« ■安倍さんには辞任してほしくはありませんでした | トップページ | ■節子への挽歌4747:8月は何もしなかった気がします »

2020/08/31

■「なぜ安倍首相に辞めてもらいたくなかったのか」

安倍首相辞任報道に対して、「安倍さんには辞めてほしくなかった」と書いたら、「なぜ安倍に辞めてもらいたくなかったのか、よくわかりません」というコメントをもらいました。たぶんほかにも同じような疑問を持った人もいると思うので、少しだけ説明することにしました。

一言で言えば、安倍さんが病気を理由に勝手に辞めてしまえば、安倍政権は傷つかずに持続できるからです。事実、菅さんや岸田さんが政権を継承する可能性が強まってきています。それに安倍首相は、その後のテレビ報道ですでにみられるように「美化」されていく可能性もあります。

問題は「安倍さん」にあったのではなく、「安倍政権」や「政権のあり方」にあると考える私にとっては、ある意味でのトカゲのしっぽ切りのようにも感じますし、見事にしてやられたという(システムの)狡猾さも感じます。
政治のあり方を問うのではなく、権力を持った目立つ個人を標的にし、そこに怒りや批判の目が向けられ、個人攻撃に行ってしまうと問題が違ってきてしまいます。鳩山さんがツイートしたように、それでは標的を利してしまいかねません。

私自身は日本の政治がおかしくなったのは、森首相を自民党の数名の幹部の密室会議で成立させた時で、あの頃から首相の座が私物化されてしまったように思います。
首相の私物化というよりも、制度としての首相の私物化で、その「私」とは一人ではありません。首相はその象徴でしかありません。

安倍さんは、第一次政権時の教育法をこわして以来、私は顔を見ただけで気分が悪くなるほどですが、だからと言って、安倍さん個人を怒りの対象にはしていません。第一、私にとっては、安倍さんはそんな価値さえない。価値のないものは非難する気にもなれないからです。彼の政策はもちろん非難もしてきましたが、個人を非難するつもりもない、価値のない存在が辞めたところで実態は何も変わらないと思っています。責任を取らずに、最後まで何もせずに(赤木さんの奥さんが言うようにせめて事実究明をする約束くらいはしてほしいですが、それさえしないで、病気を理由に首相の座を投げ出すのはあまりにも身勝手です。そんなことで、公務にある人が責任を投げ出すことが許されていいのか。しかも「同上」を得る形で。

だから「辞めてほしくなかった」。せめて「辞めさせたかった」。でもその相手はもういません。安倍辞めろ!と言っていた人たちは、どうするのか。問題の立て方がとても大切なのです。

以上でもなかなか納得してもらえないかもしれませんね。

そう言えば、私が山本太郎さんを支持したことに関しても、いまもまだ異論が寄せられています。それも舌足らずのコメントは、FBでもしていますが、なかなか伝わりません。
それもあるので、そんなことを話し合うサロンをやろうと思います。
やはり直接話しあう場でないとなかなか異論はぶつけ合えないような気がします。

最近の新型コロナを口実にした集会回避現象は、まさに政治システムにつながっているような気がします。

■「なぜ安倍に辞めてもらいたくなかったのか」(2020831日)

安倍首相辞任報道に対して、「安倍さんには辞めてほしくなかった」と書いたら、「なぜ安倍に辞めてもらいたくなかったのか、よくわかりません」というコメントをもらいました。たぶんほかにも同じような疑問を持った人もいると思うので、少しだけ説明することにしました。

 

一言で言えば、安倍さんが病気を理由に勝手に辞めてしまえば、安倍政権は傷つかずに持続できるからです。事実、菅さんや岸田さんが政権を継承する可能性が強まってきています。それに安倍首相は、その後のテレビ報道ですでにみられるように「美化」されていく可能性もあります。

問題は「安倍さん」にあったのではなく、「安倍政権」や「政権のあり方」にあると考える私にとっては、ある意味でのトカゲのしっぽ切りのようにも感じますし、見事にしてやられたという(システムの)狡猾さも感じます。

 

政治のあり方を問うのではなく、権力を持った目立つ個人を標的にし、そこに怒りや批判の目が向けられ、個人攻撃に行ってしまうと問題が違ってきてしまいます。鳩山さんがツイートしたように、それでは標的を利してしまいかねません。

 

私自身は日本の政治がおかしくなったのは、森首相を自民党の数名の幹部の密室会議で成立させた時で、あの頃から首相の座が私物化されてしまったように思います。

首相の私物化というよりも、制度としての首相の私物化で、その「私」とは一人ではありません。首相はその象徴でしかありません。

安倍さんは、第一次政権時の教育法をこわして以来、私は顔を見ただけで気分が悪くなるほどですが、だからと言って、安倍さん個人を怒りの対象にはしていません。第一、私にとっては、安倍さんはそんな価値さえない。価値のないものは非難する気にもなれないからです。彼の政策はもちろん非難もしてきましたが、個人を非難するつもりもない、価値のない存在が辞めたところで実態は何も変わらないと思っています。責任を取らずに、最後まで何もせずに(赤木さんの奥さんが言うようにせめて事実究明をする約束くらいはしてほしいですが、それさえしないで、病気を理由に首相の座を投げ出すのはあまりにも身勝手です。そんなことで、公務にある人が責任を投げ出すことが許されていいのか。しかも「同上」を得る形で。

だから「辞めてほしくなかった」。せめて「辞めさせたかった」。でもその相手はもういません。安倍辞めろ!と言っていた人たちは、どうするのか。問題の立て方がとても大切なのです。

以上でもなかなか納得してもらえないかもしれませんね。

そう言えば、私が山本太郎さんを支持したことに関しても、いまもまだ異論が寄せられています。それも舌足らずのコメントは、FBでもしていますが、なかなか伝わりません。

それもあるので、そんなことを話し合うサロンをやろうと思います。

やはり直接話しあう場でないとなかなか異論はぶつけ合えないような気がします。

 

最近の新型コロナを口実にした集会回避現象は、まさに政治システムにつながっているような気がします。
まさにオーウェルが懸念した世界です。

 

 

 

 

|

« ■安倍さんには辞任してほしくはありませんでした | トップページ | ■節子への挽歌4747:8月は何もしなかった気がします »

政治時評」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« ■安倍さんには辞任してほしくはありませんでした | トップページ | ■節子への挽歌4747:8月は何もしなかった気がします »