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2020/05/12

■高林實結樹さんの「戦時体験談・後編 日本人として納得したい」を紹介します

宇治にお住いの高林實結樹さんと出会ったのは、もう20年ほど前ですが、以来、高林さんが取り組んでいた認知症予防ゲームの普及にささやかに関わらせてもらい、たくさんの気づきをもらってきました。
私よりもご年配の高林さんには、他にもいろんな側面があって、湯島では日本書紀の年表の謎解きのサロンをしてもらったこともあります。

昨年、高林さんは自らの戦時体験を地元の中学生たちに語ったものを小冊子にしましたが、今回、その後編として、高林さんがなぜ反戦論者になったか、いまの日本をどう思っているかを吐露した小冊子「戦時体験談・後編 日本人として納得したい」をまとめました。16頁の小冊子ですが、高林さんの思いのたけが、激しく語られています。

目次を見てもらえば、高林さんの論をイメージしてもらえるかもしれません。

天皇制と自衛隊について/歴史に学ぶ/伊弉冉尊は新羅の人/国会は国民の支持(主権在民)を得ているか?/改めて象徴とは何か?/自衛のための戦争は意義として成り立つか?/「『日本書紀』は茶牟保羅」から始まる?

こんな感じで、歯切れの良い高林節が、自由自在に展開されています。

本文には新羅どころか、ネアンデルタールの血の話まで出てきます。たとえば、こんな風に、です。

縄文人の末裔の無言の、遺伝子。その発露が、現在も国政の投票率の低さに残っている、統制されない自由人・ネアンデルタール人系統の遺伝子が投票率の低さに現れていると、言えるのではあるまいか。

本小冊子は、敗戦によって、国家神道の信仰を断ちきった後の日本のあり方を問うているのですが、高林さんは、記紀の国生み神話から論じだします。そして、日本国憲法とそれがもたらした現在の日本の「欺瞞性」を問いかけていきます。
たとえば、高林さんはこういうのです。

戦闘機は200機購入する。水害から住民を救うのは後回し。大嘗祭のお祭り騒ぎを優先。仁徳天皇の古歌を思い出せ、と叫びたくなります。

仁徳天皇の古歌とは、「高き屋に 登りて見れば 煙たつ 民の竈は にぎわいにけり」という有名な国見歌です。いまは誰も「国見」などしていないのでしょうか。

戦後、天皇は「人間宣言」をし、日本は大日本帝国から日本国に変わりました。
「天孫」を否定したからには、皇室の宗教行事は偽善となる。偽善行事に国家予算を回す理由があるのか、と高林さんは問いかけます。「単なる神話と伝承」と自らを貶めていながら、何故皇居では昔ながらの形態で即位式や大嘗祭が行われるのか? 

こうした高林さんの問いかけは、国家としての日本のあり方、そこにある「欺瞞性」を問うています。
高林さんは、「議員は国の成り立ちに目をそらさないで、問題を注視して、国家成立の基本を明らかにし、「単なる神話」発言に呼応して、国家神道を廃止するべきでしょう」と書いていますが、議員をはじめ、そうした「欺瞞」に寄生している人のなんと多いことか、と私も思います。

それこそが、いまの日本の政治を現状に通じている。
議会政治は70年以上たったのに、「実質投票率は低く、国民には参政権意識は乏しく、民主主義は定着していない」。「現在の国会の議論は、国会のテレビ中継をみるだけでも、議会政治は理想的な国民の満足を得る運用になって居ない」と高林さんは指摘します。

価値観の根拠が揺れに揺れ、国の根幹が奈辺にあるのか、見えなくなっていると高林さんは考えて、この小冊子を自費出版したのです。その行動力に拍手したいです。

私には一か所だけ異論はありますが、それはともかく、いろんなことを考える材料がたくさん含まれています。小冊子入手方法は奥付に書かれていますので、添付しておきます。

ちなみに、高林さんにはもう一つ書くべき義務が残っているそうです。
もう一度、高林さんのメッセージを紹介する機会がありそうです。

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