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2020/06/03

■節子への挽歌4629:思い出し忘れる

節子

今日は1日、資料の整理に明け暮れました。
整理というよりも廃棄と言った方がいいでしょうか。
資料を読み直したくなるのですが、読み直していると廃棄はできません。
ですから基本的には「廃棄」なのですが、私の過去が詰まっているので、それなりの時間がかかるのです。

たとえば、名刺。
数千枚の名刺がありますが、大半は個人の顔が浮かんできません。
しかしなかには、その後、有名になった人もいて、それを忘れていて、こんな人にも会っていたのかと思いだす人もいますし、すでに著名な方の名刺が出てきて、会っていたことを思いだしたりするわけです。
亡くなってしまった方も少なくありません。

修士論文や博士論文もいくつか出てきました。
さすがにそれはすぐに思い出せるのですが、一つだけ顔が思い出せない人がいます。
熊本容子さんという都立大の修士課程の方です。
修士論文のタイトルは「NPOの連携」。2006年の日付になっています。
論文には私の取り組んでいた事例が紹介されています。
しかしこの方の顔が思い出せません。
もしご存知の方がいたらぜひ教えてほしいです。
思い出せるまで、この論文は処分できません。

フロッピーデスクやCD、MDもたくさん出てきましたが、もう再生するマシンもありませんので、読みだせません。
タイトルは気になりますが、廃棄するしかありません。
以前、講演した資料や記録もかなり出てきました。
これこそ読み直していると切がないのですが、これは途中からとりあえず残すことにしました。

過去を忘れるには、一度、思い出す必要があります。
思い出して、そしてきちんと忘れる。
今回、過去の資料などを整理していて、まったく記憶にないようなことがあるのに驚きました。
ほとんどは思い出せるのですが、残っている写真を見ても、議事録を見ても、思い出せないこともあります。
先の熊本さんもそうですが、私自身はそれなりにていねいに生きてきたつもりなのですが、記憶がないことが良くつかるようです。
資料を廃棄する前に、きちんと思い出さなくてはと思いました。
なにしろ私の人生を支えてきてくれた資料なのですから。

そんなわけで作業はなかなか進みませんが、それでも置き場がないほどに古紙の山が積まれています。
外部に出してはいけないものは、一応、缶で焼却しましたが、大変でしたが、これはほぼ終わりました。
数十年の人生を整理するのですから、大変ですが、この作業が終わると、人生が少し軽くなるかもしれません。

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