■節子への挽歌4522:「どうも戻れたようだ」
節子
太田さんの死を知った直後に、やはり胃がん治療をしている友人が湯島にやってきました。
一時期、オブジーボしかもう策がないといわれていました。
本人もそのつもりで、高額な治療費を擁したのですが、治療はやめて温泉療法に切り替えました。
それが功を奏したのかどうかはわかりませんが、その後、体調がよくなりだしました。
そして、湯島までやってきました。
表情も歩き方も、まるで違っていました。
本人も、どうも戻って来れたようだというのです。
前回とは全く違います。
発している雰囲気も全く違う。
生を感ずるのです。
若い友人の死を知った直後なので、その対応がうまくできませんでした。
彼に気取られないように、明るい表情につとめましたが、勘のいい彼は何か気づいたかもしれません。
それにしても、人の生死も素直に受け入れられると思っていたのですが、実際に直面するとやはりたじろいでしまいます。
太田さんの死を知ってから、なぜか心が平安ではありませんでしたし、病を克服したかもしれない友人にも素直に良かったといえないような、奇妙な不安感がぬぐえずにいます。
今日は1日、自宅でボーっとしていたおかげで、だいぶ、気持ちの整理はできましたが。
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