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2020/05/28

■節子への挽歌4620:コロナにも変えられなかったこと

節子

コロナ騒ぎに振り回されることなく、注意しながらも生活はできるだけ変えないようにしていたつもりですが、結果的には大きく変わってしまった気がします。
その変化の方向は、たぶん「いい方向」なのだろうと思いますが、これまでの毒された生活観のせいか、どうも充実感がありません。

時間の流れは間違いなくゆったりしてきていますが、豊かにはならずに空疎になっているような気もします。昨日は、15分かけて一杯のコーヒーを淹れましたが、ただ単に時間をかけただけのような気もします。
大切なのは「心の状況」であって、時間はその従属概念でしかないようです。

この数日、心に引っかかっている問題は、いずれも冷静に考えれば大した問題ではありません。しかし、そういう「ささいなこと」も、心の状況次第では大きな重荷になってきます。どうも気が晴れない。

人が「自死」を決したり、「殺人」を行ったりするときには、たぶん「ささいなこと」が大きな力を発揮してしまうのでしょう。
昨日も、多数の死者を出した京都アニメーションの放火殺人事件が話題になっていましたが、あの加害者にしても、最初はちょっとした「ささいなこと」から、始まったのでしょう。

人生はまさに「バタフライ効果」の連続なのです。
それはまた色即是空の世界でもあります。

今朝もその「ささいなこと」が気を晴らさせてくれません。
こういう朝が、もう13年つづいている。
コロナも、それを変えてはくれなかった。

困ったものです。

 

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