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2019/12/21

■節子への挽歌4493:愛する者は、愛の対象に帰属している

節子

今日は湯島で、コミュニティシリーズ2回目のサロンでした。
杉原さんによる「時間意識と自殺予防」がテーマでした。
久しぶりに20人を超える参加者がありました。

そのサロンの報告は別途書きますが、サロンの後、杉原さんと上田さんで食事をしました。
秋に那須で合宿したメンバーです。

上田さんは今年クリスチャンになりました。
なぜこの歳になって、入信したのか、とても関心がありますが、なかなかその理由がわかりません。
言葉ではもちろん理由は聞いていますが、それによれば、安堵する「コミュニティ」を求めているというのです。

長年の会社生活を止めて、何故かアジアの僻地を回ったそうですが、そこでこれまで得られなかったような「安堵感」を得たようです。
それは、上田さんによれば、「帰ってきた」という実感だったようです。
上田さんは、コミュニティを「帰ってゆきたくなる場所」と捉えています。
アジアでの、その体験が、上田さんの洗礼に関係しているはずです。
そしていま、自らが心身を完全に委ねられるコミュニティをつくりたいと考えているのです。

私は、しかし、コミュニティはつくるものではなく、見つけるものだと思っていますし、そういう意味では、誰にまわりにも、その人にとってのコミュニティはあるものだと確信しています。そもそもコミュニティは、アソシエーションとは違って、作れるはずもないと思っているのです。

今日は、そんな話を上田さんと杉原さんとしたのです。
上田さんは、コミュニティの核には「愛」がなければならないと確信しています。
というよりも、たぶんクリスチャンとして、信仰とは「神に帰属すること」と捉えている似かもしれません。

アレントは、処女作「アウグスティヌスの愛の概念」で、アウグスティヌスの人間論によれば、「愛する者は、愛の対象から分離しているわけではなく、むしろそれに帰属している」と書いています。
この感覚が、上田さんの信仰の基本なのかもしれません。

来年は、湯島のサロンで「信仰」を一つにテーマにしようと、改めて思いました。

 

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