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2020/06/14

■節子への挽歌4645:いまここをしっかり生きていない反省

節子

今日もサロンで湯島に行きました。
サロンで話題になる作品を読むために少し早めに湯島につきました。
ところが読もうと思ったら、視野がおかしくなって字が読めないのです。

また始まった、と思いました。
こういう症状になると30分は視界が揺らいでしまい、どうにもなりません。
高血圧のせいか、網膜剥離のせいか、わかりませんが、時々生ずる症状です。
医者に行くべきなのですが、何とかごまかしながら、いまも行っていません。

この症状が始まったのは15年ほど前です。
最初に症状が出たのは、節子と一緒の時でしたが、たぶん節子は気づいていません。
今でもはっきりと覚えていますが、突然こういう症状に見舞われたのは滋賀県の鯖街道にある「熊川宿」です。
節子の姉夫婦に自動車で連れて行ってもらった時です。

古来、若狭の海産物は琵琶湖の水運を経て京に運ばれましたが、陸路もあり、それが琵琶湖の西側を通る鯖街道と呼ばれる道でした。
その途中にある集落の熊川は、宿場町として発展していましたが、いまは、往時の宿場町のたたずまいが整備保存され観光地になっています。
その宿場町を歩いた時に、視界の異常に襲われたのです。

Kumakawa01

節子はすでに闘病中でしたが、小康状態にある時で元気でした。
心配させてはいけないので、ちょっと疲れたからと言って、私は少し休ませてもらっていましたが、正直、突然のことで私自身が倒れるのではないかと思ったほどです。
しかし幸いに10分ほどで症状は安定し、そのままゆっくりと歩いて自動車に乗り、誰にも気づかれずに走行中に元に戻ったのです。

その後、再発はなかったのですが、節子が亡くなった後、2年つづけて、大みそかに同じような、しかももっと深刻な状況に陥り、緊急病院に行って大変でした。
原因はよくわからず、その後、1年に何回か、同様な状況が起こるのです。

今日もまた30分ほどして治りましたが、この状況が起こるたびに、熊川宿のことを思い出します。
あの頃の節子は、実に堂々としていました。
死を意識していたと思いますが、一緒にいると私が元気づけられるほどでした。

今日のサロンで、死期を悟った人の心情の話になりました。
つい節子のことを思い出して話してしまいました。
人は死を悟ると、いまここをしっかり生きようとして、生が輝いてくるようだ、と。
それを妻から教えられた、と余計なことまで話してしまいました。

話してしまった後、最近の私は、あんまり「いまここ」をしっかりと生きていないなと気づきました。
最近、降圧剤をきちんと飲んでいるのですが、あんまり調子は良くありません。
お天道様に叱られるような生き方はしていないのですが。

 

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