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2020/07/14

■節子への挽歌4689:病人見舞い

節子

入院中の小学校時代の友人が当面の危機状況を脱して、一時帰宅できそうになってきました。
ただし独り身なので、帰宅後が大変です。
それで主治医に会いに行きました。

状況がかなり見えてきました。
チームを作って取り組んでくれているようで安心しました。
と同時に、私にできることはここまでだなということも見えてきました。

医師と会った後、病室に見舞いに行きました。
偶然にも、連絡していた小学校時代の仲間も2人来ていました。
幼馴染に会うと、病人も勘違いするようで、元気が戻ってきていました。

いろいろとありすぎて、疲労困憊の3時間でした。

先に病室を出た友人たちと外の喫茶店で会ったのですが、私はうっかりして胸に「面会許可証」の名札を付けたままでした。
帰りに受付で返すのを忘れてしまっていました。
困ったものです。

死に対する受け止め方はさまざまです。
私は、私と同世代以上の人の死は、哀しさはほぼありません。
ですから明るく語ってしまうのですが、どうもそういう人ばかりではありません。
それに死は残念ながらお金とも絡んできます。
死ぬ時にはお金を持っていない方がいいなと、今回も改めて感じました。
そんなことも含めて、今回は疲れ切りました。

友人が帰宅して症状が安定したら、小学校時代の仲間に声をかけて、合同生前葬をやるのもいいかなと思っています。
まあみんな病気持ちなので、集まる人は少ないでしょうが、私も含めて、まあそう遠くない先に葬儀をやる可能性がありますので、ここはまとめてやってしまえば、いいかなと思いついたのです。

「合同生前葬」という言葉にどう反応するか、ちょっと心配ですが。

 

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