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2020/08/17

■節子への挽歌4732:血液サラサラ剤を飲むべきか飲まざるべきか

節子
昨日の夕方、こんなことをフェイスブックに書いてしまいました。

昨日、湯島に出かけようとしたら、白いズボンが血だらけなのに気づきました。
何事かと思ったら、右手首から出血していました。
痛みも感じなかったのですが、まるでリストカットしたように、手首に切り傷があり、そこから出血していたのです。

昨日から、血液サラサラの薬を飲みだしていますが、出血すると血が止まりにくいので注意するようにと言われていましたが、そのせいでしょうか。
急いで薬を塗って絆創膏を貼りました。
日中は大丈夫だったのです、夕方になって、もう大丈夫だろうと思い、絆創膏をはがしたのですが、傷口がいまだに生々しく、しかも痛いのです。
また鮮血が出てきそうなので、あわてて消毒し、絆創膏をまた貼ってしまいました。
写真を撮っておけばよかったのですが、撮りそこないました。
これって、血液サラサラの薬のせいでしょうか。

友人から、血液サラサラの薬は危険だから飲まない方がいいと看護師に言われたという話も聞きました。
私はかなり不注意で粗雑な生き方をしているので、身体から血を出す切り傷をよく創るのです。
さてどうしたものでしょうか。

そしてごていねいに大きな絆創膏を貼った手首の写真を添付しました。

今朝、フェイスブックを開いたら、いろんな方がコメントを書いてくれていました。
ちょっと大事になっているようで驚きました。
ユカからは、相変わらず大げさだと叱られました。
今朝、絆創膏をはがしてよく見たら、切り傷ではなく擦り傷なのです。
さてさて困ったものです。

しかし、どうもやはり血液サラサラ剤は評判がよくないようです。
飲まないほうがいいと言う人も少なくない。
たしかに私も違和感があるのですが、あの時はついふらふらと医師に従ってしまいました。

やはり飲むべきではないでしょう。
それで今朝は飲むのをやめました。
しかし、以前、かかりつけの遠藤医師から、薬を飲まなくておかしくなったらだれが責任をとるのかと言われてことがあります。

もちろん責任は、飲もうと飲まなかろうと私が取るのですが(ちなみ医師の指示通り飲んだ結果、おかしくなっても医師には責任はないと言うのが私の考えです)、あまりに判断材料がありません。
節子の基準は、判断材料がない場合は、「積極的な選択肢を選ぶ」でしたが、事、医療に関してはこれも難しい。どちらが積極的な選択肢化が判断しづらいからです。
「薬を飲む」と問題設定するか「生命力を信ずるか」と問題設定するかによって変わってしまうからです。

医療にかかわる活動をしている友人は、「結構面倒な薬だなという印象ですが、医療者の見解を集めて見られてはどうでしょうか?」とアドバイスしてくれました。
答えてくれるかどうかわかりませんが、やってみるのもいいかなと思いだしました。
やり方がわからないのが問題ですが。

というわけで、今日は薬を飲まずに過ごしました。
血は出ない1日でしたが、汗がたくさん出る1日でした。
いよいよ室内のリフォーム作業が始まるので、今日はその現場監督の方が来て、暑い中を(わが家はエアコンがないので暑くて大変でした)お互い汗をかきながら改装場所を見て歩きました。

自宅に住みながらの、かなり大きな改装なので、大変なのです。
節子の残したものはまた捨てられてしまい、ますます節子の記憶が消えていきそうです。
整理の過程で、いろんなものが出てきましたが。

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