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2020/09/17

■節子への挽歌4763:退屈しきっていますが

節子

一昨日、久しぶりにメディアに出ました。
北千住にある地域インターネットテレビですが、発達障害当事者会の冠地さんに頼まれたのです。
わずか15分の出演でしたが、久しぶりに面白かったです。

そう言えば最近は人の前で話をする機会がなくなりました。
というか、生活行動範囲がどんどん狭まってきています。
以前のように、生活範囲がどんどん広がっていく感覚が持てなくなっています。
会社を辞めて、節子と一緒に個人オフィスを開き、世界が毎日どんどん広がっていた頃の高揚感はいまはありません。
さびしいといえばちょっとさびしいです。

これが人生なのかもしれません。
人生にもまた、四季のように、夏もあれば冬もある。
さびしい時もあれば、輝かしい時もある。

しかし、最近はあまりに変化がなくて、世界の風景もあまり変わらず、ちょっと退屈が過ぎている気もします。
体力を使わなくてもいいような、なにか新しい刺激がほしいですが、なかなか見つかりません。
あまりに単調な毎日に、ちょっと退屈し切っていますが、だからと言って、何か新しいことを始めようというまでには至りません。
困ったものです。

 

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