« 2020年5月 | トップページ | 2020年7月 »

2020年6月

2020/06/30

■節子への挽歌4670:畑でガマガエルに出会いました

節子

雨が降らないので、畑に行って、草刈り作業と土起こし作業をしてきました。
お天道様の小作人を自認している手前、頑張らなければいけません。
午後から雨のようですが、そのせいか、今日は小さなガマガエルに会いました。
小さいと言っても15センチくらいはあります。

畑でガマガエルに会うのは初めてです。ヘビがいなくなったので、安心して出てきているのでしょうか。生き物に出合うのは好きなのですが、ガマガエルはどうも好きになれません。
それに、ガマガエルは土色ですから、注意しないと鍬や鎌で殺戮してしまう恐れがあります。一度、傷つけたことがありますが、手当はできずに放置してしまったいやな思い出もあります。
相手にも一応、注意するように話しかけておきましたが、まったく無視していたので、鎌の先で背中を軽くつついて動かせましたが、まだ繁っている野草の中に消えていきました。これから注意しなければいけません。

繁っている草薮を鎌で刈っていくのは結構勇気がいります。
何が出て来るかわからないからです。
いまはもうあまり心配はないですが、最初の年は蛇に出合ったり、大きな(たぶん)ハトの卵が出てきたりして、人間の遺体など出てこないだろうなと思ったほどでした。
この頃は、なくなっていた鍬やシャベル、あるいは肥料の袋などくらいしか出てこないので、安心してやぶの中に座り込んで作業をしています。
おかげでズボンは泥だらけで、帰路に誰かに会ったら驚かれるでしょう。

注意しなければいけないのは、アリです。
アリは結構大変で身体中咬まれたこともあります。
最近は危険なアリもいるそうですので、注意しなければいけませんが、そんなことを考えていたら、開墾作業はできないのです。

そんなわけで、今日も畑に行きましたが、野菜の手入れはできませんでした。
今年も収穫はあまり期待できなさそうです。

 

| | コメント (0)

■節子への挽歌4669:夢現の半年間

節子
早いもので、今年ももう半分が過ぎようとしています。
コロナのおかげで、時間の速度が少し緩和されたように思っていましたが、やはりあっという間の半年でした。

時間を充実させようという意識がなくなっていますから、仕方がないことなのですが。しかしいろんなことを考えることができた半年でもありましたし、生活スタイルを変えることができました。
年内には次女家族と同居することになりました。
家ににぎやかさが戻ってきます。まあ同居のわずらわしさもやってくるでしょうが。

昨日、不思議な夢を見ました。
会社時代の大先輩に道で会ったのです。
その先輩とは同じ職場にいたことはありますが、仕事の関係はなく、もちろん個人的に話したこともない先輩です。
なぜそういう人が夢に出てきたのか。
そして彼はわが家にまでやってきたのです。
その人にコーヒーを淹れたのですが、どうもうまく淹れられない。

夢には思ってもいなかった人が登場します。
若いころは、出てきてほしい人の夢を見ることがかなりできた記憶がありますが、この頃は節子さえも夢には出てきません。
出て来る人は、見知らぬ人と忘れていた人です。
「見知らぬ人」にも、もしかしたら前に出合ったことがあったのかもしれません。

夢は、個人的無意識の世界とつながっているのでしょう。
夢で自分の考えに気づくこともありますし。

在宅が多かった半年でしたが、だらだらと惰性的に生きていて、緊張感がありませんので、現実と夢の差が小さくなっているのかもしれません。
夢現(ゆめうつつ)の世界に入りつつあるのかもしれません。
後半はいろんなことが控えていますので、あんまりだらだらとは過ごせないでしょう。

梅雨が戻ってきました。
昨日畑に行っておいてよかったです。

 

| | コメント (0)

2020/06/29

■節子への挽歌4668:畑に行って元気が少し出ました

節子

明日からまたしばらく雨で行けなくなりそうなので、夕方、畑に行きました。
ともかく野草との闘いは手を抜いたら敗退しかありません。
野草は刈り取っても3日も行かないと復活しています。見ている前で伸びていくのです。みんな笑いますが、畑で2時間過ごしていると野草が伸びるのが実感できます。静かだと音も聞こえる気がします。

先日野草の茂みから見つけた肥料袋もまた野草に覆われかねません。
昨年は紫蘭が広がっていたのですが、それを排除し、サルビア・ガラニチカをちょっとだけ優遇してしまったのですが、そのちょっとした私の手加減がいささか極端に出てきています。これもとても面白いのですが、野草と話していると彼らは私の意図を理解します。話は「言葉」を使うこともありますが、主にテレパシーです。だから思っていることもすべて伝わりますので、嘘はつけません。

昨年、畑部分の真ん中に2~3本、存在を許容したサルビア・ガラニチカが大きな場所を独占してしまい、その傘下に肥料など隠してしまっていたのです。
アンティチョークは大きく育っています。昨年、たぶんこぼれた種から育ったのが、立派に花を咲かせていました。親はもっと立派です。食用にもなりますが、食べたことがありません。食べるところはほとんどないので、観賞用にしたいです。

今日はがんばって花壇の部分に生い茂っていた野草を駆り降りました。刈り取った草は180リットルです。かなりぎゅうぎゅうに詰めているので、かなりの量です。
それにしても昨年がんばっていろいろと植えたはずが、ほとんどなにも残っていません。

今日は畑の手入れにまでたどり着けませんでした。
先日植えたキュウリは1本が溶けていました。そろそろ添え木をしないといけませんが、私は野菜の手入れよりもともかく野草とのやり取りが好きなので、どうも作業はそこに行ってしまいます。

畑作業は疲れますが、元気がもらえます。

 

| | コメント (0)

■節子への挽歌4667:ボーっと過ごしています

節子

今日もまた山本太郎さんのスピーチを聴いていました。
もう何回も聴いているのですが、それ以上に当然彼は話しています。
言い換えれば、彼の話を一番よく聴いているのは山本太郎です。
これだけ繰り返し聞いていると心身と一体化するでしょうから。
彼の話していることは彼によって実行されるようになるでしょう。

そう思いますが、同じことを繰り返し話すのは山本太郎さんに限らず、他の立候補者も同じでしょう。
しかし、なぜか当選すると選挙期間に話していたことは忘れられてしまう。
山本太郎さんもそうなるでしょうか。
たぶんそうならないでしょう。
その違いはなんなのか。

なぜ夫婦は似たものになるのか。
それも生活を共にしているうちに世界をシェアしていくからでしょう。
山本太郎さんの話を聞きながらそんなことを考えていました。
そして生活をシェアできる伴侶がいないことの寂しさを改めて感じました。

しかし、同じ夫婦と言っても、離婚したり仲違いしたちしてしまうことがあるのはなぜでしょうか。たぶん共稼ぎが典型的なように、それぞれが自分の世界を持ってしまうからかもしれません。
生活をシェアしない夫婦や家族が増えてきている時代になってしまうと、似た者夫婦は、それぞれの世界を卒業した後の、老後でなければ育たないのかもしれません。
社会のあり様は変わってしまった。

いま節子が元気だったら、私の生活はどうなっていたでしょうか。
山本太郎さんの演説をボーっと聞きながらそんなことを考えていました。

今日は梅雨の合間あの晴れ間です。
この土日はあまりにいろんなことがあって、精神的にも肉体的にも疲れ切ってしまいました。それで今日は、在宅でボーっと過ごしています。
元気だったら、昨年1日だけで終わった相馬霊場めぐりの続きに出かければよかったです。ちょうど昨日友人が地図を送ってきてくれました。

昨年は準備を全くせずに思いついて早朝に出かけましたが、今回はきちんと地図を持っていこうと思っていますが、やはり思いついて、準備せずに出かけるのがいいかもしれません。
お遍路さんに行き倒れがつきものでしょうから、その可能性も残しておかないと私らしくはありません。
今週はどうも雨続きのようなので、来週になりそうですが、中途半端な準備をしておかねばいけません。

まあそんなこんなで、まったく意味のない怠惰な時間を過ごしています。
困ったものです。

 

| | コメント (0)

■最後の土曜サロンの報告

コロナで外出(自粛)規制が行われている間、毎週、土曜サロンをやっていました。
呼びかけ的な案内はほとんどしていませんでしたが、常連も含めて、毎回5~6人の参加者がありました。
少しずつ外出する人も増えてきたので、7月からは以前のようなスタイルでテーマサロンを開催することに、土曜サロンはやめることにしました。
そんなわけで、今回は最後の土曜サロンでした。
今回は7人の参加でした。

土曜サロンはテーマなしなのですが、今回はやはりコロナ関係と都知事選の話題が多かったです。
コロナ騒ぎと山本太郎立候補には共通のテーマがあります。
それは「障害を持つ人たちの捉え方」と「生活困窮者支援」です。
もっと言えば、「障害とは何か」「生活困窮とは何か」です。
そしてそうした問題と自分とをどうつなげて考えられるかです。
そこにすべての社会問題や格差やいじめの問題は凝集されています。
さらにいえば、動物虐待や自然環境破壊の問題もつながっているかもしれません。

今回は久しぶりに国際箸学会の小宮山さんが参加したので、最後は箸ゲームの話になりました。しばらくやっていませんが、また箸ゲームサロンもやろうかと思います。

土曜サロンに参加してくださった皆さんのおかげで、湯島のサロンは切れ目をつくらずにすみました。
この間、参加してくださった皆さんに感謝いたします。
ありがとうございました。
私はコロナの第2波(定義によりますが)は来ないと思っていますが、仮に来ても、サロンはつづけるつもりです。

Lastsaturdaysalon200627  

| | コメント (0)

■湯島サロン「山本太郎さんの都知事選立候補から政治を考える」報告

久しぶりに湯島のサロンが人であふれました。
「山本太郎さんの都知事選立候補から政治を考える」のサロンです。
事前の申し込みは10人ほどだったはずですが、ふたを開けたら、16人のサロンになりました。
山本太郎さんの積極的支持者は半分くらいで、なかにはほかの候補者のボランティア活動に取り組んでいる人もいましたし、山本太郎の都知事選立候補に反対の人も複数いました。誰でもいいと言う人もいましたし、これまで選挙に一度も行ったことがないという20代の若者もいました。
山本太郎さんの街頭演説を聴いて、チラシを持ってきてくれた人もいますし、サロン終了後、街頭演説を聴きに行く人もいました。山本太郎さんとの距離感はさまざまでした。

予定していた2時間半(いつもよりも長くしました)、いろんな話題が出ました。
参加者もさまざまで、企業の社長や世界を舞台にして活動しているフリーランスのビジネスマンもいる一方、世捨て人に近い人もブラックともいえる仕事環境で働いている人もいました。世代も20代から70代と幅広かったです。ただ、女性たち、特に子どもを持つ母親の参加がなかったのは残念でした。

ちなみに、投票権を持っている都民は半分くらいでした。有機農業に取り組んでいる人は、忙しい農繁期にもかかわらず埼玉から出かけてきました(実はフェイスブックへの彼女のコメントでこのサロンを開催しました)。
都知事に誰がなるかは、国政にも影響があるという認識は少し強まっているのかもしれません。私は、国-都道府県-市町村というピラミッド構造(上下関係)を変えないと政治は変わらないと思っていますので、ちょっとうれしいです。

山本太郎さんの都知事選立候補にあまり意味を感じていない人も少なくありません。
しかしこういうサロンを呼びかけたら、これだけの人が集まり、活発な議論が行われる。そのことだけでも私は大きな意味を感じます。
しかし、参加者の周りで、こういう話し合いが行われているかとお聞きしたのですが、あまり行われてはいないようです。1968年のころとは違うようです。いや日本だけが違っているのかもしれません。であればこそ、どんどん話題にしていきたいです。

話の内容は一切省略しますが、山本太郎さんへの共感もあれば、批判もありました。
一度も選挙に行ったことがない若者から、参加者に「政治に関心を持った契機は何か」という問いかけがなされました。その質問自体が理解しにくい、生活と政治はつながっていて、政治は生活と共にあった、というような話をした世代的に私と近い参加者もありました(私の感覚もそれに近い)が、ちょっと若い世代になると、この質問の意味はよくわかるようです。そこに「政治」の捉え方の違いを感じました。

最後に、私が考える「政治のベクトル転回」の話を少しだけさせてもらいました。
山本太郎の立候補は、政治家の政治から生活者の政治に政治の捉え方を変えるチャンスではないかと私は思っています。そろそろ政治家による「国会内での政治」ではない、生活そのものにつながったみんなの政治にしていきたいと願っています。
できれば、次回の民主主義サロンは、それをテーマにしようかと思います。
その頃には山本太郎都知事が誕生しているかもしれませんし。
しかしどうもそれを確信している人はそう多くないことを思い知らされました。
私は「念ずれば通ずる」と思って生きていますので、今なお確信はしていますが。

山本太郎さんの精力的な街頭演説はつづいていて、毎回ユーチューブで流れています。
昨日、私は動画ウォッチパーティというのに参加しました。
一緒に話を聴いている人が画面に出てきますし、途中でコメントも書き込めます。私は別に連絡しなかったのに、10人を超す友人が同時に中継を視聴してくれました。なかには意外な人もいました。
コメントには知らない人が反応してくれました。

いい時代の到来を確信しています。

Yamamototaro20200628

| | コメント (0)

■愛のある政治

私はこれまで「政治」に大きな期待を持ったことが一度だけあります。
鳩山友紀夫さんが首相になって「友愛政治」を提唱した時です。

政治の基本は「愛」だと私は思っていますが(ちなみに経済の基本も「愛」ですし、企業経営の基本も「愛」というのが私の信条です)、政治に「友愛」とは理念的すぎると当時批判的な人も少なくありませんでした。
残念ながら、鳩山さんの友愛政治は挫折し、私にとっては冬の政治の時代が戻ってきました。

しかし、今回、都知事選に出た山本太郎さんは「愛ある政治」を呼びかけています。
そこに大きな期待を持っています。

都民の人たちが、愛にめざめて、山本太郎さんを知事に選んでくれることを祈っています。
都民の方は、ぜひ山本太郎さんのメッセージを聴いてください。
そして、改めて「愛」を思い出してほしいです。

| | コメント (0)

2020/06/28

■節子への挽歌4666:贈り物の効用

節子

帰宅したらサクランボが届いていました。
名前を見たら意外な人からでした。
むしろ私の方がお世話になっているのですが、しかしここは素直にいただくことにしました。その方の気持ちがじんわりと伝わってきます。言葉を超えた気持ちが、です。
「贈り物の効用」を改めて実感しました。

世上では、選挙のための国会議員の買収行為が話題になっていますが、もし仮に私がお金を贈与された当事者だったら、間違いなくお金をくれた人への反対者になるでしょう。
お金は返済し、その事実を公開し、その人との付き合いを断ち切ります。
「贈与」にはそういう対応策もあるはずです。

一方で、今回のような贈与は、その人の本音や生き方に気づかせてくれます。
その人も、気持ちを満足させてくださっているでしょう。
どうやって気持ちを表明すればいいかは、難しい課題ですが、贈与はいろんな意味で有効な手段かもしれません。

私はどちらかと言えば、贈与するよりも贈与されることが多いような気がします。
それに甘んじているわけではありませんが、素直にもらってしまうので、私には何かを贈与しやすいのかもしれません。こんな言い方をすると誤解されそうですが。

今日もいろんな貰い物をしました。
朝、湯島でミーティングがあったのですが、ひとりの人が差し入れだと言ってお菓子をくれました。
そのお菓子は、午後のサロンに出したので、結局私は食べ損なってしまいましたが、サロンに来た人からはランチのおにぎりとケーキなどをもらいました。
私は気づきませんでしたが、サロン用のお菓子を持ってきてくれた人もいたようです。
さらに孫にと野菜とイチゴをもらいました。

帰宅したら、もう一つ貰い物が届いていました。
近くの友人にパソコンの修理をお願いしていたのですが、修理を終えたパソコンに、私が欲しがっていたコネクターなどが2つも付いていました。
普通は修理してもらった私がお礼しなければいけないのですが、逆に私が贈与を受けてしまったわけです。
感謝しなければいけませんが、感謝を形にするのは私はどうも苦手なのです。

「贈与」できる人にならなければといつも思っているのですが、「贈与」するということはそう簡単ではありません。気がつけば、いつも贈与される側になってしまっている。
もちろん贈与は物だけでありません。
むしろ物の贈与よりも、形のないものの贈与のほうが多いかもしれません。
そうしたたくさんの善意に、私は支えられているように思います。

贈与してくれるのは、何も人に限ってはいません。
自然からの贈与も時々実感しますし、お天道様にはいつも感謝しています。
もちろん時には受け取りたくない「贈与」もあります。
しかし、最近、なんとか「贈与」されることにはだいぶ慣れてきました。

サクランボは美味しかったです。
しかし、それ以上に、送り主の気持ちはうれしかったです。

 

| | コメント (0)

2020/06/27

■節子への挽歌4665:うなぎのかば焼きのにおいが鼻から離れません

節子

今日は朝早くから畑に行って一汗かくという出だしでした。
昨日につづいて、今日もいい1日になるはずだったのですが、最後に会った人のおかげで、疲れた1日になりました。
しかも、その人が喫茶店ではなく、なぜかうなぎ屋に入ったので、てっきりうなぎをご馳走してくれると思ったのですが、話の途中でちょっとトラブルがあり私が席を立ちたくなってしまいました。
そのためうなぎのいい匂いを吸い込んだだけで、うなぎは食べられませんでした。
いまもまだうなぎのにおいが鼻に残っています。

話の内容はさすがに書くわけにはいきませんが、たぶんその人も孤独なのです。
お金などあっても本当に意味がないなあと思いますが、どうしてみんなもっと生きることに自信を持たないのでしょうか。
自信を持てば、他者に寛容になれますし、生きる苦労も激減します。
まあうなぎは食べられないかもしれませんが、

食べ損なたうな重がどうも頭から離れません。
なにしろ蒲焼の煙が充満していたところに1時間もいたのに、さてそろそろ頼もうかという時に席を立ってしまったのは失敗でした。
せめてうな重を食べてから、怒りを表明すべきでした。

しかし、うな重を食べられなかったことへの怒りが大きくなってきて、肝心の言い争った内容はどうでもいい感じになってきました。
怒りの矛先を変えるヒントがどうもここにあるようです。

 

| | コメント (0)

2020/06/26

■節子への挽歌4664:親孝行できる幸せ

節子

母の話を伝えてきた高校時代の友人に、私には初耳だと返信したら、もう少し詳しい話を書いてきてくれました。
そしてその最後に、「親はありがたいものだと思います」と書いてありました。
内容の紹介は差し控えますが、ちょっとジーンときてしまいました。
彼のお母さんは100歳までの長寿だったそうです。

「親はありがたいもの」、たしかにそうです。
私はそういう意識をあまりはっきりとあらわさないし、むしろ両親にはきつく当たってきたかもしれません。というか、私はストレートに思いを表現するので、誤解されることが多いのです。
ストレートに話して誤解されるというのは、ちょっとおかしい気もしますが、私の次女がどちらかというとそのタイプなので、私も最近ようやくそのことに気づいてきたのです。
次女に関して、あんな表現をしなくてもいいのになあ、と長女に言うと、お父さんそっくりの反応だよ、と諭されるのです。
自分ではなかなか気づきませんが、私の言葉には刃がついているようです。

久しぶりに近くの友人とランチしました。
私のパソコンサポーターで、今日も、パソコンの修理に来てくれたのです。
彼は高齢のご両親と同居しています。
そのお話も聞かせてもらいました。
いろいろと大変だと思いますが、高校時代の友人からのメールを読んだ直後だったので、ちょっとうらやましい気がしました。
親孝行できる幸せは、たぶんずっと後になって気がつくことなのでしょう。
その時には、もうしたくてもできません。
親孝行している時には、「幸せ」を感ずる余裕はないかもしれません。
そう思えば、いつでもがきっと「幸せ」なんだと気づきました。

今日はいい1日になりそうです。

 

| | コメント (0)

■節子への挽歌4663:佐藤さんはいわゆる理系なのではないか

節子

情報というのは意外なところに残っていることがあるようです。
昨日、高校時代の友人から来たメールの中に、私にとって初耳の話が書かれていました。私の母親の言葉です。

佐藤さんのお母さんが「お子さんは数学ができるから東大に合格するでしょう」と担任から言われたと母から聞いたことがあります。佐藤さんはいわゆる理系なのではないかと当時思いました。

はじめて聞く話です。
第一、私の母とその友人の母に付き合いがあったという記憶もありません。たぶん高校時代の進学相談会の父兄の集まりの帰りにでも一緒になって話をしたのでしょう。

しかし、私はそんな話は聞いた記憶がありません。たぶんその時はすでに検事を目指していて法学部に決めていたはずです。それに、数学が得意だったことはありません。頭があんまり「論理的」ではないからです。すぐに論理が飛躍してしまうのは、子どものころからでした。
そもそも「数学ができるから東大に合格する」というのも全く論理的ではありません。もっとも、大学受験は、ほぼすべて運によって決まりますから、どんな論理も通ると言えば通るのですが。

それはともかく、高校時代、私は理系向きだったと思われていたとは意外です。
メールをくれた友人は、理系に進み、大学教授になりましたが、文系の世界への興味は高いようで、小説を書いたりしています。
私は、そもそも理系だとか文系だとかといった二元的な捉え方が理解できないタイプですが、会社時代を思い出せば、親近性を感じたのはほぼみんな理系の世界の人でした。
研究所にはよく通い、先輩からも親しくさせてもらいました。会社を辞めた後も、湯島に来た先輩はほとんどが理系でした。
会社以外での付き合いのある理系の先輩には、君の頭はスカスカだというような厳しい指摘も受けていましたが、なぜかその先輩も時々湯島に来てくれ、スカスカの頭の発言に耳を傾けてくれています。スカスカの効用もあるのかもしれません。

母には親不孝な息子でした。
私が会社を辞めたときは、たぶんがっかりしたことでしょう。

その私の分の孝行をしてくれた節子に、深く感謝しています。
私の母にとっては、私よりもたぶん節子の方が自慢だったでしょう。

 

| | コメント (0)

■節子への挽歌4662:人は会うべき人には会うものでしょう

節子

いまもなお気が向いた時に雑誌類などを廃棄し続けていますが、うっかりと読み直したりしているとそこに自分が書いた記事が出て来ることがあります。
読み直してみるとそれなりに新鮮で、ついつい捨てがたい気持ちになり、残してしまったりしています。
そんなことをしていると、ミニマリストの鈴木さんから叱られそうですが、過去への郷愁はなかなか捨てられません。
そう言えば一括して捨てた本の中に、友人との対談が掲載されていたなと思いだして、その本を探しましたが、残念ながらすでに廃棄されてしまったようです。

その対談の相手は、多摩大教授だったKさんです。
Kさんは節子の胃がんを知って、たしか南米の先住民に伝わる飲み薬を教えてくれました。それが節子の最初の処方薬になりました。残念ながら節子には効果を発揮してはくれませんでした。
彼は早々と引退しましたので、最近は会っていませんが、いまは自然豊かなところに転居し、夫婦2人で豊かな生活を送っていることでしょう。

Kさんのことを思い出すと、そこからまた芋づる式に、いろんな人の顔が浮かんできます。今も毎週のようにテレビで顔を見る人もいれば、いまではもう名前を聞くこともない人もいます。当然ではありますが、時々、気になるのは、消息が途絶えた友人のことです。その気になれば連絡は取れるのでしょうが、連絡をとってまで会う必要もないでしょう。人は会うべき人に会うものですが、同じように、会わないのもまたそれなりの意味があるからなのです。

こんな状況なので、身辺整理はなかなか進まないのです。

 

| | コメント (0)

2020/06/25

■節子への挽歌4661:「ソクラテス道」に精進

節子

巡礼者の鈴木さんからメールが来ました。
鈴木さんは、時々、私とソクラテスを比べてくれるのですが、かなり「買いかぶり」的とはいえ、素直にうれしく聞いています。
ソクラテスに少しでも似ていると言われれば、誰だってうれしくなってしまうでしょう。

鈴木さんは、今日のメールでこう書いてきました。

ポール・ジョンソン『ソクラテス~われらが時代の人』という本を読んでいたら
ソクラテスと佐藤さんの共通点がさらに見つかりました。

・衣服、食べ物、快適な場所など身体的な快適さに無関心
・思考される事柄よりも人々そのものに関心を持つ
・利益を求める生活を送ることを拒み、必要なものが最小限になるようにした
・靴を持たず、衣服も少なかったが、本は好きだった
・なにごとも自慢しない
・学問的知識よりも実践における行動にしか興味がなかった
・抽象的概念より生の実践的な営みを重視した
・本当に困ったときには常に助けてくれる友人がいたが、本当に困ることは稀だった

「これも似ているなあ」と思って笑ってしまったのは、
・靴もはかずにアテナイを歩きまわり、市井の人たちと対話した 

以上ですが、ここには、私が目指している生き方がリストアップされているような気がしました。
しかし、残念ながら一つひとつ吟味するとまだまだという気がします。

たとえば、「ソクラテスと共通点がある」などと言われると、やはり「自慢したく」なってしまいます。つまり、「なにごとも自慢しない」という心境には達していないのです。
利益を求める生活を送ることを拒んでいるわけではなく、そういう生活に恵まれていないだけなのです。先日も宝くじを買いましたが、はずれました。
「快適さに無関心」ではなく、「快適さ」を創りだす努力が果たせずに、仕方なくいまは倉庫のような中で寝食していますが、もっと快適な空間で暮らしたいです。
「本当に困ること」も稀でもなく、結構、困っているのですが、それでも助けに来る人はあまりいません。とりわけ最近は私の性格がねじれだしてきたせいか、結構。嫌われ出しているような気もします。

実現できているのは。最後の「靴をはかずに」ということくらいでしょうか。
最近は着る服もなくなってきたので、それもちょっと近づいているかもしれませんが、いずれにしろ、まだまだソクラテスの足元にも及びません。

そういえば、まだお会いしたことのない人(友人の奥さんですが)から、こんなメールを半月前位にもらいました。

いつか、佐藤さんの哲学―ソクラテス等のお話も、さりげなく、伺いたいと思っております。

そこでもソクラテスの名前が出ていました。
どうしてソクラテスなのでしょうか。
しかし、そういう人が2人もいるのであれば、これからは「ソクラテス道」に精進しようと思います。
今日も裸足のサンダルで出かけていました。

 

| | コメント (0)

■節子への挽歌4660:お布施を受けた1日

節子

一昨日のことですが、「仲直り活動」に取り組みたいという人が相談に来ました。
以前から相談は受けていて、簡単ではない複雑な案件は私にさせてくれないかと頼んでいました。「仲直り」はすべてのことの基本です。戦争も環境破壊も、生活格差もいじめやヘイトスピーチも、その解決のための万能薬は「仲直り」です。
ですから私もその活動に共感しているのです。

ところがその人が、まったく別件で、ある人を説得できなくて困っているという話をしたので、間をつなごうかと軽い気持ちで言ってしまいました。
そうしたらその人は正式に頼むといって、前金を財布から出し、裸で悪いのですが、お願いしますというのです。
いささか面喰いましたが、私への生活救済給付金かなあとつい勘ぐってしまいました。
うまくいかなくても返却しなくていいと、その人は言うのです。

間を置くこともなく、すぐに財布からお金を出して私の前に置くとは、その鮮やかさに感動しました。
そう言えば、以前も同じようなことが何回かありましたが、いつも封筒に入っていたので、返却できました。
いまテレビでは国会議員が選挙以来で数十万円入った封筒を手渡しした事件が盛んに報じられていますが、封筒だと返却しやすいですが、裸のお金は難しいです。
食事を一緒にして、誰が払うかでお金を押し返し合うのは、私は好きではありません。
それと同じで、目の前におかれたお札には手が行かないので、返しようもない。

私の性分として、お金をもらってももらわなくてもやることは同じですが、もらうと気分が変わってもやらなければいけなくなるので、いつもならもらわないのですが、今回は結局、受け取ってしまいました。ちょうど午後からある人の見舞いに行くのですが、手持ちのお金がなかったので、それに使えそうだとつい思ってしまったこともあります。
困ったものです。

しかし、その人のあまりの見事さにのせられてしまったわけです。
言葉よりも行動。
見習わなければいけません。

これは一昨日のことですが、結局、そのお金は見舞いには使わずに、逆に見舞いに行った友人からは、その金額よりも高額なものをもらってしまいました。
これも遠慮せずにもらってしまいました。
私の生活経済がいま困窮状況にあるのが見えているのでしょうか。

一応、見せないようにしているつもりなのですが、身なりのみすぼらしさが無心のメッセージになっているのでしょうか。
まあ嘘はつけないものです。

 

| | コメント (0)

2020/06/24

■節子への挽歌4659:子どもたちにとっての困った親

節子

今日はリフォームの関係で、ユカがタカラのショールームにシステムキチンを見に行くと言うので付き合いました。
その往路の自動車の中で、いま住んでいる家のユニットバスやシステムキチンは節子の意向が中心だったことを改めて聞かされました。
娘たちが反対しても、結構、譲らなかったようですね。
調度も娘たちも含めて3人で決めたのかと思い込んでいましたが、どうも節子の好みで決まったようですね。

節子も私と一緒で、奇妙にこだわってしまうことがありました。
リフォームを機に、いまの家を見直してみるといろんな意味でちょっと「おかしい」ところがたくさん出てきますが、そのいずれもが、どうも私と節子の思い付きのところのようです。
困ったものですが、節子も私と同じでかなり「わがまま」だったようですね。
私も節子も、娘たちとはどうも趣味が違うようです。
子どもたちにとっては、困った親だったのかもしれません。

しかし、私としては、ちょっとうれしい話です。
節子がのびのびと生きていたことの証ですから。

節子が健在だったら、今回も節子に一任できたのですが、今回は前回の責任もあるので、あんまり打ち合わせには行きたくないのですが、娘たちに付き合っています。
しかし、今日もそうですが、ショールームで説明を聞きながら、余計な質問をするので、むしろ邪魔かもしれません。
最初は一緒に聴いているとしても、途中で飽きて別のところを見たくなりますので、いまのようにきちんと予約制で案内するスタイルの場合は、迷惑かもしれません。

しかし、予約は毎回6組ずつと言っていましたが、今日は私たちを入れて2組しかいませんでした。
帰り際に、ショールームに来る人は増えてきましたか、と質問しましたが、増えてきたと言っていましたが、あの様子ではあんまり増えていませんね。
やはり現場に行かないと事実は見えてきません。

明日はRIXIL のショールームです。行こうか行くまいか、迷っています。

 

| | コメント (0)

■湯島サロン「21世紀の平和憲法を考える」報告

長年、平和や人権の問題に取り組んできた川本兼さんの「21世紀の平和憲法を考える」は、テーマが大きいので1回では終わりそうもないのですが、今回は川本さんの主張をまずはしっかりと聴こうという感じで、講義型で行いました。

川本さんは、戦後日本国民がもった「戦争そのもの」「戦争ができる国家」を否定する「感覚」を高く評価したうえで、それがアメリカからの「押しつけ憲法」の9条とつながったことで、日本人は平和が実現したと「錯覚」してしまい、その「感覚」を普遍的な理念(思想)にしてこなかったことが最大の問題だと考えています。

そしてこのままだと、その平和の感覚も風化し、日本の平和運動は次世代にも世界にも広がっていかないのではないかと危惧しているのです。
だから、戦争体験を通じて獲得した日本国民の戦後の「感覚」に「ロゴス」としての「言葉」を与えてそれを思想にし、さらにそれを世界に発することが急務だと言うのです。

そのために、川本さんは日本国憲法改正私案を提案しています。そしてみんながそれぞれの憲法私案を創って議論し合い、日本人による新しい近代憲法を創ろうと呼びかけているのです。

こうしたことから、川本さんは改憲論者に思えるかもしれません。
しかし、そうではありません。川本さんは、現在の護憲論者以上に「護憲論者」と言ってもいいかもしれません。そこを見誤ると川本さんの提案の真意にたどり着けません。

今回のサロンには、残念ながら、いわゆる「護憲論原理主義者」の参加がなかったので、こうした議論は深められませんでしたが、川本さんは運動論的に平和憲法を考え、21世紀の平和憲法の先に22世紀の平和憲法も見ているのです。

川本さんは、現在の日本国憲法に関して2つの問題があると指摘します。
第1に、近代憲法ではないというのです。それは憲法の章立てが「天皇」から始まっていることに象徴されています。近代憲法は、人権原理が出発点でなければいけません。
第2に、9条があるとしても、それは日本の牙を抜くためのものであって、本来的な意味での平和条項ではない。「平和」は単に戦争のないことではなく、人権が尊重されるところにこそ平和の真意があるというのです。
その2点から、川本さんは真に平和を目指すのであれば、9条護憲論者こそが憲法創案に真剣に取り組むべきだと主張するのです。

こういう大きな問題提起につづいて、日本憲法の人権規定の問題点や方向性が具体的に説明されました。そして、それにつながる形で、9条に関しては、むしろ自衛軍としての現実を踏まえて、議論していくべきだと提案します。ただし併せて「反徴兵制」をセットにすべきだというのが川本さんの「21世紀」の平和憲法案です。

それに基づいて話し合いが行われました。
今回は講義型だったこともあり、時間が足りなくて、話したりなかった感じがありますので、できればもう一度、9条に焦点を当てて、「護憲論者」も入れて、議論したいと思います。

川本さんの著書「21世紀の平和憲法」をまだお読みでない方は、ぜひお読みいただき、次回の激論サロンにご参加いただければうれしいです。

  Heiwakenpo

 

| | コメント (0)

■第8回万葉集サロン「歌から会話へ 東歌を中心に作者不明歌を読む」報告

升田さんの万葉集サロンも、いよいよシーズン2に入りました。
今回から東歌を中心に作者不明歌を読んでいきます。
テーマは「歌から会話へ」です。

案内文に書いた升田さんのメッセージの一部をもう一度紹介させてもらいます。
これまでのシーズン1のまとめにもなっていますので。

「た」「な」そして「わ」。ほとんどが文字を持たない人々であった古代。
自分の心、思いを伝え表す方法は音声による言語(あるいは絵などの造形物)しかない。言語行為は善きにつけ(祝・愛情表現など)悪しきにつけ(呪・戯言など)言葉を信頼しての行為であるから、「言霊」という言い方も為された。発した言葉は自分に戻って来ることがあるから、言葉は常に畏怖の対象でもあった。
文字を持つようになってから、人々の言語感や言語意識が変わってゆく。
人言()が「うるさい・いやだ」と嫌悪しながらも上手く受容し、「た」とゆるやかに共生する庶民たち。「うるさい」を慣用句化しそれに依拠した形で自己を主張する知識人たち。
「人間と対峙する言葉」が「生き物」のように柔軟に変容するところに、社会や文化の進展があるのかも知れない。そのありようが見られるのも万葉集の面白さの一つであろう。

というわけで、今回はその序論として、東歌を実際に読んで、東歌とこれまで読んできた都の万葉人の歌との微妙な違いを味わってみました。

最初に升田さんが選んだのが次の歌でした。

多摩川に 晒す手作り さらさらに 何そこの児の ここだかなしき(巻14・3373

前半3句が「序」、後半2句が「言」と升田さんは説明してくれました。
「序」には地名と情景が含まれ、「言」には思いが込められる。
ふつう考えると、「言」のほうに意味があるように思いがちですが、増田さんは反対だというのです。

升田さんの解説を聴きましょう。

東歌は、古代の「言」観を基層としながら感情を表出する。この形成過程で、いわゆる「序詞」と称されている部分は修辞としてではなく、歌の中枢となる。そしてこの部分を今「歌」と呼び、気持ちを直接表出している言葉を「言」と呼んで、「言」と「歌」とが融即して一首をなすありようを見ている。恋の相手や共同体である「た」とのコミュニケーションの手段としての「歌」。として、われわれも「た」として東歌を感じたい。

「言」と「歌」。ちょっと混乱しそうですが、直截的な言葉よりも、情景によってこそ、思いは伝わるというのです。
言葉(ロゴス)で伝わることの少なさを日頃痛感している私としては、情景(イメージ)を通してのコミュニケーションのほうが効果的だという指摘にはとても納得できました。
情景には、たとえば「さらさら」という音まであって、それが世界を広げ深めてもくれます。

他の歌もいくつか読みながら、古代人の「言」観、さらには掛詞や枕詞、言霊、「言」への不信感なども話題になりました。

言霊とコロナウイルスというような話も含めて、すこし横道にも入りましたが、「言」は「事」にも通じ、「物」「者」ともつながっていくのではないかという問題も参加者から出されました。こうなるとフーコーの世界(「言葉と物」)にもつながってしまうとふと思いましたが、そんなふうに話題は広がり、用意してくれた東歌の大部分は次回以降になりました。

升田さんは、サロンの後に、こう書いてきてくれました。

問題、課題は山積しており、文学の難しさにも直面するが、参加してくださる方々から暗示や示唆、知識をいただきながら考える場は楽しい。

そして、大きなテーマに陥っているので、東歌をあと何回か読む予定です。とも伝えてきました。
というわけで、このテーマは次回(8月15日の予定)につづきます。

内容がだんだん深まってきて、報告が難しくなりました。
私が報告をまとめると独りよがりになってしまいがちですので、興味のある方はぜひ直接参加してください。報告とはたぶん違うことを感じるのではないかと思います。
そんなわけで、次回から報告は思い切り簡単にさせてもらおうと思います。

Manyou8

 

| | コメント (0)

■コロナ通れば道理引っ込む

昨日、闘病中の友人に会いに行きました。
彼は靴屋さんでお店をやっていますが、独り暮らしの高齢者です。

そのお店に行ったのですが、お店で1時間以上話していました。
しかし、コロナの話も給付金の話もほとんど出ませんでした。
彼にはほとんど関心のないことだからです。
コロナよりも、実際に抱えているいまの病気の方のリスクが現実的ですし、お店を持続させる給付金のような「お上の施し」にはまったく関心のない生き方をしてきた人です。

評判の高い靴職人の父親の家業であるお店を手伝い、継承し、それを今なお続けています。
しかし時代の変化の中で、お店を継ぐ人もなく、彼と共にお店は消滅するでしょう。
彼の使命は、いま在庫している商品を出来るだけ廃棄せずに使ってもらうことです。
それでいまもお店をやっているのですが、お店を維持していくためには新たな仕入れも必要ですから、困ったことに実際には商品は減らないのです。
給付金にはまったく関心がないようです。

世間はコロナとその対策の話ばかりですが、こういう人もいるのです。
いやもしかしたら、こういう人の方が多いのではないか。たくさんの不安と苦労を持て余して、「コロナ騒ぎ」に逃げ込んでいる人もいるのではないか。
お酒やギャンブルに逃げたくなる人もいるでしょう。皮肉なことに、「コロナ」はそうした「逃げ場」を非難し、いまや「逃げ場」の頂点に立ってしまった。そんな気もします。
「コロナ通れば道理引っ込む」の社会になってしまいました。

問題は、「コロナ」のおかげで、何か大切なものがまた見えなくなってしまったことです。
世間は「コロナ」で覆われてしまった。

「コロナ」の禍は、死と同じように、一見、すべての人にとって平等に見えますが、そんなことはないでしょう。そうしたことも含めて、コロナは私には呪わしい人災です。
花粉症でマスクをする人が増えていましたが、いまやコロナでほぼ全員がマスクをするようになった。花粉症も人災だと思いますが、コロナはその延長上にあるとも言えます。
花粉症と同じく、対症療法しかみんな考えずに、それを経済成長の材料にしてしまっているようにも感じます。

マスクをしている人たちを見ると、病んだ人に見えます。私自身、マスクをしていると自分が病んでいるように感じます。
ほとんどの人が感染していないと言われながら、マスクが社会を覆ってしまった。どう考えても私には理解できませんが、マスクやソーシャルディスタンスが新しいモラルと言われる。社会が病んでいるとしか思えない。
病んだ社会に生きるには、健康であってはいけないのかもしれません。

長生きしすぎてしまった。
困ったものです。

 

| | コメント (0)

■節子への挽歌4658:夢の不安

節子

最近どうも真夜中に目が覚めてしまい、そのまましばらく眠られない夜になっています。
と言っても、そのうちになんとなくまた眠っているのですが、目覚めた後、どこかに寝不足感があります。
それが1週間ほど続いています。
朝起きてもどうもすっきり感がありません。
注意しなければいけません。

そういう状況ですので、夢をよく見ます。
あまり楽しい夢はありません。
目覚めるとすぐに夢の内容は思い出せなくなるのですが、不安や哀しさの気分だけは残っています。
時にはちょっとした夢のワンシーンも残っています。

東日本大震災の大津波が起こる半年前頃、毎日のように津波の夢を見ていたことがあります。
山の上まで逃げても津波が追いかけてくるような夢です。
しかも同じ夢を見る。
当時は夢の内容も、朝目覚めても思い出せました。
東日本大震災の後、津波の夢は一度も見たことがありません。

津波はとてもわかりやすいのですが、最近の夢はよくわからない上に、内容が思い出せない。
何となく不安感があります。
夢は思い出そうとしていると忘れないようになります。
いま昨夜の夢を思い出そうとしたのですが、うまくいきません。
明日から少し夢を思い出すようにしようと思います。
何かが起きるような気配がしてなりません。

 

| | コメント (0)

2020/06/23

■節子への挽歌4657:電話に出ない闘病中の友人

節子

闘病中の小学校時代の友人のお見舞いに行くことにしました。
節子と同じ胃がんなので、どうも他人事と思えないのです。
それに彼は一人住まいなので、話し相手もあまりいないでしょうから、お見舞いというよりも雑談に意味があると思っています。
先日、電話がかかってきたのですが、何やら急に声の元気がなくなっていたばかりか、話の内容がよくわからなかったので、近々会いに行くよと言っていたのです。

ところが、今日、行こうと思い午前中に電話しましたが、電話に出ません。
お昼前にもう一度。やはりでません。
午後、来客の前にもう一度、やはりでない。
ちょっと心配になりました。

そう言えば先日、痛みがあるとか食事ができずに痩せてしまったとか、いろいろ言っていました。
もしかしたら、症状が急変して入院したのかもしれない、と不安になりました。
私たちの年齢になると、そういうことはめずらしいことではありません。

来客が帰ったので、念のためにもう一度。
やはりでない。病院に行ってみようかと思って、電話を切ろうとしたら、ようやく電話口に彼の声がしました。
なんということはなく、電話をマナーモードにしていたために気づかなかっただけのようです。
まったくもう困ったものです。
でもまあ私にもよくあることなので、仕方ありません。

一挙に力が抜けましたが、まあ久しぶりなので訪問することにしました。
彼が住んでいるのは大森です。
小学校時代は私も大森に住んでいました。
私には懐かしいところです。

駅から歩いて15分ほどですが、いつもここは歩くことにしています。
思った以上に商店街は元気でした。
でも毎回来るたびに変わってはいます。
彼を元気づけるためにフルーツゼリーとフルーツを買っていこうと思っていたお店は潰れてしまっていました。それで手ぶらで彼のところに行きました。

彼は靴屋さんをやっています。
お店に入ると、思ったよりも元気そうな彼がお店の奥に座っていました。
思ったよりも痩せてはおらず、電話と違って口もはっきりしていました。
お店でお客様対応もしているようです。
さらに気が抜けてしまいました。

彼のために何ができるかを考えなければいけません。
私は靴が苦手なので、靴は買えませんし、買おうとするとタダにしてしまうでしょう。

ひとつだけ彼の役に立つ方法が見つかりました。
さてそれはなにか。
近いうちにわかるでしょう。
ちょっと気が重いことですが。

帰りの電車は混んでいました。

 

| | コメント (0)

■野党統一候補の落し穴

山本太郎さんの演説を聴きに行った人からのメールを、ぜひ多くの人に読んでほしいと思い、紹介させてもらうことにしました。
この人は、政治家の演説を聴きに行ったのははじめてだそうですが、山本さんの言っていることに嘘はなく、自らの本音を伝えていると感じたそうです。

そしてこう書いています(一部省略しています)。

ただ山本太郎さんの本当の主張は、
今までの政治という物の概念の外にあることなので
なかなか正しく伝わらないだろうなということと
政府からの助成金をひっぱってくる弱者救済にふりすぎていて
山本太郎=極左というイメージになってしまっていると感じました。

私も同じことを感じていましたし、そのために山本太郎さんから離れだしている人がいることも知っています。
しかし、メールをくださった人は、つづけてこう書いています。

山本太郎さんの本当の主張は、右とか左とか関係なく
「ピラミットから抜けて、フラットな世界を創ろうぜ」ということだと思います。
ただほとんどの人が自分がピラミットにいるという感覚すらないので
山本太郎さんの主張を既存の概念で無理矢理とらえているのだと思います。
だから山本太郎さんが自分の意見に純粋になっていけばいくほど
周囲には理解されなくなっていくのだと思います。

まさに私が感じていたことです。

私は、今回山本太郎さんが野党統一候補としての立場を用意されたのに、あえて拒否して自分の党から出馬したことで、山本太郎さんの本音と本気を感じました。
結局、野党統一候補では勝ったとしても別のピラミットに移るだけだからです。

ここで大切なことは、「野党統一候補では勝ったとしても別のピラミットに移るだけ」ということです。つまり、それではこれまでの政治と決別できないのです。この点は、私はあまり意識していなかったのですが、このメールで気づかされました。

メールはさらにつづいているのですが、そこには自らの生き方にも言及されています。
決して単なる観察者的見解ではないのです。
この人は、実に誠実に生きている人ですが、改めてそのことが伝わってきました。

私は昨日はネットで山本太郎さんの街頭演説を聴いていました。
たぶんそのひとつの現場に、この人はいたのでしょう。
ネットと現場では、まったく違うでしょうが、この人の感じたことと私の感じたことが大きくはずれていなかったことに安堵しました。

山本さんが風を起こしてくれることを確信していますが、ともかく多くの都民に山本さんの直接の話を聴いてほしいです。

| | コメント (0)

2020/06/22

■節子への挽歌4656:山本太郎のネット追っかけ

節子

今日はネットで山本太郎の追っかけをやっていました。
都知事選に出馬した山本太郎さんはいろんなところで街頭演説をしています。
しかも毎回身心を使っての1時間近い演説です。

内容は似たり寄ったりですし、私にはかなり違和感もありますが、本心で話しているように感じます。
しかし、選挙向きではないのではないかといささか不安になりますが、そう思う私自身がやはり感覚的にこれまでの政治に毒されているのかもしれません。
こういう時に、一緒に節子が聴いていて、コメントしてくれると私の考えも相対化できるのですが。

節子が実際に日本の政治を実感したのは、イラク派兵の特措法に関連して国会デモに参加した時でしょう。
もみくちゃになるような激しいデモでしたが、節子には初めての体験でした。
カルチャーショックだったと思います。
頭で学ぶことと実際にデモに参加するのとでは全く違います。

以来、節子とも政治の話が少しできるようになりました。
それまでは私の一方的なレクチャー対話だったのですが。
頭だけの政治論議ではない、生活感覚での政治論議の大切さは節子から教えてもらいました。

山本太郎さんの演説を聴いたら節子はどういうでしょうか。
何となく節子好みではない感じもしますが、まあ困っている人を一番に考えるということには共感するでしょう。

まあそんなことも考えながらの山本太郎追っかけの1日でした。

 

| | コメント (0)

■山本太郎さんの都知事選に私の来世がかかっています

昨日の湯島のサロンで、参加者のひとりから「佐藤さんは山本太郎に入れ込んでいますね」というようなことを言われました。なんでそんなに入れ込んでいるのかというニュアンスでした。
私が信頼している数名の人も、最近の山本太郎はおかしくなってきていると言っています。
今回の都知事選出馬では、反小池のパワーを分散させるという人もいますし、そもそも「れいわ新選組」などという名前を付けたときに、見限った人もいます。
私の周りでは、正直、どうも評判は悪くなっているような気もします。

昨日もサロンではない別の集まりで、山本太郎さんは都知事になると思っているのかと、かなり否定的な感じで訊かれました。躊躇なく「なります」と即答しました。私はそう確信しているのです。
いや、そうでなければ日本の社会の奈落への暴走はとまりようがないでしょうから、そうならなければいけないのです。今生はあきらめるとしても、来世もまた日本に戻ってくるつもりなので、それでは困るのです。

山本太郎さんの政策や人柄や話し方や人との付き合い方には違和感がないわけではありませんし、山本太郎さんのようなタイプの人とは私は友だちにはなれないでしょう。生理的に会わないのです。
政策に関してもそう賛成でもありませんし、あの話し方も好きにはなれません。

ではなぜ山本太郎さんに共感しているかと言えば、彼の政治姿勢に共感しているからです。私が長年考えている「政治のパラダイム転換」に取り組む人だからです。
彼の政治の起点は、生活者個人の生活にあります。しかもその生活者を決して差別していません。いまの政治家や「知識人」「市民」とは全く真逆な人間観を持っています。
いささか政府への過大期待があるのが、私にはなじめませんが、しかし「新しい政治」を目指している。

野党というべき政党がなくなってしまった現在の日本の政治状況を頭から変えてくれるかもしれません。「経済」と「生活」を改めてつないでくれるかもしれない。学校教育のあり方を変えてくれるかもしれない。知識でしか考えていない専門家の世界を変えてくれるかもしれない。そして、何よりも私の世界を変えてくれるかもしれません。

私は都民でないので選挙権はありませんが、山本太郎都知事の実現に未来をかけています。
もしお時間が許せば、山本太郎のサイトを読んでください。
https://taro-yamamoto.tokyo/?fbclid=IwAR3M5Snq_VsnxtMtRSkXXF280_pfD1apQK6t-HIilwlSbT9qzJ7FIwZuMAY

6月28日には湯島でサロンも開催します。

Photo_20200622111801

 

 

| | コメント (0)

■節子への挽歌4655:世間が戻ってきた

節子

最近は1週間に春夏秋を体感できるように感じです。
朝起きて外に出たら秋を感じました。
一昨日は夏でしたが。

今日は雨も降っているので、気分が晴れないです。
特に最近、天気に左右されるようになりました。

私はまったく意識はしていなかったのですが、県外移動自粛が解除されたようです。
そのせいではないのですが、私のスケジュール表も変わってきました。
2週間前までは、土日のサロン以外はほぼ何もない白紙だったのですが、今週は今日を除きすべてに用事が入っています。忙しいということではないのですが、世間がもどってきた影響は私にもあるのかもしれません。

しかし、以前とはたぶん時間密度や時間速度は変わっていくでしょう。いい時代になっていく気がしますが、そこで生きる人間が変質してしまっていて、その良さになじめないのではないかという危惧もあります。

私にとっては、この時期に生活環境を変えることになったのは良かった気がします。
ダラダラと生きているとダラダラと終わりかねませんが、生活環境を変えるとなるとダラダラしているわけにはいきません。経済的な問題も含めて、人生の先も考えねばいけません。それはそれで頭が痛い問題ですが、ダラダラ終わるよりはいいでしょう。いや、ダラダラだと終われないかもしれませんし。

 

| | コメント (0)

2020/06/21

■節子への挽歌4654:オープンハートの集まり

節子

久しぶりに、オープンハートの集まりに顔を出しました。
オープンハートとは引きこもり体験者やいろんな問題を抱えている若者たちの居場所空間です。昨年から湯島の場を提供していましたが、コロナ騒ぎで3か月ほどやっていなかったのです。

3か月ぶりに開こうと思うと主宰者の阿部さんから連絡があったので、私も顔を出すことにしたのです。
別件があったので、遅れて参加しました。
部屋のドアを開けたとたんに、入口まで人があふれているのに驚きました。
みんなやはり集まりたかったのでしょう。

私は毎回参加しているわけではなく、時々顔を出している程度なのですが、みんな知っている顔です。なかには数年ぶりの顔もありました。
全員マスクをしていたので、私もマスクをしましたが、それぞれにこの数か月、いろいろとあったようです。しかしそれぞれに元気そうでした。ただ、先行きにもあまり明るさを感じていないのが気になりました。

集まっている若者たちは、いわゆるビジネス社会に乗って、器用に生きている人たちではありません。おそらく政府による支援策の恩恵もあまり受けていないのではないかと思いますが、今回のコロナでいろいろなことを感じているのではないかと思います。
経済環境も人間関係も大きく変わってきていますが、これまでの状況に居場所が見つけにくかった若者のなかには、居場所や仕事を創りだした人もいるでしょう。

居場所や仕事がないのは、自分の問題でもありますが、むしろ社会状況の問題ではないかと思います。そうであれば、この半年の状況に希望を見出すことも可能ではないかと思います。こんなにいろんな人が集まっているのだから、みんなで何かを始めたら、といつものように話しましたが、そういう話はオープンハートのテーマではなく、CWSコモンズ村のテーマかもしれません。
一度、そうしたアクティブサロンを考えたいと思いました。

世間を器用に生きている人たちや世間を卒業して余裕を持って生きている人たちよりも、世間にしがみつきながら不器用に生きている人たちと一緒にいると、なぜか心が安らぐのに気がつきました。
湯島のサロンも、最近、いささか世間離れしてきているのかもしれません。
もっと哀しい世間と重なっていかなくてはと、ふと思いました。

 

| | コメント (0)

■湯島サロン「新型コロナウィルスとともに考えたこと-若者からのメッセージ」のご案内

新型コロナウィルスは、社会にさまざまな変化を引き起こしていますが、個々人の生活にも大きな影響を与えています。生活が激変してしまった人もいるでしょう。
当然の所与として受け止めていた社会そのものにも、さまざまな問題があることが見えてきました。そして、そうしたことが自分とも無縁でないことを思い知らされたように思います。
コロナ禍で、いったい何が変わったのか、何を変えなければいけなくなったのか。生活がいろんな意味で制約されていた時期に、自らの生き方を問い直し、価値観や生き方を見直した人も少なくないでしょう。

そこで、「新型コロナウィルスとともに考えたこと」をテーマにしたサロンを開催することにしました。できれば何回かやってみたいと思っていますが、その第1回目は、サロンにも参加されたことがある大学生の川端修平さんにお願いすることにしました。
私はそれほど彼を知っているわけではありませんが、コロナ騒ぎでたぶん今年大きく変わるはずだった彼の人生が年初に変わりだしたことが気になっていました。

その川端さんが、「この期間、生活が様変わりし、その結果として考えが変化していきました」とメールをくれました。そして、「自分の弱さに気づき痛烈に向き合わされた」とも書いてきました。
そうした思いの一部を、川端さんはオンライン機関誌「みんなで考えよう」に投稿したのですが、その文章も読ませてもらいました。そこにはさまざまな問題が提起されていました。

その中で、川端さんは、「「生きる」と「生活」と「働く」と「経済」と「人間」は一体のものなのではないか、と思うようになりました」と書いていますが、その一文に私は特に興味を感じました。いま多くの人が忘れていることだからです。
そこで、川端さんに、それらがどう変わったのかも含めて、話をしてもらうサロンをお願いすることにしました。

感受性の強い若者から、コロナ騒ぎはどう見えたのか、そしてその中でどう考えや行動を変えてきたのか、できるだけ赤裸々に話してもらおうと思います。
同じ世代の若者はもちろんですが、若くない高齢者も、働き盛りの世代の人も、家事に忙しい主婦の方も、そこから学ぶことはたくさんあると思います。
ぜひ多くの人に、彼の話を聞いてもらい、ともに考えてもらえればと思います。

なお参加希望者には、川端さんの書いた「生きる、いのちー「存在」をめぐってー」をデータで送らせてもらいますので、あらかじめそれをお読みのうえ、ご参加ください。

川端さんにつづいて、自分も話をしたいという方がいたら、このサロンはつづけたいと思います。ポストコロナ社会についての論考は多いですが、このサロンは湯島サロンの理念に基づいて、知識や論考だけではなく、自分のことを一人称自動詞で語ることを中心に、なまなましい話し合いにしていきたいと考えています。
よろしくお願いいたします。

〇日時:2020年7月5日(日曜日)午後2時~4時
〇場所:湯島コンセプトワークショップ
http://cws.c.ooco.jp/cws-map.pdf
〇テーマ:「新型コロナウィルスとともに考えたこと-若者からのメッセージ」
〇会費:500円
〇参加申込先:qzy00757@nifty.com(佐藤)

 

 

| | コメント (0)

2020/06/20

■節子への挽歌4653:人生を考える材料が山のように届きました

節子

胃がん治療に取り組んでいる、独り住まいの友人の調子がよくなさそうです。
コロナ騒ぎもあって、4か月以上、会っていないのですが、電話では連絡し合っていて、一時はだいぶ良くなって、私よりも元気だったのですが、今朝、急にかかってきた電話の声は全くの別人でした。

電話は、良い時には良い情報が、悪い時には悪い情報が増幅されて伝わってきます。
改めて最近のテレコミュニケーションに危険性を感じました。
やはり直接同じ時空間を共有しないとわからない。

今日は万葉集サロンでした。
テーマは「言」と「歌」でしたが、ここでもコミュニケーションが話題になりました。
言葉というロゴスで思いは伝えられない、というとても大きなテーマだったので、私自身、あまり消化できていませんが、言葉の始まりは「パトスの発振」だと思っている私には、とても腑に落ちることがいくつかありました。
ただそれこそロゴスとしてはまとめられなさそうですが、私の中では腑に落ちた気がします。友人の件も、腑に落ちるためにはやはり会いに行かねばいけません。

まあ、他にも同じような状況はあるのですが、彼の場合は、私を頼りにしてくれているので、応じなければいけません。
時々、思いがぐらつくので、今朝また改めて「雨ニモマケズ」を読み直しました。
彼は「南」に住んでいる事に気づきました。
いささか考えすぎですが、最近とても気が萎えているので、ちょっとしたことが心身を揺さぶります。

最近はそれなりに「デクノボウ」的な存在になってきているように思っているのですが、まだまだ周りに振り回されてしまっています。
人との付き合いが多すぎました。

そう言えば、数日前に古い友人からメールと彼の最近の活動記事を取り上げた雑誌の記事が送られてきました。
最近はほとんど会っていませんが、彼は自分をしっかりと生きている人です。
私の会社時代、私が寄稿した新聞記事を読んで訪ねてきたのがきっかけで交流が始まりましたが、私とは違い、テーマを持って生きています。外からみても、当人にとっても社会(他者)にとっても、とても「いい生き方」です。私のように、死んだら何も残らない生き方とは違います。

彼に昔の共通の友人の消息を訊ねてみたら、「会社リタイア後はアート関係の付き合い以外はほとんどしていません」と書いてきました。改めて私自身が選んだ生き方を思い知りました。
私には「意志」と「ビジョン」がなかったのかもしれません。

いろいろと考える材料が、他も含めて、今日はたくさんありました。
いささか疲れてしまった1日でした。

 

| | コメント (0)

2020/06/19

■節子への挽歌4652:マルチハビテーション

節子

今日はまさに梅雨の1日です。
いよいよリフォームに取り組むことになりました。
と言っても工事開始は9月に入ってからですが、その準備でいまや私の居住空間はぐちゃぐちゃになってきていて、毎日、倉庫のような場所で寝ています。
書類や雑誌の廃棄はまだ続いていますし、ともかく私の居住生活空間を3分の1に縮小する計画です。

生活空間と言えば、最近は我孫子の自宅での寝起きがほとんどですが、かつてはマルチハビテーションを志向していて、私の生活空間も       かなり広かった時期もあります。
今回書類の整理をしていたら、「定住を超えて マルチハビテーションへの招待」という本が出てきました。この本の取材を受けていたことを思いだして、ページをめくったら、私の記事が出てきました。

取材を受けたのは50歳の時のようです。
こんなことを言っています。

「将来、東京には人と交流し合えるサロン風の喫茶店を、そして全国各地には仲間うちで一つの家をシェアできるような生活の場を持ちたい。そして終の住処は、やっぱりコミュニティに馴染みのある地方都市がいいですね」。

残念ながら何一つ実現していません。
読んでみると、当時の状況を思い出します。
当時は、湯島のマンションと湯河原のマンションと我孫子の自宅の3か所を拠点にしていたようですが、地方にもかなり出かけていたので、まあそれなりのマルチハビテーションだったようです。

こんなことも言っています。
「私は一つの組織、家、テーマに執着しないような生き方をしたい。特にさまざまなテーマと関わっていきたいのです。それがマルチハビテーションという生き方の本当の意味だと考えています」。
私にとってのマルチハビテーションは、当時からマルチテーマライフだったのですが、これはどうやら実現しているようです。

しかし、私のマルチハビテーション計画は、節子と一緒が前提でした。その前提が崩れたために、いまのマルチハビテーションは全く異質なものになってきています。
あえて言えば、此岸と彼岸のマルチハビテーションです。
これはなかなかわかってはもらえないでしょうが。

生活を整理していると、過去に出合うものですが、それは同時に未来に出合うことでもあることがよくわかります。


Img167

| | コメント (0)

■コロナ感染症の捉え方のあまりの差に驚いています

長い愚痴なので、よほどお暇な方のみお読みください。

新型コロナウイルス感染症に対する捉え方が、人によってこんなにも違うのかと、改めて最近驚いています。それは同時に、政府や専門家への信頼感がこんなにも強いのかという驚きでもあります。

たしかに私も1月から3月にかけてはかなり不安がありましたが、4月にはいろいろと実態も見えてきましたし、専門家の発言や政府・自治体の意図もかなり明らかになってきましたので、普通に注意していれば、感染する恐れは、インフルエンザほどにもないと思うようになりました。

4月初めまでは、基本的にみんなの生活は大きくは変わらず、満員電車もつづいていましたが、感染者はほとんど出ていませんし、いまでさえ抗体検査での陽性率は1%以下なのであれば、国内にはパンデミックいう事実もなかったわけですが、にもかかわらず、状況は過剰に増幅され、不安感というよりも恐怖感が植えつけられました。

そして、いまなお、マスクと「ソーシャルディスタンス」、さらには移動自粛や3密回避がルールになっています。公共施設も閉鎖され、外食文化は壊され、夜の街やパチンコは批判の的にされています。
緊急避難的な初期対応がこんなに長く続く理由を考えないといけません。

ウイルス陰謀論がありますが、ディープステイト論はともかく、この動きを利用したさまざまな「陰謀」があることは間違いありません。しかし、「荒唐無稽な陰謀論」という埋め込まれた知識で、陰謀と聞くだけで思考停止する友人も少なくありません。陰謀のない社会などあるはずもなく、陰謀論アレルギーこそが真の危険なのですが。

全国民あてのマスクと10万円でほとんどの国民が懐柔されてしまったのも驚きです。
そもそも給付金というのは「奉公人に支給する給金」(日本国語大辞典)という意味ですが、その名前にいやなものを感じます。1億円を超す給金をもらった河合夫婦と同じ仲間のような気分もしてきて暗い気持ちにもなりますが、受け取ってしまった私自身(実際にはまだ受け取ってはいませんが)、いまやもう奉公人であることを胸を張って否定できないのが残念です。

いまの外出自粛や集会自粛の風潮は、まさに国政に関心を持つな、選挙に行くな、デモはするなというお達しのように聞こえますが、私の周りでさえ、その信仰はゆるぎないもののように存在しているのにあらためて唖然としています。この状況が窮屈だという声も聞こえてきますが、自分で窮屈を甘んじているだけのことに気づいてはいないのがなおさらおそろしい。窮屈だったらとび出せばいいだけの話ですが、縛られていなくても飛び出せない状況にあるわけです。それこそが400年近く前に「自発的隷従論」を書いたラ・ボエシの「隷従」という意味でしょう。

まさにフーコーの生政治が、人間を滅ぼしてしまったようです。
少し考えれば、いまの状況がいかにおかしいかはわかると思いますが、私の友人の多くは、そういう私の方がおかしいと思っているかもしれません。孤独感に襲われます。

私は、自然免疫力こそが大切だと思っていて、コロナが大きく話題になりだした2月から、睡眠と体力維持につとめるとともに、大量のウイルスは避けるとしても、少量のウイルスにはむしろ接触するのがいいのではないかと考えてきました。感染してくるウイルス量と自然免疫力のバランスで、新型ウイルスに対する自然免疫力も高めていこうというわけです。

ですから、むしろ生活スタイルはできるだけ変えないようにしていましたが、なかなかそうもいかずに、3月中旬あたりから湯島のサロンをお願いしていた人たちも延期したいというので、湯島のサロンは私がホスト役のスタイルで毎週続けてきました。
ZOOM対応の希望もあったのですが、私にとっては本末転倒というよりも、むしろそういう流れに抗うのがサロンなのですが、それはなかなか分かってはもらえないようです。

多くの人が、感染防止というよりも、逃避を選んだのと違って、私はむしろ予防に努め、起床時のうがいや外出から帰宅した時の手洗い・うがい、十分の睡眠と栄養バランス、さらには朝型生活への移行に努めていました。
感覚的には、5月にはすでに自然感染して抗体も出来ているのではないかと考えていましたが、それはどうも楽観的過ぎたようで、まだ抗体はできていないようです。しかし、適度に外出し、人にも会っていますから、自然免疫力は高まっているのではないかと思っています。

しかしどうも多くの人はまだ、感染をおそれて、政府の指導に従っているようです。そのさなかに行われる都知事選は、明らかに現職が有利です。選挙で風を起こすのであれば、まずはコロナへの不安を捨て去るところから始めなければいけにかもしれません。

社会を維持していくために不可欠とされる仕事に取り組む人たちは、外出自粛もテレワークもできずに、きちんとした情報も与えられないまま、生きるために感染の危険をおかしながら、誠実に働いているように思います。自宅でのうのうとテレワークと称しながらテレビに出ているタレントやコメンテーターを見ていると、彼らの仕事がいかに無駄なものであるかがわかります。私は2か月ほど、録画までして、いろいろとみてきましたが、その間、コメンテーターがどう変化してきたかもよく伝わってきます。今はもう全くといっていいほど見ていませんが、彼らもまた田崎さんと同じ仲間になってしまっているように思います。テレビは人を変えていくようです。

何となく孤独感が強まって、愚痴をこぼしたくなったのですが、愚痴が長くなってしまいました。すみません。
自らもまた世間の風潮に合わせているところがあることも実感していますし、10万円の給付金も断ることなく申請してしまいましたが、この愚痴はそういう自分に対する批判なのです。愚痴の矛先は自分なのです。

自発的隷従から抜け出ないといけません。怠惰な私には隷従が楽なのですが、言行不一致ではお天道様に嫌われかねません。
さてさて困ったことです。

 

 

| | コメント (0)

2020/06/18

■節子への挽歌4651:「それっておかしいでしょう」

節子

昔、テレビに話しかける人が話題になったことがあります。
今日、ユカから、昔はお父さんはテレビに話しかけるようなことはなかったのに、最近、よく話しかけているね、と言われました。

よく話しかける言葉は、「それっておかしいでしょう」だそうです。
たしかに言われてみれば、よく言っています。
独り言ではなく、ユカと一緒にテレビを見ている時、なんとなくユカに話しかけているようです。
多くの場合、ニュースや報道番組を見ての反応ですが、そればかりではないようです。
ともかく「おかしいこと」が満ち溢れている。

しかし、もしかしたら、おかしいのは私なのかもしれません。
ユカからは、私の方がおかしい時もあるとも言われました。
たとえば、コロナ防止策に関しては、私の言い方があまりに楽観的だというのです。

おかしいかどうかは、絶対的な基準があるわけではありません。
社会の多くの人に違和感がなければ、「おかしい」ことにはならないでしょう。
みんなが王様は裸ではないというのであれば、王様は裸ではないのです。
テレビで報道されているようなことや、レギュラー・コメンテーターの発言は、たぶん「おかしくはない」から続いているのでしょうから。

私の生活信条のひとつは、おかしいことはおかしいということです。
この点は、節子と同じでした。
おかしいことをおかしいと言わなければ、それを認めたことになります。
節子もそれができない人でした。

もっとも私から見て、節子が間違っているようなこともなかったわけではありません。
同じようにまた、私もたぶん時に間違っているのでしょう。
しかし、たとえそうだとしても、その時に「おかしい」と思ったら「おかしい」というのが私たちの共通点でした。

節子がいなくなった後、おかしいと思ってもおかしいという相手がいなくなってしまい、そのためユカに同意を得るように、「それっておかしいでしょう」と口にしているのかもしれません。
ユカにとっては迷惑な話かもしれません。
関心事も判断基準も違うのですから。

やはり伴侶と親子は、同じ家族でも違う存在です。
世界の見方が、やはり違うのです。
世界を共にする伴侶がいなくなると、人はどんどん独りよがりになるのかもしれません。

 

| | コメント (0)

■湯島サロン「山本太郎さんの都知事選立候補から政治を考える」のご案内

5月から、BMSサロン(茶色の朝シリーズのサロン)ともつなげながら、民主主義を考えるサロンを始めました。
理論的に民主主義を話し合うのではなく、実際の事例や問題から、自らの行動にもつながる形で、民主主義や政治を考えようというのが目的です。

2回目の今回は、山本太郎さんの都知事選立候補を題材に取り上げることにしました。
と言っても、都知事選の行方を考えようというのではなく、山本太郎さんの立候補が提起した問題を材料に、改めて民主主義や政治について考えてみようと思います。

山本太郎さんの立候補にはさまざまな意見があります。
立候補だけではなく、そもそも政治家としての山本太郎の捉え方もさまざまです。
タレントだった山本太郎と政治がまだつながっていない人も少なくありません。そうした人たちの多くが考えている「政治」というものに対して、山本太郎さんは、新しい「政治」を提唱していると考えている人もいるでしょう。その一方では、落ちこぼれたタレントのポピュリズム選挙だと捉えて、政治の劣化を感じている人もいるでしょう。山本太郎さんのいかにもタレント的な言動を嫌悪する人もいますが、スピーチを聴いて心ふるわせる人もいるでしょう。
その評価はさまざまでしょうが、だからこそいろんなことが見えてくる気がします。

都知事選の投票日は7月5日ですが、都知事選の結果は間違いなく国政にも大きな影響を与えますし、これからの日本の政治のあり様、つまりは私たちの生活を変えていくかもしれません。

そこで投票日の1週間前に、山本太郎さんの立候補を切り口にして、選挙や政治、あるいは民主主義やポピュリズムなどについて、思い切り個人的な意見をぶつけ合うサロンを開催することにしました。
サロンの最後に都知事選の結果もそれぞれが予測して、開票を楽しみたいと思います。

私のように山本太郎都知事の出現を確信している人も、山本太郎惨敗を確信している人も、立場にも全くこだわっていません。話し合いの敷居は思い切り低く設定し、誰でも話し合いに参加できるようなサロンにしたいと思いますので、気楽にご参加ください。選挙権のない中高生も歓迎します。
どんなサロンになるか、いささかの不安はありますが、きっといろんな気付きがあると思います。

〇日時:2020年6月28日(日曜日)午後2時~4時半
〇場所:湯島コンセプトワークショップ
http://cws.c.ooco.jp/cws-map.pdf
〇テーマ:「山本太郎さんの都知事選立候補から政治を考える」
〇会費:500円
〇参加申込先:qzy00757@nifty.com(佐藤)

 

| | コメント (0)

■節子への挽歌4650:生きているだけでも疲れてしまう状況から抜け出せるでしょうか

節子

朝のテレビ体操がなんとか定着してきました。
朝の625分から10分間、ラジオ体操をベースにした「みんなの体操」が放映されているのですが、それを録画しておいて、毎日、1日遅れでやっています。
1日遅れという意味は、私が実際に体操するのはその時間より早いからです。

まだ定着してから2週間ほどだと思いますが、少しずつ慣れてきました。
まだ身体はかたく、前かがみになっても手は地面につかず、時々ふらついてよろけますし、息切れもしますが、3か月続ければだいぶ良くなるでしょう。

毎朝、5時に起床し、ネットチェックをし、それからテレビ体操。そして手作りラッシーを飲んでから、庭の花に水をやってから、畑に出かける。
1時間、汗をかいて、自然とも交流し、7時に帰宅。
シャワーを浴びて、さっぱりしてから、珈琲とトーストと青汁バナナジュースで朝食。

とまあ、これが一応のモデルなのですが、実際にはこんなにうまくは行きません。
ちなみに今朝は、テレビ体操で疲れてしまい、畑行きはさぼってしまいました。

まあ最近は老化のせいか、生きているだけでも疲れてしまう気がします。
テレビ体操で身体年齢が若返れば、この状況からは抜け出せるかもしれませんが、いまはそのテレビ体操で逆に疲れてしまう。
実は今日はさぼっていた数日前の録画テレビ体操もやってしまったので、いつもの倍の20分も体操してしまったのです。
娘からは、思いつきで生きているのではないかといつも注意されているのですが、思いつきもしないで生きている人に比べればいいのではないかと思っていますので、その生き方を変えるつもりはありません。

それにしても最近はいささか肉体的な疲労感があります。
もっと身体を動かさなければいけません。

そう言えば、昨年、相馬巡礼を思い立って出かけたのが73日でした。
また天気のいい時に最後の30キロを歩いてみることにしました。
また途中で倒れる可能性があるので、娘にいざという時には迎えを頼むと伝えたら、どうして暑くなる前にその気にならなかったのかとまた叱られました。

たしかにそういわれればそうです。
どうして季節のいい時に、「その気」にならなかったのか。
人生はなかなかうまくいかず、疲れます。
困ったものです。

 

| | コメント (0)

2020/06/17

■節子への挽歌4649:声だけは若いようです

節子

電話でクレジットカードの解約をしました。
本人確認をされましたが、声が若いですが、ご本人様ですか、と2回も確認されました。
声だけは若いようです。

しかし、きちんとした話し合いをすれば、たぶん年相応と気づかれるでしょう。
最近どうも話そうと思うことがうまく話せないのです。
言葉が出てこないこともありますし、いわゆる滑舌の悪さは自分でもはっきりとわかります。まあ昔から言いたいことがうまく表現できないのは私の弱点なのですが、それが一段とひどくなっている。
声だけ若く感じられても、内容が劣化していることは否定しようがないのです。

そのうえ、この頃、特に感ずるのですが、「言わずもがな」のことをついつい話してしまうのも、最近の傾向です。
若いころは、言葉不足で、後でなぜあの時に話しておかなかったのかと思うことがたくさんあります。しかし最近は全く逆で、なぜあんなことを話してしまったのかと後悔することが多いのです。しかもさらに悪いことには、その無駄話を途中でやめてしまうことです。話をしていて、この話は相手にはまったく無意味だなと途中に気づいてしまうことが多いのです。それで無意味の話がますます意味不明の話になってしまうわけです。

この挽歌も、時々、そういうことがあります。
書いている途中で急に書く意欲が失せてしまう。その結果、意味不明の挽歌ができてしまう。困ったものです。

声の質に若さがあるのであれば、思考内容にも若さがあるはずです。
思考そのものが若さを失っているとしたら、いかに響きが若くても、何も引き起こさないでしょう。分別と知恵が豊かな老人の思考は私の好みではありません。
発想が若いですね、思考が若いですね、と言われるとうれしいのですが、そういわれることは最近なくなってきてしまいました。
若い思考ができなくなったら、思考はやめようと思っていますが、もしかしたらもうできなくなっているのかもしれません。
もしそうなら間もなく声の若さも消えていくでしょう。

加齢から自由になるのはできないことはわかってはいるのですが、どこかに素直に歳をとりたくない自分がいるようです。

 

| | コメント (0)

■山本太郎さんが都知事選に立候補したことを歓迎します

山本太郎さんが都知事選に立候補しました。

これに批判的な人が私の周りにも少なからずいます。反小池票を分散させ、結局、小池さんを利するだけだというのが、その大きな理由のようです。たしかにその危険性はあるでしょう。
しかし、私はたとえそうなっても、だからといって山本太郎さんを批判する気にはなれません。そもそもどんな理由であれ、立候補した人を批判するのは、その人の民主主義観を象徴しています。そのことは間違いなく小池さんを応援することになるでしょうから、小池さん支持活動と考えれば、納得はできますが。

私は都民ではないのですが、政治家としての山本太郎さんを支持しています。
それに小池都政には違和感があり、都知事が変わってほしいと思っていますので、山本さんが立候補したことでその可能性が出てきたことを歓迎しています。
もし山本さんが出なかったら小池都政は間違いなく継続するだろうと思っていましたが、これで都知事は変わるだろうと思いだしています。

もちろんこれからの山本さんの活動次第ですが、小池都政をもし支持していないのであれば、反小池票が分かれるなどという嫌がらせを言うのではなく、どうしたら山本都知事を実現できるかを考えて行動すべきです。

それにこれは単に都民のための都知事選ではありません。小池さんのように、山本さんは「都民ファースト」などとは言わないでしょうし、都政が国政にとってどういう位置づけにあるかもわかっているでしょう。
ですからこれは、国政につながる話なのです。

山本太郎さんの都知事立候補に、国政の大変革の始まりを期待しています。
山本太郎都知事実現を確信しています。
そして日本の政治が変わりだすことも期待しています。

 

| | コメント (0)

■節子への挽歌4648:今日も朝から開墾作業

節子

今日も朝の畑作業、とても気持ちのいい朝でした。
昨日はがんばりすぎて、疲れ切ったので、今日はほどほどにしました。
50センチはある野草の茂みに入り、草刈りをしましたが、昨年、頑張って畑にしていたところなので、笹も刈り取りやすく、予想以上に作業は進みました。

そこでイチゴ畑の救出に取り組みました。
なんとか10株近くが復活しそうですが、新芽が伸びていないので、大きな実はなってはいません。そこで半坪程のイチゴ領地を確保し、新芽が伸びていけるようにしました。
そこで野草を抜いて、周りの笹を切りとり、四方に棒を立てました。

20200617

そういう作業をしながら、西部劇の牧場主が牧場の周りに柵をめぐらし、他者の侵入を防ぐ気持ちが少しわかりました。
映画では最初から立派な牧草地があって、ただそれを囲うだけのように思いますが、たぶん大きな努力によって牧草地は整地されたのです。
強欲な牧場主の気持ちも少し理解できる気がしました。

畑の開墾作業で面白いのは、こんなようないろんな想像が浮かんでくることです。

たとえば、今日、笹を刈り取ったところは昨年、篠笹と紫蘭から奪還して野菜を植えていたところです。半年以上放置していたためにまた元の木阿弥になってしまっていますが、中に入って刈り取り作業をすると明らかに昨年とは違うのです。
復活した篠笹はどこか弱々しく、簡単に刈り取れます。というか、見栄えは昨年よりもおおい繁った感じなのですが、根本はスカスカなのです。
一方、紫蘭は分散せずに一か所に集中する戦略をとっています。そして自らの周りに扱いやすいだろう野草を巻き込んでいる様子が感じられます。お互いに支え合うスタイルをとっています。
いずれも「見栄え」はいいのですが、実体は弱々しいのです。

もう一つは大きいミミズがたくさんいるということです。
畑にしたらきっといい畑になるでしょう。昨年春の努力の成果が出ています。
努力は必ず何かを生みだします。ただその成果を享受するのが努力者であるとは限らないのですが、お互いに支え合って生きている生物界、あるいは自然界で考えれば、当然のことなのでしょう。この話は地球温暖化問題をどう捉えるかにまで広がります。

ちなみに、50センチほどのやぶの中で作業していて、万一倒れたら発見が遅れるでしょう。その対策も考えておかなければいけないと改めて思いました。
昨年、我孫子で高齢者が畑作業で熱中症で亡くなったニュースがテレビで流れましたが、私ではないかと思った人が何人かいたことを後で知りました。
私もそのニュースを見たとき、自分ではないかと思ったほど、状況が似ていました。
注意しないといけません。

今日は昨日と違い適度なところで切り上げてきましたので、1日が有効に使えそうです。
暑い1日になりそうです。

 

| | コメント (0)

2020/06/16

■節子への挽歌4647:畑にキュウリとナスを植えました

節子

今日は5時過ぎに起きて、畑に行きました。
4日間ほど畑に行けなかったので、暑くならないうちにと思ったのです。

先日購入したキュウリとナスの苗を早く植えないとまたダメにしてしまいます。
先日、下ごしらえはしていましたが、なにしろ笹などの野草が元気なので、鍬で耕し、根切り鎌で根っこを切り、ならすのですが、へとへとになります。
昨年からの野菜があるとそれを無碍に排除できないのできれいには仕上がりません。
しかしなんとか畑らしい場所をつくりだし、6本の苗を植えました。
先日、野草の中から見つけ出したカボチャにも肥料をやりました。

20200716

写真を見てもよくわからないでしょうが、一番手前がカボチャ(なんとかまだ枯れずにいるので肥料をやってきました)、その次が今朝植えたナス、そして昨年来のじゃがいもとフキ、その向こうがキュウリです。
さらに野草を整理していたら一昨年植えたサトイモが2本残っていました。
この調子だとまだいろいろと植えられそうです。

イチゴの救出も進んでいます。
そんなわけで今日も45リットルの野草袋が4つも出来ました。

花壇のところは、もう気が遠くなるほどの荒れ放題で、手が出ませんが、琉球朝顔が咲き出していました。アオイも次々に咲きだしています。
まあそれでしばらくは我慢してもらいましょう。

今日はたくさんの生き物に会いました。
例年よりも早い気がしますが、おとなしいウマオイにも会いました。
やぶの状況から考えて、ヘビがいてもおかしくない気がしますが、ヘビはもうこの5年以上、会っていません。
たぶんもういなくなっているでしょう。
3年前に出合った奇跡のキリギリスも絶滅しているはずです。

今日は予想以上にはかどったので、畑を再開する気になりました。
また畑通いが始まるかもしれません。

 

| | コメント (0)

2020/06/15

■節子への挽歌4646:「郵趣」と「SFマガジン」

節子

3日つづけて畑に行けなかったので、今日は畑に行こうと思っていたのですが、その元気が出なくて、さぼってしまいました。
買ってきたキュウリやナスが成長し、まだ植えていないのにナスは花をつけだしてしまいました。
野菜を育てるのであれば、毎日、きちんと手入れをしないといけません。
そういうことが私は一番苦手なのです。
気が向いたら、思いついたら、動くというのが基本形ですから。

そういうところを節子はずっとうめてきてくれたのでしょうが、まあそれがなくてもなんとか生きてはいけるものです。
幸いにいまは娘と同居しているので何とかなっているのかもしれませんが。

ユカが手持ちのCDや本を売却すると言うので、便乗して私も200冊ほどをついでに引き取ってもらうことにしました。
たぶん1冊10円前後でしょうが、それでも2000円になります。
最近、現金がほとんどないので、2000円でも本が1冊買えるかもしれません。
蔵書の中にはある程度の値段がつく本もあるのでしょうが、そういう本はまだ手放したくないのです。おそらく読むことはないのでしょうが、何となく手元においておきたいのです。本に関する物欲からなかなか解放されません。困ったものです。

書類を整理していて、出てきたものの一つが切手です。
子どもの頃、切手を収集していたのですが、その関係で、節子と結婚してからも新しい切手が出ると買っていました。当時は地方単位の切手も発行され出していて、旅行に行くとよくそこで切手を買ってきました。
そうして買っていた切手が詰まった箱が出てきました。
そう言えば、なぜか節子もよく買っていました。
節子は手紙を書いて出すのも好きだったのです。

書庫の奥から、雑誌の詰まった箱がいくつか出てきました。
そこから出てきたのは「郵趣」という切手収集者のための雑誌です。
これは大学のころまで愛読していたようです。

もう一つ出てきたのは「SFマガジン」です。
実に懐かしい。
その2種類は捨てる気にはなれません。
時間の合間を見て読み直そうと思います。
注意しないとそこにまた埋没しそうですが。

「郵趣」と「SFマガジン」。
節子と会う前の私の世界を思い出してしまうかもしれません。

 

| | コメント (0)

■湯島サロン「益田先生の『看子の日記』を話し合う」報告

益田昭吾さん(細菌学者/慈恵医大名誉教授)の小説『看子の日記』を話題にした、自由な談話形式サロンは10人のサロンになりました。

最初に各人から感想や関心事が出されました。
登場人物の名前も含めて、いろいろな仕掛けが込められている短編ですので、文芸作品としての議論もないわけではありませんでしたが、昨今の状況もあって、やはりみんなの関心は作品のテーマに向けられました。

みんなから出された関心を踏まえて、「比喩の誤謬」「自己・非自己」「アポトーシスとネクローシス」「自我と時間」「環境の捉え方」など、これまでの益田サロンでもよく話題になったテーマが、視点を変えて掘り下げられました。
益田さんは、質問に対しては一緒に考えながら話してくれるので、表層的な知識としての理解だけでなく、自分の問題とつなげながら考えられるのが魅力です。
専門的な切り口から入りながら、いつの間にか、なぜ人は孤独なのかとか、生きるとは我を忘れる事なのか、などというような具体的な話にまで広がっているのです。
もちろん最近の新型コロナウイルスに引き付けた話もありました。

益田さんは、人は「○○は××のようだ」という比喩を使いながら世界を広げているが、大切なのは、その××が借り物ではなく、自分が実際に触れたことであることが大切だと言います。サロンの参加者は、背景も立場もさまざまですので、同じ××でも、人によって大きく違うこともあります。だから時に行き違いもありますが、それがまた思考を深める契機になるのです。

今回は、「自己・非自己」の話が私にはとても面白かったです。
人の生誕に伴う「自己」の継承、あるいは「自己」の括り方、そこからアポトーシス(生命維持のための意図された細胞死)や毒性を持った破傷風菌が自らの生命を断って寄生生物を殺傷し仲間に潤沢な栄養を生みだし仲間の繁栄を図る破傷風菌の「自己」の捉え方、そこから個人や社会や国家のアイデンティティ(自己)の問題、さらには「自己」を超えた「関係性」の捉え方、など、話題は尽きません。

自我と時間の問題も面白かったです。
益田さんは、自我には現在しかないと言い切ります。
「我を忘れる」と「我に返る」という2つの言葉を出して、私たちはふだん、「我を忘れて生きている」が、「我に返って」自我になれば、現在という時間しかないというのです。

今回のサロンに初めて参加した大学院生が、そういえば、勉強は我を忘れないとやってられないというような話をしました。おそらく会社における仕事もそうかもしれません。
ということは、私たちはほとんどの時間を「我を忘れて」生きているのかもしれません。
改めて「自己」とは一体何なのか。

そこから「孤独の起源」の話になりました。
益田さんは、脳の発達が身体を孤独にしたと言います。身体は脳にとっての一次環境ですが、さらにその脳のなかに、「欲望」というものが成長しだすと、その脳が今度は欲望の環境になってしまい、…というように話が複雑になっていきます。
正確に伝える自信がないので、これに関してはまた別途益田サロンをやってもらおうと思いますが、最近のコロナ騒ぎもこうしたことに関連があるようです。

こんな感じでいろいろと示唆に富む話が多かったのですが、やはり3月頃に企画していたように、益田さんの書いた新書「病原体から見た人間」をテキストにした連続講義型病原体サロンやりたいと思いました。
病原体や感染症から見えてくることはたくさんありそうです。
『看子の日記』は副読本にして、参加者が書き込むスタイルはできないかと益田さんは考えているようです。

ちなみに、『看子の日記』には、いろいろなテーマや論点がちりばめられていますが、もし読みたい方がいたらご連絡ください。データで送らせてもらうようにします。

Kanko200607

 

 

| | コメント (0)

2020/06/14

■節子への挽歌4645:いまここをしっかり生きていない反省

節子

今日もサロンで湯島に行きました。
サロンで話題になる作品を読むために少し早めに湯島につきました。
ところが読もうと思ったら、視野がおかしくなって字が読めないのです。

また始まった、と思いました。
こういう症状になると30分は視界が揺らいでしまい、どうにもなりません。
高血圧のせいか、網膜剥離のせいか、わかりませんが、時々生ずる症状です。
医者に行くべきなのですが、何とかごまかしながら、いまも行っていません。

この症状が始まったのは15年ほど前です。
最初に症状が出たのは、節子と一緒の時でしたが、たぶん節子は気づいていません。
今でもはっきりと覚えていますが、突然こういう症状に見舞われたのは滋賀県の鯖街道にある「熊川宿」です。
節子の姉夫婦に自動車で連れて行ってもらった時です。

古来、若狭の海産物は琵琶湖の水運を経て京に運ばれましたが、陸路もあり、それが琵琶湖の西側を通る鯖街道と呼ばれる道でした。
その途中にある集落の熊川は、宿場町として発展していましたが、いまは、往時の宿場町のたたずまいが整備保存され観光地になっています。
その宿場町を歩いた時に、視界の異常に襲われたのです。

Kumakawa01

節子はすでに闘病中でしたが、小康状態にある時で元気でした。
心配させてはいけないので、ちょっと疲れたからと言って、私は少し休ませてもらっていましたが、正直、突然のことで私自身が倒れるのではないかと思ったほどです。
しかし幸いに10分ほどで症状は安定し、そのままゆっくりと歩いて自動車に乗り、誰にも気づかれずに走行中に元に戻ったのです。

その後、再発はなかったのですが、節子が亡くなった後、2年つづけて、大みそかに同じような、しかももっと深刻な状況に陥り、緊急病院に行って大変でした。
原因はよくわからず、その後、1年に何回か、同様な状況が起こるのです。

今日もまた30分ほどして治りましたが、この状況が起こるたびに、熊川宿のことを思い出します。
あの頃の節子は、実に堂々としていました。
死を意識していたと思いますが、一緒にいると私が元気づけられるほどでした。

今日のサロンで、死期を悟った人の心情の話になりました。
つい節子のことを思い出して話してしまいました。
人は死を悟ると、いまここをしっかり生きようとして、生が輝いてくるようだ、と。
それを妻から教えられた、と余計なことまで話してしまいました。

話してしまった後、最近の私は、あんまり「いまここ」をしっかりと生きていないなと気づきました。
最近、降圧剤をきちんと飲んでいるのですが、あんまり調子は良くありません。
お天道様に叱られるような生き方はしていないのですが。

 

| | コメント (0)

■土曜サロン報告

昨日の土曜サロンはご案内のように、「社会の正常化」をなんとなくのテーマにしたのですが、話が盛り上がりすぎて、1時間近くも延長になってしまいました。
参加者は私も含めて8人。

ここでいう「正常化」とは、「プラハの春」の後のチェコの正常化政策のことです。
共産党による一党独裁体制下のチェコスロバキアで、1968年に民主化の動きが成功し、「人間の顔をした社会主義」路線が宣言され、表現の自由や個人の尊厳の回復が図られますが、結局、ソ連の軍事介入により民主化は挫折し、再び独裁政府ができますが、その政府は社会の「正常化」を目指して「反民主化政策」を進めていくのです。
そこでは、「正常」かどうかは政府が決める、つまり反民主的体制こそが「正常」なのです。

最近のコロナ騒ぎで、私はこのプラハの春を思い出します。

オリンピックの話から始まりました。そこらどんどん広がり、マスクの裏表の見分け方から人類の未来まで、さまざまな話題が展開しました。
参加者のひとりが、わざわざ「新しい生活様式」のホームページサイトをコピーして持ってきてくれましたので、それも話題になりました。その人は、国民に新しい生活様式を押し付ける前に、政官自らが変わるべきだと付け加えましたが、みんな賛成でした。
「変えさせる」前に「変わる」という文化を大事にするのは、湯島のサロンの理念のひとつなので私も賛成です。

マスクを離さず、新しい生活様式を守ることが、「正常な生き方」「正常な社会」になってしまわないといいのですが。
コロナ感染症への不安に脅かされて、おかしな「正常化」が進まないことを祈ります。

ちなみに、その後、チェコは1989年、ビロード革命という無血革命で「正常」状態から脱し民主化を達成しました。そして価値判断基準を市民が取り戻したのです。
私たちは、取り戻せるでしょうか。

 

| | コメント (0)

■節子への挽歌4644:戸惑う人

節子

社会がかなり乱れてきているように思います。
多様な価値観が支え合いながら社会を豊かにしていくというようなことが言われていたことの実体が露呈され出してきているように思います。
昨日も2つのミーティングを持ちましたが、話をしていて、それを感じました。

そうした社会の乱れに影響されることなく、ほとんどの人は生きているように思いますが、なかにはそれに気づきたじろいでいる人もいる。
それも意外な人がたじろいでいることを知ると私もまたたじろいでしまいます。

ビジネスをバリバリやっている人がいます。
ビジネスというのは、とりわけ最近のビジネスというのは、社会の混乱によって元気になります。ですから最近のコロナ騒ぎは、一見、ビジネスの停滞を引き起こしているように見えて、実はビジネスにとっては大きなチャンスなのです。混乱に乗じてビジネスチャンスを見つけ収益を大きくしていくのは、おれおれ詐欺だけではありません。昨今のビジネスは、どこかで「おれおれ詐欺要素」をもっていますので、経済停滞の表層の奥で、いまや「起業家」が大活躍しているはずです。

まあそれが最近の私の厭世観の一因なのですが、そうした状況の中で、自らの生き方にちょっと戸惑いだしている人もいるようです。
思ってもいなかった人が、そういう発言をしたのに驚きました。
さらにその人は、そういう人がいまは多いというのです。
戸惑っている人が多いのであれば、社会は変わるかもしれません。
でもそれは本当なのか。

人間は戸惑う存在です。
しかしその戸惑いを自らの中に抑え込んでいこうとするのもまた人間です。
そして戸惑うことなどなかったことにして、前に進んでしまうのも人間です。

そもそも自らの戸惑いを無防備に表出することはそう簡単なことではありません。
私の歳になると、防備自体が意味のないことなので、さらけ出しやすいですが、まだ若く、さらにビジネスをやっているような人は、戸惑いをさらけ出すのはタブーかもしれません。
にもかかわらず、昨日、戸惑いを表出した人がいます。
それが気になって仕方がありません。
私に何かできることがあるのだろうか。
昨日から考えていますが、思いつきません。

困ったものです。

 

| | コメント (0)

2020/06/13

■節子への挽歌4643:「どのように生きるか」という問い

節子

一昨日、関東も梅雨入り宣言がありました。
今日も梅雨空です。
これでしばらくまた畑に行けませんので、その先が心配です。
先日買ってきた野菜の苗もまだ植えていないのです。

昨日は久しぶりに満員電車に乗りました。
満員と言っても身体を押し合うほどの満員ではありませんが、まあ「満員」です。
以前と違うのは全員マスクをしていることです。

昨日は、相談があるとあるグループに呼び出されたのです。
私もずっと気になっていたグループなのですが、話を聞くとかなり心配な状況です。
コロナ騒ぎによって問題が顕在化したともいえますが、コロナが引き起こしているのは感染症ばかりではないのでしょう。
しかし話を聞いて、もしかしたら発想を転じたら、まさに禍いを転じて福と為すになるかもしれないという気がしました。

こういう事例は、いろんなところで起こっているのでしょう。
ただ当事者は、発想を変えられないので、禍の中に見える福が見えてこない。
事態をどうしても「禍」として受け止めてしまう。

あざなえる縄のような禍福を、どう生きていくかにこそ、生きる意味があるのかもしれません。
昨日書いた人類学者ティム・インゴルドの本の初めにこんな文章がありました。

私たちはどのように生きるべきか? おそらく、その問いを考えることこそが、私たちを人間にする。他の動物には、この問いは浮かばないだろう。

実は私も、この問いを意識したことはほとんどないのですが、それに続く文章になれば納得できます。

生きることとは、どのように生きるかを決めることであり、つまりどの瞬間にもいくつもの異なる方向へと枝を伸ばす潜在的な力をもっているのだが、(中略)私たちは生き方を絶えず即興的につくり出していかねばならない。

しかし私たちは、独りでではなくて、他の人たちとともに、そうする。縄の撚り糸のように、いくつもの生が絡まり合い、重なり合う。いくつもの生は、伸びては結ばれる交互のサイクルをともに繰り返しながら、互いに応じ合う。

こう書かれると、それはまさに私のこれまでの生き方そのままです。
もっともいまから考えれば、私の選んだ道、あるいは即興的に創りあげてきた人生は、あまり賢くはありませんでした。たぶん「どのように生きるか」という問いの意識が弱かったのです。

昨日、相談を受けた人たちの解決策は私には明らかで、実は2年前にもアドバイスしたことがあります。しかし当時はまだ事態がさほど深刻化していなかったので、アドバイスはアドバイスで終わってしまっていたのです。
今度はしかし動き出すでしょう。
良い方向に向かうことを祈るばかりです。

さて梅雨入りしました。
この状況も良い方向に持っていかなければいけません。

私の信条は、「現在が最高」「結果はいつも最高」と思うことです。
その心情を最近忘れていることに気づきました。
困ったものです。

コロナ騒ぎの蔓延も、鬱陶しい梅雨空も、次々やってくる難問も、みんな私の人生を豊かにしてくれる「福の神」なのだと気づかねばいけません。
なかなかそう思えない自分から抜け出ないといけません。

 

| | コメント (0)

2020/06/12

■4642:知識と知恵

「知識は私たちの心を安定させ、不安を振り払ってくれる。知恵は私たちをぐらつかせ、不安にする」。

これは昨日読んだ「人類学とは何か」という本に出て来る言葉です。
イギリスの人類学者ティム・インゴルドのこの本は、とても示唆に富む本ですが、この言葉には違和感がありました。
もっとも本書全体の主張という視点で捉えれば、素直に受け取ることもできるのですが。

しかし、いま広がっているコロナ不安に関して言えば、知識は不安をもたらし、知恵は不安を収めるという方がすんなり入ってきます。
コロナだけではありません。

いまリフォームに取り組んでいますが、これも中途半端な知識が迷いを生んでいます。
リフォーム会社の人と打ち合わせなどせずに、すべてを任せてしまえばいいのですが、なまじ中途半端な知識があり、さらにいろんな情報が入ってくると迷いが生じてしまうのです。

考えてみれば、癌治療も同じだったかもしれません。
友人の状況があんまり良好ではなさそうです。
彼もたぶん「知識」の洪水の前で不安を高めていることでしょう。

入ってくる情報や知識は、受け取る容量によって、過不足が生じます。
不足であれば不安が高まり、過剰であれば、やはり不安が高じます。
知識や情報は付き合い方がなかなか難しい。

受け手が1人ではなく2人であれば、受容量は一挙に大きくなります。
だから一人で悩んではいけないのです。
相談すれば、状況は大きく変わるはずですが、相談相手は誰でもいいわけではありません。一緒に受け止める相手次第では、話はさらにややこしくなるかもしれません。
ですからそう安直に、問題をシェアするわけにもいきません。
要は、これまでの生き方がつながっているのです。

人類学の本を読みながら、いま私が抱えているいろんな問題のことを考えました。
私はたくさんの書籍から知識を学びましたが、私に知恵を与えてくれたのは節子だったなと改めて思いました。
いまの私は、知識と知恵のバランスが多分崩れているのでしょう。
あんまり心が平安ではありません。

 

| | コメント (0)

2020/06/11

■お天道様の試練

早速、自分が試されているようなことが起こりました。

夕食を食べようとテーブルに着いた途端に、番号に覚えのない人から携帯電話が入りました。
女性の声でした。前に自殺のことで湯島に相談に行ったことがあります、というのが第一声でした。まさにいま精一杯といった状況を感じました。

少し話をして、まずはお名前を教えてくださいと、問いかけました。
名前を教えてもらって、話をしているうちに少しずつ思い出しました。たぶん4,5年前に友人が連れてきてくれた人です。その時はむしろ、自殺防止の活動を手伝いたいというような話だった気がします。
実際には彼女自身も問題を抱えていたようです。いろんな人に相談しているようですが、どうも八方ふさがりのようで、ちょっと精神的に危うくなっているようです。

ゆっくりと話を聞かせてもらいました。
少しずつ落ち着いてきたようなので、湯島に出て来られますかと訊いたら今は無理だというのです。コロナのせいかと思ったら、まったく別の理由でした。
彼女が陥っている状況がそれでまた少しわかりました。
コロナウイルス感染症などは彼女にとっては大きな問題ではないのです。

こうした状況にあるのは、彼女だけではありません。
私の身近にも同じような人は何人かいます。
そういう人にとっては(私もそれに近いですが)、コロナは有閑マダムの話題のように見えているかもしれません。
もっと大きな問題があるのに、世間はコロナコロナばかりです。
そういう風潮に私はいまかなり不機嫌です。

さて私にできることはあるのか。
たとえ自分が精一杯でも、見つけなければいけません。

今朝、読んだ知人のメールに返信しておいたのですが、それが早速試されているような気がします。
お天道様はなかなか見逃してはくれないようです。

 

| | コメント (0)

■節子への挽歌4641:精いっぱいだと状況が見えなくなる

節子

高校時代の同期生のメーリングリストに、同じクラスだったことのあるKさんが投稿していました。
「あなたは精一杯の人ですか」と問いかけた投稿です。
http://cws-osamu.cocolog-nifty.com/cws_private/2020/06/post-74f636.html
今日は、その投稿がずっと気になっていました。

ところが、夕方、番号に覚えのない人から電話が入りました。
女性の声でした。
前に自殺のことで湯島に相談に行ったことがあります、というのが第一声でした。
まさにいま精一杯といった状況を感じました。

少し話をして、まずはお名前を教えてくださいと、問いかけました。
名前を教えてもらって、話をしているうちに少しずつ思い出しました。
4-5年前になるでしょうが、友人が連れてきたのです。
一度だけお会いしたのですが、その時に名刺を渡していたようです。
それを思い出して電話してきたのですが、私に電話するということは結構追い込まれているのかもしれません。

いろいろと話しましたが、問題の解決策もほぼわかっているようです。
しかしそれができない。
家族がいるからです。
家族というのは、いい時はいいですが、時に人生を邪魔する存在にもなりうるのです。

聞けば父親と同居しているとのこと。
しかも父親は私と同じ年齢です。

ゆっくりと話を聞かせてもらいました。
そして私の意見を話しましたが、私のいうことはおそらく彼女はすべてわかっていたことでしょう。
わかっていても動き出せない。
動かないから相談に乗ってくれていた人たちとの関係もうまくいかなくなっていく。
そこでまたほかの人に相談する。
しかし肝心の問題を変えられないので、状況は繰り返されるだけで。
たぶんそうやって彼女はいろんな人に相談してきたのでしょう。
世間にはこういう人がたくさんいます。

電話で話していて、少しずつ落ち着いてきたようです。
湯島に出て来られますかと訊いたら今は無理だというのです。
コロナのせいかと思ったら、まったく別の理由でした。
彼女が陥っている状況がそれでまた少しわかりました。
コロナウイルス感染症などは彼らにとっては大きな問題ではないのです。
もっと大きな問題があるのに、世間はコロナコロナばかりです。

こうした状況にあるのは、彼女だけではありません。
私には、コロナは有閑マダムの話題のように聞こえて仕方がありません。

さて私にできることはあるのか。
たとえ自分が精いっぱいでも、見つけなければいけません。

 

| | コメント (0)

■あなたは「毎日が精一杯の人」なのですか?

普段はほとんど読まないメーリングリストの記事をふと読んでしまいました。
タイトルが「砂浜にさく薔薇のように」だったからです。
イランの孤児だったサヘル・ローズさんのことだなとわかったからです。
投稿者も私の知っている人です。
しかし書かれていることが心に鋭く突き刺さりました。

 (このメーリングリストの参加者の中に)毎日が精一杯の人があるかもしれないことは 認めましょう。(中略)でもあなた自身は精一杯の人なんですか そうなんですか。

 これを書いた人は私と一度だけ高校でクラスを同じくしています。
もう60年以上前のことですが、卒業後、まったく付き合いはなく、高校卒業生のメーリングリストで数年前に彼の投稿に出合ったのです。それから1.2回のメールのやり取りがありましたが、それだけの付き合いで終わっていました。

しかし今日読んだ投稿記事に書かれていた、「あなた自身は精一杯の人なんですか」という問いかけにはたじろいでしまいました。
最初は、精一杯の人がいるのにお前は余裕があるのに何をしているのかと受け止めてしまいました。もっとできることがあるだろうと責められたような気がしたのです。
しかし、繰り返し読んでそうではないことに気づきました。
どんなに精一杯でも、他者への眼差しを忘れるなという問いかけなのです。

投稿記事のタイトルの「砂浜にさく薔薇のように」は、昨年放映されたEテレ「こころの時代」のタイトルです。その番組では、毎日を精いっぱいで生きてきたサヘル・ローズさんが取り上げられていました。私もその番組を見て、ブログで紹介した記憶があります。ローズさんは「死から生が生まれる」と話していたような気がします。

毎日が精一杯の人との付き合いは私もこれまで何回か経験していますが、毎日が精一杯の人と付き合うと、自分もまた精一杯におちいることもあります。しかし、自分が精一杯になってしまうと、他者に迷惑をかけることはあっても、救いにはなれません。そこが微妙なところです。

しかし、これまでのささやかな体験で、「精一杯の人こそ、他者へのやさしいまなざしを持っている」ことは実感しています。まさにサヘル・ローズさんのまなざしです。精一杯に生きている人ほど、他者へのまなざしがやさしい。知人の投稿を読んで、改めてそのことを思い出しました。

いまコロナウイルス感染症で、いろんな問題が可視化されてきています。
私たちの生き方もまた問われているように思います。
こういう時だからこそ、自分の世界に閉じこもることなく、他者や自然へのまなざしを大切にしたいと思いました。

怒りや憎しみや非難は、他者へのまなざしを歪めかねません。
最近私のまなざしも少し歪んできているかもしれません。
ちょっと反省しました。

| | コメント (0)

■節子への挽歌4640:身体中がかゆくて大変です

節子

昨日も夕方、畑に行ってきました。
昨日はイチゴの救出に加えて、土の見えだした部分を少し耕しました。
飼ってきた野菜の苗を植える場所づくりです。

枯れていたとばかり思っていたかぼちゃももう一本見つかりましたので、肥料をやらないといけないのですが、その肥料が野草にうずもれて見つかりません。
なにしろ50センチほどの野草が畑一面を覆っているのです。
これから梅雨に入るので、いまのうちにどうにかしなければいけません。
ほぼ絶望的な状況ですが、あきらめてはいません。

まあそれはいいのですが、今朝起きたら、身体じゅうがかゆいのです。
何かにかぶれたようです。
かゆいと思ってかいてしまったのが運のつきで、急に全身がかゆくなってきました。
あわててかゆみどめのムヒを塗ったのですが、次々と違うところにかゆさを感じます。
ちょっと大変です。

まあしかし、それにめげずに朝の涼しいうちに畑に行こうと思って早く起きたのですが、かゆさだけではなく、疲れも残っていて、どうも出ていく元気がありません。
そのうえ、風がとても強いのです。
これでは畑に行ってもあんまり作業できそうもありません。
ということを理由にして、畑行きはやめました。
人はこうしてどんどん怠惰になっていくわけです。
理由はいくらでも見つけられますから。

やらなければいけないことはあったような気もしますが、まずはコーヒーを飲んでから考えましょう。
それにしても今日は風が強いです。
何かに怒っているようです。

 

| | コメント (0)

2020/06/10

■節子への挽歌4639:「怒りのタネ」

節子

昨日は久しぶりに夜更かししてしまいました。
といっても、11時ころまでの話で、多くの人にとっては夜更かしどころか、むしろ早いほうかもしれません。
節子と一緒だった時には、12時前に寝るのはむしろ少なかったかもしれません。
しかし最近は、遅くも10時には就寝するようにしています。
早い時は9時前です。

昨日、遅くなったのは、テレビで録画してあった映画を観ていたためです。
「ブレイブ・ワン」ではありません。
畑で体内の静電気を放電してきたはずなのに、DVDでの再生がうまくいかず、たまたま録画してあった「グリーン・ゾーン」を観てしまったのです。

「グリーン・ゾーン」は、イラク攻撃の理由となった大量破壊兵器の存在の有無に関するアメリカの「陰謀」を暴露する映画です。
マット・デイモン主演で、ボーンシリーズを担当した監督の映画なので、テンポが速くリアルです。
この種の映画を観ると、怒りがこみあげてきて、しばらく消えないことがあるので、最近は少し控え目にしているのですが、この映画は観ていなかったので、ついつい観てしまいました。

案の定、映画の影響を受けてしまい、アメリカ政府というか、権力や軍隊への怒りと不信感が高まってしまいました。
アメリカでは今、警官による黒人殺害で大騒ぎですし、香港では中国政府に対する暴動まがいのことがまた再発しています。そうした現実の動きが、どうしても重なってしまいます。

その一方で、日本人は政府から支給されたマスクをつかって寄付して自己満足したり、事業の持続化支援給付金に群がったりしています。
フェイスブックに私も時々書いていますが、そこに寄せられるコメントを読むと、イライラが高じます。昨日も2人の人に、ついそのイライラをぶつけてしまいました。
困ったものです。

今日はそのために、寝坊していつものテレビ体操ができませんでした。
今日も畑に行く予定ですが、夕方までは暑くて無理そうです。
今日は精神的健康のために、映画など観ずに、静かに本でも読もうと思います。
しかし、注意して読む本を選ばないと、逆効果かもしれません。

いまや「怒りのタネ」はいたるところにありますので。

 

| | コメント (0)

2020/06/09

■節子への挽歌4638:畑で放電

節子

30度を超えて暑くなっています。
今年は畑はやめようと思っていたのですが、思い直しました。
いささか時期を失しましたが、野菜の苗を買いに行きました。
残念ながらもうほとんどなくて、ちょっと気にいらなかったのですが、きゅうりとなすを数本ずつ買ってきました。

しかし、この暑さだと、また倒れそうなので、夕方まで行くのをやめました。
書類の整理などはいささか飽きてしまい、やることがありません。
録画していた映画のDVDを観ることにしました。

最近観ていない、ジョディ・フォスターの「ブレイブ・ワン」を選びました。
婚約者からのプロポーズを受けた直後に、2人は暴漢に襲われ、婚約者を殺され、自分は何とか生還したヒロインが、悪に制裁を加える“処刑人”となるサスペンス・スリラーです。
ハリウッド映画にはよくあるパターンですが、この映画は節子を見送って1年後くらいに、偶然、テレビで観た映画です。
その時の印象が強くて、それに関して数回にわたってこの挽歌でも何回か書きました。
「人は愛する何かを失う度に、自分の一部を失う」〔挽歌編〕
http://cws-osamu.cocolog-nifty.com/cws_private/2008/12/post-0d30.html

ところが、です。
DVDを見ようとしたら、うまく再生できません。
また電子機器に不都合が起こってしまったようです。
いろいろといじったのですが、うまくいかない。
寝室のテレビはアンテナなしで映り、リビングのDVDはきちんと接続されているのに映らない。困ったものです。

DVDはやめて、やはり畑に行くことにしました。
温度も下がりだして風も出てきたので、もう大丈夫でしょう。
畑で身体にたまっている電気を放電してくればDVDもうまく作動してくれるでしょう。

 

| | コメント (0)

■第8回万葉集サロン「歌から会話へ 東歌を中心に作者不明歌を読む」のご案内

コロナ騒ぎで1回お休みした万葉集サロンも、いよいよ第2段階に入ります。
これまで参加されなかった方も、途中参加するいい機会なので、これを機に、どうぞ気楽にご参加ください。

升田さんからのメッセージです。

「た」「な」そして「わ」。ほとんどが文字を持たない人々であった古代。
自分の心、思いを伝え表す方法は音声による言語(あるいは絵などの造形物)しかない。言語行為は善きにつけ(祝・愛情表現など)悪しきにつけ(呪・戯言など)言葉を信頼しての行為であるから、「言霊」という言い方も為された。発した言葉は自分に戻って来ることがあるから、言葉は常に畏怖の対象でもあった。

文字を持つようになってから、人々の言語感や言語意識が変わってゆく。
人言()が「うるさい・いやだ」と嫌悪しながらも上手く受容し、「た」とゆるやかに共生する庶民たち。「うるさい」を慣用句化しそれに依拠した形で自己を主張する知識人たち。
「人間と対峙する言葉」が「生き物」のように柔軟に変容するところに、社会や文化の進展があるのかも知れない。そのありようが見られるのも万葉集の面白さの一つであろう。

後に名称を付され形式化した「枕詞」が文芸としての役割を発展させてゆくのは、人麿による力が大きい。それ以前は究極のコミュニケーションの手段として、独自の表現世界に生命を持っていた。形容詞や副詞の発達を遅らせたのもこのあたりに一因がありそうだと考えている。

今回はこのようなことを基盤に置き、作者不明歌の中に日常性・生活性と和歌表現がどのように折り合いをつけているか、特に巻十四東歌を中心に読んでみたい。

ということで、またまた意欲的なサロンになりそうです。

テーマは大きいですが、いつものように、わからないことはどんなことでも気楽に升田さんに質問できるサロンスタイルですので、気楽にご参加ください。
テキストは毎回、升田さんがつくってくださいますので、手ぶらでも大丈夫です。

万葉集など読んだことのない人も、気楽にご参加ください。
きっと万葉集の面白さに出合えます。

〇日時:2020年6月20日(土曜日)午後2時~4時半
〇場所:湯島コンセプトワークショップ
http://cws.c.ooco.jp/cws-map.pdf
〇講師:升田淑子さん(万葉集大好き研究者/元昭和女子大学教授)
〇テーマ:「歌から会話へ 東歌を中心に作者不明歌を読む」
〇会費:500円
〇申込先:佐藤修(qzy00757@nifty.com

 

 

| | コメント (0)

■アベノマスクにどう対処するかで未来が決まってくる

昨日、アベノマスクが届きました。

以前、受け取り拒否の紙を郵便受けの横に張り出していたために、郵便配達の人がわざわざチャイムを鳴らして、受け取られますかと確認してくれました。考えを変えたので、紙をはがしていました。そのやり取りは昨日、ブログにも書きました。
私にはとてもうれしい話です。

というのは、私の意思が少なくとも郵便配達の人に伝わっていたからです。
意思が他者に伝わる社会こそ、私はいい社会だと思っています。
しかし、小さくても行動を起こさなければ、自分の考えは他者には伝わりません。

郵便配達する人は、その家に届く郵便物で、その家の人の生き方を感じているかもしれませんが、今回は私が紙を貼りだしたことで、郵便配達の人との直接の触れ合いができました。
昨日の郵便配達の人とのやり取りは、ほんの1~2分だったと思いますが、とてもあたたかで気持ちのいいものでした。人間的なふれあいを感じました。事務的な確認作業ではなかったことだけは間違いありません。

アベノマスクに関しては、いまもなお賛否両論が盛んです。
返送するよりも困っている人に寄付したらいいという声も盛んで、実際にそうした動きに「便乗」する仕組みを作る人さえいます。
私はそのような行為は、安倍政権の政策を忖度して正当化する支援行為、下請けシステムだと考えますので、安倍首相よりももっと悪質だと考えていますが、そう考えない人もいるでしょう。

アベノマスクを雑巾として使うという人もいましたが、たとえ雑巾としてであれ、使ってしまったらそれは政策を支援することになります。
返送は切手を貼らなくても届くと言われていますが、友人の鷹取さんは切手を貼ってコストをかけるからこそ意味があると言っています。私もそう思います。
考えを表明するには、コストとリスクがかかるものです。

アベノマスクは、現政権の本質を象徴しているように思います。
それにどう対処するか、が問われています。
自らの未来の生き方も決まってくるような気がします。

アベノマスクをどう受け止めるかのサロンを開催したいと考えています。
それに合わせて、今年の2月にNHKの「100分で名著」で取り上げられた、ヴァーツラフ・ハヴェルの「力なき者たちの力」を話し合うサロンも行いたいです。どなたか話し手になってくれませんか。

 

| | コメント (0)

2020/06/08

■湯島サロン「貸借対照表による経済活動の分析」報告

沖さん主催の貸借対照表による経済活動の分析」は10人を超すにぎやかなサロンになりました。高校生の初参加もありました。

財政会計、自治体会計、企業会計、家計は、それぞれ目的が違うために会計制度が違っています。しかし、金銭経済という視点で考えれば、それはすべてつながっています。そこで、それらを総合的に捉えることで、これまで見えなかったものが見えてくるのではないかというのが沖さんの考えです。

そこで、企業会計のフォーマットを、個人(家計)や企業、政府(財政)にも展開して、国家全体の金銭の流れや富の全体像を捉えてみようということで、まずは企業会計の基本である貸借対照表と損益計算表の説明から始まりました。高校生もいたので、減価償却とか日常語ではない用語も参加者が補足的に解説しあってくれました。
個人、会社(事業体)、政府という3つの層で作成した貸借対照表を総合すれば国家全体の金銭経済の全体像が把握できるのではないかというのが沖さんの提案です。

20~30年前に日本でも金融ビッグバンが起こり、企業会計もグローバルスタンダードに移行しました。その結果、日本型の金融制度は解体され、日本の企業構造は大きく変わり、経済の質も変化しました。

並行して、英米発の「ニューパブリック・マネジメント」といわれる行政革命が日本でも広がり、自治体会計制度もかなり企業会計に近づきました。しかし国家財政に関しては、相変わらず特殊構造が維持され、ブラックボックスはそのままで、上場企業程度の透明性も得られてはいないばかりか、わからないことが多すぎます。
たとえば財政赤字がよく話題になりますが、債権と債務は国家単位で考えればバランスしているのだから心配ないという議論もありますが、ほんとうにそうなのか。

などなど、こうした問題を抽出するためにも、貸借対照表による経済活動の分析は有効ではないかというわけです。

今回は考え方の提示だけだったので、具体的な議論にはいきませんでしたが、それでもいろんな課題は見えたと思います。通貨の話や金融の話(特に利子の意味)も少し出ました。沖さんが、冒頭金銭では計れない「幸福」ということもあるという話をしたので、GNP(国内総生産)とは別のGNW(国民総福祉)の話も出ました。
経済はもともと「経世済民」だったし、日本には近江商人の三方良しの伝統もあるという話まで出ました。
参加者それぞれにいろんな気付きがあったと思います。

「汎市場化」「金銭至上主義」に抗いながら生きている私としては、金銭経済的に国家の全体像を把握しようという発想そのものが、新自由主義経済学者が目指すところであり、現在の政府が国民一人ひとりの金銭状況を把握しようとしている動きに加担するような話なので否定的ですが、そういうことも含めて、会計や財政に関することに多くの人がもっと関心を持って行くことが大切だと思っています。
ですから、通貨や新しい経済発想に関するサロンは今後も企画していきたいと思っています。

こんな話題を提供したいという方がいたらご連絡ください。

Okisalon200607 

| | コメント (0)

■アベノマスクが届きました

我孫子もようやくアベノマスクの配達が始まりました。
今日は在宅なのですが、先ほど、来客の知らせのチャイムが鳴りました。
出てみると郵便配達の人でした。
書留かなと思ったら、なんとアベノマスクでした。

以前、フェイスブックやツイッター、ブログなどに書いたように、以前ポストに受け取り拒否の紙を貼っていたのを覚えていてくれて、わざわざ確認のために声をかけてくれたのだそうです。
受け取り拒否はやめて、受け取ったうえで官邸に郵送することにしたので、受け取り拒否の紙ははがしていたのですが、それを覚えていてくれたのです。もう2か月近く経っているのに、覚えていてくれたことに感謝しました。

ちょっとだけ話をさせてもらいました。返送料は120円ですね、と言ったら、そうです、高いですよね、と言ってくれました。
この人ももしかしたら、マスクに怒っているのではないかとつい思ってしまいました。
郵便配達の人はみんな良い人なんだなと改めて思いました。

ちなみに今日、あるメーリングリストで、マスクが届いたら雑巾代わりに使うと書いてきた人がいます。
彼らしいなと思いましたが、やはりここは郵便切手を貼って返送が一番いいと思います。
国会議員選挙と同じで、棄権したら与党支持になりますから。

93234288_10207391680466102_5150463444935  

| | コメント (0)

■節子への挽歌4637:昔の手紙が出てきました

節子

家庭内遺跡発掘作業はまだつづいています。
次々と発見があります。

今日出てきたのは、1015年ほどまえの手紙のファイルです。
私は手紙類はあまり残さないタイプなのですが、なぜか丁寧にファイルされた手紙が20通ほど出てきました。
多くは、あまりお付き合いのない方からの、手書きに手紙です。
名前にうっすらと記憶のある人もいますが、どうしても思い出せない名前もあります。
なかには署名のない手紙もあります。

きれいな字で書かれた長い手紙がありました。
最後に書かれた名前に最初心当たりはありませんでしたが、手紙を読んで、誰かがわかりました。
私は一度もお会いしたことはないのですが、文面から友人の奥様だとわかりました。

友人の名前は藤原さんです。
私が会社時代に知り合った友人ですが、不思議な付き合いでした。
私が勤務していた会社と同業の会社の経営戦略スタッフでしたが、その関係もあって、一緒によく議論もさせてもらいました。

彼は私よりも少しだけ若かったのですが、眼光厳しく言動も峻厳な野武士のような人物で、なよなよした私とは全く対照的でしたが、お互いに心が通じ合ったところがりました。打算など全くない生一本の仁義の人でした。当時はそういう人がまだ少なからずいました。

私は会社から脱落しましたが、彼は社長になりました。会社を辞めた後、交流はなくなったはずですが、なぜか付き合いはつづいていて、たぶん私が大阪に行ったときに彼の会社に立ち寄らせてもらったのが最後だったと思います。
その時は、まだ社長になる前だったような気がしますが、なぜか私を工場に連れて行って自らが案内してくれたような気がします。
会社時代は、競合会社だったたため、工場を見せてもらったことはないのですが、私が工場や現場が大好きなのを彼は覚えていてくれたのです。

その藤原さんの訃報が届いたのは、節子を見送った1年後でした。
突然の訃報でしたが、彼らしいと思いました。
彼はいつも生命をかけて真剣に生きていましたらから。彼にとって社長職は生命を犠牲にしても会社を守る役目だと考えていたことは間違いありません。
今日、読み直すことになった奥様からの手紙は、私からの手紙の返事でした。

一部をここに残させてもらおうと思います。

佐藤様には大変お世話様になりましたこと、ご一緒に楽しく仕事をさせていただきましたこと、主人はいつもありがたいと申しておりました。
主人こと、肺の治療をしました後、昨年の秋ごろより、呼吸が苦しくなっておりました。まわりの方々にご心配をかけないようにと頑張っておりましたが、今年の夏、体調をくずしてしまいました。
今は主人が亡くなったことを受け入れたくなく、何年経ようとも無理なようでございます。
大事な御奥様を亡くされ佐藤様がどんなにお辛くお悲しみが深いか、切々と伝わってまいります。
本当に大事な人を失うということは、自分自身を失ってしまうことなのですね。
佐藤様からいただきました励ましのお言葉を思いだしつつ、日々を過ごしてまいりたく存じます。本当にありがとうございます。

当時まだ、私自身がおかしな状況でしたので、この手紙に返信したかどうかも記憶にありません。
この手紙からもう10年以上が経ちました。どうされているでしょうか。

 

| | コメント (0)

■節子への挽歌4636:梅雨空のように気が晴れません

節子

どうも気が晴れないのですが、これはもしかしたらコロナ騒ぎのせいかもしれません。
コロナ感染症が不安だとか、外出自粛とか、そういう話ではありません。
世の中がますますお金まみれになってきていることへの嫌悪感です。
そして注意しないと自分さえもが、その嫌悪の対象になりかねないということです。
事実、10万円の給付金は申請書を出してしまいました。
これでもう昔に戻ってしまったような気がして、気が晴れません。

それに加えて、コロナとは直接関係のない金銭問題までおこってしまっています。
他にも心配事はいろいろとあるのですが、お金が絡んだとたんに私は気が重くなり、いつも判断を間違ってしまうのです。
困ったものです。

でもまあ悪いことばかりでもありません。
昨日はちょっと気になっていた若者とゆっくり話せました。

話していて、私が会社を辞めた時のことを思い出しました。
安住していた世界から抜ける体験は、たぶん当事者にしかわからないでしょう。
当時は、当事者にさえわからないかもしれません。

私の場合は、ともかく楽しくて仕方がなかった。
失うものよりも得るものが多いからです。
しかし、そうした状況はたぶん50歳くらいまでかもしれません。
私の場合は、47歳で世界を変えましたので、まあぎりぎり間に合った。
いまはとても自分の世界を変える気力はありません。
それどころか、いまの自分の世界の先がいささかあやうくさえなっている。
この30年何をやっていたのかと思うと、やはり気が晴れない。

しかし、40代の若者と話していて、私の40代を少しだけ思い出しました。
生まれた環境も育った環境も、家族関係も全くと言っていいほど違うでしょう。
しかし、生き方のどこかに似ているところがある。
今の時点だけを捉えれば、たぶん生き方は全くと言っていいほど違うのですが、にもかかわらず、どこかにつながるものを感ずる。
私も当初、いまの彼のようだったのでしょうか。

若い世代の人と話していると、忘れていたことを気づかせてもらえます。
しかし、同時に、何も変わっていない自分にも気づかされてしまう。
もしかしたら、それがまた気を重くしてしまっているのかもしれません。

今日は、私の気持ちを象徴しているような、梅雨空です。

 

| | コメント (0)

2020/06/07

■節子への挽歌4635:不忍池の周りは以前に戻ってきました

節子

昨日のサロンは参加者は4人と少なかったのですが、議論はにぎやかでした。
コロナが収まった後、社会はどうなるのかというのが主な話でした。
社会は変わるのか、私は変わってほしいと思っていますが、話を聞いているとやはりかなり難しそうです。
変わるだろうと言っている人たちでさえ、その発想の根底に、いまの社会を創りだしたパラダイムが根強く残っているからです。
かくいう私もまた例外ではありません。
いささか昨日は自分に失望しました。
まだまだいやしい自分がいるのです。

昨日の参加者の一人が、「佐藤さんも霞を食べてるわけではないようで安心した」と言いましたが、できるならば霞さえも食べずに生きたいものです。
そう言えば、昨日も鈴木さんがおはぎを持ってきてくれました。
昨日の夕食はおはぎになりました。

それはともかく、サロンが終わった後、久しぶりに上野駅から帰りました。
不忍池の周りは、かなり人が戻っていました。
行き場のなさそうな人たちが、缶ビールで酒盛りもしていました。
私よりももう少しみなりの汚れた人が死んだように寝転んでいました。
池いっぱいに広がっているハスをスマホで撮っている人もいました。
人はなぜ写真を撮るのか、とまたいつもの疑問が浮かびました。
自転車もかなり増えていました。
ここにはまだ以前の雰囲気が残っています。
虎の門ヒルズ駅が今日できたようですが、あのあたりのようには様変わってはいない。
まだ人間を感じて、安心します。

上野公園も閉鎖が解かれていました。
歩いてみようと思っていたのですが、なぜか急に疲れがどっと出てきて、そのまま駅に行きました。
駅はまだ空いていましたが、お店はほぼ開いていたように思います。
ここも普段が戻ってきた。
しかしお店に寄ることもなく、誰とも話すこともなく、電車に乗って帰宅しました。
隣席はずっと空いていました。

さていま直面している問題をどう乗り越えるか。
帰宅して、サロンで聞いたサイトを開いてみようかなどとまた邪念がよぎりましたが、ここで戻っては元の木阿弥だと思い直しました。
はやくお金のない世界が来るといいです。
コロナ禍は、さらに格差を広げ、人々を分断していくと思えてきました。

今朝はひばりがにぎやかです。

 

| | コメント (0)

2020/06/06

■節子への挽歌4634:畑がまた生命に覆われてしまっています

節子

昨日、しばらく行っていなかった畑に立ち寄りました。
もう2週間近く放置しっぱなしでした。
野草が一面に繁っていて、せっかく植えておいたかぼちゃの姿が見つかりません。
フキやミョウガも野草に埋没しています。
Img_20200605_171617_20200606062001

Hatake20061  Img_20200605_171754

花壇の部分もみんな野草に負けてしまい、意図した花は一本も見当たりません。
植え替えたアオイはなんとか2~3本が花を咲かせていましたが、これまた野草には勝てていません。
唯一元気なのは、アンティチョークでしょうか。

まあとにかく悲惨な状況が再現しています。
前回、救出していたイチゴは34本を残し、また野草に敗退しています。
4~5粒食べましたが、収穫が遅れて朽ちていたイチゴもありました。

何回も繰り返し経験していますが、ともかく野草の成長力はすごいです。1日、手を抜くと、23日は後退し、1週間手を抜くと意欲が減退するのですが、2週間手を抜いていたので、野菜が死に絶えそうになっているのです。

今年は何かとあったので、畑はやめるつもりだったのが、カボチャをもらったので、もう少しやろうかと思ったのが間違いでした。
畑は中途半端な気持ちでやってはいけないのです。
散歩の途中で寄ったので昨日は支度もしておらす、カボチャを一苗だけ救出しただけでしたが、この土日も行けないので、来週は畑週間にしようと思います。
天気がよければ、の話ですが。

畑をやっているのは、自然や生命から教えられることが多いからです。それとやはり節子とのつながりを感じられるからです。
収穫をしようと思えば、きちんと畑通いをしなければいけませんので、私向きではありません。娘のユカからよく言われますが、私は「思いつき」で生きているタイプなので、計画性が全くないのです。思いついたらやりたくなり、続くこともあれば、続かないこともある。困ったものですが、どうもそういう生き方から抜け出せません。

昨日立ち寄った畑のすごさは、生命力の強い働きかけです。しかし残される生命と消される生命があるという、現実の厳しさも突きつけられるのです。
それに気づくと、私は自分勝手に野草を刈り取っていいのかと思うこともあります。
畑に行くとたくさんの生命と話すことになりますが、こちらの生命力が萎えているとそこに行くのには勇気が必要なのです。行ってしまえば、さまざまな生命から元気をもらえるのですが、行くまでが、私の場合は大変なのです。

それが怠惰のせいなのか感受性のためなのか、よくわかりませんが。

今日は土曜サロン。
だれが来るでしょうか。
電車は空いているでしょうか。
そして私の元気は戻るでしょうか。

 

| | コメント (0)

2020/06/05

■節子への挽歌4633:小さな旅の思い出

節子

今日も断続的ですが、書類の整理という遺跡発掘作業をしています。
どうしてこんなにたくさんの資料があるのだろうと思うくらい、どんどん出てきます。
家を建てたときに、狭い空きスペースを利用したミニ書庫をつくったのですが、そこに大きな書棚を8本も入れた上に整理棚や段ボールに入れた資料や雑誌が積まれっぱなしになっていたとのです。

どんどん廃棄しているのですが、次から次へと出てくるのです。
ユカがどこからこんなにに出てくるのかと驚いていますが、私自身も驚いています。
よくまあこんなに資料や雑誌や報告書などを保管しておいたものです。

多くは仕事がらみのものですが、なかにはそうでないものも含まれています。
今日は1枚のはがきが資料の中から出てきました。
節子から私宛のはがきです。
宛先の住所は湯島のオフィスで、発信場所は自宅ではなく、湯河原です。
消印が200665日となっていますので、節子が小康状況にあったときです。
私信なので公開するのも気恥ずかしいですが、こんな文章が書かれていました。

さつき、三ツ石、万葉の湯
さがみの小京、二人旅
ご多用の中、思い切って出かけたドライブ、行きたい所へご自由に・・・
とても楽しい小さな旅でした。
又、でかけましょう ありがとう 感謝感謝です。

20060605

手作りのはがきでした。
節子はこういう形で、時々、はがきをくれていました。
一緒に住んでいるにもかかわらず、です。

ちなみにその小さな旅はどんな旅だったのか。
私のホームページに記録が残っているはずなので探してみました。
今でもはっきりと記憶に残っている旅でした。

1日目は、湯河原のさつきの里公園と幕山公園に行きましたが、その途中、花がきれいな家を見つけて節子が勝手に入っていってしまったのです。
湯河原の鍛冶屋町の舟木さんという家です。
花好きの人たちはすぐに友達になってしまうようで、花のお土産までもらったのです。
節子が亡くなってしばらくして残念ながら枯らしてしまいましたが。
節子が元気だったら、お付き合いが始まっていたでしょう。

2日目は真鶴でした。
久しぶりでしたが、三つ石に下りる途中、竹筆書芸というお店に入って、そこの主人の望月さんとなぜかまた花の話をしていました。
竹筆書芸とは、竹の根を鉛筆のように削った筆に墨をつけて描くのだそうですが、節子も一筆買ってきましたが、残念ながらその筆は、結局使わないまま、いまも私の机のペン立てに入っています。
その日は、途中でお風呂付の食事処で昼食をしたのも覚えています。
夜は湯河原の万葉公園にホタルを見に行きました。

以上が、さつき、三ツ石、万葉の湯の小さな旅だったのです。
節子が好きな、まったく計画のない、気ままな旅でした。
私にも、とても楽しい小さな旅でした。

もう2度と味わうことのない、幸せの旅でした。

 

| | コメント (0)

■湯島サロン「21世紀の平和憲法を考える」のご案内

長年、平和や人権の問題に取り組んできている川本兼さんが、これまでの論考を整理した「21世紀の平和憲法」を5月に出版しました。

川本さんは、戦後日本国民の「戦争そのもの」「戦争ができる国家」を否定する「感覚」を高く評価しています。しかし、それがアメリカからの「押しつけ憲法」の憲法9条とつながったことで、日本人は平和が実現したと「錯覚」してしまい、その「感覚」を普遍的な理念(思想)にしてこなかったことを問題にします。

そしてこのままだと、その平和の感覚も風化し、日本の平和運動は次世代にも世界にも広がっていかない。したがって、戦争体験を通じて獲得した日本国民の戦後の「感覚」に「ロゴス」としての「言葉」を与えてそれを思想にし、さらにそれを世界に発することが急務だと言います。
今回のコロナ騒ぎで、そうした川本さんの危惧を実感している人もいるでしょう。

川本さんは、日本国民の戦後の「感覚」が求めたその平和は、「変革を要求する新しい価値」だったといいます。つまり、戦争放棄だけでは平和は実現しないのです。
そのために、川本さんは、「戦争そのもの」を否定する新しい論理、「戦争ができる国家」を否定する新しい論理を、平和主義、革命、基本的人権、社会契約という切り口から、次々と展開し、21世紀の日本を構想したのが本書です。

そして、そうした論考を踏まえて、最後に日本の現状を変えていくために、新しい平和憲法と新しい運動の主体について、具体的に提言しています。巻末に川本さんの日本国憲法改正私案も掲載されています。

川本さんの憲法改正私案は、いささか挑発的です。平和憲法といいながら、自衛軍(自衛隊ではありません)の保持が謳われていることです、
挑発的ですが、この点に川本さんのメッセージの神髄が込められています。
同書の簡単な紹介は下記にあります。
http://cws.c.ooco.jp/books.htm#200503

テーマが大きいので、1回のサロンでは論じきれないでしょうが、今回はまずは大きな問題提起ということで、川本さんの呼びかけを聞いて、日本の憲法の意味を話し合えればと思います。

サロンに参加される方は、できれば、川本さんの「21世紀の平和憲法」(三一書房 2300円)を読んでおいていただければと思います。
同書は、三一書房に直接ファックス(03-6268-9754)注文すれば、少なくとも6月までは送料無料で発送してくれるそうです。

コロナ騒ぎに紛れて、憲法がどんどん浸食されてきている現状にしっかりと目を向けるサロンにしたいと思っています。
そしてできればそこから実践的な動きを生みだしていければと思います。
でもまあサロンなので、気楽にご参加ください。
議論はちょっともめそうですが、平和なサロンに心がけますので。

〇日時:2020年6月21日(日曜日)午後2時~4時半
〇場所:湯島コンセプトワークショップ
http://cws.c.ooco.jp/cws-map.pdf
〇講師:川本兼さん(思想家)
〇テーマ:「21世紀の平和憲法を考える」
〇会費:500円
〇申込先:佐藤修(qzy00757@nifty.com

 

 

 

| | コメント (0)

■無意味の議論をやめて健やかに生きたい

新型コロナウイルス感染症に関しては、相変わらず「数字の世界」での議論が盛んですが、その数字に対する信頼感がどうも失われているようです。
感染者の発表数字への不信感も広がっています。

しかし、そうした数字のほかに、事実を確認する術がないので、信頼はしていないものの、その数字に影響されてしまっているわけです。
政府や行政で行われている検討内容も、議事録さえないと言われて、手も出せないのが現実です。
もちろん議事録も録音データもあるでしょうが、政府が「ない」といえば無くなるのがいまの日本の状況です。
中国や北朝鮮となんら変わらない状況ですが、なぜかみんな中国や北朝鮮は非難しても自分の国は特別視しています。
たぶん北朝鮮の国民も同じなのでしょう。

昨今のコロナ報道には、肝心な健康問題が二の次になっているような気がします。
毎日、変化のない同じ話が繰り返されています。

そもそも「健康か経済か」という捉え方自体がおかしいですが、経済はそもそも「経世済民」といわれるように、健康な生活のためにこそあるのです。
コロナだけが病気ではありませんし、人との接触を避ける生き方などつづくかないでしょう。「新しい生活様式」などと本気で語っている人がいるとしたら、そこにこそ、現在の状況が象徴されていると思います。
それに人生には病気はつきものですし、コロナだけが怖い病気ではありません。
マスクをすればいいという話でもないでしょう。

人生にはいつも「危機」が伴っている。
その事実から逃げる生き方よりも、むしろその事実を踏まえた生き方を、私は選びたいと思います。
もういい加減、コロナ感染症の数字遊びを止めて、生きることに目を向けたい。

今日は天気がいいので、マスクなしに出かけようと思います。
もちろん電車には乗らず、店舗にも入らずに、ですが。

 

| | コメント (0)

■節子への挽歌4632:遺跡発掘のような作業

節子

書類整理の合間に、書籍の整理もしていますが、懐かしい本が出てきます。
まあいわゆる「トンデモ書」の類いですが、「日本超古代史の謎」。
たまたま2週間ほど前のサロンで、日本人とユダヤ人が同じ祖先だという話題が出たのですが、この本はまさにそれを扱った「新・日猶同祖論-日本は世界文明発祥の地だった」と副題にあります。

そういえば、私も以前はこうした「トンデモ書」が好きで、それなりに読んだものです。類書も数冊出てきました。いずれも廃棄しないことにしました。
珍説・奇説は節子にもよく話したものですが、節子はほとんど興味を持ちませんでした。そんな話よりも、庭の草花のほうに関心があったからです。

ちなみに、「日本超古代史の謎」は、日本は大和朝廷はユダヤ人の国だったという大胆な本です。その痕跡は、さまざまなところに残っている。伊勢神宮の灯篭にはダビデ大王の紋章である“ダビデの星”が刻まれているし、奈良の都はユダヤ人の都であり、「平安京」はヘブライ語で「ソロモンの都」という意味なのだと書かれています。

本書は下関の彦島に残っている古代シュメール文字とも言われるペトログラフの話から始まります。ペトログラフは、私も門司で一条真也さんに会ったときにその遺跡を見せてもらいました。一条さんには最近会っていませんが、書類の整理で、一条さんが韓国の論山の灌燭寺の弥勒仏で節子の治癒を祈ってくれた時の資料が出てきました。
山積みになっている書類の中には、実にさまざまな私の人生が埋もれているようです。
まるで遺跡発掘のような作業です。

そこに紛れ込むと、なかなか抜けられなくなります。そんなわけで作業はなかなか進まないのです。
今日も時間の合間を見て、過去の整理をつづけようと思います。

 

| | コメント (0)

2020/06/04

■節子への挽歌4631:和室がなくなります

節子

30度を超える夏のような暑い一日でした。
相変わらず外出時のマスクはルールになっていますので、この夏はコロナウイルス感染症はともかく、病気になる人は増えそうです。死者も減るでしょう。全くコロナ対策は間違っているとしか思えません。

私はマスクが嫌いなので外出しないようにしていますが、今日は午前と午後、2回も外出しました。
いずれもマスクをしてです。
午後は来客もありましたが、これはマスクなしで対応。
娘も私も、コロナよりも病を気にしています。

今日の午前中の外出はリフォームの相談です。
わが家の和室を洋室にすることにしました。
和室は節子がこだわっていたところで、わが家の文化にはあまりなじみがない床の間もつくりました。
それもちょっとこだわっていたようです。
節子お気に入りの見えないこだわりが込められていました。
そこをこわすことになったのです。
節子が嘆くことでしょう。

今回リフォームすることになって、いろんなところに節子のこだわりがあることを知りました。こだわって建てたにもかかわらず、節子はその家を十分には楽しまないまま、病気になってしまいました。
結局、和室は節子の病室になりました。
結果的に見れば、最後を暮す家としては、不便はなかったように思います。
それは大きな救いです。

しかし、元気であれば、この家には節子の友人たちがもっと遊びに来たことでしょう。
私たちも、老後の豊かな暮らしの場にできたはずです。
それができずに、なんだか抜け殻のような家になってしまっているわけですが、

リフォームを考えると、それこそいろんなことを思わずにはいられません。
ちなみに私のこだわりの部屋も、今回ほぼすべて模様替えです。
暮らしの風景が、たぶん大きく変わるでしょう。

資金の関係で、希望はあまり適えられないのですが、慣れるまではちょっと大変かもしれません。
工事は夏以降からのようですが、節子と一緒に過ごしたこの家で暮らせるのもあと数か月です。
ちょっとさみしい気もします。

先月読んだ磯野さんの「医療者が語る答えなき世界」にはこんな文章がありました。

私たちは住んでいる場所や、それまで使ってきたモノ、そこで過ごしてきた時間に様々な意味を付与し、その意味とともに暮らす生き物でもある。亡くなった両親の実家を取り壊す時、それが単なるモノと場所の消滅以上の意味を持ち、私たちに複雑な感情を抱かせるのは、その空間に両親とともに生きてきた時間が流れているからである。

その意味がよくわかります。

 

| | コメント (0)

■節子への挽歌4630:テレビ体操を始めました

節子

最近どうも在宅時間が増えたせいか、腰痛の兆しが出てきました。
それでそれなりの対策を考えるのですが、節子も知っているようで、私は思い付きが多いので、長続きしないのです。

しかし1週間ほど前からですが、朝のテレビ体操が定着してきました。

毎朝10分ほどの体操ですが、やってみると身体の衰えがよくわかります。
かなり硬直していて、下に手をやっても地面にほど遠いですし、大きく体を回転させるとふらついてしまう。
リズム感もとりにくい。
しかし、つづけていったら少しは身体もやわらかくなり、バランス感覚も戻るでしょう。
そう思ってやっています。

ただ腰痛のきざしはなかなか治りません。
これは床に座って、身体を曲げたりする別の体操が必要かもしれません。
しかし欲張るとまたつづかなくなるので、しばらくはいまの体操をつづけようと思います。

テレビでのラジオ体操をやろうと思ったのは、友人の井坂さんの勧めです。

井坂さんは毎朝10分ほどやっていると言っていたので、たぶんこのテレビ体操のことでしょう。
井坂さんは、私よりも若いですが、先年、伴侶を見送っています。
いまは、ボランティア活動や趣味のテニスなど、とても前向きに生きていますが、私と違ってしっかりと自己管理をされているのです。
見習わなければいけません。

今日は梅雨空の朝です。
梅雨の季節が始まります。
節子がいたころは、どんな季節も好きでしたが、いなくなった今は、どんな季節も、喜びにはつながりません。

生き方がとても受動的になっているのです。井坂さんを見習わなければいけません。

 

| | コメント (0)

2020/06/03

■節子への挽歌4629:思い出し忘れる

節子

今日は1日、資料の整理に明け暮れました。
整理というよりも廃棄と言った方がいいでしょうか。
資料を読み直したくなるのですが、読み直していると廃棄はできません。
ですから基本的には「廃棄」なのですが、私の過去が詰まっているので、それなりの時間がかかるのです。

たとえば、名刺。
数千枚の名刺がありますが、大半は個人の顔が浮かんできません。
しかしなかには、その後、有名になった人もいて、それを忘れていて、こんな人にも会っていたのかと思いだす人もいますし、すでに著名な方の名刺が出てきて、会っていたことを思いだしたりするわけです。
亡くなってしまった方も少なくありません。

修士論文や博士論文もいくつか出てきました。
さすがにそれはすぐに思い出せるのですが、一つだけ顔が思い出せない人がいます。
熊本容子さんという都立大の修士課程の方です。
修士論文のタイトルは「NPOの連携」。2006年の日付になっています。
論文には私の取り組んでいた事例が紹介されています。
しかしこの方の顔が思い出せません。
もしご存知の方がいたらぜひ教えてほしいです。
思い出せるまで、この論文は処分できません。

フロッピーデスクやCD、MDもたくさん出てきましたが、もう再生するマシンもありませんので、読みだせません。
タイトルは気になりますが、廃棄するしかありません。
以前、講演した資料や記録もかなり出てきました。
これこそ読み直していると切がないのですが、これは途中からとりあえず残すことにしました。

過去を忘れるには、一度、思い出す必要があります。
思い出して、そしてきちんと忘れる。
今回、過去の資料などを整理していて、まったく記憶にないようなことがあるのに驚きました。
ほとんどは思い出せるのですが、残っている写真を見ても、議事録を見ても、思い出せないこともあります。
先の熊本さんもそうですが、私自身はそれなりにていねいに生きてきたつもりなのですが、記憶がないことが良くつかるようです。
資料を廃棄する前に、きちんと思い出さなくてはと思いました。
なにしろ私の人生を支えてきてくれた資料なのですから。

そんなわけで作業はなかなか進みませんが、それでも置き場がないほどに古紙の山が積まれています。
外部に出してはいけないものは、一応、缶で焼却しましたが、大変でしたが、これはほぼ終わりました。
数十年の人生を整理するのですから、大変ですが、この作業が終わると、人生が少し軽くなるかもしれません。

| | コメント (0)

■節子への挽歌4628:寝室の風景が一変しました

節子

寝室を模様替えしました。
リフォームの予定だったのですが、費用資金節約のために自分で出来る範囲で変えてしまうことにしました。

ベッドや整理ダンスや節子の書類棚を搬出し、その空間をこれまで仕事場で使っていた大きな書棚を置いて、仕切りにし、その内側にこれも書庫で使っていた書棚を再利用し、ミニ書庫スペースにすることにしました。
大きな地震がくると、その書棚が倒壊して、私が下敷きになる恐れがあるので、娘たちは心配していますが、まあ天井との間の支えを買ってくれば大丈夫でしょう。

寝室には、真夜中に目が覚めた時にだけ観るテレビが置いてありますが、このテレビはアンテナも付けていないのに、なぜか地上波テレビが視聴できます。
場所を変えるとだめになるかなと思っていましたが、何とか一部のチャンネルは観ることができそうです。
アンテナなしでなぜ映るのか、いささか不気味ではあるのですが。

ベッドの横に、机を持ってきて、そこでパソコン作業もしようかと思っています。
これまでの仕事場のデスクは、壁に直接埋め込んだものでしたが、それを壊すのは残念なのですが、できればそこに脚をつけて、再利用を考えたいと思いますが、リフォームを頼んだところが、再利用指向があまりないので、自分でやるしかありません。

リフォーム先を変えることも考えましたが、まあ長い付き合いのところなので、それも面倒なので、自分でできることはできるだけやるようにしていこうと思います。
こういう時に、節子がいると心強いのですが、まあ娘たちが手伝ってくれるでしょう。

昨日も大きな書棚を仕事場から寝室に移すのに、ジュンの連れ合いにも手伝ってもらって、無事怪我もなく完了しました。
寝室の風景が一変しました。

だんだん節子がいなくなってしまうのが、ちょっと気がかりです。
まあしかしそのうち、私もいなくなるのですから、早期にすることもないでしょう。

まだリフォームは始まっていないのですが、家が毎日少しずつ変わっています。

 

| | コメント (0)

2020/06/02

■磯野真穂さんの「医療者が語る答えなき世界」をお薦めします

ぜひお薦めしたい本に出合いました。

磯野真穂さんの「医療者が語る答えなき世界」(ちくま新書)です。
先日、新型コロナに関連した朝日新聞のインタビューで、磯野さんが「人と人が直接会って交流できないことは、社会の死を意味する」と話されていたことに誘い込まれて、磯野さんのこの新書を読んでみました。感激しました。読み終えたのは先月ですが、多くの人に読んでほしいと思い、紹介させてもらうことにしました。

朝日新聞の記事では、磯野さんは「医療人類学者」と肩書きされていました。医療人類学という言葉も私は初めて知ったのですが、本書を読んでとても納得できました。
そして、私たちの生活のすぐ近くに、「文化人類学」のフィールドがたくさんあることに気づきました。社会は豊かさに満ち溢れているのです。
同時に、私たちにも「文化人類学者」的な生き方ができる事にも気づかされました。磯野さんは、「文化人類学は他者の生を通じて自分を知る学問」だと書いています。そう捉えれば、私もささやかに「文化人類学」的な生き方をしているように思います。

それはともかく、磯野さんは、こう書いているのです。

身体の異常を元通りに治すとか、心身の不調をすっかり取り去るとか、字句通りの「治す」からはいっけん離れたところにある医療行為が現場にはたくさんあり、それらの行為こそがまさしく医療なのではないかと思わせる場面が存在する。

そして、「「治す、治さない」という二項対立的な基準を持ち込まずに医療者の仕事をとらえる方法はないだろうか」と問い、「医療者の仕事は医学を医療に変換すること」だというのです。
現在の医療に違和感を持っていた私には、とても腑に落ちる言い方です。

磯野さんは、そうしたことをわかりやすい8つの医療者の物語を通して、ていねいに説明してくれます。「8つの物語が、読者のこれまでの人生と何らかの形で共鳴することを願ってこの本を書いた」と磯野さんは書いていますが、私の場合、たくさんの共鳴がありました。共鳴だけではなく、感動もあり、納得もあり、気づきもありました。

紹介したいこともたくさんあるのですが、生半可な紹介よりも、ぜひ本書を読んでほしいので、内容の紹介はやめておきます。
読み終えた後、磯野さんがインタビューで「人と人が直接会って交流できないことは、社会の死を意味する」と言っていたことの思いが、さらに深く伝わってきました。

新型コロナ対策で、社会が死なないように、ぜひ多くの人に読んでいただき、自分の生き方を考える時間を持ってもらえればと思います。
気楽に読める新書です。

413pbcmal

| | コメント (0)

■節子への挽歌4627:鳥たちが戻ってきました

節子

気のせいかもしれませんが、2週間ほど前から、わが家周辺から鳥がいなくなったような気がしていましたが、昨日からまた戻ってきたようです。
昨日は鳥の姿をよく見ましたし、ドバトも含めて鳥がにぎやかでした。
今朝も朝早くから鳥のさえずりがにぎやかです。

鳥が気になるのは、節子が、話せなくなった時に、また鳥や花になって戻ってくると苦労して紙に書いたのを覚えているからです。
私は鳥があんまり好きではないので、鳥ではなく蝶にしてほしかったのですが、なぜか「鳥」だったのです。
だから鳥はそれなりに意識しているのですが、2週間ほど前から、鳥の鳴き声や姿が少なくなったような気がしていました。
しかし、それがまた戻ってきたのです。
節子が戻ってきたかどうはわかりませんが。

昨日はちょっと遠くの上空を見事に飛んでいる2羽の鳥を見ました。
トンビではないかと地元の友人に言われましたが、そうかもしれません。
遠くでしかも一瞬でしたので、確証はできませんが、いい飛行でした。

そういえば、先日、コロナ対策に苦労している医療関係者に感謝するという名目で、自衛隊のブルーインパルスが都心上空を飛びました。
それがテレビでも紹介され、見た人はフェイスブックにまで投稿していました。
なんで戦闘機をこの時期に飛ばすのか、そんな費用があったら、医療関係者に防護服を支給したらどうかと実に腹立たしいので、私も「ブルーインパルスって戦闘機ではないか、違和感がある」と書き込んだら、いろんなコメントが来ました。

象徴的だったのは、官僚の人たちは、国を守るという意味では自衛官も医療関係者も同じだとわけのわからないことを書いてきましたが(国と国民が都合よく同一視されています)、私と同じく違和感を持っている人が多いのでちょっと安心しました。

人は自らが生きている人間関係の中で意識がつくられていきます。
フェイスブックに書き込まれるいろんな人の意見を読んでいると、そのことがよくわかります。
ということは、私も節子も、お互いの意識に大きな影響を与えているはずです。
夫婦にしろ親子にしろ、それが同調するのか反発するのかは組み合わせ次第でしょう。
私たちの場合は、たぶん似たもの発想になっていたように思います。
娘たちはもしかしたら反発しているかもしれませんが。

鳥の話がまたおかしな方向に来てしまいました。
しかし今日はとても気持ちの良い朝です。
鳥のさえずりは相変わらずにぎやかです。
雨上がりの晴れた日は、気も晴れる感じです。

良い一日にしたいです。

| | コメント (0)

2020/06/01

■節子への挽歌4626:孫の入園式

節子

にこが入園式で、その帰りに寄ってくれました。
今年は新型コロナウイルス騒ぎで、変則的なスタートで、ようやく入園式が行われたのですが、分散登園なので、わずか10人での入園式だったそうです。
親の参加もひとりだけ。

先生も苦慮しているようですが、親のなかには気にしている人もいて、こうしたスタイルでも登園しなかった親もいたそうです。
過剰防衛のように思えて仕方がないのですが、私はあまりに防衛的でないとユカから今日は叱られました。
困ったものですが、反省しました。

にこと写真を撮ろうと思っていましたが、にこから拒否されてしまいました。
にこは写真があまり好きではないので、なかなか写真は撮れません。
幼稚園の入り口で撮った写真がジュンから送られてきました。

ニコの小学校入学くらいまでは、私もまだ現世にいるでしょうが、人の未来はわかりません。
望むらくはこれ以上歳をとりたくはないのですが、歳をとらずに長寿出来る方策はないのでしょうか。
最近、私も強欲になってきたような気がしました。
そもそも家をリフォームするなどと思いついたこと自体が、現世欲の表れでしょう。
困ったものです。

しばらくストップしていた書類の廃棄作業を再開しました。
会社を辞めてから、きちんと仕事をしたのは15年ほどですが、どうしてこんなに書類があるのかと驚くほどです。
もしあのまま続けていたら、この倍になっていたかと思うとますます驚きます。
よくまあこんなにいろんな仕事をしていたものです。

なかなか書籍の整理にまでたどりつきません。

 

| | コメント (0)

■湯島サロン「民主主義の危機と希望」報告

新型コロナ騒ぎから見えてきた、日本の「民主主義の危機と希望」をテーマにしたサロンには、13人の参加がありました。

Demosalon202005
最初に、参加者一人ひとりから、それぞれが実感している「危機と希望」を自由に話してもらい、それを踏まえて自由に話し合いを行いました。
まさに生活感覚からのさまざまなことが出されましたが、みなさんに共通していたのは、たとえば、人が分断されてきたという現実を通して、逆に人のつながりの大切さへの意識が強まったというように、同じ事象の中に「危険」と「希望」を感じているということでした。

また、これまで見えていなかったことがいろいろと見えてきたり、事の本質に気づかされたり、さまざまな問題や無駄に気付かされたという点も多くの人に共通していました。

監視社会や管理社会、あるいは分断社会、さらには隣人関係などのトラブルなどの話も出ましたが、そうした中から、改めて社会への関心の高まりが読み取れるといえるかもしれません。

社会や政治などに目を向ける余裕が全くなくなってしまうほどの危機状況に置かれた人も増えているという話も出ましたが、それこそがちょっとした仕組みやきっかけで生活と社会がつながる状況が生まれ出しているとも言えるように思います。

一言で括れば、個人の尊厳を尊重し合い、一人ひとりが主役になって社会を豊かにしていくという民主主義の理念から外れた現状が見えてきたと言えるかもしれません。
不都合な現実が露呈されれば、当然に、その問題を解決しようという動きが引き起こされるでしょうから、まさに「危機」は「希望」につながります。しかし、放置していてはつながりません。大切なのは、危機を希望につなげていくことです。つまり、私たち一人ひとりの生き方ということです。

黒川前検事長に関する芸能人らの動きも希望のひとつだという話になりました。
市民がおかしいことをおかしいと言えば、社会は変わるのだということをみんなが実感したということです。同じ時期に起こったSNSでの中傷による木村花さんの自殺の話も出ましたが、良くも悪くも大きな力を持つSNSに、私たち一人ひとりがどう向き合うかは、民主主義にとっても大きな課題であることが明らかになりました。言い換えれば、SNSから逃げることはできないということです、そうであれば、SNSの対象ではなく、主役にならなければいけない。
同じように、テレワークもまた両刃の剣かもしれません。

こう考えていくと、いまは私たち一人ひとりの行動が、この先の社会のあり方に大きな影響を与えるということです。与えられた民主主義の中で生きてきた私たちにとっては、絶好の機会かもしれません。

話し合いの後、監視社会のベクトルを逆転させる時期に来ているという話を少しさせてもらいました。

民主主義は時代と共に大きく変わってきています。
民主主義の理念をベースに憲法ができ、それに従って代議制による民主的な政治体制がつくられ、理念と現実のズレを埋めるためにさまざまな努力が重ねられてきています。
これまでの流れは大きく言えば、代表民主主義の欠陥を正し、参加民主主義の要素を増やしていくという流れでしたが、それに合わせて、政府を監視し、その暴走を阻止する「対抗民主主義」が、改めて大切になってきています。そこから、与えられた民主主義とは違う、自らが創りだす民主主義が生まれてくるかもしれません。

「対抗民主主義」とは、一言で言えば、主権を託した政府をしっかりと監視していくということです。具体的に言えば、監視される国民から、監視する国民へと、私たちは変わらなければいけない。
政府から提案された「新しい生活様式」に合わせて、生活を自粛したり、相互監視し合うのではなく、「新しい政治様式」を働きかけ、政府の行動を自粛させ、政府や行政を監視するというように、発想を逆転させることが求められているのではないか。

そしてそれが可能になってきているのではないか。
もしそうであれば、それぞれができることを考え、動き出そうというのが、今回のサロンの、私の勝手な結論です。
実際に具体的な活動の話もいくつか出ていたと思います。

コロナ騒ぎで、日本の社会は良くなるのかどうかに関しては、誰もはっきりと答えられませんでしたが、良くしていかなければいけません。

このテーマにそったサロンは6月もやろうと思います。
問題提起したいという方がいたらご連絡ください。

サロンで配布したメモがありますので、添付しました。

Demo20200531

| | コメント (0)

« 2020年5月 | トップページ | 2020年7月 »