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2020/06/05

■節子への挽歌4633:小さな旅の思い出

節子

今日も断続的ですが、書類の整理という遺跡発掘作業をしています。
どうしてこんなにたくさんの資料があるのだろうと思うくらい、どんどん出てきます。
家を建てたときに、狭い空きスペースを利用したミニ書庫をつくったのですが、そこに大きな書棚を8本も入れた上に整理棚や段ボールに入れた資料や雑誌が積まれっぱなしになっていたとのです。

どんどん廃棄しているのですが、次から次へと出てくるのです。
ユカがどこからこんなにに出てくるのかと驚いていますが、私自身も驚いています。
よくまあこんなに資料や雑誌や報告書などを保管しておいたものです。

多くは仕事がらみのものですが、なかにはそうでないものも含まれています。
今日は1枚のはがきが資料の中から出てきました。
節子から私宛のはがきです。
宛先の住所は湯島のオフィスで、発信場所は自宅ではなく、湯河原です。
消印が200665日となっていますので、節子が小康状況にあったときです。
私信なので公開するのも気恥ずかしいですが、こんな文章が書かれていました。

さつき、三ツ石、万葉の湯
さがみの小京、二人旅
ご多用の中、思い切って出かけたドライブ、行きたい所へご自由に・・・
とても楽しい小さな旅でした。
又、でかけましょう ありがとう 感謝感謝です。

20060605

手作りのはがきでした。
節子はこういう形で、時々、はがきをくれていました。
一緒に住んでいるにもかかわらず、です。

ちなみにその小さな旅はどんな旅だったのか。
私のホームページに記録が残っているはずなので探してみました。
今でもはっきりと記憶に残っている旅でした。

1日目は、湯河原のさつきの里公園と幕山公園に行きましたが、その途中、花がきれいな家を見つけて節子が勝手に入っていってしまったのです。
湯河原の鍛冶屋町の舟木さんという家です。
花好きの人たちはすぐに友達になってしまうようで、花のお土産までもらったのです。
節子が亡くなってしばらくして残念ながら枯らしてしまいましたが。
節子が元気だったら、お付き合いが始まっていたでしょう。

2日目は真鶴でした。
久しぶりでしたが、三つ石に下りる途中、竹筆書芸というお店に入って、そこの主人の望月さんとなぜかまた花の話をしていました。
竹筆書芸とは、竹の根を鉛筆のように削った筆に墨をつけて描くのだそうですが、節子も一筆買ってきましたが、残念ながらその筆は、結局使わないまま、いまも私の机のペン立てに入っています。
その日は、途中でお風呂付の食事処で昼食をしたのも覚えています。
夜は湯河原の万葉公園にホタルを見に行きました。

以上が、さつき、三ツ石、万葉の湯の小さな旅だったのです。
節子が好きな、まったく計画のない、気ままな旅でした。
私にも、とても楽しい小さな旅でした。

もう2度と味わうことのない、幸せの旅でした。

 

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