■西浦さんのグラフに私がおかしいと思った点
西浦さんのグラフに、私がおかしいと思った点は2つです。
まず、「接触8割減」になると1か月ほどで、新規感染者がゼロになるということです。
次に、そのあとのことが何も示唆されていないことです。
つまり、政策検討の材料にはなっても、政策の根拠や説明にはならないと思います。
数理モデルは、これまでも往々にして、政策の正当化のために利用されてきました。
その典型例だと思ったのです。
しかもそれは、安倍政権の脅迫的自粛政策に加担し国民を委縮させました。
この図を毎日見せられて、みんな「外出自粛合唱」を始めました。
サーファーやパチンコ愛好者は、社会の敵にされてしまった。
そしていつの間にか、感染予防が接触予防となり、人々の間にソーシャルディスタンス、つまり不信感を生むことになった。
私はそう考えています。
西浦さんの数理モデルを否定しているわけではなく、そこにもっともらしい数字を当てはめ、ウイルス禍は一過性であるという印象を与える政策に格好の道具を与えたことに、学者としての良識を疑ったということです。
もっとも、あのグラフによって、自粛姿勢が強まり感染が収まったではないかといわれるかもしれませんが、それは否定はしません。しかし、それによって失ったものを考えてほしいです。
新規感染がゼロになるということはあり得ませんし、既存感染者の中にウイルスは残っていますから、このグラフは実は次々と重なっていくはずです。
実験室でのウイルス拡散の1シーンに関しては、これは成り立つでしょう。実験室のモデルを、きちんとした説明もせずに現実世界に安直に当てはめないでほしいと思います。
実際には、このグラフが何枚も重なって。現実を構成してくはずです。
それをベースに政策は考えられているはずですが、それは一切見えてこない。
ほかにも疑惑はたくさんあります。
感染者の8割はウイルスを感染しないなどということがどうしてわかるのか。
検査者数を示しもしないで、感染者数を発表することの意味は何なのか。
PCR検査能力は議論されても、実際の検査数は話題にしないのはなぜなのか。
要するに、みんな西浦さんと同じように、数字の遊びをしているだけではないか。
そういう気がしてならないのです。
今回のウイルス対策は、最初から事実を把握しようという姿勢があまり感じられませんでしたが、いまもって事実を把握しようという動きが出てこない。
なぜマスクがまだ不足なのか、医療用具がなぜ不足なのか。
致死率はどのくらいなのか、個人としての感染予防と感染後をどうしたらいいのか。
恐怖は広がっていますが、むしろそのために、個人として身を守る術をそれぞれが考える風潮が出てこないでいるような気さえしてしまいます。
いささか言いすぎていることは、重々承知していますが、この数か月に少なくないコラテラルダメッジが生まれているような恐ろしさを感じています。
| 固定リンク
「医療時評」カテゴリの記事
- ■個人判断してはいけない時代だったことに気づきませんでした(2023.01.27)
- ■プルトニウム注射とワクチン注射(2022.12.05)
- ■退院後の自宅養生で考えたこと(2022.11.10)
- ■入院して改めて感じた医療のあり方(2022.11.09)
- ■宮庄さんの新著「新型コロナ真相 謎とき紙芝居」のお勧め(2022.03.30)
コメント