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2020/01/11

■節子への挽歌4510:死ぬならひっそりと一人で暮らそう

節子

今年は前途多難な年になりそうです。
年末には今年は平安な年になりそうな予感もあったのですが、どうもあまり期待できそうにありません。

節子も知っている友人から、こんなメールが来ました。

今年死ぬんだと、なんのきっかけがあってか、そう心にとどまって。死ぬなら一人で。故郷でひっそりと一人で暮らそう。そうエスカレートしていって、自分から勝手に孤独の淵にはまってしまった。

今年になって、その気分から抜け出られたようです。
こういう話が、この歳になると増えてきます。
その気持ちはよくわかります。

私は、死をお天道様に託していますので、まだそういう言う気にはなっていませんが、いつかそういう思いがやってくるのでしょう。
しかし、私の場合は、たぶん「死ぬならひっそりと一人で暮らそう」とは思わないでしょう。
人は一人で生きていけないように、一人では死んでいけないと思っています。

今日、20歳前後の女性に会いました。
彼女の夢を少しだけ聞かせてもらいました。
とても具体的で、しかも長期的な展望のある、非常に共感できるものでした。
彼女の目の輝きに、昔を思い出しました。

2人の女性の違いは何なのでしょうか。
そう考えると、やはり年齢に行き着きます。
前に進んでいこうとするときとそろそろ現世を終焉させようとしている時とでは、やはり全く違ってきます。
私たちにも、20代があったことを思い出します。
たとえ来世があるとしても、現世には終わりがある。

しかし、人はみんな思い切り現世を生きてきた。
どんな人生であろうとも、夢を持ち、前に向かって進んできたはずです。
うまくいった人は、多くはないでしょう。
しかし素直に生きてきたのであれば、悔いなどもつ必要はない。

先日、別の友人から「死ぬ時のことを考えると不安になる」とメールが来ました。
彼は、誰かと会っていないと不安になるタイプなのです。
なぜ人は「死ぬとき」のことを考えるのか。
これも私には理解できないことです。

「死」は行為ではなく、「状況」です。
自然に任せておけば、不安や恐怖からは解放されるはずのことです。
その時が来たら、素直にそれを受け入れればいいだけの話です。
その先には、まったく新しい世界があるのですから。

最近、思うのは、節子は幸せな人生だったなあということです。
理屈ではなくそう思えるようになってきました。
長い気がいいわけではありません。

100歳時代などと言われる風潮には、私は極めて冷やかです。
私に対しても、そういう言葉を使う人がいますが、そういう人には、もっとまじめに生きろ、と言いたくなります。

 

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