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2020/07/08

■節子への挽歌4681:ラストが真逆の映画「ベン・ハー」

節子

西日本は大雨で、川の氾濫が各地で発生しています。
自然の力には人は抗えないようです。
テレビ映像で、猛威を振るう水の流れを見ていると改めて自分の抱えている問題などどうでもいいのではないかと思ってしまいます。

そんななか、さらに不謹慎にもテレビで録画していた映画「ベン・ハー」を見てしまいました。1950年代の大ヒットした作品ではなく、2016年に制作された映画です。
「ベン・ハー」はほかにも映画化されていますが、見応えがあったのはこの2本だけです。

2016年の作品は、大ヒットした同名の映画を観ている人を前提に創られているような気がしますが、最後が反対になっています。
主人公のベン・ハーと敵役のメッサラが和解し許し合うのです。それどころではありません。「家族」になるのです。
そのあたりは、いかにもと言うちゃちな作りになっていますが、憎悪にあふれている現在の社会状況のなかで、ちょっとホッとするところもあります。

原作はどうなっているのだろうか、と気になりました。
たしか、本があるはずだと探したら、古い文庫本が出てきました。
「ベン・ハー」の作者のルー・ウォレスは、西部劇時代を生きた人で、州知事にもなっています。そういう人が書いた作品なので、大学生の頃、興味を持って本は買っていたのはなぜか覚えているのですが、読んだ形跡がありません。どうも読んでいないようです。
気になって、ベン・ハーとメッサラの最後の関係を探してみましたが、よくわかりません。でもどうやら別々の道に分かれていくようです。

まあそんなことはどうでもいいのですが、3月にコロナ騒ぎが始まってから、どうも「どうでもいいこと」ばかりやっている毎日のような気がしてなりません。

自然災害の中で、死ぬか生きるかに直面している人が大勢いる中で、こんな生活をしていていいのか。
そんなことを考えると、ますます気が晴れません。
自分がどんどん暗くなっていくのがわかります。

やはり最近は人に会うのが少なくなっているのがよくありません。
以前は、いろんな人に会いすぎて、何もできないでいましたが、いまは人に会わないのでやることがなくなっているのかもしれません。
自分を動機付けることに苦労しています。

 

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