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2020/11/24

■節子への挽歌4822:生きるのは死を迎えるため

節子

一昨日、遺伝子技術をテーマにしたサロンをやりましたが、私の関心事の一つは合成生物学です。
原理的には、今ではもう無機物から遺伝子は創りだせるようです。
毎日新聞の科学部記者の須田桃子さんの書いた「合成生物学の衝撃」は、まさに衝撃的な本でした。
それによれば不老不死も夢ではないようです。

しかし人間が不老不死になったら、生きる意味もなくなってしまうような気もします。
生きるのは死を迎えるためだと言うとあまりに負け惜しみ的に感じますが、最近、それこそが真実ではないかと思うようになってきました。
であれば、死に方がとても重要になってきます。

節子は、私よりもいい死に方だったのは間違いありません。
なぜなら私に見送られたのですから。
いまの私にも見送る人はいるでしょうが、節子ほど共に生きた人はいませんから、節子ほどいい死に方はできないでしょう。
節子とは比べようもありませんが、今ならまだそれなりにいい死に方ができるかもしれません。
しかし、だからと言って、そう簡単に死ねるわけでもありません。
やはり死は、お天道様の裁きに従わなければいけません。

明日もまたいい死に方を目指して、いい生き方を目指そうと思います。

今日は寒い1日でした。

 

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