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2020/06/17

■節子への挽歌4649:声だけは若いようです

節子

電話でクレジットカードの解約をしました。
本人確認をされましたが、声が若いですが、ご本人様ですか、と2回も確認されました。
声だけは若いようです。

しかし、きちんとした話し合いをすれば、たぶん年相応と気づかれるでしょう。
最近どうも話そうと思うことがうまく話せないのです。
言葉が出てこないこともありますし、いわゆる滑舌の悪さは自分でもはっきりとわかります。まあ昔から言いたいことがうまく表現できないのは私の弱点なのですが、それが一段とひどくなっている。
声だけ若く感じられても、内容が劣化していることは否定しようがないのです。

そのうえ、この頃、特に感ずるのですが、「言わずもがな」のことをついつい話してしまうのも、最近の傾向です。
若いころは、言葉不足で、後でなぜあの時に話しておかなかったのかと思うことがたくさんあります。しかし最近は全く逆で、なぜあんなことを話してしまったのかと後悔することが多いのです。しかもさらに悪いことには、その無駄話を途中でやめてしまうことです。話をしていて、この話は相手にはまったく無意味だなと途中に気づいてしまうことが多いのです。それで無意味の話がますます意味不明の話になってしまうわけです。

この挽歌も、時々、そういうことがあります。
書いている途中で急に書く意欲が失せてしまう。その結果、意味不明の挽歌ができてしまう。困ったものです。

声の質に若さがあるのであれば、思考内容にも若さがあるはずです。
思考そのものが若さを失っているとしたら、いかに響きが若くても、何も引き起こさないでしょう。分別と知恵が豊かな老人の思考は私の好みではありません。
発想が若いですね、思考が若いですね、と言われるとうれしいのですが、そういわれることは最近なくなってきてしまいました。
若い思考ができなくなったら、思考はやめようと思っていますが、もしかしたらもうできなくなっているのかもしれません。
もしそうなら間もなく声の若さも消えていくでしょう。

加齢から自由になるのはできないことはわかってはいるのですが、どこかに素直に歳をとりたくない自分がいるようです。

 

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