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2020/06/25

■節子への挽歌4661:「ソクラテス道」に精進

節子

巡礼者の鈴木さんからメールが来ました。
鈴木さんは、時々、私とソクラテスを比べてくれるのですが、かなり「買いかぶり」的とはいえ、素直にうれしく聞いています。
ソクラテスに少しでも似ていると言われれば、誰だってうれしくなってしまうでしょう。

鈴木さんは、今日のメールでこう書いてきました。

ポール・ジョンソン『ソクラテス~われらが時代の人』という本を読んでいたら
ソクラテスと佐藤さんの共通点がさらに見つかりました。

・衣服、食べ物、快適な場所など身体的な快適さに無関心
・思考される事柄よりも人々そのものに関心を持つ
・利益を求める生活を送ることを拒み、必要なものが最小限になるようにした
・靴を持たず、衣服も少なかったが、本は好きだった
・なにごとも自慢しない
・学問的知識よりも実践における行動にしか興味がなかった
・抽象的概念より生の実践的な営みを重視した
・本当に困ったときには常に助けてくれる友人がいたが、本当に困ることは稀だった

「これも似ているなあ」と思って笑ってしまったのは、
・靴もはかずにアテナイを歩きまわり、市井の人たちと対話した 

以上ですが、ここには、私が目指している生き方がリストアップされているような気がしました。
しかし、残念ながら一つひとつ吟味するとまだまだという気がします。

たとえば、「ソクラテスと共通点がある」などと言われると、やはり「自慢したく」なってしまいます。つまり、「なにごとも自慢しない」という心境には達していないのです。
利益を求める生活を送ることを拒んでいるわけではなく、そういう生活に恵まれていないだけなのです。先日も宝くじを買いましたが、はずれました。
「快適さに無関心」ではなく、「快適さ」を創りだす努力が果たせずに、仕方なくいまは倉庫のような中で寝食していますが、もっと快適な空間で暮らしたいです。
「本当に困ること」も稀でもなく、結構、困っているのですが、それでも助けに来る人はあまりいません。とりわけ最近は私の性格がねじれだしてきたせいか、結構。嫌われ出しているような気もします。

実現できているのは。最後の「靴をはかずに」ということくらいでしょうか。
最近は着る服もなくなってきたので、それもちょっと近づいているかもしれませんが、いずれにしろ、まだまだソクラテスの足元にも及びません。

そういえば、まだお会いしたことのない人(友人の奥さんですが)から、こんなメールを半月前位にもらいました。

いつか、佐藤さんの哲学―ソクラテス等のお話も、さりげなく、伺いたいと思っております。

そこでもソクラテスの名前が出ていました。
どうしてソクラテスなのでしょうか。
しかし、そういう人が2人もいるのであれば、これからは「ソクラテス道」に精進しようと思います。
今日も裸足のサンダルで出かけていました。

 

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