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2020/08/02

■節子への挽歌4712:おにぎりをあげるよりももらう生き方

節子

8月だと言うのにまだ鶯が鳴いています。
とはいうものの、梅雨も明けて、いよいよ夏です。

急に気温が変わったせいか、今日はやけに疲労感に覆われて、しかもなぜか指向する気が起きずに、雑務に追われていました。

そのうえ、ちょっといま経済的に困窮していて、資金繰りに苦戦しています。
やはり長生きしすぎてしまいました。
ちょうど75歳で資金を使い果たし人生を終える予定が、ちょうどその時に忘れていた貯金通帳が出てきて3年長らえて、いまに至っています。

しかし今回はいささかのピンチです。
貯金と関係なく、リフォームを契約してしまったのです。
支払時期が迫っています。
でもまあお金は天下のまわりものですから、まあまわってくるでしょう。
そう思ってはいるものの、実際には今回はなかなか回ってきません。
額もちょっと大きいですし。
困ったものです。

昨日は「生活の視点から経済と政治を考える」というサロンをやりました。
あいまいなテーマだったので参加者は少ないと思っていたら、12人も参加してくれました。
しかし意外だったのは、「生活」あるいは「生活者」という言葉について、みんなどうも違和感があるようです。
たとえば、生活にとって大切なことは何ですか、という問いかけをしましたが、私が考えているようなことはなかなか出てこない。
人の考えや思いはこうも違うのか、と改めて思いました。
人はコミュニケーションしているようでしていない。
おおいに反省しました。

サロンでの最後の問いかけは、「さてどう生きていきますか」でした。
そのサロンに参加した人から、隣に困っている人がいたらおにぎりをあげるような生き方をしたいとメールが来ました。
私は、逆に自分が困ったら、隣人に「おにぎりをください」という生き方を目指したいと返信しました。
大切なのは、そういうお願いをしても応えてもらえるような生き方という意味ですが、そういう生き方を今はしているつもりなので、お金がなくてもあまり不安感が起きないのです。

夜になって涼しくなりました。
今日は眠れるといいのですが。

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