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2020/05/22

■一人称自動詞で考え行動したい

新型コロナウイルスの流行が新聞などで話題になりだしたのは1月の後半頃からでした。2月上旬に京都旅行を申し込んでいたのですが、それをキャンセルしようかどうか迷ったので、はっきりと覚えています。
私がコロナ関連情報をテレビで毎日チェックするようになったのは、その頃からです。当時は、しかし、これほど日本でも問題になるとは思っていませんでした。それで旅行は直前まで迷いましたが、出かけました。

その時に、ホテルで読んだ京都新聞の記事が出てきました。
中国からの旅行客は激減して、嵐山も金閣寺も空いていました。
当時から観光地ではかなりの注意が行われていましたし、マスク不足も問題になっていました。にもかかわらず、その後、対策はなかなか進みませんでした。

あれから4か月近くたっているのです。
今週から、テレビのコロナ関連の報道はもう見るのをやめました。全くと言っていいほど繰り返しで内容がありません。

2月上旬の京都旅行中、京漬物を買うため、娘に付き合って錦市場に寄りました。
寺社仏閣と違って、そこは中国人観光客も含めてとても混んでいました。
いささかのリスクを感じて、娘に頼んで、漬物屋さんに寄るだけにして、そこを離れましたが、漬物屋さんもすでに客は少なくなっていると言っていました。そのときも客は私たちだけでした。

実は旅行から帰ってきてから体調がちょっと悪くなりました。
1日だけ熱も37度を超えましたが、すぐさがりました。しかし、念のために1週間ほど自宅待機しました。その後、少しでも体調に違和感があるときには外出を控えました。
そうした状況から抜け出した頃から、世間では外出自粛が叫ばれ出しました。

そんな体験から私は市中感染者は1~2割いるのではないかと1か月ほど前にFBに書いてしまったのですが、どうもそれは過大評価だったようです。しかしもしそうなら、これからがいささか心配です。

外出自粛とか新しい生活様式とか言われていますが、そんなことに全く関心はありません。そういう呼びかけをしている人たちの多くは、自分ではそうしていないでしょう。その一例が黒川検事長の麻雀であり、国会議員や官僚たちの行動です。

一方、真剣に自分を生きなければ生きていけない、個人事業者や若者たちは、感染せずに生活できるような生き方を考えて行動しているように思います。飲食店のテイクアウトはその一例です。
パチンコ店もいろいろと苦労して工夫しているのに、一斉に休業を要請し、それを受けないと世間を味方にして圧力をかけるのは私には納得できません。安心して営業もしくは休業できる仕組みを一緒に考えるのが行政ではないかと思います。

誰かに「自粛」や「行動変容」を呼びかけるだけではなく、自分で出来ることを、それぞれが考えることが求められています。個人営業主やパチンコ店経営者も考えているのですから、議員も官僚も、目的実現のために自分でできることを考えてほしいものです。

いまこそ、一人称自動詞で考えることが必要ではないかと思います。
「一人称自動詞で考える」は、私の信条ですが、湯島のサロンのルールでもあります。

この4日間、部屋の大掃除をしているのですが、3か月半前の京都新聞が出てきたので、読み返してみました。そして、あまり変わっていない、この4か月は何だったのだろうかと改めて驚きました。
 この先の4か月はそうならないでほしいものです。

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