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2020/07/17

■節子への挽歌4694:恩送りできることへの感謝

節子

相変わらず夢をよく見ます。
先日、見た夢を思い出して書き残しておこうと思ったのに、すぐにそれをすっかり忘れてしまい、相変わらず、見た夢の内容はすぐに忘れて、夢を見たという感覚だけが残る状況ですが。

昨夜は、久しぶりに熟睡しました。
目覚めたときの夢の感覚は、昔、保谷市の社宅で一緒に住んでいた会社の先輩たちのことでした。
新たにできた新しい借り上げ社宅は9家族の小さなアパートでしたが、私たちにとっては、初めての、そして最後の社宅住まいでした。
入居はみんな一緒だったと思いますが、私たちが一番若かったこともあって、みんなからはとてもよくしてもらいました。
会社生活も、また東京生活も、あまり慣れていない節子も、みなさんからとてもよくしてもらったはずです。

特に一方ならぬお世話になった人もいます。
亀井さんという、たぶん一番年上だった方です。
次女の出産時に、深夜に節子を産院まで車で送っていってもらったのですが、いま考えると冷や汗が出るような、非常識なお願いをしてしまったのです。
お子さんのない辻さんにもとてもお世話になりました。

同じ会社員とはいえ、仕事の面で直接接点があった人は一人もいません。
ですが、出社時間は同じですから、社宅から駅まで一緒だったことも多かったのです。
節子はちょうど次女を出産したこともあって、子育てが大変だった時期ですが、みなさんのおかげで、たぶん無事乗り越えられたのでしょう。
当時は、私はまだ会社にばかり目が行っていて、子育ての大変さを理解していなかっただろうと思います。

夢は、とてもあったかいものでした。
目を覚ましてから、いつものように少し考えました。
そして、私たちは本当にたくさんの人たちに支えられてきていることに改めて感謝しました。

みんな本当に親切にしてくれました。
それが私の人間観を育ててくれたのです。
節子も、たぶんたくさんの人に支えられてきたに違いありません。

にもかかわらず、私たちはそのお世話になった人たちへの「お返し」はできずにいます。
社宅を出て、しかも私が会社を辞めた後の、お付き合いはなくなりました。
節子は、その後もたぶん手紙でのやり取りはあったと思いますが、いまはそれもなくなりました。

人のつながりは、やはり大きなつながりに支えられていると改めて思います。
当時の先輩からもらった「恩」を、「恩送り」していけることに感謝します。

 

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