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2020/04/26

■コロナ危機を活かす〔3〕「これまでの行動を問い直す契機」

「自由か安全か」をもう少し考えてみます。
これは対置される概念ではありませんが、その根底に岐路につながるものを感じます。
それに私たちの日常につながっていてわかりやすい。

ちょっと寄り道します。
いま多くの人は外出自粛に従っていますが、それは「安全」を大事にしているかです。
「安全」は、感染に伴う安全だけではなく、社会の目から自らを守る「安全」でもあります。
営業自粛しないお店への非難やマスクをしていない人への冷たい視線。
湘南海岸でサーフィンをしている人への多くの人の目も、私には冷たく感じますが、同調圧力に抗うのは、だれでもできればやりたくないでしょう。

それにしても、これまでは観光客を盛んに誘致していた人が、「来ないでくれ」という神経が私にはまったく理解できません。「呼びかけよう」があるでしょうに。
しかし、これまでの過剰な誘致観光に強い違和感をもっていたので、これを機会に「観光」とは何かをきちんと考える動きが出てほしいと思っています。
状況が戻ればまた相手が誰であろうとお金を落としてくれるのであれば、見境なく誘致する姿勢に戻るでしょうか。
確信は持てませんが、もしかしたら金銭主義を見直す動きが出るかもしれません。
「観光」の意味が変わっていく可能性はあるでしょう。
いや変わっていく契機になるかもしれない、そう期待しています。

しかし、こういう期待は、「観光」だけではありません。
自らの生き方に関しても、いろいろと考え直すことがたくさんあるでしょう。
いまは、たとえば、「外出自粛」というような形で、外部からの指示で、あるいは社会的同調圧力で、生活を変えている人が多いでしょうが、その体験が一部の人に「生き方は変えられる」ことを気づかせてくれるかもしれません。
たとえ一部の人でも、生き方を変えれば、社会は変わっていくかもしれません。

ところで、「自粛」というのは、「自由」に制約を与えるということです。
しかし、よく考えてみると、実は「自粛」は「自由の回復」なのかもしれません。
つまり、これまでの生活そのものが、自由の抑制の上に成り立っていた。
これほどまでにすんなりと、外出自粛が浸透し、通勤電車がすいてきたのは、実は、「自由の回復」だったと考えれば納得できます。

つまり、安全の名目で、みんな「与えられた自由」を手に入れたのかもしれません。
そう考えると、「自由が安全か」は全く違った示唆を与えてくれることになる。
そして、それこそが、私たちの生き方を変える契機になるかもしれないと思えてきます。

この続きは明日にします。

 

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