞かれるのです。
毎回、どちらかと言えば否定的に反応することが多いのですが、武田さんは懲りずに電話してきます。
そのため、いつも長電話なのですが、電話ではやはり話し合いは難しい。
それで時々、2人での激論会になるわけです。
しかしお互いにちょっと疲れていて、今回は激論にはならずに、まあ程々の話し合いになりました。

しかしいろんな人と話していていつも思うのは、人はみんな違う世界に生きているということです。
私が社会の多様性に気づいたのは、会社を辞めて、地域の住民運動の場に参加した時です。
そこで体験したのは、企業の世界とは全く違う世界と言ってもいいでしょう。
その活動を通して、さらに行政にも関わったら、ここもまた全く違う世界でした。
ですから、たとえば、行政による住民説明会などは、まったく違った思考や言語がただ飛び交っているという感じでした。
ということは、企業もまた、地域社会や行政とは違った言語やルールで思考し行動しているのでしょう。
そこから私の活動の大きな方向が決まったのですが、長年付き合っている武田さんとさえ、理解し合うというよりも、伝え合うことさえ、相変わらず難しいのです。

まあそれは今さら気づいたことではないのですが、このごろ、人は違う世界に住んでいることを思い知らされることが本当に多いのです。
特に私の場合、世間の価値評価基準とほとんど真反対なので、相手に勘違いされることが多いのです。
相手が褒め言葉で私のことを話せば、だいたいにおいて私は褒められたなどとは思いませんし、有名人の話をしても、私はその人って誰ですか?という程度の知識しかありません。
ブランドなどの知識はまったくありませんし、グルメで有名なレストランなどの知識もありません。
困ったものですが、私が信ずるのは自らが直接体験したことだけなのです。
ですから私の世界はとても狭い。

しかし、それは私に限ったことではないでしょう。
みんな狭い世界に生きているのです。
そのことがわかれば、人は誰とも仲良くやっていけるのかもしれません。

みんな違う世界に生きている。
そう思うと、とても生きやすくなります。
しかし、時にあまりの違いにつかれることも少なくありません。
違う世界にもかかわらず、同じ世界と実感できる幸せは、なかなかもう体験できないでしょう。

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2019/12/19

■不登校や引きこもり体験者と話して思ったこと

昨日、ブログの「挽歌編」に書いたのですが、むしろ「時評編」の内容だなと気づき、その一部をリライトして、時評編にも載せることにしました。

湯島では、私の主催ではない集まりがいくつかあります。
たとえばほっとスマイルプロジェクトという世界に笑顔を広げていこうという集まり。ちょっと霊的な要素が入っている地上の楽園を目指す集まりなどです。
そうしたものの一つに、引きこもり体験者などを中心とする集まりがあります。
これはオープンハートを主宰する阿部さんがやっています。
以前から私にも声がかかっていたのですが、なかなか参加できずに、昨日、初めて参加しました。
わたしを入れて、6人ほどの集まりでした。
かつて引きこもっていたり不登校だったりしていた人です。
それもかなり長期にわたってです。
不登校や引きこもりに、なぜか多くの人はコンプレックスを持っています。
世間も、それがおかしいと考えています。
私自身も、かつてはそうでした。
しかし、不登校や引きこもりにコンプレックスを持つ必要などあるはずもありません。
問題は、コンプレックスや罪悪感を持ってしまうことから始まります。
はじめてなので、それぞれにどんな人かをお聞きしました。
ちなみに、私のことはたぶん阿部さんからみんなには伝わっているようです。
「いまは働いていない」と言った人がいました。
そこで、「稼いでいないだけではないですか」と問い返し、生きている以上、働いていない人はいないと言付け加えました。
人は、そこに存在するだけで必ず誰かの役に立っています。
もちろん誰かに迷惑をかけているともいえるのですが。
役に立つことと迷惑をかけることは、私には同じことのように思えます。
稼いでいないと価値がないと考えるようになったのは、いつのころからでしょうか。
私が、そのことのおかしさに気づいたのは3年ほど前ですが、その呪縛から解き放たれると生きやすくなります。
同じように、学校に行かなければいけないという思いからも自由になるのがいい。
「学校だけが学びの場」ではありません。
いや学校こそが学びをワクワクさせない場所になってしまっています。
学びはわくわくする面白いものでなければいけません。
学校に行きたくないのは自分をしっかりと生きているからだともいえます。
私は子ども時代、あまりしっかりしていなかったので学校には行きました。
学校に行かないことができるということに気づいたことがないのです。
ただ高校時代には学校が嫌いでしたので、不登校ではありませんでしたが、嫌いな授業はさぼって図書室で本を読んだりしていました。
いまの子どもたちには、学校と家庭しかないと思わせているところに問題があります。
ちなみに塾や学童保育の場は、もう一つの学びの場ですが、いずれも大人たちに管理されている場であることには変わりはありません。
子どもたちが自分たちの場が作れないところに問題を感じます。
ネットのようなバーチャルな場は、私には別の世界のように思えます。
みんなと話していて、やはり社会そのもののおかしさを改めて感じます。
ここに集まっている人たちのエネルギーや思いを束ねたら、みんな生き生きしてくるでしょう。
いつもこういう人たちと話していると思うことです。
いろいろなことを気づかせてもらいました。
不登校や引きこもりを体験した人たちの素直さにはいつも感心しますが、いろんな世界に触れてこなかったが故の視野の狭さも感じます。
現在のさまざまな対策や相談に取り組む活動には、やはりどうしても共感できません。
基本的な捉え方が、すでに間違っているように思えてなりません。
やはりだれをも区別(差別)しない、サロンを続けることが大切だと改めて思いました。

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2019/12/18

■節子への挽歌4490:引きこもり体験者の集まり

節子

今日は湯島で阿部さんが、引きこもり体験者などの相談会やサロンを開催していました。
先月から湯島で定期的にやることになったのです。
以前から私にも声がかかっていたのですが、なかなか参加できずに、今日、初めて参加しました。
私は途中から参加したのですが、5人ほどの人が集まっていました。
みんなかつて引きこもっていたり不登校だったりしていた人です。
それもかなり長期にわたってです。

不登校や引きこもりに、いずれもコンプレックスを持っています。
しかし、不登校や引きこもりにコンプレックスを持つ必要などあるはずもありません。
そこでいつもの持論を話しだしてしまいました。

私はこういう場では「今は何をしているのですか」と訊くことが多いです。
多くの人が「働いていない」と答えます。
そこで、「稼いでいないだけではないですか」と応じて、生きている以上、働いていない人はいないと言葉を重ねます。

人は、そこに存在するだけで必ず誰かの役に立っています。
もちろん誰かに迷惑をかけているともいえるのですが。
役に立つことと迷惑をかけることは、私には同じことのように思えます。

不登校だった人には、「学校だけが学びの場」ではないと言います。
今日は、その言葉は言いませんでしたが、学校に行きたくないのは自分をしっかりと生きているからだという話は少ししました。
私は子ども時代、あまりしっかりしていなかったので学校には行きました。
ただ高校時代には、不登校ではありませんでしたが、学校が嫌いでしたので、嫌いな授業はさぼって図書室で本を読んだりしていました。

いまの子どもたちには、学校と家庭しかないと思わせているところに問題があります。
ちなみに塾や学童保育の場は、もう一つの学びの場ですが、いずれも大人たちに管理されている場であることには変わりはありません。
子どもたちが自分たちの場が作れないところに問題を感じます。
ネットのようなバーチャルな場は、私には別の世界の世に思えます。

みんなと話していて、やはり社会そのもののおかしさを改めて感じます。
ここに集まっている人たちのエネルギーや思いを束ねたら、みんな生き生きしてくるでしょう。

いろいろなことを気づかせてもらいました。
不登校や引きこもりを体験した人たちの素直さにはいつも感心しますが、いろんな世界に触れてこなかったが故の視野の狭さも感じます。

現在のさまざまな対策やNPO活動には、やはりどうしても共感できません。

 

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2019/12/17

■節子への挽歌4489:2回目の孫の回転ずし

節子

七五三詣での後、みんなで回転寿司に行ったのが孫のお寿司屋さんデビューでしたが、どうもお寿司が気に入ったようです。
といっても、前回は挽歌でも書きましたが、予定していたお寿司屋さんが休業だったので、近くの一皿90円の「浜寿司」に行ったのですが、最近、浜寿司は回転しなくなったのです。
ですから孫は「開店」が体験できませんでした。

それで、「今度は回っているお寿司屋さんに行きたい」と孫が言っているというので、今日はみんなで近くの「寿司勢」に行きました。
ここも回転寿司なのですが、ほんのちょっとだけ高級なのです。

このお寿司屋さんは、節子が病気中にできたお店で、節子は数回してきてないでしょう。
私は、節子を見送った後は、家族で一度来ただけです。
孫と来るのはもちろん初めてです。

一応回転寿司ですが、回っているところが高いので、孫にはほとんど見えません。
それにここは基本的には注文制なのです。
それでも孫は気に入ったようで、お子様用に小さく切ってもらい、旗までつけてもらいご機嫌でした。
孫は卵アレルギーなので、子どもセットメニューはだめなのですが、好きなエビなどを6貫も食べていました。

私は逆にお寿司はあんまり好きではないので(ファストフードとしては時々食べますが)、ランチセットを頼んだら、それでもうお腹いっぱいになってしまいました。

会計をしたら、前回の浜寿司の4倍くらいでした。
今回もお金がなかったので(持って行くのを忘れたのです)娘に頼みました。
困ったものです。

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■熊沢さん家族に教えられたこと

元農水省事務次官の熊沢英昭さんが自宅で44歳の長男を殺害した事件の裁判はたくさんのことを考えさせてくれました。
同時にしかし、これほど気の重くなる事件もありません。

判決は実刑6年でした。
これをとやかく言う気にはなれませんが、関係者はみんな不幸だったと思います。
とても悲しくてさびしくて、やり切れません。
せめてテレビではいじくりまわしてほしくないと思いますが、いじくりまわしやすい事件なのでしょう。
しかも誰もが、身近に感じられる事件とも言えるでしょう。
だからみんな生々しい意見を持ってしまうのです。

この事件や判決へのコメントを聞いていると、発言者のこれまでの人生やいまの生活が垣間見える気がします。
そしてみんな同じように悲しくさびしく生きているような気がしてなりません。
この事件は、人の生き方を問いかけているのです。
もちろん私も問われている一人です。

愛する人に殺されるのと愛する人を殺すのとどちらがつらいでしょうか。
もちろん後者でしょう。
しかし、愛する人に殺させないために殺すという論理も成り立ちます。
ですから、この問いはまったく意味をなさない気もします。

殺すのも殺されるのも同じことなのであれば、怒りの持って行き場はありません。
でもちょっとだけ世界を広げれば、事態の見え方は一変します。
一番の問題は、熊沢家族が閉じられた小さな世界に生きていたことかもしれません。
もう少し広い世界に思いを馳せられれば、事態は変わったかもしれません。

私たちは現在、情報化のおかげで、一見、広い世界に生きているように思いがちです。
しかし、実際にはとてもとても小さな世界に生きているのではないか。
今回の事件と裁判は、私にそんなことを改めて気づかせてくれました。

テレビでは、事務次官まで勤め上げた人が、と言われることがありますが、たぶん事務次官まで勤め上げた人だからこその世界の狭さ、知性の欠如だったのかもしれません。

学校で学べば学ぶほど、世界は狭くなる。
それが私のこの数十年の体験からの結論です。
いまの教育は「知性」や思考力を奪う仕組みではないか。
そんな気がしてなりません。

熊沢さん家族から教えてもらったことを、少しでも活かしていければと思います。
やはり湯島のサロンは、趣旨が理解されなくても続けようと思います。

熊沢さんにとって、実刑だろうと執行猶予だろうと、たぶん瑣末の話でしょう。
むしろ熊沢さんと奥さんが、自らの生命を断つことが心配です。
熊沢英昭さんはじめ、熊沢さん家族の心の平安がおとずれることを深く祈ります。
私はおふたりには面識はありませんが、どなたかがきっと支えてくれることを信じています。

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■4488:今年もまた花かご会のカレンダーが届きました

節子

我孫子駅前の花壇整理をしている花かご会の山田さんが今年も特製カレンダーを持ってきてくれました。
早速に節子の位牌に報告させてもらいました。

節子は、花かご会の最初のメンバーでした。
花かご会はとてもいい人ばかりで、節子を最後まで見舞ってくれました。
節子は本当にいろんな人に支えられて幸せだったと思います。
闘病中の節子の枕元には、花かご会全員の寄せ書きがいつもありました。
しかし、最後にみんなでお見舞いに来てくれたとき、なぜか節子が会いたくないと言ったのには驚きました。
自分の姿の痛々しさを覚えてほしくなかったのでしょうか。
当人でないとわからないことなのでしょう。

先週もオフィスに出かける時に、駅前の花壇で作業している花かご会のみなさんの姿を見ました。
声をかけようかと思いましたが、時間がなかったのでやめました。
おやつでも差し入れようと思っているのですが、なかなかうまくいきません。

節子がいなくなってから、駅前花壇のデザインが少し変わったような気がします。
私はむしろ最近の方が好みですが、節子がいつも今度はどんな花壇にしようかとスケッチしていたのを思い出します。

節子がいなくなってからもう13年。
いまも我孫子駅前の花壇は、花かご会のみなさんのおかげでいつもきれいです。

 

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■節子への挽歌4487:死こそが日常で、生き続けることが非日常

節子
また挽歌を書けなくなっていました。

この数日、いささか気の重い話が続いています。
サロンがあったり、孫が来たり、気がまぎれることもあったのですが、どこかで気が沈んでいます。
誰かと話している時はいいのですが、パソコンに向かうと気が沈んでしまう。
それにどうも夢見がよくありません。

そのうえ、テレビでは息子の暴力が他者に及ぶのを恐れて息子を殺害した元事務次官の裁判の話など、相変わらず暗い話で持ちきりです。
息子に殺されるのであれば、私には別に悲しい事件には感じないのですが、その逆の事件はあまりにも痛ましいです。
その話も、最近私が落ち込んでいる一因です。

愛する人に殺されるのは不幸ではないでしょうが、愛する人を殺すことは、この上なく不幸で辛いことのはずです。
親子は相似形ではないかと思いがちですが、たぶんそんなことはないでしょう。
親は子どもには無償の愛を持てますが、子どもは親に無償の愛は多分持てないでしょう。
誤解されそうな言い方ですが、それが生命の本質のように思います。

しかし人の死は、なぜかくも心に響くのでしょうか。
人はいずれ死を迎えるわけで、死を迎える時期が早いか遅いかの違いだけの話ですが、そして新聞を見ればわかるように、死は社会にはあふれかえるほどの日常事なのですが、なぜこれほどに重く感ずる死があるのか。

この頃、ようやく実感できてきたのですが、生き続けるということは奇跡的な僥倖の連続に支えられていることの結果なのです。
いま生きていることの幸運を、私もようやく実感できるようになりました。
それに気づけば、死はさほどのことではない気もします。
死こそが日常で、生き続けることが非日常なのです。
まあこんなことを書いてしまうほどに、いまちょっと生が萎えています。
困ったものです。

今日はまた孫が来るそうなので、お昼でも食べに行こうと思っています。
気が戻ってくるといいのですが。
今日は、気が滅入るような、そんな陰鬱な天気です。

 

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■万葉集サロン番外編「万葉集や記紀の文字表記」報告

「万葉仮名」をテーマに、万葉集サロン番外編のサロンを升田さんにしてもらいました。
14人もの参加者があり、話もとても広がりました。
そのため、長い報告になってしまいますが、お許しください。

Manyou1912

話し言葉を文字にして残すということが始まったころに、万葉集は編纂されました。
しかもその文字は、中国に始まった「漢字」の活用という形で始まりました。
そこから、古代の人たちが、日本列島という枠を超えて往来していたこともわかりますし、当時の生活ぶりも垣間見える気がします。
想像力を働かせれば、日本という国の成り立ちにも思いを巡らせられます。

さらにいえば、「文字」が持つさまざまな機能にも気づかされます。
万葉集の面白さは、大きな時代の変化で、人々がどう生きていたかを、さまざまな形で感じさせてくれるところにもあるように思います。
今回、升田さんの話や参加者のみなさんの話を聞きながら、改めてそう思いました。

文字の成り立ちは、人と人のコミュニケーションに大きな影響を与え、文化や社会のあり様を決めていきますが、それ以前に個人の意識にも大きな影響を与えていきます。
その意味では、升田さんの万葉集サロンの大きなテーマである「われ」にも深くつながってくる話です。

ちなみに、言語を持たない人間社会はないと言ってもいいでしょうが、文字を持たない社会は少なくありません。
言葉と文字はセットではありません。
升田さんは、文字とは「体系」だと言いました。

たしかに何かに対応する象形文字がいくつかあっても、それだけでは「記号」としか言えません。
時々、遺跡の中に「文字」らしきものが発見されることがありますが、単なる絵かもしれません。
そのことを私は今回初めて気づかされました。

升田さんは、五十音図は字を覚えるためのものではなくて、この音の仮名はこうだというふうに示した「音の図」である、と話しだしました。
「音の図」、象形文字は「目からできた文字」ですが、日本の仮名は「耳からできた文字」と言えるのかもしれません。
このところはもう少し詳しく話を聞きたかったです。

現在の平仮名や片仮名は1音に対して1文字です。
それに比べて、万葉仮名の場合は、「ひとつの音」に対する文字は複数あります。
たとえば、「あ」という音でいえば、万葉集には6種類の文字がつかわれています。
文字で言えば、たとえば「阿」はほぼすべての資料で「あ」として使われています。
そうした多くの文献で使われていた文字が、片仮名や平仮名になっていったそうです。

ところで「万葉仮名」は別に万葉集だけの特殊な文字ではありません。
記紀はもとより、風土記など、上代の国語を表記するために使われた文字を総称するそうです。
升田さんは、音別にどの文献にどんな文字がつかわれていたかをまとめた主要万葉仮名一覧表を資料で配布してくれました。
万葉集での使用が一番多いことが一目瞭然でした。
この一覧表は、見ているだけで想像がふくらんでいきます。

現在では同じ音でも、なかには当時、2種類の音があったということが江戸時代の研究でわかっているそうです。
現在使われている音で言えば、13の仮名が2種類の音を持っていたそうです。
これを便宜的に甲類乙類というように区別しています。
いまはいずれも同じ音とまとめられていますが、当時は別の文字が充てられていたのです。

しかし、甲類乙類の音があったのであれば、丙類の音もあったのではないか、と私は思ってしまいます。
たしかに江戸時代の江戸の学者は2種類くらいしか聞き分けられなかったのでしょうが、実際には甲乙どころか甲乙丙丁…とたくさんあったのではないのか。
万葉仮名は600文字以上あることが確認されていますが、その中には明らかに遊び心でつくられたものもあるので、すべての文字がちがう音に対応していたとは言えませんが、まあ数百の音があったはずです。
いまでも方言では、50音図の文字では表せない音があるはずです。

五十音図は音の図だと升田さんは言いましたが、結果的には「多様な音をそろえていく効果」を果たしたともいえます。
私が子どものころはまだ、たとえば「い」「え」という文字に吸収されてしまった「ゐ」「ゑ」という文字がありました。
音としては、wi weだと思いますが、いまは使われなくなっています。
一世代の間でさえ、それだけの変化がありますから、文字も発音も変化しているわけです。

話しやすく使いやすい方向に、文字も言葉も変化しているのでしょうが、注意しないと豊かな感情をこめにくい機能的な言葉に変わっていって、人と人のコミュニケーションを貧しくしていくおそれもあります。
それへの反発が、子どもたちの漫画に出てくる、たとえば「あ」に濁点をつけるような、ルールに反する文字になって表れているのかもしれません。
まだまだ言葉は文字に完全には呪縛されていないようです。

もちろん「五十音図」の発想のおかげで、日本人の識字率は、平安時代以来、たぶん世界でもトップだったでしょう。
平安時代には五十音図はありませんでしたが、「天地の詞」や「いろは歌」などがありました。

升田さんは、こんなことも言いました。
文字を手に入れたことで、言葉(歌)を文字に残すことの面白さや喜びを感じた人たちは競って、庶民が歌っている歌を書き留めて残したのではないか、と。
音を文字であらわす喜びは、大きかったのでしょう。
歌詠みもその歌を文字に残すことも、とても楽しかったに違いないというのです。
「楽しいこと」は文化を豊かにし、社会を元気にする原動力です。

書を書かれる人が2人、参加していましたが、その人たちは音だけではなく、書いた時の美しさも文字を選ぶ基準の一つだったのではないかと言いました。
とても納得できる話です。
文字が普及し、書くことでさらに文字を使う喜びは高まった。
話はますます面白くなってきます。

しかし、その文字は私たちの社会を豊かにする一方で、私たちから何かを奪ったのではないかという思いも私にはあります。
文字のない社会の平和な生き方も報告されていますが、文字によって私たちが失ったものもあるかもしれません。
文字と権力の話も、私の大きな関心事です。
それは最近の英語教育の動きにもつながっていきます。

話し合いでは「神代文字」の話もでました。
私も一時期、カタカムナ文字や相似象にはまったことがあるのですが、そこまで行くとさすがに逸脱しすぎそうなので、我慢しました。

升田さんの話はもっといろいろありました。
中国の「韻鏡」の話や、「略体」や「非略体」などの話、さらには「文字に残っている原義」を踏まえての文字の使い分けの話、いずれも面白すぎて私には消化できません。

文字から見えてくることはたくさんあります。
あまりにも内容がたくさんだったので、今回は私には消化できないことが多く、いつか「補講」をお願いしたい気分です。
希望者が3人集まったら補講をお願いしようと思います。
升田さんは大のケーキ好きですから、ケーキを用意したら、やってくれるでしょう。

中途半端な報告ですみません。
まあ、いつものことではありますが、さすがに今回は我ながら中途半端だと反省しています。
次回からきちんと録画か録音しておこうと思います。

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2019/12/16

■年末年始のオープンサロンのお誘い

巡礼のサロンを今年最後のサロンにしようと思っていたのですが、その打ち合わせの過程で、鈴木さんから昨年のような年末年始のゆるやかなサロンもよかったと言われました。
そう言えば、昨年は巡礼サロンの後、おまけサロンをやり、年始には新年サロンをやりました。

記録によれば、いずれも参加者は少なかったのですが、今年も開催しようと決めました。
12月は昨年と同じく28日、1月は昨年より早いですが、4日の土曜日にさせてもらいます。
時間はいずれも正午から午後4時ころまでです。

いつものサロンよりも長いですが、テーマもないし、出入り自由ですので、気の向いた時間に来ていただいて、気が向かなくなったら出ていくスタイルで大丈夫です。
時々、終わる時間に来る人もいますが、最後に来た人から30分で終了にします。

お昼の用意はありませんので、もし必要なら各自ご持参ください。

〇日時:2019年12月28日(土曜日)正午~午後4時
〇場所:湯島コンセプトワークショップ
http://cws.c.ooco.jp/cws-map.pdf
〇スタイル:「今年を振り返っての雑談」
〇会費:500円
〇申込先:佐藤修(qzy00757@nifty.com

 なお、新年のオープンサロンは14日の同じ時間帯の予定ですが、新年になって気が変わることもないとは言えませんので、改めてまた案内をさせてもらいます。

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2019/12/15

■今年の漢字は「怒」でしょう

先日、今年の漢字が発表されました。
「令」でした。
社会の風潮を示しています。
それはそれとして、今年を漢字一文字で表すとすれば、私は「怒」です。
今年ほど、「怒」を感じた年はありません。
いささか感情的ですが、怒の矛先はすべてに向かっています。
もちろん自分にも、です。

怒りが行動を引き起こすとよく言われますが、高齢になると、怒りは行動ではなく、心筋梗塞や体調不良を起こします。
困ったものですが。

今年の漢字が「令」になったことを知って、「怒」は「諦」に転じました。

相変わらず「お上」の命令に従って生きることを選んでいるのです。

「諦め」は行動には通じませんが、心身の健康にはよさそうです。
健康に年を超せそうです。
いささか落ち込んではいますが。

 

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2019/12/14

■節子への挽歌4486:衝撃的な電話

節子

節子も知っている友人から衝撃的な電話がありました。
その友人の友人夫妻が滋賀県で自殺をしたという連絡です。
2か月ほど前に余命宣告された上に、かなりつらい日々だったそうで、夫婦で一緒に自殺を決意したそうです。
その人も、私も30年近く前に会ったことがあります。

私の友人の幼馴染でした。
しかし、なぜに夫婦で、か。
伴侶の方も納得していたようで、彼女自身も病気を抱えていたのかもしれません。

友人は思いとどまるように何回も働きかけていました。
しかし3日ほど前から連絡がつかなくなり、一昨日、滋賀県の県警から連絡があったそうです。
携帯に、私の友人との通話記録があったので連絡があったそうです。
聞かされていたとはいえ、まさかの夫婦心中。

もしかしたらろ聞いていたとはいえ、友人もショックで気が動転、持って行きようのない怒りや悲しみで、ともかく誰かに伝えなければということで私に電話していたようですが、私があいにく電話に気づかずに、今日、やっと連絡がつきました。
そういう時には、ともかく誰かに話をしなければおさまりません。
それで私が聞き役に選ばれたのです。
私自身、対応しようもなく、ただただ聞くだけの電話でした。

しかも、その電話を受けたのは、めずらしく講演していた休憩時間でした。
私もその後の講演で、打ち明けたかったのですが、なんとか我慢しました。
帰宅して、娘に話して、少し気が軽くなりました。

しかし、それにしても、気が晴れません。
それであまり書くべき話ではないと思いましたが、書いてしまいました。
人はなぜ死のうと思うのでしょうか。
たとえ自らの生命であろうと、意図的に生命を断ってはいけません。
生命が終わるときに、それに抗うのも私の生き方ではありませんが。

付き合いのある人の死は、心が揺れてしまいます。

 

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■節子への挽歌4485:久しぶりの日の出

節子

今日はまた生活哲学学会に話をしに行きます。
背広で行こうかセーターにサンダルで行こうか迷いましたが、一昨日、その格好を見た友人から、ホームレスに間違えられると言われました。
そこでせっかくの決意が崩れてしまい、今日もまた背広と靴で行くことにしました。
ところが今度はその上に着るコートがありません。
真冬のコートはあるのですが、ちょっと今日は重すぎる感じです。
まったく衣服というのは面倒です。

今日は1時間間違えて起きてしまいました。
おかげでまた本が読めました。
ヤシャ・モンクの「民主主義を救え!」です。

私が思っている以上に、民主主義の時代は終わってきているのかもしれません。
その本に、異なる民族や宗教が平和裏に共存していた時代は、ハプスブルク帝国とオスマン帝国のように、強力な王政の支配を伴っていたと書かれていました。
そして現在の若者たちは、民主主義を好ましいものだと受け止めていないという調査結果も示されていました。

民主主義信仰もまた、わずかな時代のブームでしかなかったのかもしれません。
実は私も最近、そんな気分が少し高まっています。
ハプスブルク家の支配のなかに暮らすのも、意外と魅力的かもしれません。

まあ今日の講義は、シビック・アントレプレナーの薦めがテーマで、いささかのアジテートをする予定ですが、ちょっと迷いが出そうな気配です。
忘れなければいけません。

外は陽が出てきました。
久しぶりに日の出を見ました。
節子と一緒に日の出を見た記憶は今でも鮮明に残っていますので、ちょっと感傷的になってしまいます。

さてそれを振り切って。

 

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2019/12/12

■節子への挽歌4484:温泉湯治

節子

抗がん治療をしている友人に、3日ほど前から電話をかけているのですがつながりません。
今日もなぜかつながりません。
彼は一人住まいなのです。

気になっていましたが、今日、ようやく相手からかかってきました。
つながらなかった理由は、携帯電話をスマホに替えたら、扱い方がよくわからずに混乱しているようでした。
まあ私も似たようなものなので、困ったものだとしかいえません。

オブジーボ治療を受けようかどうか迷っていましたが、先日、温泉療法に落ち着いたのです。
遠くの温泉の話も出ていましたが、近くになったようで、これから新宿に行って、そこから山梨の益富温泉に行くそうです。
来週、定期診察があるので3~4日で戻ってくるそうですが、調子が良ければ年明けに少し長目の湯治療法にいくそうです。
一泊くらい招待してくれるかもしれませんが、今の元気であれば私が行くこともなさそうです。
それくらい元気な声でした。
ちょっと安心しました。

彼は、私の小学校時代の同級生です。
昨日は、小学校時代の同窓生の女子会でしたが、今日は、同じ同窓生の男子会を我孫子でやろうと連絡がありました。
じつは、同窓生同士が2組結婚しているのですが、その同級生夫婦の奥さんだけが昨日はやってきました。
たぶんその様子を聞いて、連絡してきたのでしょう。

女子会への参加もつらいですが、男子会もあんまり乗り気がしません。
しかし、だんだんとこういう誘いが増えてきています。
どうしてみんな来世を確信しないのでしょうか。
現世で会えなくなっても、たぶん来世でも会えるでしょう。

私も一時、会えなくなる前に会っておこうなどという気になったことがありましたが、最近は来世で会えばいいという思いになっています。
死などに拘束されたくはありません。

 

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2019/12/11

■節子への挽歌4483:小学校の同級生の女子会への招待

節子

小学校時代の女子会がありました。
秋にフランスの有機農業の集まりなどに行っていた霜里農場の友子さんの報告会を兼ねて、湯島でミニ同窓会を升田さんが企画したのです。
男性にも声を掛けましたが、みんな病院通いでダメだったので、女子会になりました。
男性が私一人だけでは話も合わないので、欠席しようと思ったのですが、霜里農場の手作りおにぎりを食べさせてやると言うので、参加しました。

ところがあいにく常磐線が混乱して、時間に間に合いませんでした。
鍵は霜里農場の友子さんが持っているはずなので、大丈夫だろうと思っていたら、すでに3人が到着していて、ドアの前で待っていました。
呼びかけ人の升田さんも遅れているようです。
そしてその升田さんからメールが届きました。
肝心の友子さんがどうも忘れてしまっていたようです。
まあこの歳になるとこういうことはよくあることです。
2時間遅れて友子さんは参加しました。

それにしても女性はみんな元気がいいです。
私は話に入ると場を壊しかねないので、片隅で小さく話を聞いていました。
友子さんがフランスで小学校に有機野菜を採用したまちの市長を呼ぼうと言い出しました。
そのお鉢が私にまわってきました。
困ったものですが、ちょっと面白いかもと思って、うっかり引き受けてしまいました。
さてまずは資金集めからです。

おにぎりにつられて、場違いの女子会などには参加してはいけません。
しかも、肝心の友子さんが忘れていたので、おにぎりは食べられませんでした。

20191211

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2019/12/10

■節子への挽歌4482:帰ってゆきたい場としての湯島サロン

節子
もう一つ書かせてもらいます。
太田さんの話です。

太田さんはつらい中を湯島まで歩いてやってきました。
太田さんは、途中はつらかったが、湯島のサロンにけると思うと元気が出てきたと言ってくれました。
太田さんは、湯島のサロンが好きだったのです。
しかし着いたときは、もう倒れそうな顔色で話すのもやっとのような感じでした。

ところが、サロンが終わり、立てないでいる太田さんのまわりに何人かが集まり、太田サロンになって話しているうちに、表情や顔色が一変してきたのです。
話もいつものようになってきました。
湯島に入って来た時と別れる時はまったく違ったのです。
薬よりも治療よりも、安心できる場所で心置きなく心を開くことがいかにいいことかを実感しました。

今日、太田さんからフェイスブックで私宛へのメモが投稿されました。
内容はまた改めて書くとして、あて先は「初代湯島サロン亭主 修さんへ」、そして差出人は「自称 2代目湯島サロン亭主2代目より」となっていました。
たしかに太田さんは、湯島サロンの主旨に共感してくれていました。
2代目になってもよかった存在です。

それで、「自称」でなくて「公認」でもいいとコメントしました。
太田さんは「光栄です」と素直に受け入れてくれました。
湯島サロンの2代目はこれで決まりです。
このやり取りは、事情を知らない人にはどう感じるでしょうか。

それはともかく、太田さんがつらさの中で、湯島サロンに行こうと思ったのは、長年のサロンが報われた気がします。
太田さんは、湯島に行って、みんなに会いたいと自然と思ったのです。
先日、コミュニティに関するサロンで、上田さんが「コミュニティとは帰ってゆきたくなる場」だと言った話を思い出します。

湯島のサロンは、もう私だけの場ではなくなってきました。
みんなが帰っていきたくなる場なのです。
節子と同じく、太田さんも湯島に戻ってくるのでしょうか。
私が戻ってくる頃にも、湯島が残っているといいのですが。

宝くじを当てて、永久保存体制を目指さなければいけません。

 

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■節子への挽歌4481:期せずして太田サロン

節子
太田さんの話をつづけます。

一昨日のサロンに病院を外出してやってきました。
痛みなどもあって、病院に入院したのですが、これまで通りの生活をこころがけているそうです。
先日、佐賀の母親に会いに行ってきた後、やはり体力が大きく低下したようです。

サロンには遅れてやってきましたが、表情が違っていました。
これまで通り、話し合いでは、相変わらずの根本的な問いかけをしましたが、緯線のように声に勢いがありません。
話すのも辛そうでした。

サロンが終わった後、何人かが太田さんを囲み、話しだしました。
そのまま、太田さんを囲むサロンになりました。
フェイスブックにも投稿したのですが、みんな太田さんの症状も知っています。

しかし、明るい話し合いができました。
太田さんの話もたくさん聞けました。
おかげで病院に出してきた外出届の時間には病院には戻れなくなったでしょう。

それにしても、これだけあっけらかんと話せるのはめずらしいでしょう。
太田さんとは最近知り合った人もいましたが、彼は感激していました。
彼も死に関しては割り切っている人ですが、こういう話し合いの場がもっとあればいいと一緒に帰る途中で連発していました。
私は、来世を信じていますので、また会えるからと思っています。
そう思えば、哀しくはありません。

それに涙で人を送るのは私の好みではありませんし、太田さんの好みでもないでしょう。
それに涙は出る時には出るのです。
悲しさを感ずるのは、送ってからしばらくたってからです。

太田さんは、湯島のサロンの常連でした。
しかも、テーマによって参加を決めるのではなく、用事のない日曜日のサロンは必ず参加していました。
それこそ、私がサロンで目指している方針なのです。
その意味で、太田さんは湯島のサロンの最大の理解者でした。

ですからその前に一度太田さんに最後のサロンをやってもらいたいと思っていたのですが、さすがにどう頼んだらいいか判断できずにいました。
それが期せずして、サロンが実現したのです。

Oota191208

太田さんが途中で、メモを出して、読み出しました。
私への問いかけのようでした。
それも、いつものように、ついつい反論してしまいました。
最後まで、太田さんとはいつものように付き合おうと思います。

しかし、こんなサロンが開けるとは思ってもいませんでした。
いい時間でした。

 

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■節子への挽歌4480:太田さんの生き方の見事さ

節子

太田さんを覚えていますか。
節子がまだ湯島に行っていたころ、何回か湯島にも来たはずです。
もっともしばらく途絶えていたから、節子ががんになった頃は交流が少し途絶えていました。

節子がいなくなってしばらくして、太田さんはわが家にやってきました。
節子が亡くなったことを知って、わざわざわが家までお線香をあげにやってきてくれました。
以来、わが家にも3回ほど来ていますが、いつも、有名なお寺のお線香を持ってきてくれます。

その太田さんが、癌になってしまいました。
しかも発見が遅れてしまった。
手術は無理ということで、抗癌治療を勧められたと思いますが、癌に抗わずに、治療せずに、できるだけこれまでと同じように生きようと決心しました。
毎日曜日に湯島にやってくる生活スタイルも変えることなく、やってきました。

しかし2週間ほど、来なかったことがあります。
気になっていたのですが、一昨日のサロンにやってきました。
九州の実家にいる母親に報告に行っていたそうです。
太田さんの最大の悩みが、母親にどう伝えるかだったのです。

九州までの旅はつらかったようです。
もしもう少しタイミングを暮せていたら、体力的に無理だったかもしれないようです。
一昨日のサロンに来た時も、辛そうでした。
でも来てくれた。

太田さんは、もう余命宣告を受けていますが、驚くほどの平常心を維持しています。
これほど剛毅な人を、私は知りません。
肩に力が入っているわけではないのです。
いとも自然に生きている。

こういう生き方ができるのは、これまでの太田さんの生き方のためでしょう。
太田さんから教えられることは多いです。

 

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■CWSサロン「5回目のサンティアゴ巡礼報告」のお誘い

昨年最後のテーマサロンは、鈴木さんの巡礼サロンでした。
今年の秋、鈴木さんは5回目のサンティアゴ巡礼に行ってきました。
ルートは初めてのポルトガルの道の巡礼でした。
これまでとは違った体験をしてきたようです。
今年も、あわただしい年末の時間を、鈴木さんの巡礼サロンで過ごしたいと思います。

巡礼から戻ってから、鈴木さんは湯島での上田さんのサロン「コミュニティを考える」に参加されました。
鈴木さんは、上田さんのお話にとても共感するものを感じたようです。
聖地巡礼は人を自然とto beの世界へといざなうことに気づいたそうです。
巡礼ユートピアということも、その時に話していました。
そして今回、改めて、巡礼とミニマリズム(簡素な暮らし)は親和性があることを実感してきたようです。

ポルトガルでどんな体験をしてきたのか。
5回目のサンティアゴ巡礼のお話をお聞きしながら、私たちのたぶん忙しかった今年を少し振りかってみたいと思います。
できれば、巡礼報告に合わせて、鈴木さんのシンプルライフの話もちょっとお聞きできればと思っています。

みなさんの参加をお待ちします。

〇日時:2018年12月26日(木曜日)午後2時~4時
〇場所:湯島コンセプトワークショップ
http://cws.c.ooco.jp/cws-map.pdf
〇テーマ:「5回目のサンティアゴ巡礼報告」
〇話題提供:鈴木章弘さん(巡礼者/ミニマリスト)
〇会費:500円
〇申込先:佐藤修(qzy00757@nifty.com

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2019/12/09

■第4回リンカーンクラブ研究会報告

第4回リンカーンクラブ研究会は「政治と報道」をテーマに選びました。

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ゲストに元日経政治部記者だった中西晴史さんに来てもらいました。
中西さんは、ご自分の意見も含ませながら、政治記者時代の話をしてくれました。
中西さんの話からは、新聞も新聞記者もかなり変わってきてしまったことへの哀感のようなものが伝わってきました。
中西さんの話の後、やはり日経記者だった坪田さんが、その変化を少し客観的に補足してくれました。
それを踏まえて、参加者での話し合いが行われました。

具体的な新聞の評価に関する意見も出ましたが、経営的な面でほとんどの新聞社は自立困難となっていることが根本的な問題のようです。
そのため、権力に対峙する新聞はもうなくなってしまった。
コストダウンのために現場取材する記者が少なくなり、取材費も切り詰められているので、直接取材記事が少なくなってきている。
伝えるためには、写真さえにも「やらせ」が入りやすく、新聞報道を受け止める読者がしっかりしないとただ操作されるだけになりやすい。
新聞はむしろ自社の報道の立場を明確にし、もっと主観的な主張をするべきではないか。
アメリカでは権力に対峙する姿勢の新聞が講読者を急速に増やしている。
新聞購読者も減ってきているが、逆に子ども向きの新聞を子どもたちのために購読する家庭が増えてきている(子ども時代から洗脳されていく恐れもある)。
相変わらず国民を啓蒙する姿勢が残っている。
などが話題になりました。

リンカーンクラブの武田さんは、NHKのような国営の新聞をつくり、国民が直接選んだ委員会で編集したらどうかという提案をしました。
武田さんの提案はいつもその真意がなかなか理解されないきらいがありますが、報道権は主権者がしっかりとおさえるべきだという考えが根底にあります。
市民主導の新聞への試みはこれまでもありましたが、なかなか成功はしません。
しかし、いまこそ、そうしたメディアが必要になってきているように思います。

坪田さんは、最近また注目され出している桐生悠々の話も紹介してくれました。
ちなみに、北陸朝日放送が制作した「言わねばならないこと〜防空演習を「嗤った」男・桐生悠々」は第1回「むのたけじ地域・民衆ジャーナリズム賞」を受賞していますが、今年の1228日に、テレビ朝日で再放送されますので、ぜひご覧ください。

いずれにしろ、残念ながら現在の新聞は、政府にからめとられているような気がします。
そのために、新聞の存在意義が失われ、購読者に魅力を感じさせられなくなってきているのではないかと思います。
政治にとっても新聞の役割は大きいと思いますが、政府も新聞社も短視眼で考えているため、その可能性を活かせずにいるような気がします。
それが残念でなりません。

このテーマはもう少し掘り下げていければと思います。

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■CWSサロン「知識ゼロで挑む無門関」のお誘い

湯島のサロンでは、来年、宗教や信仰を一つの軸として取り上げようと思いますが、その手始めに、「禅」の世界にちょっと触れるサロンを開催します。
とりあげるのは「無門関(むもんかん)」。

中国南宋時代の禅僧 無門慧開(えかい)によって編まれた仏教書で、門下の修行僧を悟りに導くために編まれた問題集(公案集)です。
私自身、それを題材にした禅師の法話記録を読んだだけですが、そのことをフェイスブックに書いたら、「無門関」を愛読している金子英之さんからコメントをもらいました。
聞けば、「無門関」でも有名な「百丈野狐」を7年かけて、独自のアプローチで読み解いたといいます。
これはもうサロンをお願いするしかないなと思い、無理を承知でお願いしたところ、うれしいことに快諾をいただきました。

気が変わらないうちにと、早速企画させてもらいました。
金子さんは、「無門関」をご存知ない人も、たとえば「百丈野狐」を読んでもらえれば、関心を持ってもらえるだろうと考えています。
そこで、「百丈野狐」を題材にして、そもそも「公案」とはなにか、から始まって、「無」とは何かに至る、「知識ゼロで挑む無門関」の2時間のサロンを開催することにしました。
いささか無謀な試みですが、なにしろ湯島のサロンですので、金子さんも承知してくださいました。

もっとも、「百丈野狐」を一読してなんだこれは?と思う人も多いでしょう。
ストーリーがちょっと錯綜しているので、金子さんは、事前に、「百丈野狐」がどういう話かはつかんでもらい、解決の方向性を当て推量でもいいので考えてきてほしいと希望されています。
古来、一般的には難問とされる公案なのですが、本文中にヒントは込められていますし、自分の人生体験とか人生の機微に触れる部分があればそこからいとも簡単に読み解けるとのこと。

「百丈野狐」を簡便につかみたい方は次のサイトをご覧ください。
ただしこれはあくまでも参照です。
https://k1s.hatenablog.com/entry/20120614

サロンでは岩波文庫の西村恵信訳註「無門関」をテキストにしますが、「百丈野狐」の部分をPDFで添付させてもらいました。
参加される方はあらかじめ読んでおいてください(当日もプリントアウトしてご持参ください)。
ダウンロード - e784a1e99680e996a2e8a5bfe69d91e681b5e4bfa1e8a8b3e8a8bbe5b2a9e6b3a2e69687e5baabe38288e3828a.pdf

新しい年のはじめに当たって、ちょっとだけ「禅」の世界に触れて、自らの生き方もちょっとだけ問い直してみるのもいいでしょう。
難しいテーマですが、楽しいサロンになると思います。

どうぞ気楽にご参加ください。

〇日時:2020年1月13日(月曜日)午後2時~4時
〇場所:湯島コンセプトワークショップ: http://cws.c.ooco.jp/cws-map.pdf
〇講師:金子英之さん(「無門関」永世愛読者/i2 associates代表 大学で東洋美術史を学んでからデザイナーをやっています)
〇テーマ:「知識ゼロで挑む無門関」
〇会費:500円
〇申込先:佐藤修: qzy00757@nifty.com

 

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2019/12/08

■BMSサロン「ローマ法王来日で思ったことを話し合いませんか」報告

ローマ法王の来日から10日ほどがたちましたが、このままだと忘れられてしまうのではないかと思い、湯島でのBMSサロンで法王来日で何を考えたのかの話し合いを持ちました。
参加者は私を入れて9人でした。
この活動を始めるきっかけになった本間さんも参加してくれました。

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最初に、簡単にそれぞれの感想を話してもらい、話し合いになりました。
人それぞれで、いろいろな気付きをもらいました。

法王来日の報道記事をしっかりと読み込んで、そこから学んだことを紹介してくれる人もいましたし、いろんな気づきを私たちに与えてくれたという話もありました。

間違いなく、法王来日は日本に何かを残してくれました。

そればかりではなく、ローマ法王来日が決まって以来、いろんな人がいろんな活動に取り組んでいます。
たとえば、私の地元の我孫子市では毎年年末に平和の集いをやっていますが、今年はそこでモノオペラ「焼き場に立つ少年」を上演しました。
「焼き場に立つ少年」は、今回の法王来日で改めて注目された写真です。
サロンでは、実際にその集まりに参加した鈴木さんから紹介がありました。

こうした動きはたぶん日本各地で行われているのでしょう。
気をつけて報道に注意していれば、そうしたことに気づくでしょう。
本間さんの呼びかけもそうしたことの一つです。

しかし、にもかかわらず、法王来日はもう過去のニュースとして忘れられつつあるようにも思います。
来日前のさまざまな活動も個別で終わり、つながって大きな運動にならなかったことが残念です。
それはもしかしたら、やはりローマ法王来日はキリスト教世界のことと捉えている人が多いからかもしれません。

広島の友人が、こんなメールをくれました。

長崎・広島へローマ教皇が訪問され日本が『井の中の蛙』状態にあることを表明されたように私は受取りましたが、蛙の面に○○○○でしょうか。(*_*;

私もそんな気がしています。
話し合いではこんな意見も出ました。

戦争の時の核使用のヒロシマ、ナガサキと日常時の核事故のフクシマは違う。
法王が本当に核廃絶を願うならフクシマの現場にこそ行って、その現場映像を世界に発信してほしかった。
帰国時の飛行機の中での発言から、法王は日本に来て学んだと思う。しかし、私たちは学んだのだろうか。

20代の若者からは思いがけない発言がありました。
そもそもこの人(法王のこと)がおもしろくない(魅力を感じさせない)のであまり報道も見ていない。
アンデルセンの「裸の王様」を思い出しました。
若者にとっては、ローマ法王という言葉はなんの威力も発しないようでした。
いや逆にマイナスの価値しか持っていないのかもしれません。

核兵器と原子力発電は同じものかどうかの話も出ました。
「核時代」ということを私たちはもっと意識すべきだという本間さんの呼びかけを、私たちはしっかりと受け止めなければいけません。

「原子力の平和的利用」ということの欺瞞性にいち早く気づき、原子力時代に我々がものを考えなければ大変なことになると警告していたハイデッガーを思い出さなければいけません。
このテーマは来年、改めて取り上げていきたいと思います。

私は3つのことを感じました。

まず失望です。
法王も政治の枠の中でしか動けなかったのではないか。
なぜ「首相に会いながら核兵器禁止条約」への署名を働きかけなかったのか。
なぜ袴田さんに会わなかったのか。
そして、仏教関係も含めて、宗教団体の動きがなかったことにも失望しました。
しかし一番失望したのは、報道の姿勢です。

2つ目は不安です。
法王を迎える人たちのあの熱狂ぶりです。
いまの時代の宗教とはなんだろうかと、改めて興味を持ちました。

3つ目は、私には何の感動も起こらなかったということです。
フランシスコ法王はたしかに魅力的な人ですし、親しみを感じます。
その発言には共感もしました。
しかし、法王のスピーチを聞いても私の心身は動きませんでした。
シナリオに沿って演じているように思えてしまったのです。

であればこそ、法王のメッセージを受けとめて、できることをやっていかなくてはいけません。
そんなわけで、来年も時々、「核時代」や「宗教」を切り口に、こんな集まりを続けたいと思います。
引き続き参加いただけるとうれしいです。

本間さんの呼びかけメッセージを無駄にしたくはありませんから。

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2019/12/07

■節子への挽歌4479:「物言えば、唇寒し」に抗わなければいけません

節子

今日もまた寒い1日でした。
今日は、湯島のBMS(茶色の朝)サロンで、先月来日したローマ法王を話題にしました。
記録して公開しようという意見もありましたが、今回はともかく本音で話す状況にしたかったので、記録はやめました。
そのおかげではないですが、議論はいろいろと出ましたが、終わってからやはり記録すればよかったと思いました。
録画されているから本音を出さないとか発言しにくいというのは、やはり誠実ではないと思ったのです。

私自身は、どんな場でも基本的に建前の話はしません。
いつも本音で話しているわけではありませんが、嘘だけはつきません。
というよりも、嘘がつけないのです。
これは子どものころからで、嘘をつくと赤面したり顔に表情が出たりして、すぐに嘘だとわかっていますのです。
嘘をついてもすぐ嘘だとわかってしまうので、嘘が嘘にならないのです。

公開の場だと、しかし、発言を差し控える人はいるでしょう。
そうでなくとも、最近はみんな本音ではなしをしないと、サロンで20代の若者が指摘していました。
たしかに、「物言えば、唇寒し」の時代です。

湯島のサロンでは、決してそんなことはありません。
長年かけて、ある種のアジールになってきました。
であればこそ、ここでの議論を公開していくことが次の目標ではないかと気づいたのです。
わたしだけではなく、他者を巻き込むことになるので、慎重を期さねばいけませんが。

昨日は久しぶりに鷹取さんが来てくれました。
帰り際に、「今年最後だと思うので」と前置きして、みんなに「よいお年を」と言った後、「佐藤さんには来ないだろうけれど」と付け加えました。
その時は気になりませんでしたが、後であれはどういう意味だと気になりだしました。
禅の公案かもしれません。

来年1月に、禅書「無門関」のサロンをやることにしました。
鷹取さんはそれを知っていたのでしょうか。
まあ知るわけはないですが、鷹取さんは実に愛すべき人です。

 

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2019/12/06

■節子への挽歌4478:「感謝も伝えられるときにしっかりと伝えなくては」

節子

この挽歌も最近、アクセスが減っています。
時評編をあまり書かなくなったのと挽歌もなんということのない私の日記になってしまったからでしょう。
挽歌と時評を組み合わせている意味もあまり亡くなったかもしれません。
コメンとも減って、最近はめったにありません。

ところが今日の夕方、気づいたのですが、久しぶりにコメントの書き込みがありました。
投稿者はpattiさん。
以前、心にしみるコメントくださった方です。
いまもなお読んでくださっているとは、うれしいことです。

コメントは時評編へのものでしたが、そのなかにこんな文章がありました。

東日本大震災の3か月後に彼は旅立ちました。
正直言って目の前の日々変化する彼の病状と共にあることで精一杯、私自身まるで重力がない世界にいるようでしたから震災後も復興云々より人の生死についてばかり頭を巡らせていました。
こうして稚拙ながらコメントできるようになったのも時の経過故です。
そして佐藤さんのブログとの出会いもこの喪失の経験がなければ起こらなかったことなのです。

佐藤さんの本意に反するかもせれませんが、改めて感謝を伝えたいと思います。
「詫びることができるうち詫びる」と同じように感謝も伝えられるときにしっかりと伝えなくては。

「詫びることができるうち詫びる」は、先日書いた記事をさしています。
つづけてこう書かれています。

直近で鼓舞されたのは昨夜のU2のライヴです。政治的メッセージも辞さない彼らの一貫した姿勢のみならず、昨夜はアフガニスタンで悔しくも凶弾に斃れた中村哲氏への哀悼と彼の功績を讃えました。
前日私は一人悶々と悲しみに暮れていました。偶然手に入ったチケットでその場に居合せ、ともに追悼できたことへの感謝と事件への憤り、無念さがない交ぜになってくしゃくしゃになりました。

この文章で、pattiさんのプロフィールが少し伝わってきます。
もちろん私は、pattiさんがどんな人か全く知りません。
さらにこう書かれていました。

そんな一夜が明けて佐藤さんのブログを開いて書き連ねてしまいました。長くなってすみません。
サロンをはじめ多くの人たちとの関わり合いの「場」提供し続けている佐藤さんはなんと心強い存在でしょう。
お体にはくれぐれも気を付けてください。またお邪魔させていただきます。

pattiさんには無断で引用させてもらいましたが、コメントで公開されているので許してもらえるでしょう。

「感謝も伝えられるときにしっかりと伝えなくては」。
全く同感です。

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■節子への挽歌4477:歯は元気のようです

節子

寒くなりました。
寒くなると身体の動きが悪くなります。
そのうえ、今朝、リビングのエアコンを入れたら壊れていて動きませんでした。
夏にはなぜか動いたのに、また動かなくなった。
寒さのせいでしょうか。
困ったものです。

歯医者さんに行きました。
定期検診ですが、年に似合わず歯は大丈夫のようです。
まだ抜けた歯は1本、歯周病もまあ大丈夫だということでした。
しかし夜はきちんとマウスピースをした方がいいとまた言われました。
つくってもらった時は3か月くらい続けたのですが、最近はもう全く忘れています。
しかし歯医者さんにはそれもすぐわかるようです。
困ったものです。

私自身は、歯磨きは好きではありません。
そもそも身体の健康管理や身体の手入れが苦手なのです。
それに現世で生き続けることへのモチベーションも高くありません。
節子がいたら、3万年でも生きられますが、いない今は現世への未練はほとんどありません。
ただただ退屈なだけです。
しかし、こういう人に限って、長生きするかもしれないと最近不安になることがあります。
全く困ったものです。

寒いとやることもない。
畑には収穫しそこなっているニンジンなどもあるはずですが、行く気も起きない。
もう少しあったかかったら、40きろのお遍路さんに行こうとも思っていましたが、もうやめました。
人はどんどん怠惰になるものです。

今日はまた「ドクターX]を見てしまいましたが、今回はまったく面白くありませんでした。
やはりテレビは飽きますね。

充実感の全くない1日でした。
孫と一緒に食事にでも出かければよかったです。

 

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2019/12/05

■節子への挽歌4476:節子の白いミニバラ

節子

遅れていた13回忌の法要を行ったので、その報告も兼ねて、毎年、節子に花を献花してくれる隣の家にお礼に行きました。
13回忌の節目を終えたので、お花は今年で終わりにさせてもらいたいとお願いしました。
こういう時に、どう言ったらいいのか、私は苦手ですので、節子がいる時には節子にアドバイスをもらっていました。
しかし今はそれも出来ずに、なんといっていいか戸惑っていたら、先方から「節目ということですね」とわかってもらえました。

それに続いて、うれしい話をしてくれました。
節子を見送った時に、献花に来てくださったみなさんに、白いミニバラの鉢を差し上げました。
その白いミニバラをわが家のすぐ近くに地植えにしたら、いまも元気で育っているそうなのです。

帰宅して窓から見たら確かに育っています。
実にうれしい話です。
ちなみにお隣の奥様は、あまり花を育てるような土いじりが好きなタイプではないのです。
それを知っているので、私は感激してしまいました。
しかもわが家に一番近いところに、ですから。

ちなみに、その時のミニバラはわが家では私の手入れ不足でみんな枯らしてしまいました。
あの頃はかなりのミニバラの鉢をいろんな人に持って行ってもらいました。
いま残っているのはいくつくらいあるでしょうか。

 

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2019/12/04

■嘘を前提にして議論する社会

国会では相変わらず「桜を見る会」での与野党のやり取りが続いています。
テレビでもその関連の話が話題になっています。
私がこの問題で驚いているのは、官邸や与党の反応ではありません。
みんなが「嘘」を前提に思考し議論していることです。

これは最近の風潮ですが、こうしたことが繰り返されると「嘘」という概念さえなくなっていくのではないかと気になります。
いやもうなくなってしまっているのかもしれません。
最初にこうした風潮をつくった小泉政権からもうかなり経ちますから。

「桜を見る会」問題での嘘は、たとえば、参加者名簿がないという嘘です。
本当にないと思っている人がいるのでしょうか。
手書きで名簿をつくる時代ならともかく、パソコンでデータ作成する時代に、プリントアウトした名簿をシュレッダーにかけることで名簿はなくなりません。
万一すべてのパソコンのデータを消去しても、復元は可能でしょう。
そういう時代に、相変わらず、紙媒体の名簿を廃棄したことで、名簿がないなどと騒いでいることの滑稽さをだれも指摘しない。
しかもつい最近、同じようなことを体験しているはずなのに。
アンデルセン童話の「裸の王様」を思い出します。

嘘を認めての野党の追及は時間の無駄でしかありません。
テレビのキャスターやコメンテーターもみんな、嘘の上に構築された問題の上で、政権に忖度しながら発言しています。
一人くらい「王様は裸だ!」と素直に発言する人はいないものでしょうか。
ばかげた国会論争やテレビ報道はやめてもらいたいものです。

「私人」と言われている首相夫人が招待者になっていることについてさえ、「私物化したと思われても仕方がない」などとバカなコメントをしています。
なんでもっと端的に「私物化だと思う」と言えないのか。
それはその人が多分テレビを「私物化」しているからでしょう。

腐ったリンゴはどんどん広がります。
私もまた腐っていくのは避けようがないのでしょう。
困ったものです。

 

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■節子への挽歌4475:サロンで話したいという人が増えてきています

節子

昨日、2組の人が湯島に来ました。
20代から50代まで、しかも活動も多彩な人たちです。
いずれも、湯島のサロンで話したいという人です。

最近、湯島のサロンで話をしたいという人が増えてきているのです。
長年の取り組みが少し報われて気分になっています。
始めたときのパートナーの節子がいないのが残念です。

湯島のサロンも、実にいろいろなことがありました。
それを振り返りたくなっても、一緒に振り返る節子がいません。
振り返れない過去は、存在しないも同じです。

それはともかく、昨日の来客の一組は、叔母と姪の組み合わせでした。
叔母に当たる友人はサロンに時々くる人です。
たまたま彼女が通っていた保育園が、私が保育問題に取り組みだしたきっかけとなった神愛保育園に通っていたため、どこかで私への信頼感が生まれたのかもしれません。
豊かな保育園時代を送ったようです。

姪はまだ大学2年生です。
彼女が姪を連れてきたのは、姪の人生をもっと豊かにしてやりたいと思っているからのようです。
そこで、さまざまな人が集まってくる湯島のサロンで、姪に話をさせてしまおうと考えたようです。

話をしていて、とてもいい叔母・姪関係であることがわかりました。
そしてなぜ彼女が、サロンに巻き込もうとしているかも。
もちろんサロンで話してもらうことにしました。

テーマは何と「宇宙の始まりとダークマター」。
ちなみに彼女の大学での専攻は薬学です。

ふたりと話していて、節子がここにいたらなあとまた思ってしまいました。

ちなみに、もう一組は発達障害の当事者であり、発達障害のある人への支援活動をしている2人でした。
最近、ピアサポーターという言葉が広がっていますが、そういう動きにむしろ違和感を持っている「当事者支援者」です。
とても共感できる提案を受けました。
こちらもサロンをしてもらうことにしました。

こんな風にして、来年はますますサロンにのめりこみそうです。
困ったものです。

 

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2019/12/03

■節子への挽歌4474:不説の法

節子

だいぶ前から読み始めてなかなか読み進めなかった本があります。
山川宗玄禅師の説法をまとめた「無門関の教え」です。
テレビの「こころの時代」の山川宗玄禅師の話を見て禅への関心を持ったことを、この挽歌に書いたら、早速、山川禅師とも知り合いの岐阜の佐々木さんが送ってきてくれたのです。
20ほどの公案を材料に、山川禅師がアメリカで行った法話をまとめた本です。
読み出しましたが、歯が立たない。

消化できないままに、寝る前に時々読んでいました。
何とか理解しようとしているうちに眠くなる。
そして、昨夜、夜中にまた目が覚めてしまい、おかげでようやく読み終えました。

最後の章は「首山竹篦」。
そもそもこのタイトルさえ、私には読めませんでしたが、「首山」は禅師の名前、「竹篦」は「しっぺい」と読んで、「たけべら」のことです。
恥ずかしながら、まだよくわからない。

しかし、そこにこんな話が書かれていました。
首山禅師が、師の風穴禅師から後継者として認められた時の話です。
ある時、風穴禅師が弟子たちに「釈迦は説いて説けないものが法であるといったけれども、おまえたち、その不説の法をここで提示してみよ」と問うたそうです。しかしだれも答えられない。その時、首山禅師は突然立ち上がって、そのまますっと禅堂の方に帰ってしまった。それを見て、風穴禅師は「首山、ついに悟ったな」と言ったそうです。

何のことか全くわからない。
それで昨夜はますます眠れなくなってしまい、今日はまた寝不足です。

しかし今日、突然にその意味がわかったのです。
ただし、説明はできません。
その後に出てくる山川禅師の話につながったのです。

その話は、とても分かりやすい話です。
山川禅師の法友のところに、毎日、愚痴などを話しにやってくるおばあさんがいた。
その僧は、いつもただ聞いているだけだったそうです。
しばらくして、そのおばあさんが亡くなった。
葬儀を終えた後、おばあさんの親戚がやってきて、おばあさんの遺言を伝えてくれたそうです。
おばあさんはすべての財産を、その僧にもらってほしいと言ったそうです。

「不説の法」がなんであるかを示唆しています。
これと首山禅師の行動とどうつながるか説明はできませんが、「不説の法」ということが体感できました。
「不説の法」とは、説く法ではなく、顕れた法なのです。

理解できなくてもわかることがある。
理解できなくても、心に伝わってくるものはある。
読書にも、「不説の法」というのがあるようです。
読むことなく机の上に置いておいただけで、伝わってくることがある。
しかし、難解だった「無門関の教え」は、いつかまた改めて読みましょう。
もう少しわかるかもしれません。

読んだ本をわかりやすく解説してくれる友人が何人かいます。
私にはとてもできません。
読んで感動した本の内容も伝えられないのです。
感動は言葉にはなりません。

言葉を使って伝えることが、最近特に不得手になってきました。
困ったものです。

 

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■節子への挽歌4473:闡提成仏

節子

私の友人の伴侶が真如苑の信仰者です。
その関係もあって、真如苑の開祖である伊藤真乗の伝記を読みました。
いわゆる新興宗教には興味はあるのですが、興味本位でしか関連書を読んだことがありませんでした。

節子の仲の良い友人にも、立正佼成会の信仰者がいて、節子の見舞いにも来てくれましたし、葬儀にも来てくれました。
節子は時々、その友人から書物などをもらっていたと思いますが、私は読んだことはありません。
ですから、関連図書をしっかりと読んだのは初めてです。
今回読んだのは教義に関するものではなく、開祖真乗の評伝ですが、真如苑というもののイメージは一変しました。

真如苑の「真如」とは真実そのもの、あるがままのものという意味で、「苑」とは囲いのない庭をいうのだそうです。
つまり、誰もが仏教の教えに沿って、真実を見いだすことのできる場所が「真如苑」というわけです。
海外にも広がっていて、真如苑寺院もかなり海外にもあるようです。

ネットで調べたら、真如苑の信徒は、「うちなる仏性を見出し、さらにそれを行動によって自らを磨き上げて、周囲の方とともに、 よろこびの世界を築くこと」を目指すのだそうです。
この言葉は、私が目指す生き方にもつながっています。

いくつか印象に残ったことはありますが、私がとても共感したのは、その平等概念です。
真如苑には「闡提成仏」という言葉あります。
闡提(せんだい)でさえ、成仏できるという教えです。

山川草木悉皆成仏という言葉が仏教にありますが、その一方で「闡提」という言葉もあります。
闡提は、因果や来世などを信ぜず、仏の教えを誹謗して成仏の縁を欠く者です。
つまり、成仏できないのが「闡提」です。

これは仏教が内在している矛盾の一つです。
しかしある意味では、当然の帰結で、成仏という言葉が存在する以上、成仏できない存在がどうしても生まれます。
ある概念をつくれば、必ずその概念に合わない存在を生み出すからです。

すべての宗教は「平等」を唱えますが、「平等」を唱えることは「不平等」を認めることでもあります。
一方で、悉皆仏性と言いながら、仏性を持たない闡提の存在を唱える。
そして、その闡提さえも成仏させるのが仏の教えだというのは、別に真如苑に限ったことではありません。
ほとんどの経典が結果的には闡提の往生の可能性を示しています。

もしそうなのであれば、そもそも最初から「闡提」などという概念を創り出すなという気がしますが、そうした小細工を工夫したのが仏教が広まった一因でしょう。
まあそれは良しとしましょう。

しかし、「真乗」を読んで、なぜか「闡提成仏」というところが強く心に残りました。
「闡提」さえも成仏できるのではなく、「闡提」こそが成仏できるというように読めたのです。
昨今の宗教や信仰のあり方には、いささかの違和感があるのですが、「真乗」を読んで、来年は少し「信仰」とか「宗教」の問題を少し考えてみたくなりました、

今回のローマ法王の来日には失望しました。
しかし、その一方で、やはり宗教の持つパワーを感じました。
それも、「信仰」や「宗教」の問題を考え直そうと思い立った理由です。

いまから思えば、節子は無意識の中の「信仰」を生きた人でした。
私も、その「信仰」から、ささやかな気付きをもらいました。
そのことも改めて思い出しながら、考え直すのもいいかもしれません。

 

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2019/12/02

■節子への挽歌4472:詫びる相手がもしいたら、すぐに詫びたほうがいい

この2日間、いろいろあって家を留守にしていました。
電話も留守電にしていました。

今朝、新潟の金田さんから電話がありました。
一昨日と昨日、電話したが留守電でつながらなかった、オフィスにも電話したがやはり伝わらなかった、何かあったのかと心配しました、という電話でした。
そう心配されるような年齢になっていることに、改めて気づかされました。

私は夜の8時過ぎから朝の8時までは基本的に電話には出ません。
これは昔からのわが家の文化です。
時々それを忘れて出てしまうこともあるのですが、夜は静かに過ごしたいのです。
携帯電話は昼間でも出ないことが多いのですが、それは単純に気付かなかった、携帯電話お携帯していなためです。
時には、気づいてもスマホの扱いに慣れてないので、出損なうこともありますが。

それはともかく、金田さんの要件は、今年は約束していたことが何もできなかったお詫びでした。
私に詫びる理由など全くないのですが、詫びる人がいることは人生には大事なことだと思っていますので、素直にお聞きしています。
これも私の考える「布施」の一つです。
もちろん布施を与えているのは金田さん、布施を受けているのは私です。
つまり、「詫びる」という行為は、お布施の一つだと思います。
まあ神社へのお賽銭と同じです。

詫びるという行為は、しかし、そんなに簡単なことではありません。
詫びるべき時に、詫びることのできない人がなんと多いことか。
実は私も「詫びる」のが苦手で、最近ようやく「詫びる」ことができるようになってきていますが、長いこと、「詫びること」も「詫びられること」もうまくできませんでした。

節子との関係でも、お互いそうでした。
中途半端なままの段階で、節子は逝ってしまったのですが、いまなら私は素直にいろんな意味で節子に詫びることはできるでしょう。
節子もまた、私に詫びることができるように、私も「詫びられること」に慣れてきました。
それができるようになった今、節子に詫びたり、詫びられたりできないことがとても残念です。

詫びる相手がもしいたら、すぐにでも詫びたほうがいい。
それがいまの私の心境です。

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2019/12/01

■節子への挽歌4471:サンダルで階段を駆け下りさせられました

節子

今年も12月になってしまいました。
今日は我孫子で立ち上げつつあるグループの集まりでした。

中高生も参加して、これまでとは違った展開になってきています。
今日のメインメニューは、手賀沼のほとりにある親水公園でのビデオ撮影でした。
中高生中心で撮影するのかと思っていたら、私まで出演させられました。
そうとは思わずサンダルで参加していたのですが、階段を駆け下りるシーンとかいろいろあって、大変でした。
このグループは、誰もが同じ立場ということを方針としているので、そう言い出した手前、私が特別扱いされることはできないのです。
しかし、高齢者は大切にするようにしようとは頼んではいますが。

私は地元の活動が苦手で、これまでも何回か試みましたが、あんまりうまくいきませんでした。
その経験も踏まえて、今回はゆっくりと多世代を巻き込みながら進めています。
2年前にわが家での集まりから始まったのですが、だんだん私の考えに共感してくれる人が増えてきて、具体的な活動も始まりだしたのです。

いま取り組んでいる具体的なプロジェクトは、30年後を目指して、手賀沼を舞台にした大きなお祭りを育てていこうということです。
30年後は、いくらなんでも私がいないことは確実ですので、私にとっては「来世プロジェクト」なのです。

地元の活動で言えば、節子の方が着実でした。
我孫子駅前の花壇づくりに取り組む花かご会はいまもしっかりと活動をつづけています。
駅に行くたびに、その花壇を見て、いつも当時のことを思い出しています。

いま生活哲学学会で4回シリーズの講義を引き受けていますが、そこでも「シビックアントレプレナーシップ」を持とうとアジテートしています。
ビジネスを改めてソーシャルプロジェクトへと変えていければ、きっと社会は豊かになっていくでしょう。
中高生と一緒にやっている今の我孫子のプロジェクトも、いつか必ずシビックビジネスにつながっていくはずです。

ちなみに撮影は、転ぶこともなく無事終わりました。
身体的な疲れはともかく、ちょっとまた元気が高まりました。

 

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■万葉集サロン番外編「万葉集や記紀の文字表記」のご案内

万葉集サロンも今年5回開催し、升田さんの話も熱が入ってきました。
来年もまた隔月で開催していく予定ですが、5回を終わったところで、番外編を開くことにしました。
サロンでは毎回、いわゆる万葉仮名など、万葉集の文字表記が話題になります。
前回、升田さんはその関連の資料を用意してきてくれましたが、時間切れで、お話を聞くことができませんでした。
そこで、升田さんにお願いして、年末のお忙しい時ですが、番外編サロンを開催してもらうことにしました。
この年末年始に少し万葉集に関する本を読んでみようと思っている人もいると思いますので(とりあえず私がそうですが)、その前に万葉仮名について知っておくのがいいと思った次第です。
しかし、それだけではありません。
前回のサロンで升田さんが配布した資料がとても気になるのです。
資料だけ読んでも何のことかわかりませんか、なにかいろんな想像をかき立てられる言葉が書かれているのです。

文字の成り立ちは、人と人のコミュニケーションに大きな影響を与え、文化や社会のあり様を決めていきます。
そんなことも少しだけ意識しながら、升田さんに番外講義をしてもらいます。
万葉集サロンの常連のみなさんはもちろん、一度も出たこともない方も、ぜひご参加ください。

〇日時:2019年12月15日(日曜日)午後1時半~4時
〇場所:湯島コンセプトワークショップ
http://cws.c.ooco.jp/cws-map.pdf
〇講師:升田淑子さん(万葉集大好き研究者/元昭和女子大学教授)
〇テーマ:「万葉集や記紀の文字表記」
〇会費:500円
〇申込先:佐藤修(qzy00757@nifty.com)

 

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