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2020/10/07

■第10回万葉集サロン「忘れられてゆく神々―〈た〉から覚醒する〈わ〉。そして〈な〉へ」のご案内

升田さんの万葉集サロンでは、歌を通して、日本列島に住んでいた人たちが、「人間」として覚醒していくさまを見てきましたが、今回は、いよいよ「覚醒する〈わ〉」がテーマです。
こういうと難しそうですが、要は人々のなかに人への「恋」が芽生え、自然(神)を賛美する叙景歌と並んで、抒情歌が増えてきたことを、東歌を中心とした作者不明歌群から読んでいきます。

升田さんからのメッセージです。

今回も東歌を中心とした作者不明歌群を扱いますが、恋の歌が圧倒的に多いことに目を向けます。なぜ恋の歌ばかりが多いのか。そのことと序詞の問題はつながっているように思います。

結婚は神聖な儀礼であり、記紀神話の最初に挙がるのがスサノヲ命の「八雲立つ 出雲八重垣 妻ごみに 八重垣作る その八重垣を」という歌謡であることが大きな暗示を与えています。神の領域である神婚(結婚、恋)を根底に持つ万葉恋歌の序詞は、おそらく神の領域の言葉でした。そこから人の領域へと広がって「た」から「わ」への覚醒がはかられるのは「歌」のかかえる「言」の呪性ゆえであると考えると、序詞の意味が大きくとらえられます。その上で、「た」から「わ」への覚醒、神の領域から人の領域への変移が明らかな歌も少し見てみたい。

「名」は「宣(のる)」という。現代にも残っている「なのり」の「のる」は、呪詞です。「た」から「な」、「な」から「名」への覚醒についても考えたいと思います。

というわけで、記紀神話や風土記も参考にしながら、恋の歌がなぜあふれ出したのか。恋の歌が宴席で戯れ歌となったり、自然はその美を客観的に描写する叙景歌へと進んだり、そんな新しい万葉歌が誕生してゆくことを読み解いてくれるそうです。

初めての方も大歓迎です。気楽にご参加ください。

なお、前回参加された方は前回配布の資料をご持参ください。
今回新たに参加される方は、ご連絡いただければ前回の資料を事前に送らせてもらいます。

〇日時:2020年10月17日(土曜日)午後2時~4時半
〇場所:湯島コンセプトワークショップ
http://cws.c.ooco.jp/cws-map.pdf
〇講師:升田淑子さん(万葉集大好き研究者/元昭和女子大学教授)
〇テーマ:「忘れられてゆく神々ー〈た〉から覚醒する〈わ〉。そして〈な〉へ」
〇会費:500円
〇申込先:佐藤修(qzy00757@nifty.com

 

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