« ■節子への挽歌4501:孫の反応 | トップページ | ■4503:静かな大みそか(2019年12月31日) »

2019/12/30

■節子への挽歌4502:年末の気分がでてきません

節子

最近の時間の進みようの速さには驚きます。
あっという間に年を越しそうです。
部屋の掃除さえできていません。

私は年賀状を書かなくなってからもう久しいですし、年末行事も最近はまったくと言っていいほどなくなりました。
節子がいたころは、いろいろと年末らしいことがありましたが、最近は普段とそう変わらない時間を過ごしていて、年末の気分が出てこないのです。

しかし、気分は別にして、もう明日1日を残すだけになりました。
今年は私にとってはあまりいい年ではなかったような気もしますが、節子の13回忌も終えて、何かが少し変わったような気もします。
変わったのは、彼岸との距離感がなくなったということです。
言葉では説明できませんが、どこかで彼岸との親近感が生まれだしています。
というよりも、節子との距離が近づいてきているという気もします。

その一方で、身体の元気は年末近くなって、とてもよくなりました。
体力の衰えや身体機能の低下は仕方がないのですが、なぜか気が戻ってきたような気がします。
春から夏にかけて、心身ともにすっきりせずに、もう隠棲したいなと思うことがあったのですが、いまはそういう思いよりも(相変わらずあるのですが)、また何か新しいことを始めたいという思いの方が勝っています。

考えてみると、節子がいなくなってからの私の生き方は迷走していました。
よくまあ無事に行き抜けたと思うほどです。
時々会う友人知人にはそうした迷走はあまり見えていないと思いますが、何人かの人は知っているでしょう。
一歩間違えば、いまの私はなかったでしょう。
われながらぞっとする10年間でした。

そうした迷走からようやく抜け出られた気もします。
今年は、そういう意味では大きな変わり目の年だったのかもしれません。
せめて明日は年末気分に浸ろうと思います。

 

|

« ■節子への挽歌4501:孫の反応 | トップページ | ■4503:静かな大みそか(2019年12月31日) »

妻への挽歌19」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« ■節子への挽歌4501:孫の反応 | トップページ | ■4503:静かな大みそか(2019年12月31日) »